25 同時襲撃?
グレンが腹を空かせながら教室に戻ると、昼食時のためかクラスメイトはほとんどいなかった。
残っているのはいつも通り席に座っているユリウスと――。
「ユリウス、こいつらなんだ? なんで倒れてるんだ?」
何故かユリウスの席の周りに、巨漢の生徒が床に寝転んで目を回していた。よくみると、他の机の隙間にも数人が倒れている。
どの生徒も顔を見たことがないから、クラスが違うのだろう。もしかしたら学年も違うかもしれない。
「何があったんだ?」
「しらない」
「知らないわけないだろ」
「ちがう、しらないし……知らないひと、知らない人」
この間グレンとレナードが教えた「知らない人」を連呼して、ユリウスは腕を振るうアクションをする。
「もしかして……オレと同じように襲撃に合ったのか?」
「ひゅうげき?」
「……レナードがいないときに、新単語使って聞くのは無理か」
ユリウスの言っていることを完璧に理解するのは無理だったが、何となく状況から察せられることはできた。
(たぶんこいつらは、オレのところにやってきた奴らと同じだな)
きっとユリウスが一人で教室に残っている時に、彼を連れ出そうと数人で会いに来た。だが、会話が通じず無理やり連れだそうとして、あっさり反撃にあって昏倒したというところだろう。
グレンのようにいかなかったのは、相手がユリウスの実力(性格)を見誤っていたということだ。
きっとユリウス本人は、何故彼らが自分を連れ出そうとしたのかも分かっていない。これでは脅しにもならない。
「そういえば、レナードは?」
「レナード! レナード、グレンに、言う、「食事、二人、行け」」
「二人で行っておけって? なんか用事か?」
ユリウスは首を傾げた。質問が分からなかったのか、レナードの伝言の理由が分からなかったのは不明だが、どちらにせよ彼の意志でここにはいないらしい。
「まあ、そういうなら食事に行くか。行こうぜ、ユリウス」
「ヤー」
最近ようやくユリウスの「ヤー」という言葉が、「はい」とか「うん」に該当することを知った。
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「よし、これでいいだろう」
グレンとユリウスは周囲に人がいないのを確認してその場を立ち去った。
二人がやったのは、ユリウスがのしてしまった男子生徒たちの片づけだ。片付けと言っても怖い意味ではなく、廊下に並べて寝かせてきただけである。理由を知らない人が見たら、男子生徒が数人仲良く並んで寝転んでいる光景は注目されるにちがいない。ちょっとした騒ぎになるだろう。
だが、そのインパクトのおかげで、ユリウスがやらかしたことを知られることもない。奴らだって一人にやられて、廊下に転がされたなんて絶対に言うわけがない。
(にしても誰もいない時だったから良かったけど……ほんとこいつは魔術以外はいい加減というか、加減を知らないというか……)
ユリウスは信念を曲げない性格だ――と言ったらカッコいいが、ともかく嫌なことは嫌だと反発するし、その時の反応が激しい。おかげでいつもやらかしの後片付けを一緒にやる羽目になる。しかも本人は何とも思ってなさそうなのが困りものである。
きっと先ほどの教室の状況も、グレンが男子生徒たちを片付けようと言わなければ、あのまま放置していたに違いない。クラスメイト達を再びドン引きさせ、騒ぎになるのも全く気にせずに。
(……こいつのことで深く考えるのはやめよう。どうせこいつもあんまり考えてない。それより飯だ、飯の事考えよう)
グレンは楽しい食事のことを考えることにしたが――食堂に向かう途中の通路で、あからさまに怪しい集団が道を塞いでいるのに気付いた。思わず頭を抱えてしまう。
「……絶対オレたちに用事があるな」
「ヤー」
よくみると先ほどまでグレンを追いかけていた連中もいる。
グレンとユリウスが脅しに屈せず、また目的通り痛めつけることができなかったので、人数を集めてきたということだろう。
(食堂行くのこの道が最短なんだよな……)
お腹も空いているし、さっさと通り抜けたいが、ユリウスもいるので走って逃げるのも難しい。
「まじゅつ?」
「魔術は使ったらダメだ。もちろん暴力もまずい、問題が大きくなる」
殴るのは駄目だとアクションでユリウスに伝える。ユリウスは「どうして?」とういう顔をしていたが、ともかく駄目だと言い聞かせた。
納得したようなしてないような顔をしたユリウスだが、グレンに駄目だと言われいるためか勝手に向かっていくことはなかった。
ユリウスは自分のお腹を押さえると外を指差した。
「食事?」
「……外は無理」
外で食事をするかどうか聞きたいのだろうが、その場合は売店利用になる。グレンの財布にそんなお金はない。
ユリウスだけ売店を使えと言ってもいいが、言葉の意味が通じないかもしれないし、今は一人行動は避けた方がいい。
「遠回りするか……」
結局かなり遠回りをして学食に着いた。
遅い時間だったこともあり、すぐに席に通されて食事が運ばれてくるのを待っていると、レナードが遅れてやってきた。
「よかった、間に合ったね」
「レナードどこに……ってどうしたその顔?」
「×△×△△■?」
グレンたちと同じテーブルに座ったレナードの頬は、大きなガーゼが張ってあった。その下の皮膚は明らかに腫れているのがわかった。唇も端の方が切れているし、腫れ上がっている方の目は充血していて、痛々しい様子だ。そのうえトレードマークの眼鏡はかけてなかった。
その様子に、グレンだけではなくいつも無表情のユリウスもあからさまに動揺していた。警戒しているようにも見える。
「ああ、うんちょっと転げちゃって、顔を打ってね。眼鏡も壊れてしまったんだ。保健室には行ったんだけど……」
「保健室行ったのなら、術で治してもらったりしなかったのか?」
「はは、このくらいの怪我じゃ神聖魔術は使ってもらえないよ。魔法湿布は貰えたけどね」
でも予備の眼鏡は寮にしかないから、午後の授業が大変だ――と笑うレナードの表情はどこか暗い。
そして――朝祓ったはずの黒モフが付き始めている。
(絶対嘘だろ)
どう考えても、誰か黒モフをたくさん付けている奴に殴られたとしか思えなかった。
「誰にやられたんだよ?」
「……×△×?」
グレンはレナードに付いている黒モフを「埃ついてるぞ」と何気なく祓いつつ問いかけた。
「誰にって……違うよ、本当に転げて」
「転げただけで、頬だけ腫れ上がるかよ。殴られたんだろ?」
「違うって」
頑なに否定を繰り返すレナードに、グレンは大きくため息をついた。
グレンの頭に浮かんだのは先ほど自分を探し回っていた連中だ。彼らは黒モフを多めに付けていた。
レナードもグレンたちのように、ああいった連中に連れていかれて殴られた。そして体質的に黒モフに好かれているレナードは連中の影響を受けてつけてしまった、という可能性は高いだろう。
「別に隠すなって……実は、オレもユリウスも襲われたんだ」
「え、君たちが!?」
思った以上に驚く表情を浮かべたレナードは、同時に顔を青くした。「そんな、なんで……」と呟く声も聞こえる。
「理由は簡単だ。オレたちを大会前に潰したい奴がいるんだろ」
「え?」
「お前を狙ったやつは何も言わなかったのか?」
「え……あ……う、うん」
「まあユリウスも同じだったとは確実には言わないが、状況を見た限り、オレのところに来たやつらと同じに違いない」
グレンは自分のところにきた生徒たちの話をした。その言動から黒幕が別にいるのは推測できるが、入学したばかりのグレンでは予想がつかないということも。
「タイミングから考えても、同じ奴が黒幕だな。レナード、だれか予想できる相手はいるか?」
「……」
「レナード?」
「え……あ、うん。そうだね……」
レナードは一瞬固まっていたが、グレンに何度か呼びかけられると、ようやく視線を向けてきた。
(ん……?)
その様子を疑問には思いつつも、殴られたショックで混乱している可能性もあるので、そこを突っ込むのはやめておいた。
「そういうことをやりそうな人は何人かいるけど……、こっちが問い詰めたところで、白を切り通されるのがオチだと思うよ」
「じゃこっちに来る奴らを捕まえて、吐かせるとか?」
「何も言わないと思うよ……きっと家のこともあるだろうし」
「あー」
金でつながった関係ならあっさり吐いてくれるかもしれないが、家繋がりとなるとそうはいかない。管理している土地の問題や、事業や家族に親類など、影響が強すぎる。下手な信頼関係より、難しいかもしれない。
「じゃあ、とりあえず逃げまくるしか手がないってわけか」
「そうだね。家の威光で黙らせるって手もあるけど……僕は次男だからそんな力はないし」
「カースティン(うち)も無理だな。そもそも、だ……あの人はそういうの嫌い」
「ユリウスは状況理解できてないだろうしね……」
「だな……」
解決策が見つからないまま昼食が運ばれてきたので、ひとまず食べることになった。
「ん? どうしたユリウス?」
「……」
ユリウスは食事をしながらもグレンを――正確にはグレンの右手をずっと見つめてきていた。
「……◇◇〇■?」
「え、なんだって?」
「◇◇〇■〇■◇××?」
「無理だ。分からない」
「僕もそこまで難しいイティア語だとお手上げだな……」
「……」
難しい言葉を話されて会話が通じず、その後は諦めたかのようにユリウスも食事に没頭した。
食事を終えて教室に戻るときにレナードが提案してきた。
「ともかく、しばらくはあまりバラバラに行動しない方がいいと思う。三人一緒にいる時は、そういう人たちも声かけてはこないし」
「そうか……」
また自由時間がなくなることにげんなりしたが、毎度あんな風に取り囲まれて追いかけっこをする羽目になるのはグレンも嫌だった。特にグレンは魔術以外は舐められているっぽいので、校則で魔術使用を禁止している限り、一番狙いやすいだろう。
教室に戻ると相変わらずざわついていたが、グレンたちに視線をむけるものはいなかった。新しくチームもでき始めているようで、チームの塊が出来つつある。
(はぁ……なんでこう次から次へと面倒ごとが……あれ?)
教室の自分の席の椅子に座って、カバンに手を伸ばしたとき、知らない封筒がカバンのポケットに入っていることに気づいた。
「……なんだこれ?」
そこには大きな字で「グレン・カースティン殿へ」と書かれていた。




