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雑用専門ギルド「猫の手」へようこそ!  作者: 子寅(ねとら)
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ティータイムに音楽を

   Day.holiday ティータイムに音楽を


 この世界に来て、数日。今日は、この街を散策して回ろうと画策している。

  というのも、昨日の依頼を終えて帰ってきたあと、受付さんから、

『明日は依頼も少なくて、皆さん休養に充てるようですので、カケルさんもお休みですね』

  と、言われたので、せっかくの異世界(?)を見て回るつもりだ。


  ––––朝。いつもなら、受付さんが鍋を叩きながら起こすんだけど、今日はナシ。 早めに出掛けて、外で食事をとる人もいるから、ということらしい。

  少し遅めに目を覚まして、ベッドの上に身を起こす。今日は、孤都さんは潜り込んで来ていない。昨日はローパーのせいで大変だったから、まだ休んでるのかな?いや、別に待ってたわけじゃないけど。

  取り敢えず、軽く身だしなみを整えて、ホールに向かう。

  角の小卓には、お茶を楽しむ孤都さんと、同じ卓に着く、受付さんと、エルフのディジー。女性陣、三人だけで談笑していた。

「おはようございます。あれ?バンディ達は?」

  声を掛けた俺に、三人三様に返事が返ってきた。

「おはようさん、カケルちゃん」

「……はよ~」

「おはようございます、カケルさん。バンディさんは、ご飯の前に体を動かす、と言って外へ。ライアーさんとジルコさんには、ちょっとお使いに行ってもらっているんですよ」

  あ、そうなんスか~、なんて言いながら、ちょっとした疑問をぶつけてみる。

「えっと、その、ディジー、さん?って、エルフ、ですよね?何歳なんですか?」

「・・・・・女に歳聞くなって、教わんなかった?マジうぜえし」

「あっ!ごめんなさい。ほら、その、エルフって、見た目より、なんて言うか……」

「もういいし。あと、その敬語もうウゼーから、タメでいいし?あ~しのことも、ディジーでいいよ」

「あ~、ゴメン、分かった。じゃあ、遠慮なくディジーって呼ぶわ」

  流石はダウナー系ギャルエルフ。距離の詰め方がハンパねぇ~わ。

「じゃあさ、ディジー。あの、ジルコさん?って、仲いいの?」

「あぁ?別に、フツー?ただあいつ、友達いないし?相手してやってるだけだっつ~の」

「ふ~ん?なんか、エルフとドワーフって、仲悪いって聞いてたから、意外だなぁって思って」

  物語とかだと、よくそんな設定になってるし。

「はぁ?・・・・・そんなん、ソレゾレってヤツじゃね?あ~しは、あ~しだし」

「何となく、納得。ところで、さっきから、五秒くらい黙ってるのって、なに?」

「はぁ~あ。メンドくさ……あのさ、イラッとくるとき、あるっしょ?あるよね。そんで、そんな時に、一々ケンカしてたら、疲れるっしょ?だから、心ん中で五つ数えるとぉ、許せるって訳じゃないけどぉ、ま、いっか、ってなるじゃん?そ~言うこと」

  メッチャしんどそうに答えてくれた。

「つまり、イラッとはしてたってことね……サーせんしたぁ!」

  ビシッ、と九十度の礼を極める。何となく、後が怖そうだし。

「……もういいし」

  これ以上なんか言ったら、嫌われそうな空気だったので、他の人と話そう。


「––––ところで、孤都さん。昨日のローパーにやられたのって、もう大丈夫ですか?」

  ディジーとのやり取りを、微笑ましそうに見守っていた孤都さんに、話を向ける。

「あらぁ?心配してくれとるんやねぇ。嬉しいわぁ♪」

「そりゃあ、心配もしますよ。だって、あんなにぐったりしてたし」

「うっわ、スッゲエ役者だし」

  脇で、ディジーがなんかボソッと言ってる。

「?ディジー、なに?」

「べっつに~?何でもないし~」

  ソッポ向いてるけど、別に、怒ってる訳じゃ、ないよな?

「カケルちゃんのお陰で、もう大丈夫や。ほんま、昨日は格好良かったよ、カケルちゃん♡」

「いや、そんな。結局、最後は孤都さんのアドバイスがなかったら、上手くいかなかったし」

  こそばゆい感覚に照れながら、どうにか言葉を返す。

「あ、そうだ。カケルさんも、お茶、いかがですか?」

  頃合いを見計らっていたのか、受付さんが声をかけてくる。

「それじゃあ、遠慮なく。いただきます」

  孤都さんが手にするティーカップを見て、少し気になっていた。よくある異世界モノだと、何故か紅茶が多いけど、一体なんのお茶を飲んでいるんだろう。

「はい、お待たせしました」

  受付さんからティーカップを受け取って、聞いてみる。

「あ、ありがとうございます。ところで、これってなんのお茶ですか?」

「これですか?ほうじ茶です」

  ……ティーカップでほうじ茶。悪くはない、けど、なんか違和感。まぁ、いいか。これはこれで美味いし。そうして、暫くの間、女性陣三人と他愛もない話をして過ごした。


「ところで、受付さん。ここって、なんて言う街なんですか?」

  そう、何となくの流れでいるけど、街の名前すら、まだ聞いてなかったのだ。

「あぁ、そう言えば言ってませんでしたね。ここは、《グレナ・モルテ連合王国》の東の外れにある、《ベン・リーナ》という街です」

  ベン・リーナ……何だか、いかにもこのギルドに相応しい名前というか、何というか。

「じゃ、じゃあ、受付さんの名前は?」

「私ですか?……禁則」「ストーップ!それ多分言っちゃダメなやつ!!」

  危ない……なんか知らんけど、その先は言わせちゃいけない気がする。 すると、悪戯っぽい笑みを浮かべた受付さんは、

「それじゃあ、今はヒミツ、ということで」

  と言って、片目を瞑って、口の前に人差し指を立てた。

「––––それにしても、ライアーさん達、遅いですねぇ。こうしてお喋りしているのも楽しいですけど、やっぱり、アレがないと……」

  話題を変えようとしてか、受付さんが話を振ってきた、その時。

  自在扉を押し開けて、よろりふらりと喘ぎつつ、当のライアーが入ってきた。

「ふぅ……ふぅ……た、只今、戻った。全く、何故、我、一人、で……」

  背負子(しょいこ)を背負ったライアーは、その重そうな荷に悲鳴を上げて、不満タラタラ、汗をかき、ホールの隅へと荷を運ぶ。

「ちょ、おっさん、大丈夫かよ?俺も手伝うよ」

「いやはや、全きかたじけない。それでは……せぇ~の!」

  さすがに見ていられなくなって、駆け寄った俺と二人で、荷物を壁際に下ろす。 床に置いた荷物を、改めて見ると、カラーボックスを二つ並べた位の大きさで、上の方がアーチ状になっている。例えるなら、古い映画で見た、ジュークボックスのような形。結構、重かった。

「……ところでこれ、何なんですか?」

  受付さんに聞いてみると、フクフクと、秘密を話そうかどうしようか、という子供のような笑みで、

それ(・・)は、ジルコさんにお願いした物が届かないと、動かないんです。なので、後のお楽しみ、ということで♪」

  なんて、はぐらかされてしまった。でも、形的にも、機械的なモノ、なのかもしれない。


 まだ動かせない、というモノは置いておいて、そろそろ、街巡りにも頃合いかな?店とか屋台なんかも、開き始める時間かもしれない。そんなことを考えていると、受付さんが、

「そう言えば、カケルさん。朝食はどうされますか?簡単なものなら、直ぐにできますけど」

 と、聞いてきたのだけど、お断りした。

「いや、せっかくだけど、今日は街の中を探索しようかと思って。それで、ついでに食べ歩きとかもしようかなって」

 昨日のうちに、二日分の報酬も貰っているから、軍資金もバッチリだし。

「あ、そうでしたか。では、街の見取り図でも、お持ちしましょうか?」

「いやいや、こういうのって、自分でアレコレ探すのが楽しいんですって。ただ、スラムみたいな、行っちゃダメな場所とかあったら、それだけ教えてくれれば良いですから」

 変に絡まれるのも嫌だし、それは確認しておきたい。

「スラム、みたいなところは無いですね。この街の人達は、良い人が多いですし。後は、そうですね……小さいですけど、冒険者ギルドもあるので、ご覧になってはいかがですか?」

「あるんかいっ!冒険者ギルド!……まぁ、そうですね。見てみますよ」

「この街は、そんなに大きくもないので、散歩がてらにも良いと思いますよ?楽しんできてくださいね」

 柔らかな笑みを浮かべて、そう言ってくる受付さん。言っちゃなんだけど、何となく、お母さんって感じがするんだよなぁ、この人。うん、みんなのお母さんって感じ。

 ……ふと、視線を感じて目を向けると、訴えかけるような眼をした孤都さんが。

「ううぅ~~~……カケルちゃんとお出掛け。行きたい。ウチも行きたいねんけど……」

「ダメですよ、孤都さん。昨日、少し無理をされたんでしょう?今日は静養していないと。それに、カケルさんにご無理を言っても……ね?」

 半分涙目の孤都さんだけど、受付さんに諭されて、引き下がった。

「カケルちゃん。今度。今度はウチと一緒に、お出掛けしよな?」

「はははっ。分かりましたよ。また今度、どっかお出掛けしましょう」

 なんだろう。狐っていうより、むしろお預けされた仔犬みたいだよ、この人。やだ、可愛い。

「約束やからね?待っとうよ?」

「もちろん。それじゃあ、行ってきま~~す!」

 孤都さんには悪いけど、キリがないので、出発することにした。


 ––––少年が出立して、数分後。

 エルフのディジーが、意地悪そうな面持ちで、孤都に絡む。

「ローパー?……あんた、わざとっしょ?あんたが気付かないとか、ありえねぇし」

「分かる?しゃあけど、カケルちゃんに、自信持たしたげたかったんやもん」

「けど、それで魔力切れとか、マジウケるし。www」

「え~の!今のウチにとって、大事なんはカケルちゃんのことなんやも~ん!」

 さほど怒っているわけでもないのか、孤都は、ぷいと顔を背けるも、どことなく言葉のやり取りを楽しむ様子で、お茶のカップを口に運ぶ。

「ふぅ。……受付殿。済まぬが、我にも茶を貰えまいか」

 ようよう息を整えたライアーが、腰を擦りながら、近づいてくる。

「はい。ちょっと待っていてくださいね」

 パタパタと駆け去る受付嬢を一目見やり、ライアーも小卓に着く。

「して、孤都よ。身体の方は、良いのか?」

「心配ご無用。ローパー相手に、ホンマにどないかなるやなんて、あれへんよ」

 涼しい顔で言い返す孤都であったが、ライアーとしては、気が気でない。

「……に、してもだ。わざわざ防壁を解除して、魔力を吸われてみせて、その上であ奴が自らの手で成したように見せかけるために、残りの魔力をその尾から注ぐなど、聞いていて肝を冷やしたぞ」

 先日の幕内、その種明かしをされ、孤都は静かに目を細める。

「その話、カケルちゃんに言うたらアカンよ。もしも言うたら……」

「分かっておる。これ以上お主を怒らせたくはないでな。……しかし、そうとなれば、お主の負担を増やさぬためにも、我もあ奴に何か、指南してやるとしようかの」

下ネタ(変なこと)を教えたらダメですよ?……はい、お茶です」

 ちょうど茶を持ってきた受付嬢に、釘を刺される。

「やれやれ、信用がないの。我とて、そればかりではないというに」

 言いながら、その手は受付嬢の尻に向かう。が、ピシリ、と受付嬢に盆で打ち据えられる。

「そういうところ、ですよ?」

 浮かべる笑みの内に、欠片も笑っていない眼差しで射抜かれて。

「……申し訳ない」

 すっかり萎縮してしまう、ライアーの姿があった。


 ––––一方その頃。

「さぁ~って、どっから見よっかなぁ~。……っと。そうそう、せっかく朝飯抜きで出て来たんだから、やっぱ屋台でも探して、旨いもんでも食わないとな♪」

 街の探索に繰り出していた少年が、上機嫌で歩を進める。

 手元にはクロネ金貨二枚。二日分の報酬を握りしめて。

「まだ金の価値も分かんないから、なるべく安そうなものでも買って、と」

 キョロキョロと辺りを見回し、物珍しそうに、散策を続けてゆく。

「屋台とか探すなら、広場の近くかなぁ……って、うえぇぇぇっ?」

 通りの端、防火用水なのか、風呂桶の倍位の水槽に、目が留まる。

 ––––なんだろう。防火水槽?の中から、人の下半身みたいなものが、垂れ下がっている。

「……って!だ、大丈夫ですか?今、助けますから!!」

事件?事故?そんなことより、まずは助けないと!って思って、急いで腰に手を回して引っ張り上げようと、力を籠める。

『うう~ん。誰ですか?寝ている私を引っ張るのは?』

驚いたことに、水の《中》から、答えが返ってきた。

ザバアッ!、という音と共に、姿を現した上半身は……魚?あ、でも、どっかで見たことある!あれだ!確か、《シンドバードの冒険》に出てくる……

「ぎゃ、逆人魚?」

「え?逆、人魚?……あぁ!確かにそうとも言いますね」

 水の中から出て来た人物は、朗らかにそう言った。

「あ、そうだ。初めましてなのに、まだ名前も言ってませんでしたね。私は、マンマァムの、サカノと申します。以後、お見知りおきいただければ幸いです」

 魚の口をパクパクさせながら、慇懃に自己紹介をする、サカノ氏。

「あ、これはご丁寧に。俺は、駒塚 駆って言います。カケルって呼んでください」

 正直、呆然としていたと思う。だって、逆人魚なんて、見たことないし!リアルで。

「それで、カケルさんは、私に何か、ご用だったのでしょうか?」

「あぁ、いえ、てっきり誰かが溺れているのかと思っちゃって」

「そうでしたか。勘違いとは言え、お優しい方なのですねぇ」

 エラと腹びれを、ビビビビッと震わせる仕草は、もしかしたら喜んだりしてるのかも。

「それで、何でこんな所で寝てたんですか?その、サカノ、さんは」

「いえ、大したことでは……それより、カケルさん。私に対しては、あんまりかしこまった話し方でなくても結構ですよ。もっと、フランクに、フレェンドリーに!お話致しましょう」

 自分の喋り方はどうなんだ、とも思うけど、多分、素でコレ(・・)なんだろうなぁ。

「ん~、分かった。じゃあ、サカノくんって呼ばせてもらうよ」

「はい。それで、私がここで寝ていた訳、でしたね?まぁ、本当に大したことではないんですけど、私達マンマァムは、この街の防火当番を仰せつかっておりまして。ちょうど今日、木曜(ドライアド)の日は私の当番。幸いにして、今のところ火事の気配もないようなので、昼寝と洒落込んでいた、と。そう言った次第でしてwww」

「はぁ~、なんていうか、随分のんびりしてるん、だね」

「えぇ、何しろ田舎なものですから」

 田舎。その一言で、何となく納得してしまう。でも、ホントにいいのか?

「でも、サカノくん一人で、火の番してるの?大変じゃない?」

「いえいえ。この街で当番にあたっているマンマァムは、あと二名おりますよ。なので、私は月曜(ルナー)の日と木曜(ドライアド)の日、週二日が担当です」

 サカノくん含めた三人のマンマァムは、それぞれ週に二日ずつの当番制で、この街の防火を担当しているらしい。あれ?じゃあ、あと一日は?

「ちなみに、日曜(ヘリオ)の日は、私達はお休みを頂きますので、その時だけは、この街の皆さん、例えば、『猫の手』の方たちなんかにお願いしているんですよ」

 目をキョロッとさせて、サカノくんが補足してくれた。どうやら、手がない代わりに、ヒレや目玉で感情を表現しているみたいだ。

「なるほど。……ところで、イッコ聞きたいんだけどさ。何で下、すっぽんぽんなわけ?」

 魚の上半身はともかく、サカノくんは、ヒト型の下半身にも、何も身に着けていない。

「え?これですか?そうですねぇ……水中生活、というのもありますが、私達は妖精の仲間なので、性別というものが無いんですよ。ほら、この通り」

 ペタンとした女の子座りから、М字開脚を披露。多少目のやり場に困ったけど、そこには、性別を表すものは何もなく、つるんとして、まるで人形みたいだ。

「ついでに言うと、私達には、排泄も、生殖行為も不要なんですよ」

 ふ~ん、そういうもんなのか、と思っていたら、キョロッとした大きな目玉で、サカノくんがこっちをジッと見ている。っていうか、ガン見してる。

「な……何?」

 思わず聞いてみたけど、もじもじしているばかりで、要領を得ない。

「あ、あの、カケルさん。……もし、もし、よろしければなんですけど……」

「う、うん」

「私とっ!お、おとっ、お友達に、なって……くれません、か?」

 スッゲエもじもじして、まるで告白前の乙女みたいな空気出してくるから、何を言うかと思えば。

「……うん、いいよ。俺も、妖精の友達とか初めてだし、楽しそうじゃん」

 満面の笑みを浮かべて返すと、感極まったように、全身のエラもヒレも震わせて、

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!実は私、陸のお友達ってあんまり居なくて。本当に嬉しいです!で、ではでは!友誼の礼をいたしましょう!」

「ゆ~ぎのれい?って、なんだ?」

 聞きなれない言葉に、聞き返してみる。

「ハッ!すみません、浮かれてしまって。私達は、お友達になるときに、『ずっと仲良くしましょうね』という意味を込めて、特別な挨拶をするのです」

「へえ~。で、どうすりゃいいの?」

「簡単です。ほっぺたとほっぺたを、こう、右と右、左と左でくっつけるんですよ。あぁ、ご心配なく。私は妖精なので、生臭くはないですから」

「そ、そうなんだ。……じゃあ、やろっか」

 若干気恥ずかしいけど、OKしたからには、勢いでやってみるか。……確かに生臭くはなかったけど、ピトッ、と頬をくっつけた時、じいっと見つめる、大きな目玉が気になった。いや、近いし!

「……じゃあ、また今度、遊びに来るよ」

「はい!きっとですよ!待ってますからぁ!」

 ピョンピョンと飛び跳ねながら見送る、サカノくんに別れを告げて、街の探索に戻った。


 道を行くこと数分、何やら香ばしい香りが漂ってくる。中央の広場に近づくにつれて、チラホラと露店、商店の類が顔を覗かせる。

 まずは小腹を満たすべく、手近な露店へと突撃を敢行した。

「おっちゃん。ここ、なんの店?」

「おう、らっしゃい、坊主。こいつはな、『リッツォタンパ』ってもんだよ」

 見ると、炭火の上で、棒に刺さった、いや、塗りつけられた?白っぽいものが香ばしく焼かれて、その上から、ミソだれみたいなのが塗られている。店主の説明によると、柔らかく蒸しあげたリッツォ(米)を粗く潰して、香りの良い、タンパという木の棒に練りつけて焼いたもの、だとか。

 上に掛かっているのは、ジェゴとよばれる、ミソのようなもの。ただ、作るときに木苺なんかも一緒に混ぜ込まれているので、ほんのりと甘酸っぱい味がするらしい。っていうか、焼いてる間にタレが滴って、辺り一面にいい匂いがして、食欲をそそられる。もう、辛抱たまらん!

「おっちゃん!それ、一本くれ!」

「あいよ!一本で、十五イラルだよ!」

 手元にあるのは、クロネ金貨。一イラルがどれくらいか知らないけど、金貨より高いってことはないだろう。俺は、クロネ金貨を一枚取り出して、おっちゃんに示した。

「今、これしか持ってないんだけど、これで足りるか?」

「あちゃあ……朝っぱらから大枚かぁ。……まぁいいや。今、釣り銭出すからな」

 どうやら、結構な高額貨幣だったみたいだ。出されたお釣りは、銀貨九枚に銅貨八枚、それから、瀬戸物みたいな白貨が五枚。ってことは、一クロネ=千イラルということだろう。

「はいよ、お待ち!熱いから、気を付けてな」

「ありがとう。ん~、いい匂いだ。じゃあ、いっただっきまーす!」

 出来立てのリッツォタンパを受け取って、いよいよ、実・食!

「フーッフーッ、はむっ……あ、アッツ!はふっはふっ!……うん、旨い!」

 焼きおにぎり位に思っていたら、潰して詰まっているからか、スッゲエ熱い。けど、香ばしく焼けたリッツォに、ジュウッと染みたミソだれが絡み合って、ほんのりと鼻に抜ける木苺の香りも相まって、とにかく絶品!サイコーに旨かった。

「おう、アンちゃん。いい喰いっぷりだなぁ!気にいった!ホラ、一本おまけだ」

 店主は、後で食べてもいいようにと、紙袋に入れてくれた。

「え、いいんすか?ありがとうございます!」

「いいってことよ。そんかし、また買いに来てくれよな!」

「はい!じゃあ、また来ますね!」

 一件目から、大当たりだ。挨拶をして、俺はホクホクと次の店を探しに行く。

 ––––と。

「あぁ~、のぉ~~~」

 背後から、えらく間延びした声で、呼び止められた。


「あぁ~、のぉ~~~、『猫の手』さんのぉ~、新人さんでぇ、よろしいですかぁ?」

 振り返ると、アッシュの入った桃色の髪を肩まで伸ばし、白のローブを着た女の人が立っていた。

 ふっくらとした、卵型の顔に、たれ目がちな、いかにものんびりした佇まい。よく見ると、髪の間からは、牛のものに似た角が見える。

「あ、はい。俺に何か用ですか?」

「やっぱりぃ~。そうだったんですねぇ~。私はぁ~、薬師のぉ~、ハトホルと申しますぅ~。『猫の手』さんにはぁ~、いつもぉ、ご贔屓いただいてますのでぇ~、ご挨拶を、と思いましてぇ~」

「……どうも。俺は、カケルって言います」

 どうしよう。これはあれか?全部聞いてたら、日が暮れるパターンか?

「カケルさん、ですねぇ~。私、すぐそこでぇ~、薬店をしてますのでぇ~、ぜひともぉ~、ご利用くださいねぇ~。……あ、そうだぁ~。ちょっとぉ~、お待ちくださいねぇ~」

 そう言うと彼女、ハトホルさんは、目の前の建物へ歩いて行った。そして数分後。小走りに駆け寄ってきたハトホルさんに、度肝を抜かれた。走るリズムに合わせて、プルンプルン、いやタユンタユン……どころじゃない!もう、バインバインと揺れる、その胸の巨大過ぎる果実。孤都さんをも遥かに超える、凶器とも言える程の上下運動に、俺は真っ赤な顔で、首振り人形のように動きを追った。

「お待たせしましたぁ~。お近づきの印にぃ~、こちらをどうぞぉ~」

 手渡されたのは、貝殻に入った、膏薬?と、小瓶に入った、青っぽい液体。

「えぇっとぉ~。こちらがぁ、傷薬の軟膏でぇ、こちらはスタミナ……あらぁ?」

 手渡した薬の説明をしていたハトホルさんは、茹ったカニのような俺の顔に気づき、視線を辿る。

「やっぱりぃ~、男の子、ですねぇ~。……気になりますかぁ~?」

 咎めるでもなく、にぃ~っこりと笑って、上目がちに覗き込んでくる。

「いや!これは、その、あの、……ご、ごめんなさいっ!」

 それ以上の追求を逃れるため、勢い良く頭を下げる。

「いえいえ~。大丈夫ですよぉ~。見られるくらいならぁ、慣れてますからぁ~」

 目立っている自覚はあるし、もっと下卑た視線を送られることもあるから、気にしていない、と言われても、やっぱり、気まずいよなぁ。ごまかすような、空笑いしか出てこない。

「でぇもぉ~。私にはぁ、夫がいるのでぇ、お相手、できませんからねぇ~?」

 一本指を立てて、悪戯っぽい笑みで、釘を刺してきた。

「いやいや!そんな、お付き合いとかお相手とか!かかか考えてないですからっ!」

「うふふぅ~♡それじゃあ、私はぁ、そろそろ失礼しますねぇ~」

 そう言うと、最後まで笑みを絶やさず、ハトホルさんは去っていった。揶揄(からか)われてたの、かな?

 顔面の熱も冷めやらぬまま、広場に向けて、歩みを進めた。


 ––––歩くこと幾ばく、街の中心にある、円形の広場に踏み入った。

 ざっと見回すと、焜炉の火の加減を見る露天商や、リュートの調律をする吟遊詩人(バード)など、種々雑多な人々がたむろしているのが見える。

 雑踏の中、ふと目をやった先に、見覚えのある、皮服、皮帽子の姿。

「あれ?ジルコさん、じゃないですか。なんかお使い頼まれてたって聞いたけど、ここで何を?」

 長椅子(ベンチ)に腰掛け、地に届かぬ足をぶらぶらさせて、一点を見つめていたドワーフ、ジルコは、少年の姿を認めて、吐息を一つ、その口を開いた。

 ※これより先、彼、ジルコの言葉は、強い東北訛りのため、ご了承の上でご覧いただきたい。

「おぉ、お()は、カケル、だったが。……俺ぁ今、頼まれで郵便馬車待ってらぁんだ(いるのだ)

 ……いきなりのパンチのある言葉遣いに、多少面食らったけど、

「郵便馬車、ですか?それって、ギルドまで届けてくれるんじゃないんですね」

「あぁ、大体、こった(こんな)広場やら宿屋に、店ッコ広げでよ。届ぐ予定のあるものが、『来てねがなぁ』って、取りに来るもんなんだぁ」

「あぁ、なるほど」

 江戸時代なんかの飛脚みたいなもんか。あれも確か、宿場町とかで、纏めて手紙なんかを広げて、受け取り手が貰いに行くシステムだった気がする。

「……ところでお()、俺の言ってるごど、分がるんだが?」

「あ、俺の婆ちゃんが東北、いや、似たような言葉を使ってたから、何となく」

「んだが。そいなば(それなら)良がった」

 どうやら、言葉が通じないかと心配していたみたいだ。この人が無口なのは、このせいか?

「でも、朝っぱらから、ずっとここにいたんですか?何も食べないで?」

「ん?あぁ、頼まれだがらには、終わらせるまで、気は抜げねがらな」

 真面目なのは分かったけど、スッゲエ不器用なんだな、この人。

「あ、だったら、さっき貰ったコレ、食べませんか?」

 俺は、さっきおまけで貰った、リッツォタンパを差し出した。

 差し出された包みを見て、目を丸くしたジルコさんは、次いで、素朴な感じで破顔した。

「お()、良い奴だな。ありがてぇハァ」

「いやいや、おまけで貰っただけですから、気にしないでください」

 何となく照れ臭くなって、後頭を掻きながら、笑みを返す。

「あぁ、リッツォタンパだな。これ、好きなんだぁ。この冷めかげも、味が(しょ)んでで旨ぇのよなぁ」

 喜んで食べている様子を見て、俺も後でもう一本買おうかなぁ、とか思ったり。


「そう言えば、お()、ナンボだったがな?」

「へ?何がですか?」

 食べ終えたジルコさんが、思い出したようにして、聞いてきた。

「歳だぁ、お()の、年齢よ」

「あぁ、俺は、十五ですよ」

「ンだが。せば(それなら)、俺さなば(には)敬語、要らねど。同し年だし」

「……え?タメ?……マジで?」

「ンだ。見えねがったが?」

 こっくりと頷く、ジルコ。そりゃまあ、髭とか、髭とか、あと、ドワーフって長命種って聞いたし。てっきり年上だと思ってた。

したって(だけど)()、百年の大樹だって、芽の吹いだ時はあるんだで」

 どんなものでも、年経て生まれてくるものはない、と言われて、妙に納得できた。

 四半刻ほどジルコと話していると、広場の一角が騒然とし始めた。郵便馬車が着いたのかと思ったけど、どうにも様子がおかしい。顔を見合わせた俺たちは、人だかりの方へと向かった。

「あの、どうかしたんですか?」

「あぁ、どうやら、郵便馬車が盗賊に襲われたらしくてな。郵便吏は命からがら逃げて来たらしいんだが、荷物は馬車ごと持っていかれたそうだ」

 見ると、蒼ざめた顔で全身切り傷だらけの男性が、街の人達に介抱されていた。

「––––そうだ!俺、さっきハトホルさんに傷薬貰ったんだ!良かったら、使ってください」

 懐から、貝殻に入った薬を取り出すと、傷の具合を診ていた人に手渡した。

「ありがとう、助かるよ。今、治療師を呼びに行ってるけど、何しろ傷が多くてね。間に合うかどうか、心配だったんだ」

 薬を受け取った人は、お礼を言うと、郵便吏の服をはだけて、薬を塗り始めた。

みながら(全部)、持ってがれだ(いかれた)ってが……」

 振り返ると、拳を握り締めたジルコが、わなわなと体を震わせて立っていた。

(わり)ぃな、カケル。ちっと冒険者ギルドさ行ってくるハァ」

「ちょっ、……ジルコ?」

 駆けだしたジルコを、慌てて追いかけた。


 息を弾ませて、ジルコを追うこと……って、なんのことはない、広場の反対側に、冒険者ギルドはあった。雑専ギルドの、倍はあろうかという建物。

「盗賊団の情報出して!奴らの寝ぐら、構成員の数!早く!」

「被害者の状況は?え?広場の反対側?……確認!見てきて!」

「おい、依頼書はまだかよ!こっちはもう、支度出来てんだぞ!」

 ……緊急の案件だからか、ギルドの中は、職員と冒険者、双方の怒号が飛び交う。その喧騒に圧倒されながら、ホール内を見回すと、……居た。ジルコが、カウンターの端に。

「俺が行ぐ。装備サ出してけねが(くれないか)

 大声、でもなかったけど、てんやわんやだったホール内が、ジルコを中心に静まり返ってゆく。

 呆気にとられる俺だったけど、ここは、冒険者(・・・)ギルドで、ジルコは、雑用専門(・・・・)ギルドの登録者、だよな?出しゃばり過ぎじゃないか、と思っていると。

「ジルコさん……行っていただけるんですね!ありがとうございます!––––ねぇ、誰か!倉庫からジルコさんの装備をお出しして!」

 受付嬢の言葉を受けて、一人の職員が、パタパタとホールの奥へと駆けだした。だから何で?

「ジルコ!……なんでアンタ、冒険者ギルドで顔が利いてるの?」

「おう、カケルが。……俺、前にこごさ(ここに)世話んなってだもの」

 我に返った俺が駆け寄ると、ジルコは、事もなげにそう言った。

「ジルコさんは、戦闘力が非常に高いので、こちらからお願いすることもあるんですよ。もっとも、一般の協力者扱い、ということになってしまいますが」

 どこかホッとした様子で、受付嬢が補足してくれた。これで、生死を問わずの討伐ミッションのところを、捕縛ミッションにできるので、危険度が下がるのだとか。

したがら(だから)、これからちっと行ってくるはんて(から)

「じゃ、じゃあ、俺も……」

「お()は、丸腰だべ?ダメだぁ」

「……それは––––」

 何も言い返せなかった。確かに、ついていったところで、足手纏いになるだろう。でも、だからって、せっかく仲良くなったのに。……まるで、兄貴みたいな顔で言いやがって。同い年のくせに。

せば(じゃあ)、行ってくる。待ってでけれ」そう言って立ち去るジルコを、何とも情けない顔で見送った俺は、所在無げに立ち尽くしていた。

「……大丈夫ですよ。ジルコさん、本当にお強いですから」

「でしょうね。でも、俺は、あいつの横に並べるように、なりたい……!」

 声をかけてくれた受付嬢に、俯いたまま、そう、零していた。……悔しい。


「よう!カケル。何してんだ?こんなとこで」

 不甲斐ない気持ちで、俯いていた俺に声をかけたのは––––

「バンディ!実は、今さっきジルコが……」

 ジルコが盗賊退治に向かったこと。自分が同行できなかったこと。事のあらましを語った。

「あぁ、確かにジルコだったら心配はいらねえだろうけど、……ソコ(・・)じゃねぇよ、な?」

 しっかり男、してんじゃねぇか、とバンディは俺の肩をポン、と叩く。そう、少し仲良くなったような、友達になれるかもって思った奴の、力になれない自分が、本当に不甲斐なくって……

「じゃあ、行くか?盗賊どもを捕縛しなきゃならねえから、何人か集めて、馬車で行くって言ってるからよ。俺も護衛についてってやるから、な?」

「うん……うん!行くよ。俺も行く!」

 このままじゃ、スッキリしない。戦うのは無理でも、何か役に立ちたい!

「よし、いい面構えだ。……受付さんよ。聞いての通りだ。俺たちも行く。っと、忘れてた。カケル、お前に、こいつを渡そうと思ってたんだ」

 そう言って、バンディが麻袋から取り出したのは、短剣と、小振りな盾。

「バンディ。これは?」

「この間お前、ワスプを倒したろ?あれの針と顎を素材にして、仕立てて貰ったんだ。お前の初勝利の記念に、取っとけ。俺からの、その、プレゼントってヤツだよ」

 ニッ、と男前の笑みで差し出してくるバンディ。このギルドの鍛冶屋に、頼んでいたらしい。

「あ、ありがとう、バンディ。これが……初めての、俺の装備……」

 受け取った装備、短剣『スティング・ダガー』と、盾『クランチ・シールド』。

「ダガーの方には、麻痺(パラライズ)の効果が付いてる。それで、その盾なんだけどな、ちょっと来てみな」

 促されて、ギルドの裏手、鍛錬場に向かう。

「よし、この丸太に、殴るみたいに、その盾を叩きつけてみろ」

「え~?せっかくの新品なのに?」

「いいから、やってみろって」

 ピカピカの盾を叩き付けるのは躊躇われたけど、仕方ない。言われた通りにしてみるか。

「~~~、せぇ~の!」

 丸太に打ち付けた瞬間、ガチンッ!という音がして、盾の裏に隠れていた、大顎のギミックが飛び出す。そして、勢いそのままに、直径十センチはあろうかという丸太を、切り裂いた。いや、どちらかと言うと、嚙み砕いた、というべきか。

「どうだい、面白れぇ仕掛けだろ?」

「面白いってより、ちょっと凶悪な気もするけど……とにかく、ありがとう、バンディ」

「なに、いいってことよ」

 これで、自分の身を守るくらいは、できるかな?

 そんなことを思っていると、ギルド舎の方から声がかかった。

「––––こちらにおいででしたか、バンディさん」


 声のする方に振り返ると、二つの人影が、こちらに近づいて来ていた。ほっそりとして、俺よりも少し低いくらいの背丈、真っ赤な、揃いの修道服。前を行くのは、キリリとした眼差しに、キュッと引き結んだ口元、後に続くのは、何が楽しいのか、頭から音符マークが浮かんでいそうな、掴みどころのない、ニコニコ笑顔の人物。二人の少女が、こちらに向かって歩いてくる。

「おう、アネホにアガペー。もう、時間だったか?悪いな」

「いえ、ですが、もうじき支度が整いますので、ホールへお越しください」

「分かった。おう、カケル。行こうぜ」

「うん。っていうか、この二人って、誰?」

「ん?あぁ、この二人はな、修道騎士団(シスターナイツ)の名門、カルヴァド家の姉妹でな。こっちのキツそうな方がアネホ、んで、こっちが妹のアガペーだ」

「初めまして。修道騎士団、紅玉小隊所属、アネホ=カルヴァドと申します」

 紹介を受けた姉妹の姉、アネホが、スカートの裾を摘み上げ、慇懃な礼を摂る。

「あ、こちらこそ、初めまして。俺は、コマツカ カケルって言いま––––」「ドーーーン!!」

 挨拶を返そうとした俺に、姉妹の妹、アガペーが突進してきた。

「ゲフゥゥゥゥッ!!」

「ヘイヘイ!カタいなぁ、アミーゴ!もっとリラックスしてこ~よ☆」

 腹部への強烈な頭突きから、流れるような動きで抱きついて、俺の頭を、わしゃわしゃと乱雑に撫でまわす。全く屈託のない、底抜けに明るい笑顔を見て、確信した。こいつは、アホの子だと。

「って!何いきなり抱き着いてんだよ!近ぇ~し!は、な、れ、ろっての!」

「いいからいいから!あ、それとも、抱きつかれてコーフン、した?アハハハハハッ♪」

「ちっげぇ~よ!そもそも、胸当てとかでゴツゴツしてんのに、興奮とか、ねぇ~し!」

 そう、この二人、修道服の上から、胸当てやら腰垂れ(サイドスカート)といった、部分鎧を身に着けているので、密着されても、むしろゴリゴリと鎧が当たって、結構痛いのだ。

「……いい加減になさい、アガペー」

 冷厳な、アネホさんの声。次いで、ゴンッ!という音と共に、アガペーが、力なく(くずお)れる。

「イッターい!お姉ちゃん、痛いよぉぉぉぉぉぉ……」

 涙目になってうずくまり、頭を押さえるアガペー。その頭には、大きなタンコブができていた。

「家名を貶めるような、恥ずかしい行いは控えなさいと、いつも言っているでしょう?」

 言い置いて、凛然と佇む、アネホさん。その手には、長さ五十センチはあろうかという、金属の棒。それが二本、鎖で繋がれた形をしている。

「あの、アネホさん?それって、もしかして、ヌンチャ……」

 ぶぅぅ……という、不満げなアガペーは置いておいて、アネホさんの持っている、アレって……

「これですか?これは、特注の『ツインヘッド・フレイル』ですが、何か?」

「いやいや、それ、どう見てもヌンチャクでしょ!……因みに、どうやって使うの?」

「……仕方ありませんね。では、時間もないので、少しだけ。あぁ、危ないので、離れていてください」

 吐息を一つ、呼吸を整えると、アネホさんは、丸太の的に向かう。

「ハォォォォォォォオッ!アタッ!アタッ!ホォォォォアタタタタタタタタタタタタタァッ!」

 ブンブンブンブン、と、凄まじい勢いで、手にした武器を振り回す。だから、その掛け声!

「––––ホアタァッ!」

 最後に、気合い一閃、横薙ぎの一撃で、丸太をへし折った。

「いかがでしょう」

「いや、やっぱヌンチャクだよね!掛け声も、なんか一子相伝の暗殺拳の伝承者みたいになってるし!」

「……あぁ、どうやら馬車の準備ができたようですね。では、参りましょうか」

 もう、いいや。俺は、追求を諦めて、馬車に乗り込んだ。


  一方、そのころ。

 ずんぐりとした、小柄な体からは想像もつかぬほど、矢のような速度で、街を抜け、街道をひた走る姿があった。鎧兜を身にまとったドワーフ、ジルコである。

 普段の皮服、皮帽子の上から、ヴァイキングのような兜を被り、金属製の胴丸を身に着けて、両手には、大振りな、二本の戦槌(ウオーハンマー)を携えて。

「…………」

 襲撃のあった場所まで辿り着くと、地に伏せて、目を凝らす。奪われた馬車、盗賊たちの馬の痕跡を探り、ややあって、枝葉に隠された、獣道のような側道を見出す。

「……ヨシッ!」

 愛用の戦槌の具合を確かめ、ジルコは、臆することなく側道へ飛び込んだ。


 ––––森の奥地では、盗賊たちが戦利品を検め、その配分に沸いていた。

「今日の獲物はアタリだな!宝石も金貨も、ホレ、こんなに!」

 一人の男が、下卑た笑みで麻袋を漁り、ジャラジャラと金貨を撒き散らす。

「おう、お前ら!いつまでもはしゃいでねえで、とっとと積み荷を馬に乗せとけ!」

 頭目らしい、中背の、毛皮のベストを羽織った男が、荒くれどもに怒声を飛ばす。

「冒険者どもに嗅ぎ付けられても面倒だ!目ぼしいもんだけ頂いて、さっさとずらかるぞ!」

「「「へ~い!」」」

 この頭目の男は、決して臆病な質ではないが、慎重をもって善しとするタイプで、今までも、王都の衛兵達の追撃を一人、ことごとく逃げ切ったことを(ほまれ)としている、そんな男である。

「か……か、頭ァ!大変でさぁ!敵、こっちに敵がぁ!」

 物見の報告に、舌打ちを一つ。即座に吠え返す。

「慌てんな!敵は何人だ!編成は?……おら、お前らも、急げ!」

 状況の把握に、部下の督励。俄かに騒めきだす陣内。息せき切って駆け寄る、配下の男。

「ハア、ハア……て、敵は一人。ドワーフのようですが、とにかくえれぇ速さでして」

「はぁ?一人だぁ?……と、待てよ。こんなとこに一人で乗り込んでくるようなドワーフ……」

 僅かな思案の後、思い至るところがあったのか、頭目の顔面から、血の気が失せてゆく。

「––––て、撤収!撤収だ、お前ら!【震天(クエイカー)】が来るぞぉぉぉぉぉ!!」

 言うが早いか、自らの馬に跨り、慌てて駆けだしてゆく。陣風もかくやというほどの逃げ足に、配下の誰しもが呆気にとられ、数瞬の遅滞が生じた、正にその時。

 ざんっ!という音と共に、草踏み分けて現れたのは、【震天】、と呼ばれた、ジルコの姿。

「……馬車ぁ襲ったのは、お前方(めがだ)だな?」

 ギロリと、破睨(やぶにら)みからの詰問。盗賊たちは、やや気圧された様子を見せたが、相手はただの一人、何を恐れることがあろう、と虚勢を張ることにした。

「な、なんだ、テメエは!たった一人で、この人数にかなうとでも思ってんのかぁ?」

「そうだそうだ!チビのドワーフのクセしやがって!」

 やいのやいのと騒ぐ盗賊たちを見やり、短く吐息したジルコは、双槌を大上段に構える。

「……むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 もはや問答無用とばかり、槌と槌とを重ねるように、地に打ち付ける。ゴ、ゴッ!という音に次いで発生したのは、打点を中心とした、同心円状に襲い掛かる衝撃波。津波のごとき勢いに、逃れることも敵わぬ盗賊たちは、次々と弾かれ、或いはその場で崩れ落ちる。

「ガッ!」「ギャッ!」「な、なん……!」……!……!

 かくして、三十名からなる盗賊団は、一瞬のうちに壊滅した。只一人、配下を見捨てて逃げた、頭目を除いて。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヌンチャクもフレイルももとは脱穀器具だし異世界なら同じような進化をたどって逆の名前が付くことも?
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