おキツネコンコン、愛・蒸・疾走
Day 2. おキツネコンコン、愛・蒸・疾走
巨大蜂との(俺的)死闘を終えて、一晩が過ぎ、早朝の時間帯、俺はまだ、半ば夢の中にいた。
「ん~ふふぅ~♪俺、やったぞ~。魔物、倒したんだ~」
正に、夢見心地で夢の中。昨日の出来事を反芻して、勇者気分だ。
「んん~~~~~?」
ふと、自分の顔に柔らかな感触。なんか、もっふもふな、イイ感じ。
あったかくて、柔らかい、極上の抱き枕みたいな。
ほのかに動物っぽい匂いもして、犬とか飼ってたっけ?と思いつつも、何だかもっとモフりたい、という欲求の赴くまま、ぐっと顔をうずめる。
すると、不意に漏れ聞こえる、くぐもった声。
「んっ……あん♡……あかんて、カケルちゃん。そこ、こそばいわ♡」
ん?カケルちゃん?……聞き覚えのある呼び方に、動きが止まる。
もしかして、いや、もしかしなくても……恐る恐る薄目を開けると。
目の前には、黄金色の毛並みの、柔らかな谷間。
横になったまま、そ~っと視線を上げると、そこには慈母の笑みを浮かべた、狐のような顔の……孤都、さん。
つまり、俺……この人の胸に顔を––––
サーっと血の気が引き、次いで、羞恥に顔面が燃え上がる!
「こ、こここ、孤都さん!何で俺のベッドに!」
急いで離れようとする俺の頭を、そっと抱き寄せるように捕まえて、
「ん~?寝ぼけてぇ……間違えてしもてん♡」
わざとだ……絶対わざとだ、これ。ヤバイ、ヤバイヤバイ!
「ちょっ、離れてくださいって!誰かに見られたら––––!」
どうにか顔を引き剝がそうと、足掻いてみる。
「い~や~や♡ウチ、カケルちゃんのこと、好きやねんもん♡しゃあから、もっと、ぎゅってしよ?」
そう言って、首の後ろに回した手に、力を込める。
「だから、ダメですって!っていうか察して!こんなとこ見られたら、俺が恥ずかしいから!」
暫しの攻防の後、どうにか落ち着いてもらって、向い合って座る。
「––––大体、何なんですか。会ったばっかりなのに、好き好きって。俺、そんなに好かれる覚え、ないですよ?」
いきなり過ぎる好意の嵐に、熟れたトマトみたいに真っ赤になって、孤都さんに聞いてみた。
「しゃぁかてカケルちゃん。恋は、落ちるもんなんよ?せやったら、時間なんて関係ない。そう言うもんなんとちゃう?」
……直球すぎる答えに、俺は言葉に詰まってしまう。
「カケルちゃんは、ウチのこと、キライ?もしかして、もっとヒトっぽい顔の方がエエんやろか……」
「そ、そんなことは……まぁ、もっと人間寄りの方が、とは、思わなくも……」
後半の方は、殆ど口の中で転がすような言葉だったけど、その大きな耳は、聞き逃すこともなく。
「そうか……」
孤都さんは、がっくりと項垂れてしまった。
「あ、いや、今のはそういう意味じゃ……別に、孤都さんがイヤとか、そんなつもりじゃなくって、ですね」
俯いてしまった孤都さんに、慌てて言い訳をする。俺だって、会ったばかりの女の人に、悲しい思いをさせたいわけじゃない。
「––––それやったら、これなら……どやろ?」
そう言って、振り上げた孤都さんの顔。すっきりと細面の輪郭、繊細に筋の通った鼻梁に桜色の唇。何よりも、吊り上がっているのに、どこかおっとりとした印象を与える、その双眸。
早鐘を打つ自分の鼓動を抑え、「キ、キレイ、です」としか言えない。
しかし、口に出しては言えないが、心の中で……
敢えて言おう!どストライクです!!
恥ずかしいから、あくまでも心の中で。
そんな俺の心を知ってか知らずか、孤都さんはどこか楽しげに、
「女はな……化けるんよ?」
なんて言ってる。
「っていうか、ホントに化けてますよね、孤都さん」
そう、キツネだったら、自由に化けられるハズ。
「ん?この顔、作っとるわけやないよ。ウチの顔をヒト寄りにしたら、こないなるゆうだけやもん♪」
つまり、ある意味、素顔?メッチャ俺好みの、この顔が?
––––ヤバイ、動悸が止まらない。顔面が、火を噴きそうなほどに熱い。
真っ赤に染まった俺の顔を見て、悪戯っぽく二ィッ、と笑った孤都さんは。
「ほ~んま、可愛らしなぁ、カケルちゃん?せやったらウチ、これからずぅっとこの顔でいよか?」
いっそあどけない程に純粋な瞳で、ジッと俺の眼を見つめてくる。
どこまでも引くことを知らない、孤都さんの攻勢にたじろぎながら、一旦仕切りなおそうと、軽く頭を引いた、次の瞬間。
ヒュッ、と風を切る音を残して、何かが鼻先を掠める。
壁を見ると、びぃん、と衝撃の余波に震える、針状のもの。
「(チィッ)……カケルよ、お主が中々起きて来ぬから、様子を見に来たぞ」
翻って扉の方を見れば、吹き矢の筒を手にした、ライアーの姿。
基本鷹揚な態度の、忍者風装束の、狒々オヤジ。
「ってかおっさん!その吹き矢、むしろ永眠させに来たろ!」
「ふむ?これは異なことを。我はただ単に、日課の鍛錬をしようと思うたまで。お主等が睦みあっていたとて……次は毒矢じゃ動くでないぞ!」
朗らかな表情とは裏腹に、次弾を装填しようとしてる。間違いない、このおっさん、孤都さんのこと好きなんだ……って!
何とか必殺の一矢を避けようと、身構えていると、俺の隣から、
「––––ライアー」と、冷ややかな、孤都さんの声がする。
何だか、部屋の温度も少し下がったような……
「あんさん、ソレ撃ったらどないなるか、分かっとんのやろね?」
ビクリ、と身を震わせるライアーに、氷点下の眼差しを送る。
気のせい……じゃない!孤都さんの周りに、雪、いや、大粒の氷の結晶が舞い踊っている。
「ま……待て!孤都!今のは、そう、ただの戯れなのだ!であるからして、本気でそやつの命を狙った訳では……済まぬ!この通りだ!」
しどろもどろで言い訳をしていたライアーは、体面もへったくれもなく、超高速バックステップからの土下座を極めていた。
「なぁアンタ、謝る相手はウチやないんとちゃうか?……氷漬けがエエ?それとも、ば~べきゅ~、なりたいんかなぁ?」
凄む孤都さんに、血の気の失せた顔でライアーのおっさんがこちらを向いて、
「済まぬ、カケル!どうか、どうか許してはもらえぬだろうか!」
「”様”が抜けとるよ?」
「ヒッ!カケル様!どうかこの通~~~~~~~り!!」
何だか哀れになってきた。この辺で許してやろうか……
「いや、もういいけど。ってか、ナニ?孤都さんってそんな強いの?」
純粋に湧いてきた疑問を、何気なくぶつけてみる。
「え~?そないなこと、あれへんよ?」と、元通り、穏やかな雰囲気を纏いなおした孤都さん。
しかし、いつの間にか俺の隣りに寄ってきたライアーのおっさんは、
「ああしておれば分からぬであろうが、怒らせた時の孤都は……鬼じゃ」
ひそひそと、孤都さんに聞こえないように気遣いながら、耳打ちするけど。
空気も揺らさないほど自然な動きで、ガシッ、とライアーの襟首を掴み、
「そんならカケルちゃん。ウチ、ちょぉ~っと用事思い出したわ」
そう言って、おっさんを引き摺って部屋を出てゆく。
「ま、待て!待ってくれ!孤都、いや孤都様!カケル様ぁぁぁぁぁぁぁ!何卒!何卒ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
引きずられるおっさんは、売られてゆく仔牛のような、縋るような目で俺を見てきたが……ムリ。孤都さんを止められる自信はない。
冷や汗とともに二人を見送っていると、ガン!ガン!ガン!と、階下から、鍋を叩く音が聞こえてくる。
「……なんだ、今起きる時間なんじゃん」
何が『中々起きないから』だよ。名前通りの噓つきめ。
ギルドホールの片隅、食堂に行ってみると、みんなもう集まっていた。
バンディは眠そうな顔で欠伸を零し、エルフのディジーと向き合って、ドワーフのジルコは、今日はチェスの盤を囲んでいる。
そして、すっかり平静を取り戻した様子の孤都さんは、お茶を嗜む。
何だか、その後ろにボロクズのように焦げた、黒い塊が見えたけど。
敢えて気にしないことにしていると、妙に陽気な声が降ってきた。
「HAHAHA!遅カッタデハナイデスカー!カケル様!」
見ると、忍者風装束を纏った、ムッキムキの大男が立っていた。
「……誰だよ?」
「ナニヲ言ってルデスカー?ワタシハ、ライアーデアルマース!」
「いや、違ぇ~だろ!どっから見ても別人だし!?」
親指を立てて、白い歯を見せる大男に、ツッコミ所しかない。
「––––で?何がどうなってんの?おっさんは?」
「Oh!ワターシハ、孤都サマニオシオキサレソウニナッタノデ……
【カワリミノジュツ】使イマシター!大成功デース!」
「大失敗だよね!お仕置き受けるの、アンタだよね!」
「What?ナニヲ言ッテルカ分カリマセーン!HAHAHA!」
もういいや。仕方ないので、このニセ・ライアーはスルーの方向で。
……となると、孤都さんの後ろの黒焦げ、あれがホンモノか?哀れおっさん。安らかに眠れ。
さて、気を取り直して、今日の朝食は何だろう?と卓を覗くと。
並べられていたのは、パンにサラダ、野菜と豆のスープ……
フルーツサンドなんかもある。そして、肉はない。
こんなリクエストを言いそうなのは、やっぱり、アレか。
「受付さん。今日のリクエストって、あのエルフのひと?確か、
ディジーとかいう」
食事のメニューは、登録メンバーのリクエスト。俺は、興味半分で、誰の希望なのか、クイズ感覚で当ててみようと思っていた。
「あら、よくお分かりですね。今日はディジーさんのご要望ですよ」
目を丸くして、正解です、という受付嬢。でもやっぱり肉抜きで、野菜ばっかりっていうと、エルフの特徴だよな。
見事に正解を言い当て、俺は上機嫌で食卓に着いた。
「それで、受付さん。俺、今日はどうすればいいですか?」
朝食後、今日の予定を聞いてみた。
「そうですねぇ……今日は––––」
「ウチがやる!カケルちゃんに、エエとこ見したんねん!」
受付さんが決定する前に、孤都さんが猛アピールしてきた。
自分推しが強すぎて、今にも倍プッシュとかしてきそうな勢いだ。
「……はい、分かりました。では、孤都さん。お願いできますか?」
若干引き攣った笑みを浮かべて、受付さんも了承した。
「やった~♪ほんならカケルちゃん。今日はウチとお出かけや!」
快哉を上げながら、俺に腕を絡めた孤都さんは、出口に向けて歩き出した。
「孤都さん、行きます!行きますから、ちょっと離れてぇ!」
––––数分後。
街の外れ、南側にある空き地にやって来た。
「……で、今日は何するんですか?」
「ん~?今日はここの雑草の処理やねぇ」
「え?マジっすか……これ、今日中に終わらないんじゃ……」
ざっと見て、サッカーのグラウンド位はある。しかも、茫々と繫茂した草。こんなの、一人二人で出来るような量じゃないだろ。
「へ~き平気♪カケルちゃんは、そこで見とったらエエよ♪」
そう言って、孤都さんは空き地の際まで歩み出る。
「いや、見てるだけって。孤都さん一人じゃ尚更大変でしょ?」
「エエからエエから。あ、こっから前に出たらアカンよ?危ないよってな」
前に向き直った孤都さんは、両手を緩く広げた。
身に纏う雰囲気が変わったような気がして、瞠目していると。
右掌には炎が、左掌には水塊、というのか、水のようなものが浮かぶ。
「ほんなら良ぉ見とってや?」
そして、炎と水を混ぜ合わせるように、呪文(?)と共に両手を打ち合わせる。
「【熱・蒸・焔・波】!」
次の瞬間、空き地全体から、物凄い勢いで蒸気が吹き上がった。
ボシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!という音を上げて、蒸し焼きになる雑草。
スゲエ。あっという間に空き地中の草が枯れ果てたよ。だけど。
「レ、レンジでチン……?」
「ちゃうちゃう、レン・ジデ・チーンや」
振り返った孤都さんは、イントネーションを指摘する。ってそこかよ!
「そんで、どやったどやった?」
ウキウキした様子で、感想を求めてくる孤都さん。
「いや、今のって魔法、ですよね?それはスゲエと思うんだけど、呪文が……」
「ん?カケルちゃんも、やってみる?」
「え?できるんですか!?」
呪文は正直ビミョーだけど、俺にも出来るなら……やってみたい!
「大丈夫やって。ウチが介添えしたるし」
そう言うと、俺の後ろに回って、抱き着くように手を取る。
ギュウッ、と背中に押し付けられた、柔らかいものの感触に、顔が火照る。
「あの、孤都さん。せ、せなっ、背中にっ、その、あた、当たって……」
「うん?当てとるんよぉ♡それよりも。ま・ほ・う。試してみよか♪」
耳朶をくすぐる囁き声に、真っ赤に染まった顔で「はい」と頷くしかできない。
「順番に行くえ?まず、右の手ぇに炎を思い浮かべて……【レン】」
「レ、【レン】」
すると、右の手の甲から掌にかけて、じんわりと温かい感覚が伝わって、ポウッ、と炎が灯る。
「エエよ、次は左。湧き出て、留まる水……【ズィーデ】」
「ジ……え?ズ、【ズィーデ】?」
左手の平から、水が湧いて空中に珠のように浮かぶ……って、ズィーデ?
「ほら、集中せな。最後に、混ざり合って、解放するように……【ティーネ】」
「……ティ、【ティーネ】」
パンッ!と手を打ち鳴らすと、目の前の地面から、ポシュッ!と上がる蒸気。
「お上手。エエ筋しとるよ♪」
目を細めながら、頬ずりする程の距離で俺を覗き込んでくる。
「できた……けど、なんか呪文が違っ、てうわっ!近いよ、孤都さん!」
「エエからエエから♪お昼でも食べながら、おさらいしよ♪」
空地の中は、まだ蒸気でムシムシしていたので、少し移動して。適当な場所に敷物を敷いて、差し向かいで腰を下ろす。
孤都さんが持ってきた包みの中は、予想通り、重箱一杯のいなり寿司。
まぁ、甘じょっぱさの加減が絶妙で、大変美味しかったけど。
食べている間に聞いた話だと、さっきの魔法、正しくは教わった通り、レン・ズィーデ・ティーネ、という呪文なんだけど、孤都さん曰く、繋がりよう縮めたらああなった、とか。なんだそりゃ。
「呪文言うてもな、魔力に方向付けるだけのきっかけに過ぎんのよ?
慣れたら、それこそ心ん中で唱えても発動出来るようになるんよ」
「それって、詠唱破棄とか言うやつですか?」
「あら、物知りなんやね、カケルちゃん。ますます惚れてまうわ♡」
この人の好感度メーターは、プラスしかないんだろうか?
「大体、なんなんですか?孤都さん。一々好きとか惚れたとか。俺なんて、そんな言われるほど良いとこなんて……ねえし」
好かれて、嫌な訳じゃないんだけど、何故か、自虐的な言葉が口を衝いた。
「アカンよ、カケルちゃん。そない、自分のことを『なんか』やなんて。ウチ、悲しいなってまうわ」
それまでとは打って変わって、急に真剣な表情になった孤都さんは。
「エエか?カケルちゃん。人を、誰かを好きになるんは、どこなんやろうね?技能?それとも、お金?そんなん、ちゃうやん。誰かを想って、胸んところがぽうっと暖ったこうなる。それだけで価値のあるもんなんよ?」
胸に手を当てて訴える孤都さんに、言葉を返せない。
「しゃあからね、カケルちゃん。好きゆう気持ちから、逃げんといてな?ウチも、カケルちゃんの気持ちやったら、受け止めるよって」
優しい言葉だったけど、何故か胸が苦しくなって……思い出したくない『何か』を、目の前に突き付けられた気がして、絞り出すように、呟いていた。
「……怖く、ないんスか?断られたら……ダメだったらって思うと」
「怖ない、言うたら嘘んなるなぁ。それでも、自分で動かんでダメになったら、きっと後悔する。そんなん、寂しいやないの」
知れず、俯いていた俺の頭に、暖かな手の感触。ゆっくりと顔を上げると、いつの間にか隣りに座る孤都さんが、労わるように俺の頭を撫でる。
「……辛いこと、思い出さしたんやったら、カンニンな?」
「いや、孤都さんのせいじゃない……俺、こっちの世界に来てから、自分のこと、あんま思い出せないんだけど、今の話を聞いて、思ったんだ。多分、もしかして。俺、誰かを好きんなって、告白もしないでダメ、って決めつけてたんじゃないかって」
自分で自分の気持ちにケリをつけてないから、なんかモヤモヤする。
そうなんじゃないかって、そう思った。
「でも、そんなんじゃ、スッキリしないよな。俺、今度は言葉にするよ。孤都さんの気持ちにも、自分で答えを出したい」
時間はかかるかもしれないけど、孤都さんの『好き』に、答えを出さなきゃ。
「うん。待っとるよ」
母のように、姉のように。孤都さんは柔らかな笑みを浮かべる。
「さ、落ち着いたら、次、行こか」
四半刻ほど休憩してから、孤都さんが、口を開く。
「え?どこに?」
「今日はもう一件、仕事があるんよ」
孤都さんが言うには、街外れでもう一件、駆除依頼があるのだとか。
「この先にな、むか~し、錬金術師の使うとった『研究所跡』があるんよ。最近、そこにゴブリンが住み着いたらしいてな。駆除依頼が来とうのよ」
「ゴブリン、って……あの、女の敵みたいなヤツ?大丈夫、なんですか?」
何かで読んだことがある。奴らに負けた女の人は、大概ヒドイ目に遭うのだ。
「心配せんかて大丈夫。今度は、ウチの格好エエとこ見したげる♪」
何だか、ウキウキした様子の孤都さんに、まずは付いてゆこうと思う。
密かに、この人を守ろう、と心に決めて。
––––五分ほど歩くと、その建物はあった。
建物、というか、半ば地面に埋もれた石造のアーチみたいな、その入口。
「あいつらな。エライ臆病なんよ。五十とか、百匹位に増えんことには人は襲わん。ここのんは、そろそろ危ないよってな」
その言葉を聞いて、背筋を冷たいものが伝い落ちる気がした。
「……つまり、もう四~五十匹くらいに増えてるってこと、ですか?やっぱり、もっと人を集めてきた方がいいんじゃ」
「心配してくれとんの?カケルちゃん。嬉しいわぁ。しゃあけど、大丈夫。あいつら、ウチを抑えることも出来ひんから」
スッゴイ自信満々で言ってるけど……大丈夫なんだろうか。
入口の脇には、二匹のゴブリンが見張りに立っている。
その姿を確認して、孤都さんは右手を銃の形に握り、狙いを定めた。
「そ~れ!【炎弾射出!】」
呪文と共に、指先に灯った炎が、尾を引いて迸る。
相次いで飛来した炎塊は、狙い過たず、見張りのゴブリン達を穿つ。
悲鳴を上げる暇もなく、頭部を焼き尽くされた二体は、どう、と頽れた。
「ほんなら行こか♪」
颯爽と歩き出す孤都さん。やっぱり、上機嫌だよな。
––––中に入ると、薄ぼんやりとした燐光が、所々に灯る大空間があった。
ただの大穴とか、岩窟といった感じではない、滑らかな石材の地下施設だ。
奥の方には、ひな壇状になった石段があって、例えるならオーケストラのステージのような、広大な空間の中、ギャイギャイと騒ぎ立てる、ゴブリン達がいた。
今、俺たちが立っているのは、全てを見下ろせる、バルコニーのような造りの場所。
左右の端を見れば、下へと降る階段も見える。
「うわあ……何匹いるんだよ。十や二十って数じゃねえし……」
押し合いへし合い、数えるのも嫌になるほどの数のゴブリン達。
「うん。チャチャッと終わらしてくるよって、カケルちゃんはここで見とってな」
「え、やっぱり危ないって、孤都さん。俺も––––」
「だ~め。カケルちゃん、丸腰やし。それよりも、ウチの服、預かっといてや」
言うなり、バサッと脱いだ服を、放り投げて寄越す。
「うわっ!……って、孤都さん!?」
慌てて宙を舞う服を受け止める。って、なんでここで脱ぐ!!?
思わず孤都さんの方に視線を向けると、そこにいたのは、裸の孤都さん、ではなく。
夕日の光を浴びた稲穂のような、深い黄金の美しい毛並み。その狭間から覗く、知性を湛えた鳶色の瞳。地を踏みしめる四肢には、鋭い爪を具えた、気高き美獣。
仔牛ほどもある大きさの、巨大な狐が立っていた。
『ゴメンなぁ、カケルちゃん。ヒト型の《ぬうど》やのうて……期待、した?』
「いや、ビックリしただけ、デス」
別に、期待とかしたわけじゃないよ?マジでマジで。ただちょっと想像は……いやいや!
そんな俺の葛藤を他所に、巨狐へと転じた孤都さんは、ト・トっ、と軽快なリズムを刻み、階段を駆け下りようとしていた。
『行くえぇ……【焔狐】!』
階段の半ばまで行ったところ、孤都さんは呪文を唱える。
途端、孤都さんの全身から、赤々とした炎が吹き上がった。
––––結論から言うと、その後は、一方的な展開だった。
ゴブリンの群れに飛び込んだ孤都さんは、その燃え盛る爪で、牙で、蹂躙しまくったのだ。
逃げ惑うゴブリンを引き裂き、一か八かで襲い掛かるゴブリンを歯牙にもかけず、打ち倒す。
何しろ、どうにか取り押さえようと飛び掛かったゴブリンも、孤都さんの全身から噴き出す炎に捉えられ、成すすべもなく、炎に包まれていったのだから。
程なくして、いよいよ最後の一匹。
『これで、終いや!』
何十匹めかのゴブリンを、危なげなくその爪にかける、孤都さん。
『なぁなぁ、カケルちゃん!見とってくれた?』
その場でピョンピョン飛び跳ね、嬉しそうに言う孤都さんに、声を返そうとして……
「孤都さん、危ない!後ろ!」
『え?いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
孤都さんの後ろから忍び寄った、ゴブリンとは違う影。
ナマコのような体躯に、何本もの蠢く触手。多分、ローパーってヤツだ。
その長く延びた触手で、孤都さんを搦めとっている。
『嫌、嫌や!ウネウネ嫌いぃぃぃぃぃ!は、はなっ、離れてえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
ヤバイ!助けに行かないと!……でも、武器ないし、どうすれば!
––––さっき教わった魔法?ダメだ!あれ、多分範囲攻撃だから、孤都さんも巻き込む!
何か、何かないか!––––!
焦りながら、辺りを見回す。あるのは、ゴブリンが持っていた、錆び付いた剣。これだ!
階段を駆け下り、ボロイ剣を拾うと、無我夢中でローパーに向かっていった。
「このぉっ!孤都さん、を!離せぇっ!」
何度も切りつけるが、ボムッ!という、ゴムを叩いたような感触で、弾き返される。
そうしている間にも、ギリギリという音とともに、触手が孤都さんを締め上げる。
『あ”あ”あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
悲鳴を上げる孤都さん。その全身を覆っていた炎も、消えている。
ゲームなんかに出てくるローパーだと、ドレインも使ってくる。それでか!
でも、どうする?多分、触手から魔力を吸収してるんだろうけど、簡単には切り落とせない。
このボロイ剣じゃ、胴体に突き刺すことも、できそうにない。
––––さっき教わった魔法で、この剣、強化できないか?
ふと、頭に浮かんだのは、ウオーターカッター。極細の噴射口から、超高圧で水を噴き出すことで、ダイヤモンドだって斬れるはず。あんな感じにできれば!
手にした剣を構えなおして、イメージを固める。極薄の水で、剣をコーティングするように。
薄く、薄く。極限まで研ぎ澄まされた刃を、思い浮かべる。
剣に添えた左手に集中して、発動の声を上げる。「【ズィーデ】!」
……水は出たけど、ぼたぼたと手から垂れ落ちるばかり。
「ッ!なんでだよ!こんな時にまで、俺は!」
何で!何で俺は肝心な時に、こうなんだよ!
『カケ……ちゃ……【ズィー、デン・リーパー】、や』
俺のやろうとしたことを察してくれたのか、孤都さんが、声を振り絞る。
情けない自分を張り倒すように、力を込めて、もう一度!
「【ズィーデン・リーパー】!」
今度こそ、手にした剣に沿って、水の刃が迸る!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
体当たりをするように、身体ごとぶつかって行くと、意外なほど滑らかに、刃が突き刺さる。
「孤都さん、をぉ!はぁ~なぁ~せぇ~~~~~~~~~っ!!」
勢いに任せて、ローパーを切り刻む。無我夢中で剣を振り回した。
「はぁっはぁっ……はぁ~っ……孤都さんっ!大丈夫ですか?」
巨孤の姿のまま、首をもたげた孤都さんは……
ベロ、ベロベロベロベロ………………っ!
「うわっ!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
それはもう、猛烈に俺の顔を舐めてきた。
『怖かったぁ~!おおきに!おおきに、カケルちゃん!ウチ、もうアカンかと思たぁ!』
ハッキリ言って、息を吐く暇もないペロペロ攻撃には閉口したけど、孤都さんを守れて良かった。
何とも言えない達成感に、自然と顔がほころぶ。
『カケルちゃん、負ぶってぇ~~~♡』
「無理ですよ!孤都さん、今、俺よりデカいじゃないですか!」
圧し掛かってくるけど、絶対ムリ。だって、引きずってるし。
暫くすると、孤都さんも人型になることが出来たので、なるべく見ないようにして服を渡してから、孤都さんを負ぶって、帰路に就いた。
–– その日の夕食後 ––
後片付けをかって出て、受付さんに、疑問をぶつけてみた。
「あの、受付さん。一個聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
食器を回収していた受付さんが、顔を上げて、こちらを見る。
「ここって、雑用専門ギルド、なんですよね?」
「ええ、そうですよ」
「……今日のゴブリン退治とかって、雑用じゃなくねっスか?」
俺の知る限り、ゴブリン退治ってのは、初心者向けとか言われてる、冒険者の仕事だったはず。
「あぁ、そのことですか。そうですねぇ……確かに、最初は冒険者ギルドに持ち込まれるような依頼なんですけど、何しろ人気がないですからねぇ、ゴブリン退治。なので、結構放置されがちで。それで、増えすぎてくると、うちに回ってくるんですよ。害獣駆除として」
困ったものです、と、頬に手を当て、ため息交じりで説明される。
「駆除って……でも、危なくないんですか?」
「あら、今日、ご覧になったんじゃないんですか?皆さん、結構お強いんですよ」
「そりゃあ見ましたけど……あ”~~~、なんか、雑用の定義が分からなくなってきた……」
「簡単ですよ。ご依頼者様の立場から見て、《雑用》と思えば、雑用なんです。例えば、ほら。魔王と勇者さんがいたとして、勇者さんから見れば、魔王の前までの戦闘は、雑事になるじゃないですか。そういうことですよ」
そうか?そう言うもんなのか?……なんだか、全然納得できないんだけど。
「じゃあ、もう、冒険者ギルドで良くね?」
「いえいえ~。うちはあくまで、冒険者ギルドの補完、が目的ですから♪」
朗らかに言うけど、やっぱり分からん。
一体何なんだ?この、雑用専門ギルドっていうのは!




