デェト オア デッド
Day.6 デェト オア デッド
『グレナ・モルテ・ラジヲ・ネット、朝のニュースを、お伝えぇ致します。––––王都を出発した勇者様御一行は、昨日ベン・リーナの街に到着され、予定通り––––』
ホールに据えられたラジヲから、朝のニュースを読み上げる、どこかとぼけたような声音のアナウンサーの音声が流れてくる。
いつもなら、今日の仕事の割り振りの時間だ。けれど––––
「カケルちゃん♪これなんてエエんとちゃうやろか?」
「孤都さぁん。そんなもん、どこから持ってきたんですか……」
俺は、少なくない緊張感とともに、着せ替え人形のようになっていた。
ちなみに、孤都さんが持ちだしてきたのは、紺の裃と長袴。桜吹雪か、デンチューでござる!ってな感じのヤツな。
––––で、何でこんな事をしているのかっていうと––––
昨日、ナオヤ君達を出迎えて一しきり話が落ち着いたころ。
「ところで、アネホ達が見当たらないようだが、まだ戻らないのだろうか?」
凛然とした空気を纏いなおしたジョルジュさんが、そんなことを言い出した。
「彼女たちでしたら、冒険者ギルドの方に所属されてますから、そちらだと思いますよ」
受付さんが説明をすると、「……む?あぁ、成程。そう言えばこの街のギルドは、一つだけではなかったのだな」と、得心がいったように頷いた。
少し考えるそぶりを見せたジョルジュさんは、うつむき加減な顔を振り上げて。
「アースラ、アンズー。話は聞こえていたな。……連れてこい」
「「はっ‼」」
後ろに控えていた、二人のシスターに指示を飛ばす。
指示を受けた二人は、胸に手を当てて返事をすると、風のように駆けだしてゆく。
やがて––––
『何故こんな扱いなんですか!放して!放してください!』
そんな言葉が表から飛び込んできて、グルグルに縛られたアネホさんが、小脇に抱えられて連行されてきた。ナオヤ君の時もだったけど、やっぱり荒っぽいなぁ……
ジタバタと抵抗を続けていたアネホさん。しかし、ホールの床に降ろされてジョルジュさんの姿を認めると、途端に姿勢を正して直立不動の体勢をとった。
…………後頭にダラダラと大粒の汗を垂らしながら。
「––––っご、ご無沙汰しております隊長!こちらに赴任してより中々連絡も差し上げられませんで不調法のほど申し訳––––」
「あぁ、固い挨拶はいい。それよりも、久々に会ったのだ。他人行儀ではなく、昔のように呼んではくれまいか?なぁ、アネホ」
「……は、はい…………ジョルジュ姉さま」
もう、見ていて可哀そうになるくらいカチコチになっているアネホさんに、鷹揚な態度で応じるジョルジュさん。……………………っていうか、姉さま?
「ア、アネホさん?……姉さまっていったい––––」
確か、二人のファミリーネームは違ったはずだ。『お姉さまぁ♡』な関係にも見えなかったので、その辺のトコロを聞いてみようとしたら––––
「ふむ?気になるか。その子たちと私は従妹同士でな。カルヴァド家は分家にあたるのだが、当家の先代、私の祖母には子がなく、カルヴァド家の妹、彼女たちの叔母が当家の養子に入ったというわけだ」
それだけでなく、一時期は姉妹同然に過ごしていた時期もあるのだとか。
「ふふっ、懐かしいな。幼いころは、共に一日中野山を駆けまわったりしたものだ」
(ハチミツを食べようと言って、巨大な蜂の巣を叩き割って、一日中逃げ回っただけ、ですが……)
ポツリ。ジョルジュさんに聞こえないような小声でアネホさんが呟く。
けれど、ジョルジュさんは気付くそぶりもなく。
「うむ、実に懐かしいな。三人で黄金の果実を採りに行ったり––––」
(火山地帯の上に炎翼鳥の生息地で、危うく火葬されるところでした……)
「近所の肉屋の犬と遊んだり––––」
(あなたがうっかりキルしてしまった犬の代わりに、私達が番犬の真似事をさせられて……)
「賢しらではあったが、実に楽しい日々であったな!はっはっは!」
(あなたに正面切って意見が言えたなら、さぞや楽しかったでしょうね……)
……うわぁ……
幼いころのジョルジュさんは、相当に英雄的な子供だったらしい。その遊びに、普通の子供が付き合わされたら、そりゃあたまったもんじゃないだろう。
必死で何かを抑えて、ブツブツと小声で訴え続けるアネホさんに、心の中でそっとエールを送った。
「––––ジョルジュ様。昔話も結構ですが、そろそろ本題にお入りくださいまし」
尚も楽し気に武勇伝を語ろうとするジョルジュさんの後ろから、可愛らしい声がかかる。
見ると、ウエーブの掛かった金髪ボブヘアーに、大きな眼鏡が特徴的な碧眼。純白のローブの上から、白地に銀縁の、胸丈のケープを羽織った少女が歩み寄ってきた。
「おぉ、すまんなシスター・マリエラ。つい話し込んでしまったようだ」
「いえいえ。私には、ジョルジュ様がお一人で盛り上がっていたようにしか見えませんでしたけれど。……え、もしかして、療養所の手配をした方が良うございましたか?私、認知症の方の介護には自信がございませんので」
「はっはっは、何を言うか。私はアネホとの会話を楽しんでいただけだぞ?なぁ、アネホ」
「…………………………………………」
無言のまま、ふいと視線を逸らしてしまうアネホさん。
「あー……ん゛んっ!そ、そうだ!まだ呼び出した要件を言っていなかったな。シスター・マリエラ。例の書類を頼む」
旗色が悪くなったと踏んでか、ごまかすように話を振るジョルジュさん。
それを受けて、やれやれ、と言いたげに肩をすくめたマリエラと呼ばれた少女は、あらかじめ用意してあった紙束を差し出した。
「アネホ。君の母上からこれを預かってきた。好いた者を選ぶがいい」
そう言って示された紙面には、何人かの獣人男性の肖像(女性と違って、ケモノ割合が高めな容姿が一般的らしい)。それと、彼らのプロフィールが記された身上書。
もしかして、いや……もしかしなくても、縁談?
「うっ!……」とたじろぐアネホさん。
けれども、そんなアネホさんの様子にも一切構わず、一枚の肖像を抜き出したジョルジュさんは、「これなど良いのではないか?この狼獣人の男性、『日に六回は当たり前。子供も五人は作れる自信がある』と言っている。お勧めだぞ?」なんて言ってる。
(そう言う方ばかりだから嫌なんですよ……)と。
顔を俯かせたアネホさんが、聴こえるかどうかといった声で呟く。
「分かっているとは思うが、家のためにも子を残さねばならん。納得のゆく理由もなしに断ることは許されんからな?」
家名を守るため、と念を押すジョルジュさん。やっぱり昔の武家や貴族みたいに、『お家のために』血筋を残すことを優先するものなんだろうか。
当のアネホさんは、汗をダラダラ、何か上手い言い訳を探すように、強張らせた顔を右に、左に巡らせて、そして最後に…………俺と目を合わせた。
––––この時、アネホの心は苦悩の渦中にあった。
(……な、なんとかしなくては。お見合いそのものは覚悟してましたが、あんな……タネ馬のような自慢ばかりの方と添い遂げるなんて。…………ムリムリムリムリ!無理に決まってます!そもそも、お相手は自分で見つけて見せると言っておいたのに、なぜですかお母様!!!)
ここまでの思考に0,1ミリ秒を費やしたアネホは、次いで、事態の打開策に思いを巡らせた。
(何か……何か良い方策は……っ!もはや、誰かと既にお付き合いしているということにして誤魔化すしか!ですが、一体誰と––––ライアーさん、は論外として、バンディさん?いえ、あの方は腹芸ができません。となると、あとは……師匠!すみません‼)
––––加えること、コンマ2秒。彼女の生涯において最も脳を酷使したであろう時を経て、導き出された窮余の策を実行に移すべく、アネホはその唇を開いた。
ちなみに、ドワーフであるジルコは、極度の緊張下にある彼女の目には、その身長の低さ故目に入らなかったようだ。
「……も、申し訳ございません、姉さま。そのお話はお受けできません」
「……理由は?」
たっぷりと視線を彷徨わせ、彼の姿を認めると、心の中で何度も謝罪を重ね、意を決してその名を口にする。
「わ……私は既に、こちらのししょっ……カケルさんとお付き合いさせていただいておりますっ!!!」
「……ほう?」
「…………えぇっ⁉」
片眉を上げ、検分するかのようにカケルを見詰めるジョルジュ。
突然のことに対応出来ず、間の抜けた声を上げるカケル。
そして、爆弾を投下した少女は、カケルの元へと駆け寄った。
「––––カケルさんとお付き合いさせていただいておりますっ!!!」
突然の爆弾発言をかましたアネホさんが駆け寄ってくる。そして、いきなりのことで固まっている俺の手を取ると、「すみません、カケルさん!内緒にしていたのにこの様な形で暴露してしまって!––––でもっ!やっぱり私はお付き合いするなら好きな方とでないと!」
目の中をグルグルさせていたアネホさんは、次の瞬間にはその瞳の中に、今ダケデイインデス 話ヲ合ワセテクダサイ オネガイシマス オネガイシマス オネガイシマス オネガイシマス オネガイシマス オネガイシマス オネガイシマス………………と浮かんだように見えた。
「カケル、と言ったかな?少年。今のアネホの言ったことは本当か?」
険しい目つきで俺を見てくるジョルジュさん。ここでうかつに「いや、実は冗談で~す!てっへぇ~♪」なんて言ったらどうなるか分かったもんじゃない。
ちらりと視線をさまよわせる。と、目の端に映った孤都さんが『しゃあないなぁ』みたいな感じで、苦笑交じりにため息を零しているのが見えた。……助けてやれってこと?
「どうした?言えんのか?」
口端を吊り上げて、笑ってはいるけど、目が一ミリも笑ってないジョルジュさん。とにかくその圧がハンパねぇ!けど……えぇい!やるしかねぇか!
「はいっ!お付き合いさせてもらっちゃってます!!!」
もうヤケだ!とばかりに叫ぶと、「……ほう?」と言いながら大股で歩み寄ってくる。なんか、この人が『ほう?』って言うと嫌な予感しかしないんだけど!
「すると、君たちは相手がヤんでいようとスコスコだろうと愛し抜けると、そう誓える程の仲だと言えるのだな、あ゛ぁん?」
「近い!近い!近い!怖い!怖い!怖いっ!!!」
ズンズンと近づいてきたジョルジュさんが、鼻と額が触れそうなほどに顔を寄せてくる。
「……む、済まない。つい嫉妬……いや、アネホの事が心配で声を荒らげてしまった」
いや、嫉妬って言ったよこの人!
「それで?重ねて聞くが、二人の仲はどうなのだ?先ほどの言葉に偽りはないのだろうな?」
「もっ、ももも勿論です!ただ……」
緊張からか、若干嚙みながら声を上げるアネホさん。繋いだままだったその手は小刻みに震え、不安気に揺れる瞳が俺を見上げてきた。
正直、俺も不安だったけど、彼女の瞳を真っ直ぐに見返し、小さくうなずく。そして、二人でジョルジュさんに向き直って、声をそろえて口を開く。
「「ヤンデレだけは勘弁してください!」」
「……む、そうか。まぁ良かろう。……しかし、そういうことであれば、ひとつ証を示してもらわなくてはならんな」
口許の笑みをさらに深めて、それでいて身に纏うオーラのようなものを黒々と立ち昇らせて、ジョルジュさんは審問官のように宣言した。
「ね、姉さま。証とはいったい……」
怯えたようにアネホさんが訊ねる。
「なに、そう構える程のことではない。……が、その前に準備が必要だな。アースラ、アンズー。飢獣隊をこれへ!」
「きじゅうたい?」
聞きなれない単語に首を傾げていると、やがて二人のシスターが、猛獣でも入っていそうな檻を、台車に乗せて運んできた。その檻の中には……
「ヲトコッ!ヲトコッ!ヲトコォォォォォォォォォォォォォォッ!」
「♂♂♂♂♂♂ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「ハッフ!ハッフ!……ハッ!ハッ!ハッ!」
鉄格子をガシャン!ガシャン!と揺らし、赤、黄、緑といったボロボロの修道服を身につけた女の人達が、もはや人とも思えない雄叫びを上げていた。
「……あの、ジョルジュさん?この人たちは––––」
「うむ。この者たちは各隊よりの選りすぐりで構成された部隊で、飢獣隊という」
「選りすぐりで人間止めちゃってますよね⁉」
「まぁ聞け。––––修道騎士団が女所帯なのは知っているな?」
「はぁ、まぁ……」
軽く流された!
「そして我らは日夜魔物と戦っている。負けられぬ戦いという奴だが、運悪く敗れてしまう者も出てくる。そうなった者がその後どうなるか分かるか?」
「え?それは、殺されるとか、喰われる、とか?」
ちょっとキモイし怖いから想像したくないけど。
「普通ならば、な。だが、魔物もまた生きている以上、発情期というものがある。更に運悪く、そういった魔物に敗れてしまった者は、辱めを受けてしまう。しかも、質の悪いことに、発情期の魔物の体液には、媚薬成分が含まれているのだ。無論、一度や二度ならば治療によって回復もできるのだが……」
そこまで言うと、ジョルジュさんは一度言葉を切り、お茶のカップを傾ける。
「––––しかし、媚薬の毒性、この場合は媚毒というのだが、これが抜けないうちに幾度も襲われたり、或いは嘆かわしいことに媚毒に屈して自ら身体を開いてしまったりすると、そのことしか考えられないケモノへと心身を堕としてしまう。それが……アレだ」
未だにガシャガシャと鉄格子を揺すっている、正気を失った眼をしたシスター達を指差す。
「そ……それで、あの人たちが、どう関係してくるんでしょうか?」
ゴクリ、と唾を飲み込んで質問を発する。
「なに、簡単なことだ。君たちの関係が真なものか、また、ふしだらなものでないか、それを見極めるために……明日、デェトをしてきたまえ」
「「デ、デェト⁉」」
突拍子もない提案に、アネホさんと二人そろって素っ頓狂な声を上げてしまう。
「––––ジョルジュ様。それでは意味不明過ぎましてよ。もっと順序立ててご説明遊ばしませんと」
ゴスッ!という音をたてて、後ろに控えていたシスター・マリエラが、ジョルジュさんの頭頂に凶悪な鈍器を打ちおろした。
「……む?何をするか、シスター・マリエラ。痛いではないか」
頭から血を噴出させながら、平然とした様子で抗議を口にするジョルジュさん。
「何を仰いますか。これくらいでなければ、気付いてすらいただけないではございませんの」
微笑みすら浮かべてこれに応えるシスター・マリエラ。
「あの……ホントに大丈夫なんですか、ジョルジュさん?それと、マリエラ、さん?その手に持ってるのって……」
先に言っておくと、彼女が手にしているのは、細身の棍棒にランダムな配置で打ち付けられた釘。つまり、まごうことなき釘バット!だった。
「あら、これのことですの?これは棘棍棒でしてよ」
「––––いやそれ、棘じゃなくて釘ですよね⁉っていうか、どんだけ鈍器好きなんだよシスターナイツ!」
「私の武器は剣だがな。それに、シスター・マリエラは騎士団員ではないぞ?」
「だからそういう––––って、違うの⁉」
確かに、格好は違うけど!え、ど~いうこと?と思っていたら、マリエラさんが説明してくれた。
「えぇ。私は教会直属の聖光術師でしてよ。今はこちらの脳筋の秘書官をさせていただいておりますけれど」
今、サラッと脳筋言ったし。ってか、聖光術師って何よ。
「それよりもジョルジュ様。そろそろキチンとご説明いたしませんと」
「む、それもそうだな」
気になる単語もあったけど、それよりも大事な話の途中だった。
「さて、何の話だったかな。あぁ、そうそう。何故デェトをさせるのか、だったな」
手拭で顔に垂れていた血を拭き取ると、表情を引き締めたジョルジュさんは語り始めた。
––––てかスゲエ。もう血が止まってるし。
「つまり、君たちの愛が真実であるかどうか、デェㇳの様子を見て私が真偽を判断しようということだ。その上で、もしも偽りと感じられたり、ふしだらな関係であるとなれば……」
「……と、なれば……?」
はっきり言って、嫌な予感しかしないけど、聞いてみないわけにもいかない。
「……アレを一名ずつ解放する」
ビシッ!と飢獣隊の入った檻を指差すジョルジュさん。
「……………………マジすか」
背筋をイヤな汗が伝う。まさかの、デェトからの逃走中⁉
「心配せずとも、襲われるのは君だけだ。あ奴らには、君の臭いをしかと覚えさせておくからな」
「んな心配してねぇ~し!」
「そ、そもそも何故ししょっ……カケルさんが罰を受けるのですか、姉さま!偽りと言うのなら、私が罰を受けるべきでしょう!」
巻き込んだ俺を庇ってか、アネホさんが声を荒らげる。
「何を狼狽える事がある?アネホ。君が嘘をついているのでないと言うのなら何も問題はあるまい」
詰め寄るアネホさんに、一切動じることもなく、眇めるような目を向けて、ジョルジュさんは言葉を重ねる。
「それに、だからこそなのだよ、アネホ。悲しいことだが、もしも君が嘘をついていたのならば、彼はその嘘に付き合わされたことになる。であるならば、君は己の都合で巻き込んでしまった他人がどうなるか、思い知らされねばならん」
「––––くっ!」
こうなることは想定外だったのか、アネホさんが悔しそうに歯嚙みする。
「君達の愛が本物ならば……そうではなくとも、君が彼に迷惑をかけたくないというならば、このデェトを成功させてみたまえ。––––資金ならば、そら、私が出そう」
じゃらり、と重そうな金属音をたてて、卓の上に革袋が放られた。
それを見て、もはや退くことはできないと思ったのか、沈痛な面持ちをしたアネホさんは、迷いを振り切るように俺の眼を見て口を開いた。
「申し訳ありません、師匠。ですが、貴方の安全は私の命に代えてもお守りしますので」
ひそひそと、小声で告げてきたアネホさんの瞳には固い決意が込められていた。
––––いや、命に代えてもって、重い!重いよアネホさん!
以上のような経緯で、一晩経って今に至る。
つまり、今の俺の着せ替え人形のような状態は、今日のデェト(ジョルジュさん達につられてたけど、デートな)に何を着てゆけばいいか、主に孤都さん達女性陣にコーデされているところなのだ。––––遊ばれてるだけって気もするけど。
「それならばカケル殿。男子たるもの、勝負服と言えばこれしかあるまい!」
そう言って話に割り込んできたライアーが手にするのは、白の締め込み(ふんどし)。
「やだよ!祭りじゃあるまいし!ってか上は?」
お祭りだって上にハッピくらい着るだろ!どっかの裸参りじゃねえんだから!
「何を言うか。裸に締め込み一丁!これぞ男子たるものの正装ぞ!」
「んなわけあるか!……それよりライアー。よく一晩で復活できたな?」
––––そう、このおっさんは昨日『飢獣隊に捕らわれた者がどうなるか見せてやろう』と言ったジョルジュさんに、ポイっと檻の中に放り込まれたのだ。
群がる飢獣隊!飛び散るおっさんの衣服!恐怖に引きつるライアーの顔!
––––次の瞬間、檻の前にはどこかで見たような〈見せられないよ!〉の札がかけられ、しばらく後、ミイラ化したライアーがペッ、と放り出されてきたのだった。
「いやはや、あれは久方ぶりに死ぬかと思うたわ。はっはっはっ!」
「いや、普通死ぬんじゃね?」
「なに、受付殿が特製精力剤を用立ててくれてな。自然薯に地鶏卵黄等々……我秘蔵のレッドヴァイパーのエキスまで入れたおかげで、これこの通り!」
腕を持ち上げ、カッチカチな力こぶをアピールするライアー。けど、スペシャル……ドリンク?はたしてそれはドリンクなのだろうか?指折り数えていた材料を聞いただけで鼻血が出そうだ。
それにしても、いくら精力剤を飲んだからって、ここまで見事に復活するもんかね。
半ば呆れ気味にその姿を見ていたけど、こんな事してる場合じゃなかった。
早く服を決めないと、下手すりゃ遅刻したってだけで飢獣隊をけしかけられる!
「––––あぁ、まだお決まりでなかったんですね」
そんな声がして振り返ってみると、ホールの奥からパタパタと受付さんが小走りでやって来た。
「あ、受付さん。……まぁ、ご覧の通りって言いますか」
言って、見るからにデートには相応しくない服の数々を指さす。
「あはは……何といいますか、皆さん個性的な方が多いですからねぇ。それでしたらカケルさん。こちらはいかがでしょうか」
丁度仕上がったばかりなんですよ、と言って手にした包みを解く。中から出てきたのは、清潔感のある白い麻のシャツにリボンタイ。オリーブグリーンのショートベストとマホガニーカラーのパンツ。
派手さはないけど、小ざっぱりと纏まっていて、中々イイ感じなんじゃないかと思った。
「––––って、仕上がったとか言ってましたけど、わざわざ仕立てたんですか?」
「いえ、お気になさらず。普段のお仕事の合間に、ちょこちょこっと縫っただけですから」
縫った、ってもしかして手縫いで⁉……もう、何でもできるな、この人。
「何でもは出来ませんよ?できることだけです♪」
また……楽しそうにどっかで聞いたようなこと言ってるし。
まぁでも、これで何とかデートに着ていく服はよしとして……
デート……するんだよな……今日、アネホさんと。なんか緊張してきた。
「大丈夫ですよ。フリとはいえ、ご依頼としてお受けしてますから。私達もサポートさせていただきます」
にこやかに言う受付さん。
「え?これ、依頼になってたんですか?いつの間に?」
「あの後、コッソリと。前金もいただいてますし」
流石というかなんというか、抜け目ないなぁ、アネホさん。
「––––じゃ……じゃあ、行ってきます」
「はい。……あまり難しく考えないで、楽しんできてくださいね」
ようやく決まった服に着替えて、ホームを出る。
けど、楽しんでって言われても……女の人と、デートなんて……
ああぁぁぁ……やっぱり緊張する!
悶々とする頭を抱えながら、俺はアネホさんの待つ教会へと歩を進めた。
(––––教会は……中央広場だったよな)
まずは、アネホさんを迎えに行くため、教会を目指す。
冒険者ギルドでは教導役を務めているアネホさんだけど、その籍は教会にあるため、この街の教会でお世話になっているのだとか。
緊張から、ギクシャクとした足取りで歩いてゆくと、広場に近づくにつれて、背の高い鐘楼が目に飛び込んでくる。せいぜい二階建ての建物ばかりが建ち並ぶ街の景観の中で、一種異彩を放つほどの高さを誇る建造物だ。
なんでも、見張りのための物見やぐらも兼ねているそうで、今も遠目に見張り番の人が立っているのが見える。
(……な、なんて言って声かければいいんだろう……)
––––たとえ一歩ずつでも、歩き続ければ目的地にたどり着く、なんて言ってたのは誰だったか。広場に到着した俺は、眼前にそびえる教会を前に、何をどうしたらいいのか、すっかり頭から吹き飛んでいた。
ためらいがちに一歩、足を踏み出しては「いや、待てよ」と引き戻す。
そんな姿が目に止まったのか、やがて教会の前を掃除していたシスターが、「あの、当教会に何かご用でしょうか?」と声をかけてきた。
「––––っはい!あ、う……っと、お、俺!あの、ア、アネ、アネホさん、と……」
ヤベェ!とっさのことでテンパった!
「……あぁ。もしかして、シスター・アネホのお相手の方でいらっしゃいますか?」
「は……はい…………」
取り乱している俺のことを、微笑ましいもののように目を細めて、「それではこちらへどうぞ」と、正面扉を開いて俺を招き入れた。
エントランスに足を踏み入れると、さすが楽器が必修というだけあって、裏手の方からド・レ・ド・ミ・ド・ファ……と練習しているような金管の音が響いてくる。
「申し訳ないのですが、シスター・アネホは身支度にもう少々時間が掛かりそうですので、こちらでお待ちいただけますか?」
物珍し気に辺りを見回していると、そのシスターは遠慮がちにそう言ってきた。
「あ、はい。分かりました」と了承すると。
それでは、これで。と柔らかく一礼をして、後ろを向いたシスターは、すぅぅ、と息を吸い込むと––––
「みんなぁー!シスター・アネホのお相手の殿方がいらしたわよぉーーー!」
教会中に響き渡る程の大声で喧伝しやがった!
「なにっ!」
「どこどこ?」
「––––なっ!リアル、彼氏……だと?」
「あーもうっ!てっきり妄想だとばっかり思ってたのに!」
「はっはっはぁ!私の勝ちだな!さぁ、払った払った!」
「はうぅぅぅ……今月厳しいので、ちょっと待ってもらえません?」
「あ~っ!彼氏くん赤くなってるぅ!やぁん、か~わ~い~い~!」
瞬く間に集合するシスター達。ってか、賭けのネタにされてなかったか?
さながら、間違えて女子校に踏み入れてしまったかのようなアウェー感に、頬を引きつらせて仰け反ってしまう。……正直、ちょっと逃げ出したくなった。
「静まりなさい、あなた達。殿方が困っておいでではないですか」
––––喧しいまでに奔放なシスター達に圧倒されていると、彼女たちを窘めるように、穏やかだけど凛とした声が人波を縫って聴こえてきた。
波が引くように、通路の脇に身を引くシスター達の間を、悠然と歩み寄る女性。
その姿は、マリエラさんと同じ、純白のローブに、銀の縁取りが為された白いケープ姿。
「申し訳ございません。なに分娯楽の少ない田舎の教会ですので、彼女たちの無礼を、どうかお許しいただけませんでしょうか」
困ったような顔で、深々と頭を下げるその人に、「あ、あぁ、大丈夫です。気にしてませんから」と告げると。
「ご厚情に感謝申し上げます。私は当教会の教主を務めさせていただいております、カトレアと申します。この度はシスター・アネホとのおデートとのこと。謹んでお慶び申し上げます」
柔らかな微笑を浮かべ、教主さんは改めて頭を下げた。
「あ、はぁ……」なんて、どう答えたらいいものかと戸惑っていると、静かに身を起こした教主さんが、「ところで」と話を切り出してきた。
「今後のご予定はお決まりでしょうか?えぇ、具体的に申しますと婚約の贈り物ですとか結納の日取り、彼女のご両親へのご挨拶の段取りから、更には結婚のお式の差配etc.etc……もしもまだお決まりでないのでしたら、当教会の方でお得なプランをご用意してございます。こちらのゴールドプラン、シルバープランなどもお勧めですがまだお若くてご予算の方が心配ということでしたら更にお得なホワイトプランというのもございまして––––」
懐から取り出したパンフレットを片手に、途中から三倍速くらいの速さで一気にまくし立て、ずい、ずい!ずずい!と迫る教主さん。その目は、クロネ金貨のマークになっていた。
「––––い、いや、あの、その……」と、しどろもどろになってしまう俺。
どうやって切り抜ければいいのか、困り果てていると、大扉の向こう、礼拝堂と思しき部屋の方から、『びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』と、泣き声が聴こえてきた。
「––––な、なんだなんだ?」
小さな子供のような、それでいてこの上なく聞き覚えのある泣き声。
その発声源を確かめるべく、(これ幸いと)大扉を開け放った。
「アガペー⁉どうした––––って……‼⁉」
広々とした礼拝堂。その中央の通路を進んだ先の祭壇前に、アガペーはいた。
「うえぇぇぇん!熱いよぉ!辛いよぉ!」
ジョルジュさんや、御付きのシスター二人に囲まれ、膝をついた中腰の姿勢でギャン泣きしているアガペーの姿。その手には聖書……かどうかは知らないけどぶ厚い本を持ち、頭の上とお尻の下には、いかにも熱そうな、真っ赤な光を放つ円盤が浮かぶ。
「ほら、どうしたアガペー。聖典の序説、創世の章の朗読だ。早くせんと頭と尻を火傷してしまうぞ?」
腕を組んで、厳然と言い放つジョルジュさん。更に––––
「私とて、君が憎くてこのようなことをしているわけではないのだ。ただ、私が来ているというのに、挨拶にも来ずにコソコソと逃げ出すような態度をとる君の姿勢が悲しいのだよ」
「ごめんなさい!ごめんなさぁい!あうぅぅぅ……おべんきょヤダよぉぉ……」
ベソベソと泣き散らすアガペー。ただ、自業自得という気がしないでもない。
「心配せずとも、それが終わったら君の好きな運動の時間だ。この二人に任せておくから、思う存分身体を動かすといい」
ジョルジュさんの言葉を受けて、御付きの二人がドンッ!と鉄塊や砂袋を地に落とす。
「……鬼!」
「半鬼人ですが何か?」
「悪魔!」
「改心しておりますが何か?」
悪態をつくアガペーだったけど、従者の二人は動じることもなく。それぞれにヴェールを取った、アースラさん?は前頭に見事な一角を、アンズーさんは山羊のような曲角を、どこに隠していたんだ?とばかりに披露した。
「ううぅぅぅ……あ!カー君!助けてえぇぇぇぇ!」
縋るような眼で助けを求めるアガペー。だけど。
「うん、ムリ。がんばれー」
俺にどうこうできる問題じゃないわ。
「はくじょぉものぉぉぉぉ!うわあぁぁぁぁぁぁぁん!」
お仕置きをされているアガペーを見守っていると––––
「すみません。……お待たせしてしまいました」と、後ろからアネホさんの声がした。
「あぁ、いえ、そんなに待っては––––」
振り返って、大丈夫ですと伝えようとして、時が止まった気がした。
…………………………………………………………………………ナニコレ、カワイイ。
普段のヴェールを取り払った、ボブカットに整えられた朱の髪。
その上に、緊張からかヒクヒクと揺れる猫耳。
真っ赤になったうつむき加減の顔を、両手で持った麦わら帽子で半ばまで隠して、上目づかいでこちらを見やる、恥じらった表情。
その下の装いはと言えば、開け放たれた窓から清かにそよぐ、初夏の風に揺れる純白のワンピース。
足元に目を向けると、ピンクのリボンで編み上げられた涼し気なサンダル。
「あ、あの。どう、でしょうか…………にゃ?」
赤くなった上にも更に赤く染まった顔で、恥ずかし気にかけられた声を聴いて、ハッと我に返る。ヤベ、思いっきり見とれてた。
「あ、は、はい!その……メチャクチャ、似合って、ます……」
盛大に取り乱しながら、俺はなんとかそんな言葉を返す。
周りからは、シスター達がひそひそ、ペチャクチャとにこやかに囁きあってるみたいだけど、全く耳に入ってこないし、気にかける余裕もない。
「あ……ありがとう、ございます。……やっぱり、〈白の壱號〉装備にして正解でした……あ、にゃ」
「えっと、白の壱號装備って……?それに、なんで急にネコ語なんですか?」
どこか嬉しそうに言って、その後、思い出したように『にゃ』と付け足したのが気になった。
「はい。この衣装は騎士団に代々伝わる〈恋愛決戦装備〉の一つで、その……私は、初めてのデェトの時は、是非ともこの〈白の壱號〉を着たいと……あと、デェトが決まったときに、皆さんが『せっかくネコ耳をだすなら、語尾に、にゃ☆と付ければ殿方はイチコロよ♡』と言われまして……にゃ」
あくまでも生真面目に『にゃ』を繰り返す姿は可愛らしい。間違いなく。けれど––––
「あ、あの。そんなに無理に、『にゃ』って付けなくても……そ、そのままでも、十分に、可愛らしい……っていうか……」
「––––っ!そ、そそっ、そんな!か、可愛らしい、だなんてっ!……~~~~~~っっ‼」
もう、顔面から火が吹き出しそうになりながらも言葉を絞りだすと、真っ赤になった顔を俯かせていたアネホさんは、更に首を屈ませてしまい、手にしていた麦わら帽子で顔を完全に隠してしまった。
……その姿がどこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?
「………………」
「………………」
アネホさんは恥ずかしさからか、俺は俺で口にしてしまった言葉の接ぎ穂を見つけられず、二人して真っ赤になりながら会話が途切れてしまう。
これは、俺が何とかして話をすべきなんじゃないか?と思ったけど、情けなくも、口を開いては「えっと……」なんて口ごもっては、また黙ってしまう。
周りのシスター達が、「かわい~♡」だの「初々しいわぁ♡」などと黄色い声を飛ばす中、すっかりフリーズしてしまった二人は、次にどうすべきかの行動を起こせずにいた。
そこへ––––
「にゃ~♪」と声を上げ、アネホの足元にすり寄ってくる子猫の姿があった。
「––––あれ?この猫って……」
「……はい。この子は初めて私に懐いてくれたので、教会でお世話させて頂くようにお願いしたのです」
歩み寄ってきたのは、先日の奉仕活動で彼女が餌やりをしようと悪戦苦闘していた折、少年が間に入って手懐け……もとい、仲良くなった子猫であった。
初めての猫の友達がよほど嬉しかったのか、そのまま連れ帰り、教会で飼わせてもらえるようにお願いして、今は教会のマスコットとしてシスター達からも可愛がられているという。
「もう。今日は遊んであげられないから、大人しくお留守番をしていなさいと言ったでしょう?」
すりすりと自分の足に頭を擦りつけてくる子猫に、多少は緊張が解けたのか、アネホはしゃがみ込んで優しくその頭を撫でる。
穏やかな笑顔を浮かべるアネホを見て、カケルもまたその相好を崩し、「もう、すっかり仲良くなったんですね」と声をかけ、少しの間、アネホと共に子猫と戯れて過ごした。
「––––ふむ。どうやら二人共、少しは落ち着いてきたようだな」
子猫のおかげでちょっとは緊張がほぐれた頃、アガペーのお仕置きを従者の二人に任せたジョルジュさんが歩み寄ってきた。
「二人共。今日の予定を忘れたわけではあるまいな?……もうそろそろ頃合いも良かろう。さぁ、それでは君たちの睦まじき姿を存分に見せてもらおうか!」
口端を裂き、射貫かんばかりの眼差し。その、一ミリも笑っていない目つきで、凶笑といって差し支えない笑顔を浮かべている。……俺、無事に帰れるかな……
内心の不安を抑えて、改めて今日のミッション、『アネホさんとデート』を始めようと彼女の方に向き直る。––––と、アネホさんの隣から、小さな婆ちゃんシスターが姿を現す。
「此度のシスター・アネホとのおデェト、心よりお慶び申し上げますじゃ。私は本日の指南役を仰せつかりました、イザベラと申します。どうぞ良しなに」
そのシスター、イザベラさんは口上を述べると深々と頭を下げた。
「…………は?指南役?…………ドゥーユーコト?」
指南役って……デートで?あまりの意味不明っぷりに、思わずアネホさんに尋ねてみる。
「ええと……修道騎士団は女性ばかりで、普段は戦闘ばかりですので、今回のようなデェトのお作法には明るくない者も多くて。それで、この婆様のような経験豊富な先達の方にご指導いただく、というのが通例でして……」
「ちなみに、こちらが私の若い頃の絵姿ですじゃ」
そう言って差し出されたカード大の肖像画。そこには、ボン!キュ!ボン!の妖艶な女性の姿が描かれていた。
「……………………マジすか」
時の流れって残酷だなぁ……じゃなくて。ヒモ付きデートって!ホントに大丈夫なのか?
「ささ、それではそろそろ参りましょうぞ。本日はこの婆が最高のデェㇳスポットを厳選しておりますゆえ……」
ひょひょひょ、と笑うイザベラさん。
なんだかますます不安になってきたけど、このまま行動しないってわけにもいかない。
「そ、それじゃあそろそろ、行きましょうか、アネホさん」
「––––っはい!そそ、そうですね!……今日は、あの、よろしくお願い、します」
覚悟を決めて声を掛けると、アネホさんもまた、真っ赤になった顔で頷く。
「っ!なりませぬぞ!おデェトにお誘いするのであれば、殿方が女性の手を取ってエスコートをすべきでございますじゃ!」
「あ、はい……」
早速のダメ出しに、反射的に手を差し出すと、カッチカチに緊張した様子のアネホさんが、おずおずと手を重ねてきた。
華奢で、細く、柔らかい手。緊張からか、少しひんやりとしたその手を握っていると、ドキリ、と心臓の鼓動が跳ね上がった。
「ふむ。それでは私も行くとしようか」
俺たちの様子を見ていたジョルジュさんが、おもむろに教会の出口へ向かう。
「……あの、ジョルジュさん?行くって、一体……」
「無論、君たちのデェトを見届けに、だ。……あぁ、なに、心配せずとも、君たちの後ろを付いて回るような野暮はせんさ。そこの広場に支度は整えてある。私はそこで一部始終を見させてもらうこととしよう」
ニィィ……と不敵に笑うジョルジュさん。表に出てみると、広場の一角には卓が置かれ、その奥には飢獣隊が収容された檻が置かれていた。
そして、卓を前に座る、一人の先客の姿。
「––––やあ。二人共準備は良いようだね。天気も良いようだし、今日は絶好のデェト日和だ」
そんなことを言いながら、爽やかな笑顔を見せているのは、教会所属の聖騎士、エディさんだ。よく見ると、後ろにはパノンさんも控えている。
「……エディさん?なんでここに、っていうか、何してんすか?」
………………ヒマなの?
「いや、私は昨日ジョルジュさんから協力を求められていてね。あとは……君たちに少し手助けができればと思って、ハーヴェにも準備をしてもらっているんだ」
もっとも、彼女たちには足止めの役にしか立たないけどね、と。エディさんは苦笑を浮かべながら後ろの檻を指差す。
「––––そういうわけで、君たちには極力横やりが入らないようにするつもりだから、今日は二人で楽しんでくるといいよ」
こちらに向き直って、エディさんはにこやかにそう言った。けど––––
「あの、エディさん。なんでそこまでしてくれるんですか?会ったばかりなのに」
「それはもちろん、その方が面白そうだから」
………………って、おい!
「……と、言うのは半分冗談として。私は太陽の聖騎士だからね。公正・公平を旨とする太陽としては、君たちに不利な今回の戦力差に、少しばかり介入させてもらうことにしたんだよ」
どうやら、そういうことらしい。他にも、雑専ギルドにも要請して、バックアップ体制を整えてくれたとか。
「まぁ、なんか、その……ありがとう、ございます?」
「構わないよ。それでは、君たちのデェトを楽しんでくれ」
……こうして俺は、アネホさんと二人で広場を後にした。
––––カケル達が(シスター・イザベラの案内で)広場を立ち去った後。
設置された観測席。その卓に着いたエディの隣に腰を落ち着けるジョルジュ。
「さて––––昨日は済まなかったな。突然のことで、私も取り乱してしまった」
「いえいえ、構いませんよ」
勢いに任せて迫りまくってしまった昨日の失態を詫びるジョルジュに、微笑を崩さぬままに応じるエディ。
「……寛大な対応に感謝する。だが、私を振るつもりならば覚悟しておけよ?こう見えて、私は諦めが悪いのでな」
「はははっ!……肝に銘じておきますよ」
どうやら、エディはこの女傑にロックオン!されてしまったらしい。
「さておき、そろそろデェトの監督に入るとしようか。では、昨日の依頼の通り、ダーリ……ん゛んっ!貴公の〈遠見の単眼鏡〉を貸していただけるだろうか」
「えぇ、もちろんですよ。……どうぞ」
エディが懐から取り出した単眼鏡を受け取り、早速「いざ!」と装着しようとしたジョルジュであったが、ここで待ったがかかった。
「あ、ジョルジュさん。私も映像を見るので、こちらの水晶に繋ぎましょう」
「––––む?その様な他人行儀な。私のことは、その、ハ、ハニーと、呼んでくれても……ゴニョニョ……」
「まぁ、その話は後ほどということで。まずは映像を繋いでしまいましょう」
男女の距離感を縮めるのが壊滅的に不得手であるらしいジョルジュにも動じることなく、懐から取り出したライトニングケーブル––––らしきコードを、水晶の台座と単眼鏡に差し込んでゆくエディ。
「これでよし。––––ハーヴェ、遠視魔道具の準備はできたかい?準備が出来次第、映像を送ってくれ」
卓上に置かれたカップ状の器具を手に取り、その内へと声を飛ばすエディ。よくよく見ると、その器具の底部には極細の糸が接続されており、糸電話の要領で離れた場所との音声のやり取りができる仕組みになっていた。
ややあって、『キュ!』とカップの内からハーヴェストの声が聞こえると同時、ブゥン、という低い唸りを伴って、水晶の内に映像が浮かび上がってきた。
「うん。感度も良いみたいだ。ハーヴェ、そのまま二人の追跡は頼んだよ」
『––––キュキッ!』
カップからハーヴェストの了承の声が響き、水晶にはカケルとアネホの姿が映る。
「うむ。見事なものだな。これで、この場に居ながらにしてデェトの様子が観察できるというものだ」
エディとハーヴェストの仕事ぶりに、腕を組みながら賞賛を送るジョルジュ。水晶内に映るカケル達の姿を認めると、「さて……」と口の端を吊り上げる。
「まずは予定通り、第一の試練に向かっているようだな」
かくして、波乱に満ちた〈デェト〉という名の戦いの幕が切って落とされたのである。
––––婆さんシスター、イザベラさんの案内で広場を後にした俺とアネホさんは、街を十字に区切る街道から少し逸れ、瀟洒だけれどどこか胡散臭い雰囲気の街区に足を踏み入れた。
「ささ、こちらですじゃ」
「はあ……」
気もそぞろに生返事をしつつ、隣を見やる。
エスコートするために繋いだままの手は、今は少し熱いくらいに感じられ、緊張の面持ちを浮かべるアネホさんは、チラチラとこちらを窺い……視線が交わる。
そ、そうだ。これはデートなんだから、俺の方から話を振らないと!
薄紅色に頬を染め、不安気に瞳を揺らすアネホさん。か、可愛い……じゃなくって!少しでもアネホさんの緊張を解さなくてはと、思い切って口を開いた。
「あ、あの、アネホさん……」
「––––っは、はい!ななな、なんでしょうかっ!」
「えっと、その服、なんですけど、さっき〈白の壱號〉って……他にも、あるんですか?」
「あ、はい。こちらが一番人気なのですが、他に人気なのは〈赤の参號〉装備も、その、人気があって……もしかして、他の服が良かったり、しますか?」
「あ、いえいえ!すっげえ似合ってますって、それ。ただ、ちょっと気になっただけで」
「そ、そうですか。それなら……良かった、です」
大分ぎこちないやり取りだとは思うけど、どうにか発したフォローに、少し嬉しそうな表情を浮かべてくれたので、まぁよしとしておこう。
ちなみに、話を聞いてみると、赤の参號というのは、フラメンコでも踊るような真っ赤なドレスで、ついでに黒の伍號というのもあって、こちらはなんと、黒革のボンデージスーツ。
ジョルジュさんは、いつも初デートにこれを着て行って失敗するのだとか。
そんなことを話しながら歩いてゆくと、「……あ」
––––行く手に、道をふさぐほどの水たまりが見えてきた。
「これは……アネホさん。他の道から行きましょうか?」
「え?ええと、その––––」
「っ!なりませぬぞ!彼氏殿。おデェトで女性を余計に歩かせることも、足元を汚させることもご法度、あり得ぬことですじゃ!」
俺の提案に、アネホさんが答えるよりも早く、イザベラさんからのダメ出しが飛んだ。
「え?じゃあ、どうやって––––」
「言わずもがな、でございましょう。少々お耳を。紳士たるもの、ひそひそ、ごにょごにょ……~~♡♡ですじゃ」
––––で。
「あ、あの……重く、ないですか?」
「いやぁ!平気平気!全っ然大丈夫ですよ!ははっ、はははははっ!」
気づかわし気なアネホさんの言葉に、半ばヤケクソ気味に笑声を返す。もう、恥ずかしいやら照れくさいやらで、完全にテンパってる。何故なら今の体勢が––––
アネホさんの背中と膝裏に手を回して抱え上げる。要するに、いわゆるお姫様抱っこ。
羞恥に身悶えながらも、一刻も早くこのこっ恥ずかしい体勢から逃れるため、水たまりに足を踏み入れる。
「そ、それじゃあ、いきますよ––––って、うわっ!」
「きゃっ!そんな!いきなり––––っ!」
たかが水たまりと思うなかれ。踏み込んだ俺の足が、一気に膝下まで沈み込む。
とっさのことに、『女の子を濡らしちゃイケナイ』ということだけが頭をよぎり、腕の中に納まるアネホさんを抱えなおした。
「す、すいません!すぐに渡っちゃいますから!」
「はいっ!お、お願いしますっ」
より高い位置まで抱え上げたせいで、しがみ付いてくるアネホさんの体の柔らかさとか、ふわりと鼻腔をくすぐる良い香りとかが、俺の脳髄に総攻撃をかけてきてゴチソウサマデス!……いやいやヤバい!早いとこ渡ってしまわないと。
理性と本能のせめぎ合いの末、辛くも勝利を収めた理性に従って、水たまりを渡り終えた俺は、努めて紳士的にアネホさんを降ろし、デートを再会した。
––––一方、その様子を水晶越しに見ていたジョルジュは。
「……ぐ、ぐぬぬぅ……!お、お姫様、抱っこ、だと⁉……ふ、ふふ、不埒な!」
嫉妬か怒りか、震える拳を持ち上げ、卓上に設置されたスイッチに勢い良く振り下ろ––––
「ダメですよ、ジョルジュさん。こうなるように仕向けておいて、それは理不尽過ぎますって」
––––そうとしたところを、隣に座るエディに押しとどめられる。
「む?だがしかし、羨ま……いや、妬まし……いやいや。けしからんではないか」
「まあまあ。まだ始まったばかりですし、もう少し様子を見ましょうよ」
「……うむ。貴公がそういうならば。……致し方あるまいか」
嫉妬に猛るジョルジュを、どうにか宥めることに成功したエディ。そうこうするうち、どうにかぎこちなくも水たまりを渡り終えたカケル達が、再び歩みを進める。
「しかし、あの水たまりはもっと深く作らせたはずだが……?」
カケル達が立ち去った後の水たまり。
––––ポコポコ、と泡が浮かび、やがて水しぶきを上げて飛び出してきたのは、彼の忠犬、もとい、オークのタローである。
「……ブゴッフゴッフ!ケホケホ……(達成)」
グッ!と親指を立てて力尽きるタロー。彼の献身こそが先のジョルジュの疑問に対する答えなのであった。
「…………?」
「どうかしましたか?」
––––水たまりを渡り終わって、改めてアネホさんの手を引いて、少し歩いたころ。
何だか音がしたような気がして、振り向いた。水たまりは、もう見えなかったけど。
「いや、なんか後ろの方で……気のせい、かな?」
気にはなったけど、今は目の前のデートに集中しよう、とアネホさんのエスコートを再開する。……ところが、アネホさんはどこか物憂げな表情でその場に立ち尽くしている。
「……アネホさん?」
「あの、カケルさん……先ほどは、すみませんでした。その、せっかくの服も汚れてしまって……」
「いや、平気平気!水で濡れただけだし、どうってことないですよ!アハハ」
どうやら、さっきの水たまりを抜けるのに、俺の足元を汚してしまった事を気にしているようだったけど、フリとは言えデートで女の子に悲し気な顔をさせてはいけない!と思った俺は、ことさらに明るく振る舞って、心配ないと告げる。けれど。
ガポッ!ガポッ!「「……………………」」
歩き出そうとして、音を立てる俺の靴に視線を落とし、またも申し訳なさそうな顔をするアネホさん。う〜ん、何とかして少しでも乾かせないものか……
そんなことを考えていると、不意に吹きつけてきた風が、俺の足元で渦を巻いた。
時間にして一、二分。俺の足元に滞留していた優しく暖かい風は、吹いて来た時と同じように、唐突に搔き消えた。そして––––
「……あれ?乾いてる」
びっしょびしょに濡れていた膝から下が、すっかり乾いてしまっていた。
これは、当然普通の風じゃないよ、な?……そう言えば、ギルドのみんながサポートしてくれるって言ってたから、ディジーとかがやってくれたのかな?後でお礼言っとこう。
––––それよりも。
「アネホさん。なんか、今の風で乾いたみたいなんで、もう気にしないでください。それよりも、ほら。デ……デート、の続き、しませんか?」
「はい。……そう、ですね。せっかくですから、楽しいデェトにしたいですしね」
そう言って、ようやく笑みを浮かべたアネホさんの手を取り、デートを再開した。
––––シスター・イザベラの案内でカケル達が向かった先は、小洒落た雰囲気の喫茶店、といった感じの建物。何の気なしに看板を見てみると、『同伴喫茶 アモーレ』と書かれてあった。
(同伴、喫茶?……って何だっけ?前にどっかで聞いたような……まぁ、入ってみれば分かるか)
同伴という一文に何か引っかかるものを感じながら、さして気にもせず店の扉を潜るカケル。それが後悔の始まりとも知らずに。
「……––––なっ!」
一歩店内に入ると、やたらと遮蔽が多いことに気が付いた。そして、そんな遮蔽物の物陰から、あっちでイチャイチャ、こっちでチュッチュと、ディープな恋人たちの睦み合いの物音が聞こえて来るではないか!
「––––なっ、なななななっ‼」
「アネホさん。やっぱり、出ませんか?ここ、俺たちにはレベルが高すぎるっていうか……」
ただならぬ雰囲気に取り乱すアネホ。自身にも経験のないラブラブ空間に、撤退の提案をするカケルであったが––––
「ささ、お二方。こちらですじゃ」
手慣れた様子のシスター・イザベラに促され、流されるままに一つのボックス席に誘われる二人。
通された席は、差し向かいではなく、二人並んで座る、いわゆるカップルシート。そして、緊張と羞恥の冷めやらぬ二人の前には、あらかじめ予約してあったのか、一つのグラスにハート形の二又ストローが刺さった飲み物が置かれていた。
「恋人同士なれば、このお店にてこちらの『愛して♡アイスティー』を二人で頂くのが『とれんど』というものですじゃ♡」
愉しげに言い置いたシスター・イザベラは、「それでは婆はこちらに居りますので、ごゆるりと」などと言って、従者用の後席に腰を落ち着けた。
「……ど、どうします?」
「せ……せっかくの婆様のお勧めですから、一応いただきましょう。それに、お出しされて口をつけないというのも、なんだかもったいないですし」
周囲の雰囲気に、どアウェー感を覚え、撤退の提案をしようとしたカケルだったが、不慣れな初デェトの緊張感からか、はたまた教会で培われたMOTTAINAI精神ゆえか、指南役のお勧めを無下にも出来ず、このお茶だけでもいただきましょう、と言うアネホ。
そこまで言うのなら、と応じたカケルであったが––––
「そ、それでは、私から……」
そう言って、少し照れくさそうにはにかんで、ストローを咥えるアネホさん。
「––––––––––––……?~~~~~~っ??」
吸っても吸っても昇ってこないお茶に、不思議そうにしているアネホさんだったけど、二又ストローを一人で吸っても、なぁ……
「あの、アネホさん。これ、両側から吸わないと、飲めないやつ、です」
「––––っえ?……こっ、ここここれを、両側、から……(ゴクリ)そそっ、そんなことをしたら、顔と顔、が…………~~~~~~っっ‼」
俺の説明を聞いて、頭から湯気を吹き出しそうなほどに真っ赤になるアネホさん。
「だから、そうさせるためのストローなんですって。……やっぱり、止めときますか?俺も、その、恥ずかしいですし」と促すと。
「い、いいえっ⁉こここ、恋人同士がこういう事をするものだというのなら……や、やってやろうではないですか!え~ぇそうですとも!私たちは、お付き合いしているのですからっ!」
ヤケになっているのか、それともジョルジュさんへの当て擦りか。
真っ赤になった顔もそのままに、ふんす!と鼻息も荒く宣言した。
「……え~と、ホントにやるんですか?これ、飲むの?」
「ももも、もちろんですっ!」
やっぱり考え直さないかなぁ、と思って確認してみたけれど、もう後に引けなくて意地になっているのか、赤面してグルグル目になっているアネホさんに押し切られてしまう。
とにかく何より恥ずい、というのが正直なところだったけど、意を決して二人でストローに口をつける。
当然、文字通り目と鼻の先で見つめ合う形になって、心臓が飛び出すんじゃないかというほどにドキドキしている。あまりに間近で、眼をそらそうにも逸らせない。
二口、三口と味もわからないままにお茶を飲んで、どちらからともなく、飛び退くようにして距離を置いた。
「や、やっぱり、恥ずかしいです、ね」
「…………………………………………」
照れくささをごまかすように声をかける。けれど、何故かアネホさんからの返事がない。
「……あの、アネホ、さん?」
「…………にゃ?…………ふにゃあ♪」
どうしたのか、と思って見てみると、上気した頬に潤んだ瞳のアネホさんがこちらを向いて…………………………………………ネコ化してる⁉
「ア、アネホさん?どうしたんですか?」
「……はい?…………なんらかぁ、ポカポカして、気持ちがよくって……こうして、ギュってしたくなりますにゃ♪(ゴロゴロ)」
「って、ちょお!アネホさん⁉」
ゴロゴロと喉を鳴らしたアネホさんが、俺の腕に抱きついてスリスリと頭を擦りつけてくる。まるで、懐いた猫が甘えてくるように。
「––––って、婆さん!おい、婆さん!」
「おや、お呼びでございましょうか?」
「お呼びも何も、どうなってんだよ!これ、なに飲ませた⁉」
「なに、と申されましても……こちらの『愛して♡アイスティー』は、恋人たちの気分を盛り上げるために、ほんの数滴の媚薬を垂らしているだけでございますが。あぁ、どうやら、こういったことに免疫のないシスター・アネホには刺激が強すぎたようで。その影響で、発情期に入ってしまったようですじゃ♡」
詰め寄る俺に対して、ひょひょひょ、と底可笑し気にのたまう……BBA!
「媚薬……って、なんてもん飲ませてくれてんだよ!」
「ご心配には及びませんですじゃ。ここの隣は連れ込み宿になっておりますゆえ♡」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」
叫びながらも、何かこの事態を収められるものはないかとポケットやらをまさぐる。とは言っても、今着ている服は、今朝受付さんから渡されてそのまま着て来たもの。この場で役に立つものが入っているはずもない。
それでも一生懸命に探っているあたり、俺も相当にテンパっていたんだろう。
––––と、ベストのポケットに手を触れたところで、何か硬質な手触りを覚える。
取り急ぎ取り出してみると、ポーションか何かが入っているような小瓶。更に瓶の首には受付さんが書いたと思われるメモが、タグのように括られていた。
そこに書かれていたのは……『鎮静剤です』って、ピンポイント過ぎだろ!
「––––なんて言ってる場合じゃない!アネホさん。これ、これ飲んでください!」
「ふにゃあ?……にゃんですかぁ?これ」
「鎮静剤です!っていうか、お願いだから早く飲んでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」
未だに俺の腕に抱きついて、ぽわ~っとしてるアネホさんに、蓋を取った鎮静剤を押し付けるようにして飲ませる。
「んくっ、んくっ……ぷはっ………………………………………………………………っっ!わ、私は一体何を……~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
ようやく正気に戻ったアネホさんは、絡めたままだった腕を見るや、ボンッ!と音がするくらいの勢いで真っ赤に顔を染めると、弾かれるようにして距離を取った。
「すっ、すすす、すみません!私ったら、なんでこんな事をっ!」
「いや、アネホさん悪くないですから。それよりも、やっぱり出ましょう、ここ」
「あ、はい。……婆様は––––」
「いやいや!婆さんに任せてたら、また変なことになるから!」
それでも指南役がいないのは不安なのか、置いてけぼりの子猫のような眼差しで婆さんを見るアネホさんだったけど、正直このピンクBBAにこれ以上任せてはおけない。
「アネホさん。こっからは初デートらしく、もっと健全な方向でいきましょう!芝居かなんか見たりとか、え~っと、ウインドウショッピング、とか?」
「は、はぁ……でも、デェトというのは、そんな感じで良いもの、なのでしょうか?」
「イイんです!むしろこっちの方が普通なはずですから!」
尚も戸惑っている様子のアネホさんだったけど、思い切ってその手を取り、店の外へと向かう。
「ああっ!お待ちを!どうかこの婆にお任せくださいませ!次こそは、練りに練ったデェトプランで、めくるめく官能の世界へと––––」
「うっせぇわ!それがダメだっつってんだよ!チェンジだ、チェンジ!」
BBA、チェンジで!
「そこをなんとか……」「ダメ!ユー・ファイア!」
こういうのは、勢いが大事。情が移らないように、アメリカの富豪ばりに宣言する。
––––こうして、ピンクBBAの魔の手から逃れた俺たちは、改めて街へと繰り出した。
同刻、中央広場では––––
ダンッ!という音とともに、卓上に置かれた三つのボタン。そのうちの一つに、ジョルジュの拳が叩きつけられていた。
「不埒!不埒不埒不埒、ふらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁちっっっ!!!」
「あぁ、押しちゃった。ジョルジュさん。今のは不可抗力じゃないですか?」
「……あんな、あんないかがわしい店に連れ込んで。媚薬入りの、飲み物を……………………うらや……ゆるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
––––女が嫉妬に狂う時。怒りの咆哮と共に、禁断の扉が開かれ、色欲に狂った女獣が解き放たれる!
もはや、制止を試みるエディの声も届かず、ブツブツとうわ言のように何かを呟くジョルジュには、何者の言葉も耳には入っていないかのようだった。そして––––
「行くぞ!ラック卿!」
「はい?行くって、どこへですか?」
「決まっていよう!あの店に行って、貴様と私であのお茶を飲むのだ!」
「あの……本気ですか?それに、あれを飲んでもあんまり効かないんじゃあ……」
「私には効かなくとも!貴様には効くかも知れないだろう!さぁ!レッツ!既成事実!」
獲物を前にした肉食獣のごとく、息を荒らげて迫るジョルジュ!
エディに迫る貞操の危機!が––––
「滅・殺!供儀罰屠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
残影を引き連れるほどの勢いで滑り込んできたシスター・マリエラが、見事な水平殴打で、ジョルジュの後頭を打ち抜いた。
「へぶんっ‼」
奇声を上げ、頭から真っ赤な噴水の尾を引いて卓に倒れ伏すジョルジュ。
「悪しきもの、討つべし!ですわ。……遅れて申し訳ございませんですの。ラック卿、御無事でして?」
ブンッ!と愛棒に血振りをくれ、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄るシスター・マリエラ。
「……私は平気だけれど、これは少しやり過ぎではないですか?」
「ご心配には及びませんわ。この方の頑丈さは群を抜いておりますもの。それよりも、もしもコレを袖になさるおつもりでしたら、ご覚悟遊ばしませ」
「と、言いますと?」
「少なくとも、今くらいは致しませんと、蚊に刺された程にも感じないかと。それに、お断りなさるのでしたら、早めに致しませんと、下手をすれば花嫁として、首に縄を付けられてヴァージンロードを引きずられる羽目になるやもしれませんわ」
まさか、と苦笑を浮かべつつも、心中に浮かぶ焦燥を拭えぬエディであった。
––––さて、ここで広場に据え付けられた檻の方に目を向けたいと思う。
飢獣隊。色欲に狂いし女獣達が収監された檻は、現在三つに区切られ、それぞれに一名ずつの隊員が待機している。
そのうちの第一の扉が、今、ジョルジュの手によって開け放たれた。
キィィ……と、軋むような音を立て、ゆっくりと開かれる扉。
幽鬼の如く立ち出でしは、襤褸布のようになった真紅の修道服を纏いし一人の女。
やがて、目標の匂いを求めるようにヒクヒクと鼻を鳴らすと––––
「ヒャァーーーッ!ハァーーーッ!ヒャーッハラン♪ラン♪ランッ♪」と。
歌とも雄叫びともつかない声を上げ、猛然と疾走を始めた。
人としての矜持はどこへやら。四足の獣もかくやと言わんばかり、両手両足を駆使しての野生の疾走。
先に覚え込まされた少年の匂いを求めての猛ダッシュである。
「…………む?」と。
倒れ伏していたジョルジュが目を覚ます。
「いかんな、どうやら眠ってしまったようだ」などと頭を振っているあたり、先の打撃はさしたる痛手にはなっていないらしい。
「まったく。本当に飢獣隊をお解き放ちになられるなんて。ジョルジュ様。後で始末書ものでしてよ?」
呆れたように、半眼を向けて、あくまでもシレっと言い放つシスター・マリエラ。
「ところで二人とも。アレ、本当に大丈夫なんですか?他の人を襲ったりとか……」
街の治安に懸念を示すエディ。視線の先では、今まさに通りすがりの男性に対し、飢獣隊一号(仮)がグリン!と勢い良く顔を振り向けた所であった。
「なに、心配はいらんさ。彼奴らには特殊な首環が付けられている。もしも標的以外の者に襲い掛かろうものなら––––」
『ヒャッハラン♡ヒャッハラ––––っ!ギャンッ‼』
目に付いた一般男性に、まさに襲い掛からんとしたその時、飢獣隊一号(仮)は、雷に撃たれたかの如く激しく痙攣、悲鳴を上げてどう、と斃れてしまう。
「––––とまぁ、あのように雷撃が奔るような仕組みになっているからな」などと、どこか自慢げにのたまうジョルジュ。
やがて、ピクピクと痙攣を繰り返していた飢獣隊一号(仮)は、むくりと身を起こし、『??』不思議そうに左右に視線を投げかけると、何事もなかったかのように走り去ってしまった。
「……ハーヴェ。作戦β‐99。防壁の展開と他の皆さんに緊急連絡を頼む」
『––––っ!キュ!』
しばし呆気にとられ、頬に一筋の汗を伝わせたエディは、おもむろに卓上のカップを取り上げ、ハーヴェストへと指示を下すと、大きく息を吐きだした。
––––ピンクBBAの魔の手を逃れ、同伴喫茶という名の危険地帯を脱出した俺とアネホさんは、ひとまず次の行く先をどうしようかということになった。
––––え?非リアのクセに、何でそこそこ普通にエスコートしてやがるんだって?答えは簡単、ゆうべ、受付さんを始めとした女性陣に、一夜漬けで叩きこまれたからだよ。
移動の時には女の子の手を引いて歩けだとか、そんなことを実演込みで「今夜は寝かせないぜ!」的なノリで一晩中。なんだかんだで世話焼きの多いギルドだよな。
––––で。今の喫茶店ではバタバタしただけで、結局あの怪しげなお茶を飲んだだけ。
なので、まずは何か軽く食べようと、このいかがわしい区域を出て、西の大通りに向かって歩いているところだ。
(何故、何も言ってこないのでしょうか?あのような……~~~っ!恥っ、恥ずかしいっ!あんな、あんな!甘えるように、抱きついてしまったと、言うのに……っ!)
少年に手を引かれ、赤らむ顔を僅かに俯かせて歩む少女は、チラチラと少年の顔を窺う。
確かに、このデェトはこちらから依頼した、演技としてのものである。が、先ほどの己の痴態に対しての反応が少なすぎるのではないか?もちろん、あまり触れてほしくはないとは思うけれど、もしかして、自分は女として見られていないのではないか?そんな、モヤモヤとした、不満のような感情が胸中に渦巻くのを感じる。
こちらから何かを尋ねるべきか?しかしそれでははしたないのでは?
そんな懊悩に苛まれ、赤面しつつもぎこちなくエスコートを続ける少年に、筋違いではあろうが非難めいた視線を送ってしまう。––––と。
「……あ。」
「––––っ!どどっ、どうしました?」
懊悩にも似た思考の波間に囚われていると、不意に少年が足を止める。
「いや、すみません、アネホさん。あのヒト……ヒト?なんか困ってるみたいで」
少年が指し示す先に目を向けると、さほど広くもない路地の上、甲羅を備えた背を下に、短い手足をじたばたとさせている亀のような見た目の人物が悪態を吐いてもがいていた。
「なんだってぇんだい!えぇ、こんチクショウめ!よりにもよって、こんな碌に人も通らねえ裏道ですっころんじまうなんて!ツイてねえったらありゃしねえや!……ヨッ!」
尚も起き上がろうとして、勢いを付けたりもするものの、一向に巧くゆく気配はない。
「あれは……亀人の方ですね」
件の人物を見やり、そう告げるアネホ。
その説明を聞いた少年は、「じゃあ、やっぱり一人じゃ起きれなさそうですね。すいません。俺、ちょっと行ってきます」と言って、未だジタバタとしている亀人の元へと足を向けた。
「あっ、それなら私も––––」
デェトの途中ということもあって、ひと言詫びも入れつつ歩き出した少年に、私も手伝います、と後を追う。アネホとて教会に籍を置く身、人助けをするに否やはない。
それに何より、少々気まずくなった空気を逸らしてくれるこの出来事がありがたくもあった。
––––数分後。
「いやぁ助かった!すっかり世話ンなっちまったなぁ、坊ちゃん嬢ちゃん!おっといけねえ、恩人相手にまだ名乗ってもねぇや。オイラはクールマってぇ流しの商人にござんす。お兄ぃさん方の御尊名を伺ってもようござんすかい?」
ようやく助け起こした、クールマと名乗った亀人は、どこかフーテンぽい喋り方から一転して、大仰なくらいの物言いで、俺たちに尋ねてきた。
「俺は、カケルって言います。今は、雑用専門ギルドで世話になってます」
「教会所属、修道騎士団のアネホと申します」
二人それぞれに名乗ると、「ご丁寧に、ありがとさんにございやす」と一礼するクールマさん。それから、「ときに」とそれまでの畏まった態度を崩して、「そちらの別嬪さんは、兄ちゃんのコレかい?」なんて言いながら小指を立てる。
演技だけど、デート中ということもあって、「えぇ、まぁ」と頷いて……照れ臭え。
「そうかいそうかい。するってぇと、アレかい?お二人さんは逢引き中かい。若ぇってのはいいねえ。オイラなんて、惚れちゃあ振られてばっかり……おっと、失敬」
益々どこかのフーテンみたいなことを言っていたクールマさんだったけど、何かを思い出したかのようにゴソゴソ、と荷物を探り出した。
「さっきの礼と、お二人さんの逢引きを邪魔しちまった詫びだ。こん中から気にいったやつを一つ、受け取ってくんな」
そう言うと、敷き布の上に並べた装飾品なんかの商品を、さぁ、と示す。
「いや、これ商品でしょ?悪いですよ」という俺に。
「いやいや、助けてもらっといて『ありがとさんです、ハイさようなら』ってんじゃあオイラの男が廃るってもんだ。兄ちゃん。どうかオイラの顔を立てると思って、貰ってやっちゃあくれねぇかい?」
まだちょっと申し訳ないような気持ちもあったけど、そこまで言うなら、と並べられた商品を見てみる。
「––––じゃあ、これを。ありがたくいただきます」
「おっ、お目が高いねぇ。こいつぁ、その別嬪さんにもピッタリだ」
俺が手に取ったのは、糸のように細く加工された銀を束ねて、中央に紅い玉石が嵌め込まれた銀線細工。花のような細工物の中心に紅石が光るブローチだ。
「あの、アネホさん。これを……今日の、記念に、っていうか」
「わ、私に、ですか?」
「まぁ、なんていうか、貰ったもので、アレなんですけど」
突然装身具を差し出されて目を丸くするアネホさんに、ちょっとの言い訳もこめてプレゼントを送る。
「いいえ……いいえ。そのお気持ちが、とっても嬉しいです!」
軽く頭を振って、目を細め、頬を薄紅に染めたアネホさんは、花の綻ぶような笑みを浮かべた。
––––次の瞬間、広場の方角からムッキー‼というジョルジュさんの叫びと、ダンダン!という何かを叩く音が聞こえた気がしたけど……気のせいだと、思いたい。
せっかくですから、着けていただけますか?というアネホの言葉に、真っ赤になった顔で応じた少年が、たどたどしくもブローチを彼女の胸元に着けていると。
ドン!ドン!ドカン!と、何かを打ち付け、打ち砕くような音とともに––––
「ヒャーッハーッ!ヒャーッハラン♡ラン♡ランッ♡」
大地よりせり上がる岩の壁を打ち破り、飢獣隊一号(仮)が驀進してきた。
「––––っ!危ない!」
間一髪、抱き寄せるようにして少年をかばうアネホ。
大振りの初激を躱された飢獣隊一号(仮)は、低く地に伏せたような体勢から、縦に開いた推手を邪魔だと言わんばかり、時間差の連撃をアネホに見舞い、次いで、打ち上げからの叩きつけるかのような打ち下ろしの爪撃。更には勢いもそのままに回転しての浴びせ蹴りを繰り出した。
「––––っ!––––っ‼––––ぁぐっ!」
躱し、往なし、交差させた腕で直上からの蹴撃を受け止める。
体重と、回転の勢いも乗せた蹴りの重さにビリビリと腕を痺れさせ、苦痛に表情を歪める。しかし、庇った背には護るべき少年がいる。
「ヤらせ、ません。……ヤらせる、ものですかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「––––ヒャハッ!!?」
渾身の力を以て、相手を振り払う。それが少年を護ると誓った使命感からなのか、それとも未だ容の知れぬ何かなのか。
普段の、皆を護る戦いとは違い、この人を護ると心に決めた瞬間、今までに感じたことのない熱い何かが、胸を焦がしてこれを力と燃え滾った。
「この人は……いえ、カケルさんは、私が護ってみせます‼」
高らかに宣言をして、アネホさんは俺を護って戦ってくれている。
––––確かに、狙われているのは俺だし、だからこそ護ってくれているのも分かるんだけど…………なんていうか、カッコ悪い。
こうやって、女の人に庇われて、護ってもらうだけっていうのが、こんなにも惨めな気持ちになるなんて。
戦えない、戦い方を知らない自分が、悔しい。情けない。
蛮勇、なんてものを賛美する気はないけど、せめてこんな時には颯爽とした、カッコいい所を見せられる自分でありたい、と、思う。
「––––?」もどかしい思いで、アネホさんの闘う姿を見ていると、不意にその姿、相手の攻撃を捌いたり受け流したりといった姿が、動きが、吸い込まれるように眼の奥に飛び込んでくる。
なんていうか、見ているうちに『俺にもできそう』な、そんな感じ。
そんな不思議な感覚にとらわれていると、飢獣隊一号(仮)の後方から、高々と跳躍する小さな人影が。
「鏖・殺!供儀罰屠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ヒャブゲハァッ‼」
飛び込んできたのは、金髪ボブヘアーをなびかせて、頭上に掲げた棘棍棒(もう、釘バットでいいや)を気合い一閃、直上からブチかましてきたマリエラさんだ。
「––––お二人とも、御無事でして?お怪我はございませんこと?」
「問題ありません」
「あ……俺も、大丈夫、です」
真っ赤に染まった釘バットを手に、にっこりと微笑むマリエラさん。
淡々とした様子でアネホさんが、恐々として俺が、それぞれ応える。
「……って、あのヒトの方こそ大丈夫なんですか⁉」
「ご心配には及びませんわ。飢獣隊に堕ちた者たちは、理性を失う代わりに膂力と頑丈さが大幅に強化されますの。むしろその一点に限っては、あの筋肉バカをも凌ぐほどでしてよ」
さすがに心配になって、恐る恐る聞いてみると、コロコロと鈴の音を転がすように笑ったマリエラさんは、そんな風に説明してきた。
「さておき、そろそろ復活しそうですわね。お二人とも、私の後ろへ」
そう言って、俺たちを背に飢獣隊一号(仮)と向かい合うマリエラさん。
「彼のもの、善きも悪しきも捕えませ!【黒縄・白錠】!」
––––呪文の一声が発せられると、未だフラフラとしていた飢獣隊一号(仮)の足元から、闇のように黒い縄と白く光り輝く枷が飛び出してきて、彼女を搦めとる。
「さぁ、お二方。ここは私が抑えておきますから、おデェトにお戻り遊ばせ……もっとも、あまり長くは保ちませんけれど」
言う間にも、白錠に手足を拘束され、黒縄にて全身を縛り上げられた飢獣隊一号(仮)は、情欲の捌け口を逃してなるものか、とばかりに総身に力を籠める。
「ヒャ、ア……アアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼」
「––––っ!く、うぅぅぅっ!……っ!何をしておりますの?さぁ、お早くっ!」
マリエラの声に背を押されるように、「っ!すみません、お願いします!さぁ、行きましょう、カケルさん!」とアネホが動く。
「あ、あぁ、はい。えっと……お気を、付けて?」
「えぇ、貴方も。あのジョルジュ様は、残りの飢獣隊も解き放ってしまわれましたので」
「……うえぇ?マジすか……」
なんか、もう思いっきり自分の上司のことバカって言っちゃってるけど、苦労が絶えないんだろうなぁ、この人。
とにかく、目の前の飢獣隊はマリエラさんに任せて、俺たちはその場を後にした。
––––ひと先ずの危機を脱して、二人は西の大通りへ移動していた。
「アネホさん。腕、大丈夫ですか?」
「はい。この程度なら、いつものことですから」
「––––って!アザになってるじゃないですか!ちょっと待っててください。薬かなんか……いや、冷やした方がいいのか?」
「あの……本当に大したことはないですから……」
自分を庇って戦ってくれたアネホを気遣うカケル。一方のアネホは、そんなカケルの気遣いに恐縮しつつも、どこかくすぐったいような暖かさを感じていた。
「ハンカチでも濡らして……ん?なんだこれ」
何か使える物はないかとポケットを探っていると、またしても何かが手に触れた。
取り出してみると、ハマグリのような貝殻を容器にした膏薬らしきもの。
貝殻を括っていた紐には、受付嬢のものと思われる筆跡のメモが付いていた。
その内容は––––『打身、切り傷にどうぞ』
「……だから、ピンポイント過ぎでしょ……」
呆れるほどに感心な手際であったが、この場はありがたく使わせてもらうことにした。
「アネホさん。なんか薬があったから、とりあえずこれ塗っときましょう。手、出してください」
「っ!そ、そんな!薬くらい自分で––––」
「ダメですって!一人じゃちゃんと塗れないかもだし、女の人なんだから、痕とか残ったら大変ですから。ほら、大人しく手を出してください」
「~~~~~~っ、はい……」
普段であれば、女性の手を取って薬を塗るなど、先程までの彼の対応を見るに、恥ずかしがってしまって難しかったろう。しかし、今のカケルは自分のためにアザをこしらえてまで戦ってくれたアネホを、心から心配して治療を施そうとしているのである。
そんなカケルの心遣いに、湯気でも出そうなほどに頬を赤く染めたアネホだったが、戦いに身を置く中で久しく受けたことのない『女の子扱い』に、緊張や羞恥とは異なった胸の高鳴りを覚えていた。そして––––
ジョルジュが見ていたら、その視線で爆発させられていたであろうストロベリー展開は、ここまでであった。
やがて、大路の端にタンクを背負ったレモネード売りを見つけ、口直しとばかりに「ちょっと買ってきます」と近づいてみれば––––
その傍らに、ボロボロの外套を頭から被った人物が、具合悪げにうずくまっている。
「あの、どうしました?」と、気になって声を掛けると。
「見ツケタ。♂ホホホホホホホホッ!」と、緑の修道服を身に着けた飢獣隊二号が、外套を跳ねのけて襲って来たり。
どうにか距離を置いて、軽食をとろうと屋台の包み焼きピザのようなものを食べようとしたところへ––––
「フーッ!フーッ!フーッ!……オオオォォォォォォォォォォッ♡♡♡」と。
地を踏み砕かんばかりの勢いで、黄色の修道服を着た、ドワーフと思しき飢獣隊三号が突進してきたりと、息を吐く暇もなく襲撃にさらされたのである。
もちろん、その都度仲間たちの援護もあった。
うかつにも接近してしまい、至近距離からの飢獣隊二号に捕まりそうになると。
「やらさへんよ!––––鏡孤!」
『承知!』
ナオヤに街を案内していた孤都の一声に、銀孤の姿でお供させられていた鏡孤が、瞬時にヒト型に転身して駆けだした。
今にもカケルを捕えんとする飢獣隊二号。もはや間に合わないかと思われた次の瞬間。
「水鏡朧刃––––【島風】!」
左逆手に抜き放たれた、蒼く輝く匕首を、(加減のためか)刃を返して構え、風すらも置き去りに加速した。
「カケル様に危害を加える者は、容赦しません!」
すんでのところで両者の間にその身を割り込ませた鏡孤は、更に技を重ねる。
「––––まだまだ!【雪風・八連】!」
氷晶を纏う蒼刃の連撃。
その一打毎に、霜と氷に鎖されゆく飢獣隊二号––––
或いは、針山のような虎髭を振り乱し、猛進してくる飢獣隊三号––––ドワーフとは、男女ともに髭が生えるものであるが、ヒト社会に暮らすものはこれを気にかけて髭を剃る者も多い––––に、跳ね飛ばされそうになると。
「カケル殿!ここは我にお任せあれ!……見よ!赤マムシ原液で漲る我が肉体を!これで昨日のようには––––なっ、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
自ら服を脱ぎ、締込み一丁でポージングをしながら割り込むライアー。が、眼中にないとばかりに一撃のもとに弾き飛ばされる。「何しに来たんだ?あのおっさん」とはカケルの言。
改めて、カケル危機一髪!
「ったく、あんななりでも女相手ってのはやり難いな!」
「まったぐだども、あぁ、容易でねぇ……」
双剣、双槌を携えて、バンディとジルコが介入。
双剣を盾と構えたバンディが壁役として攻撃を防ぎ、合間に機会を見たジルコが、双槌でもって衝撃波を叩きこむ。
「とは言え、倒さずに無力化つってもこの頑丈さ……どうするよ、ええ?おい」
「同族のはんかくせぇ様ぁ晒しとぐわげにもいがね。何とがさねばねぇべ」
地に打ち付けられる双槌。特大の衝撃波に弾き飛ばされるもケロリとした様子で、一向に堪えた気配を見せない飢獣隊三号。
「––––やっぱ、男どもだけじゃ頼りね~し。あ~しが居ないと、ダメじゃね?」
決定打に欠け、男たちの間に手詰まり感が漂い出したころ、真打ち登場とばかりのセリフと共に、ディジーのゆるっとした声が響く。
見ると、長く伸びた耳を愉し気にピン、と立て、スネグーラチカに押させた荷車から顔だけを覗かせたディジー。少なくとも、セリフに反して格好良くはない。
「そいつ、動けなくさせりゃイイんしょ?……チカ」
「ハイ」
「やれし」
「お任セくだサイ!」
気だるげに下された指示に、張り切って応えたスネグーラチカは、ててて~っと駆け出し、未だ暴れる飢獣隊三号に、おもむろに両掌を向けた。
「––––踊レや踊レ 雪ノ華 氷昇華の 鈴音鳴らシ 凍てツク褥 明けヌ夜––––【六花の抱擁】!」
キン、と大気を震わせ、六角形の巨大な雪の結晶が現れる。
氷粒を伴って迸った雪の結晶は、抗う暇さえ与えずに飢獣隊三号を吞み込み、その懐に封じ込めた––––
––––っていう感じで、どうにか逃げおおせてきた俺とアネホさんだったけど……ここまで、デートらしいことができてないっ⁉
まぁそもそも、デートを炊きつけてきた本人が邪魔してきてるわけだけど。
「アネホさん。疲れてないですか?」
「えぇ、私は大丈夫で––––」
「なんだ、随分と早い帰還ではないか?」
アネホさんに声をかけていると、被せるように響く声。気がついたら、中央広場まで押し戻されていたようだ。
腕組みをしたジョルジュさんが、値踏みをするかのようにこちらを見ている。
「って、誰のせいだよ!––––あぁ、そうだ、ちょうどいいや」
余裕ブッこいてるジョルジュさんにツッコミを入れたところで思い出した。昨日から言いたいことがあったんだ。
「ジョルジュさん。これ、お返ししますっ‼」
絞り紐を固く結びなおした革袋(昨日ジョルジュさんが寄越したやつ)を、さっきからの恨みも込めて、全力でブン投げた。
「ほう。……どういうつもりかな?」
結構な勢いで投げてやったつもりだけど、微動だにせず片手で受け止めたジョルジュさんは、問い詰めるようにその瞳を細めた。……けど、こっちにだって意地ってもんがある。
「俺、女の子に格好つける時には、たとえ安もんでも自分の裁量で賄えって教わってるもんで!人の金でデートとか、ありえねっスわ!」
誰に教わったかなんて覚えてないけど、昨日金を出された時からずっとムカついてた。『金は出してやる』だなんて、バカにすんなし!これでスッキリした。
「ふむ。……気に入ったぞ、少年!ならば、これでアネホの婿に相応しい男だと証明して見せるがいい!」
挑発的な笑みを浮かべ、ジョルジュさんは高々と右手を掲げた。
「飢獣隊、カァァァァァァァァムヒアッ!」
パチリと鳴らされる指うち。
「––––ハラン財閥⁉」
ツッコんでいる間に、彼方から打ちあがるピンクの雄叫び。
間もなく、それぞれの拘束を打ち破った飢獣隊が、大通りを塞ぐようにして現れた。
––––南、西、北の大通りから姿を現す飢獣隊。残る東の大通りには、ジョルジュが立ち塞がる。
「さぁ、見事この難局を切り抜けて見せよ!……飢獣隊、かかれ!」
やれ!やってしまえ!リア充に鉄槌を!と言わんばかり、掲げた右手を勢い良く振り下ろして飢獣隊をけしかけるジョルジュ。
カケルを護り抜くと己に誓ったアネホが、決意も新たに身構えていると、警戒を振り切って襲い掛かる飢獣隊一号の手が、アネホの胸元を掠めた。
「っ!しまっ––––」
「––––っ!と。あっぶね!」
跳ね上げられた飢獣隊一号の手によって、先ほどカケルから送られたばかりの、花の意匠が施されたブローチが弾き飛ばされる。
咄嗟に手を伸ばしたカケルが見事にキャッチをしたのだが、弾かれた衝撃でその形は歪んでしまっていた。
「––––あ……」
「っ!一旦退避しましょう、アネホさん!––––あそこ、教会まで!」
歪に歪められてしまったブローチに、悲し気な眼差しを向けて呆然としてしまっているアネホを見て、素早く辺りに視線を送ったカケルは、そう提案するとアネホの手を引いて、教会に向かって駆けだした。
「…………………………………………」
「ここまでは何とか無事に––––って、アネホさん⁉た、多分大丈夫ですって。ほら、銀等のドワーフのいる工房とかに持っていけば、きっと直りますから!」
教会のエントランスまで退いたカケルは、じっと俯いて、歪んでしまったブローチを見つめるアネホに、フォローを試みていた。––––が。
「……これ……じょう……」
「……え?」
ぽつりと呟かれたアネホの声に、カケルはぎょっとした。
「これ以上……邪魔をされて……たまるものですか……!」
怒気も露に、ゆらりと顔を上げたアネホ。普段はヴェールに隠し、ぺたりと伏せている猫耳をピンと立て、怒りのオーラをはらむ朱の髪を膨らませて、天を衝かんばかりに上を向いた尻尾は、毛を逆立てて三倍ほどに膨れていた。
––––まさに、ハイパー・モード!そして、ついに––––
アネホ、キレる!
「––––カケルさん!」
「は、はいっ⁉」
「討って出ましょう!どちらにせよ、飢獣隊を倒さないことには、どこまでも邪魔をされてしまいます!」
決然とした眼差しを振り向けられたカケルは、逆らい難いものを感じて、反射的に答えを返したが––––
「それは分かりますけど、あんなスタミナのバケモノみたいなの相手にどうやって⁉それに、戦うならまずは武器を持ってこないと」
今日のデートに赴くにあたって、彼女の武器も、少なくとも彼女の部屋に置いて来ているはず。ならば、それを取ってきてからにしてはどうかと提案したカケルであったが……
「いいえ。武器ならば、ここにあります」
そう言って、アネホが取り出したのは、服の内に首飾りのように提げていた二つの指輪。
星火のような燐光を宿す柘榴石の嵌め込まれたそれらを、両手の人差し指に装着すると、アネホの右の瞳には燃え立つようなφの紋様が浮かび上がる。
「【カエンの光翼剣】。ひぃ婆様の代より受け継がれた、当家秘伝の宝剣です。ふふ……ふふふふふ……今度という今度こそ、これで目にものを……」
「あ、あねほさん?」
積年の恨みとばかりに、瞳に昏く妖しい光を浮かべるアネホに、頬に汗を伝わらせたカケルは圧倒されてしまった。
指輪に魔力が行き渡ると、宝玉に光が溢れ、炎のような光の剣が顕れる。
それは、彼女の手の内ではなく、手の甲、指輪の宝玉を支点として、腕に沿うように浮かんでいた。
軽く腕を振ると、トンファーのように剣が回転する。
「ご心配なく。間違えて切り捨ててしまわないよう、火力は抑えてあります。ただ、貴方と離れてしまっては、護りきれないかもしれません。ですから、どうか私と……一緒に戦っていただけませんか?」
「––––っ!はい!」
置いて行かれるでもなく、只、護られるだけでもない。共に手を携え、一緒に戦ってほしい。その一言に、僅かに目を見張ったカケルは、何とも言えない高揚感を胸に、力強く首肯した。
「––––私がリードします!私をよく見て!」
「はい!」
––––これまでの色々なものを含め、遂に堪忍袋の緒が切れたらしいアネホさんと、一緒に戦うことになった。
なんとなく、無力感っていうか、何もできない自分にイラついてたところもあって、舞台に立てた、誘ってもらえたことが嬉しかった。
今は、教会のエントランスホールで、手に手に楽器を携えたシスター達がスタンバイするのを尻目に、アネホさんと向かい合って互いの背に手を回し、もう片方の手を取り合って正面扉に向けて……って、社交ダンスか?これ。
「皆さん、お願いします!」
「おう!任されよ!私が開戦の音を告げてくれよう!……教主殿!」
アネホさんの呼び掛けに、喇叭を手にしたシスターが応える。
「えぇ、えぇ。こんな面白そ……もとい、せっかくのシスター・アネホの晴れ舞台ですもの。もちろん無償でやらせていただきますとも」
そう言って、白銀の指揮棒を取り出す教主さん。さり気なく後ろに料金表を隠していたけど、後で請求するんじゃないだろうな。
「––––ふむ。このまま籠もられてしまってはつまらんな。どうしたものか……」
教会の外。腕を組んだジョルジュは、正面扉に突撃をかける飢獣隊を眺めながら様子を窺っていた。
この世界の教会とは、古くより魔物の侵攻が起こった際に、住民達の避難所としての役割を果たしてきた施設である。故に、理性と引き換えに常人離れをした膂力を有する飢獣隊といえども、容易にその扉を破ることは出来ずにいた。
程なくして、教会内部より響き渡る勇壮な喇叭の音色。
勇士を鼓舞するかのように吹き鳴らされる曲は、『闘牛士のマンボ』。
「ほう。打って出るか……良い覚悟だ」
曲の導入で事情を察したジョルジュは、満足げに笑みを深めると、静かに開戦の時を待った。
一方の教会内部では––––
「––––基本的な動きは、今言った通りです。……その、さっきは勢いに任せて言ってしまいましたけれど、大丈夫、ですか?」
戦いを前に、僅かに冷静さを取り戻したアネホは、心配そうな顔で問いかける。無茶な選択を押し付けてしまったのではないか、と。
「やって、みます。できるかどうか、分からないけど……」
何を言うべきか、探るように言葉を切ったカケルは、アネホの瞳を改めて見つめると––––
「だけど、俺、こんな時に何もできない、カッコ悪いヤツにはなりたくないから」
しっかりと目を合わせ、偽らざるその思いを口にした。
「分かりました。ならば私は、貴方のその思いを精一杯サポートさせていただきます。それと……理想の自分に近づくためにまずは動いてみようという、姿勢。格好いいと思いますよ?」
どこかいたずらっぽく笑みを浮かべたアネホに言われ、照れくさそうに頬を赤らめたカケルは、はにかんだ表情を浮かべたままで大きく頷いた。
「そこまで言われたら、やるしかないですよね。––––やりましょう!」
––––イントロが終わる。
それと同時に、扉の両サイドに控えた見習いのシスターさん達が、緊張した面持ちで一斉に扉を押し開ける。
『問題は、扉が開いた瞬間です。飢獣隊達は、その瞬間に殺到してくるでしょう』というアネホさんの指摘通り、ドンドンと騒がしかったさっきまでと違って、扉の外は不気味なくらい、それこそ、弓の弦を張り詰めたかのような緊迫感に包まれていた。
恐らく、騎士団として染みついた習性でイントロ終わり、扉の開く瞬間を待ち構えているのだろう。
けれど、それについては俺にいいアイディアがある。
「じゃあ、アネホさん。ちょっと耳、塞いでてもらえますか?」
「はい」
打ち合わせた通りにお願いすると、アネホさんは頭の上のネコ耳をぺたりと閉じる。
––––ていうか、なんか便利そうだな、ケモ耳。
そして、勢い良く扉が押し開けられると同時、声を限りに叫びをあげた。
「ニューーーーーーーーーーーーーーーーーークス‼」
俺の呼び掛けに応え、道の彼方から風のように駆けつけるのは––––
『お呼びでございますかぁぁぁぁぁぁぁ!カケル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♡』
そう、夜の闇のような漆黒の馬体、黒夜馬のニュクスだ。
何故か俺に異常に懐いてくる彼女が教会前に到着すると同時、『ギャヒィン!』飢獣隊三名の集中砲火をその身に浴びる。
『び、美少年を庇って被る一撃も、また……オツなものでございますぅぅぅぅぅ(ガクリ)』「いや、美少年って程じゃねぇだろ……」
どこまでもポジティブシンキングな黒馬は、どう、と倒れ伏すと、鼻息も荒くピクピクと悶えていた。
「––––これで良し。行きましょう、アネホさん!」
「はい!」
倒れたニュクスを尻目に、俺たちは教会の外へと躍り出た。
『––––そして放置っ!さ、流石に分かっていらっしゃいますぅぅぅぅぅぅぅっ♡』
いや、分かんねえから。分かりたくもねぇから!
街の中央広場に舞い戻ったカケル達に、大上段に振り上げた手を引っ搔くように打ち下ろした飢獣隊一号が襲い掛かる。
「鏡映しに!外に開いて、ステップ&ターン!」
「はいっ!」
左右に分かれて、直ぐに振り返る。そこには、既にこちらに手を差し伸べているアネホの姿。
その手を取るや、彼女は一号の背を踏み台に、軽やかにカケルの胸の中に飛び込む。
もう片方の足で、一号の顎に狡猾なカチ上げの一撃を叩きこみながら。
続けざま、カケルの右腕に身体を預けたアネホは、彼の右方から突進して来た三号に向けて、思い切り身を逸らしての光剣の一撃を見舞う。
次いで、這うようにして忍び寄る二号を、二人揃って飛び越し、すぐさま身をかがめてフライングシットスピン。後詰めに来ていた一号の、横殴りの一撃をすり抜け、着地と同時に回転を加えた足払いを仕掛ける。
驚くべきことに、アネホが指示を出したのは最初の二手、三手のみ。
そこから先は––––
(––––動ける?)戦い方など、ろくに知らないはずなのに。
(––––解る⁉)何を求められているのか。
それは、不思議な感覚であった。
交わりあう互いの瞳から、触れ合う手の動きから、アネホが次にどう動くのか、そのために自分が何を為すべきなのか。
その全てが、直感のように自身の中に入り込み、即座に理解ができる。
まるで、乾いた地面に水が吸い込まれるように。いや、膨大なデータが超高速でダウンロードされてゆくように、瞬時に大量の経験が自らの中に落とし込まれてゆく。
互いを映して見交わすアネホの瞳に、己の背後から迫りくる三号の姿を認めると。
「「––––っ!」」
素早く頷きあい、くるりと位置を入れ替えて背中合わせに。
すぐさま背を預けるように体重を掛けるアネホ。
それを察知したカケルは、流れに逆らわずに上体を前に倒す。
カケルの背を台にして、突進してくる三号の身体を駆けあがるような蹴りの乱打から、サマーソルトの要領で顎を蹴り抜く。
勢いそのまま、トンボを切って再び向き合うように着地をするアネホ。
その眼に浮かぶのは、確かな信頼。これならば––––
しかして、相対するのはスタミナのバケモノと言っても差し支えない飢獣隊、三名。
決め手に欠けたままでは、遠からずしてこちらの体力が尽きてしまうのは明白。
「~~~っ、––––!アネホさん、あれ!」
事態を打開しうるものはないか、素早く視線を走らせたカケルが声を上げる。
「っ!あれなら!––––えぇ、やりましょう!」
カケルの視線を辿った先。そこにあったのは、先程まで飢獣隊の面々が捕えられていた檻。
あつらえ向きに三つに仕切られたその檻に––––
「叩き込んでやる!」
「叩き込んでやりましょう!」
––––曲が変わった。
さっきまでの曲よりも、更に激しく、アップテンポに。
っていうか、音楽が始まってから、高揚感って言えばいいのか、とにかくテンションが上がる。もしかして、これが噂の吹奏魔法ってヤツか?
「吹奏魔法ですよ?」
「……え?」
「声、出てました」
どうやら、心の声が漏れてたらしい。うっわ、恥ずかしい!
「––––と。そんなことよりコレ、あっちにも効果があったりする、とか?」
掴みかかってくる飢獣隊の攻撃を躱しながら聞いてみる。
「いえ。吹奏魔法には指向性がありますから。今は、私達二人だけに向けられている筈です」
「なるほど。それじゃあここから––––」
「反撃……開始です!」
尚も繰り出される飢獣隊の手を、外側から叩くようにいなす。
掴まれてしまえば力負けするのは目に見えているので、とにかくそれだけを意識する。
それに、いくら正気を失っているとはいえ、女の人に手を上げるのはちょっと……という気持ちもあったので、攻手であるアネホさんのサポートに徹する。
––––今誰か、自分で手を下さなければいいのか?って思った?けど、こういうのは役割分担が大事。––––っていうか、こいつらスッゲエ怖ぇんだからな!目ぇ血走らせて、ヨダレだらだら垂らしながら襲い掛かってくるんだぞ⁉代われるもんなら誰か代わってくれ!もう一度言う。こいつらスッゲエ怖ぇ‼
ともかく、なんでか知らないけど戦い方、身体の動かし方がすごい勢いで身についてくるので、それを活かして飢獣隊の攻撃を躱す。
上段からの攻撃を叩き落とし、下から這い寄ってくるのを躱し。
避ける、躱す、いなす、叩き落とす。
避ける、躱す、いなす、叩き落とす。
––––て、ちょいまち。なんか、攻撃の手数、一人多いような⁉
「ホッホホホ♪全ての青い果実はわたくしのもの!さぁ、おとなしくその身体を差し出しなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっっ♡♡♡」
「––––っパ、パノンさん⁉」
欲望丸出しの眼をギラつかせ、何故か飢獣隊と一緒になって襲い来るパノンさん。と、そこで驚きのあまり固まりかけた俺の首に、ほっそりとした腕が回され、アネホさんが助走体制に入る。
我に返った俺は、勢いそのまま、アネホさんを横抱きに抱え上げ、大槌を揮うように回転を加えたハンマー・ドロップ・キックを叩き込む!
「なにやってんだあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
「ほぎゅっ‼」
お腹に強烈な一撃を受けたパノンさんは、後ろにいた三号もろとも檻の中へ。
すかさず、檻のそばにいたエディさんが、素早く扉を閉めて鍵をかける。
「済まない、カケル君!どうやら興奮しすぎて抑えが効かなくなったみたいだ!」
「え?ちょ、マスター?なんでわたくしまでこんな檻の中に––––」
「バフーッフーッ!コウ、ナッタラ、オンナ、ドウシ、デモ……♡」
「イヤァァァァァァァァァァァァァッ!よ、寄らないで!なんで服を脱ごうとしてますのっ⁉マスター?助けてくださいませマスター!女同士はイヤァァァァァァァァァァァァァ!ああれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「身を守る程度になら魔法を使ってもいいから、君はそこで少し反省してなさい」
なんだか、檻の前にまた『見せられないよ!』の札が掛けられたみたいだけど、とにかくこれで、飢獣隊の一人を捕獲に成功。––––飢獣隊、残り、二名。
––––続いて、カケルの背後より迫る〈這い寄る欲望〉飢獣隊二号には、繋いだ両手もそのままに、大きくリフトアップ!からの、美しい弧を描いてのアネホの強烈な踏み付けで動きを止め、その足をとらえてジャイアントスイングの要領で檻の中へシュート。––––飢獣隊、残り、一名!
「ヒャーッハヒャッハヒャハヒャッハハー♪」
飢獣隊最後の一人、一号が歌うように奇声を上げながら、踊り狂うように威嚇してくる。
––––っていうか今の、『大きくなれよ』ってか?
「カケルさん。あの者だけは私一人にやらせていただけませんか?」
「あ、はい」
俺が下らない事を考えていると、アネホさんがそんなことを言ってきた。
「ありがとうございます」
そう言うと、思わず頷いた俺を庇うように一歩を踏み出した。
「あなただけは……あなただけは!絶対に許しません!」
怒気も顕にしたアネホさんは、その手の光剣を突きつけ、高らかに言い放った。
––––初夏の太陽がじり、じり、と広場の石畳を炙る正午ごろ。
物見高い住民たちが建物の窓から顔を覗かせ、固唾をのんで見守る中、二人の女の決闘が始まる。
方や、漲る怒気も顕に家伝の光剣を携える少女。
他方の〈轟沈破恋〉飢獣隊一号は、己の前に立ちはだかる少女を煩わし気に威嚇する。
少年を目の前に、己の前に立ちはだかる少女。先にしびれを切らしたのは飢獣隊一号の方であった。
そこをどけ、と言わんばかりに両手を掲げ、狂相に歪んだ顔に爛々とした情欲の炎を眼に浮かべ、眼前の邪魔ものを排除せんと掴みかかる。が––––
「––––遅い」
「ヒャゲブアッ!」
その身を屈め、大きく一歩を踏み出したアネホは、着地と同時に鋭く回旋。光剣による二連撃を––––否。
「っはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
着地した足を軸に、片足連続高速回転からの眼にも止まらぬ光剣連打。二回転、三回転と速度を増しながら叩きつけられる光剣の軌跡は、あたかも赤光の薔薇が花開いたかのような残像を残し、驟雨の如き斬撃の波頭が一号を襲う。
「––––よくも……よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼」
普段、あまり感情を表にあらわさないアネホが、恐らく初めて見せたであろう激情。
正に疾風怒濤の如く。––––ただし、決してドイツ語に訳してはいけない。
––––これが後に〈火舞昂炎の狂戦士〉とあだ名される少女の、覚醒の瞬間である。
「うわ、すっげ……」などと、カケルがのんきな感想を漏らすころ。
「これで––––終わりです!」
「ッヒャ!!」
高速の回転連撃を加えながら、檻の方向へと一号を押し込んでいたアネホは、止めとばかり、回転の勢いもそのままに鋭い後ろ回し蹴りを放ち、一号を檻の中へ叩きこんだ。
「––––見事であった!」
アネホさんが飢獣隊最後の一人を檻に蹴り入れると、右手に扇子(扇子⁉)を手にしたジョルジュさんが、満面の笑みで快哉の声を上げた。
それと同時、教会の中からはファンファーレ隊が姿を現し、祝福のファンファーレを––––
パパパパーン♪パパパパーン♪
「って、ウエディングマーチ⁉」
いやいや、気が早いにも程があるっ‼
続いて、コーラス隊が教会の前に陣取り、声をそろえて一斉に囃し立てる。
「「「「「接吻!接吻!接吻!からの婚約婚約ぅ!ヒュー♪」」」」」
「ヒュー♪じゃねぇぇぇぇぇぇ!やらねえよ!人前でなんて!見せもんじゃあるまいし!!!」
ほら、アネホさんなんて真っ赤になって固まってるし!
「せっ、せせせ、せっぷ……そんな、まだ早すぎます!そんな、赤ちゃ……」
「––––できないから!とりあえず落ち着いてアネホさんっ!」
あ~ぁ、もうしっちゃかめっちゃかだよ。
「うむ、二人の絆、しかと見せてもらったぞ。あの息の合った攻防といい、互いを気遣う姿といい。……まさに、愛であった‼」
「うっせえよ嫁かず暴君!」
「––––うぐっ‼」
勢い任せに放った俺の暴言に、思いの外ダメージを受けたっぽいジョルジュさん。
「それに、その……こ、婚約だって、順序っていうか、そういうのが大事なんじゃねえの⁉」
演技として頼まれてるのに、この場で即決とか、アネホさんもたまったもんじゃないだろうし。すると、この暴君は––––
「しかし、昔から言うではないか。『ノリで婚約してみたらええやん』と」と宣った。
「しねえよ⁉ノリで!婚約なんか!」
「む?そうだろうか」
腕を組んで小首を傾げるジョルジュさん。そこへ––––
「ジョ~ル~ジュ~さ~ま~……!」
地の底を抜ける風のような、っていうにはちょっぴり甲高く可愛らしい、けれども確かに背筋をぞくりとさせる、恨みのこもった声が西の大路から聞こえてきた。
「や、やぁ、シスター・マリエラではないか。ごごご、ご苦労だったな、うん。きょ、今日はもう休んでくれても––––」
「せからしかばい……」
強張った笑みを浮かべ、恐る恐るといった感じで労いの言葉を掛けようとしたジョルジュさんを、一言のもとにバッサリと切って捨てるマリエラさん。っていうか、言葉遣いが⁉
「ま、待て、シスター・マリエラ。地が出ているぞ?––––そ、そうだ!おち、落ち着いて話し合おうではないか!は、話せば分る!な?」
多分、死亡フラグの一種だよなぁ。それで分かり合えた試し、ないし。
「えぇ、えぇ。よぉもここまで問題ばかり起こしてくれよってからに。今さらただで済むとは思うとらんじゃろうねぇ!」
「済まない!この通りだ、シスター・マリエラ!だから––––」
「問答無用…………………………………………【光矢牢】!」
右手を掲げたマリエラさんが呪文を口にすると同時、ジョルジュさんを中心に、鏃を下に向けた光の矢が、全周に渡って展開される。
「ま、待て!シスター・マリエラ!これは、滅殺術式ではないか!こんなものを受けたら、ケガをしてしまうぞ!」
ケガで済むの⁉滅殺言ってるのに⁉
「おしおきったい。覚悟はよかね?ジョルジュ様。––––逆巻け渦巻け光の矢!これなるは一切の不浄許さぬ月狩人が一矢!一矢は千矢 千矢は万矢!我が前の罪人に 万矢の雨を降らせ給う!【断罪の光矢】!」
呪文の詠唱とともに、ドーム状の半円を描いてランダムに高速回転をする光の矢。そして、最後の一節が紡がれると––––
「待て!待ってくれ!これは流石にシャレになら––––ウッギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
哀れ、自業自得暴君は、怒涛の勢いで殺到する光の矢に討たれて散華した。
そして––––
「これで逃れられませんわね、ジョルジュ様。さぁ、始末書と反省文をたぁんとご用意してございますので、参りましょうか♪」
「むむむむむ……逃げ出してしまいたいところだが、身体が言うことをきかぬ。無念だ……」
「あぁ、それと。今回の街の損害については、ジョルジュ様の私費から拠出していただきますので」
「––––っ!なん、だと……⁉」
「ほほほ。当分の間は、おこずかいもナシ、でございますわね」
「っ!バカなっ‼」
「それでは……連行なさいまし!」
「「はっ!」」
「お、お前たちまでそちらに就くというのか⁉」
「申し訳ございませんが、私達も逆らえませんので」
「っ!は、離せ!私は隊長だぞ!……くっ!私は諦めんからな!全ての、全てのラブラブ♡カップルに制裁を!……………………アイル・ビー・バァァァァァァァァァァァック‼」
かくして騒動の元凶であるジョルジュは、アースラとアンズーに両脇を捕らわれて、滂沱の涙を流しながら連れ去られていった。
「……ターミ〇ーターかしっ〇団かよ。っていうかこれで、終わり?」
「そう……なのでしょう、ね」
カケルの零した言葉に、安堵したような、それでいて後ろ髪を引かれるような、微妙な表情で応えるアネホ。まるで、二人のこの時間が終わってほしくないとでも言うように。
「––––あ、アネホさん。あれ、なんですかね?」
そんなアネホの複雑な心情を察した、というわけでもないのだろうが、明るい声でカケルが指さした先には––––
「あぁ、あれは、活動匣とか言うものらしいですよ。なんでも、五分程度の動く画像が見られるのだとか」
「へぇ。ショートショートの映画みたいなもんか。––––アネホさん。せっかくだから、ちょっと見てみませんか?」
「え、でも……もう、依頼は……」
「まぁまぁ。せっかくおめかしして出かけてるんだし。それに、デートの依頼だってのにそれっぽいこと、ろくにしてないじゃないですか」
「っ!そ、そうですね。––––えぇ。ぜひ。見てみたいです!」
「じゃあ。おっちゃん!一回分な!」
こうして、200イラル(約二千円相当)の銀貨を支払い、二人は動画を堪能した。
もちろん、動画は無声映画であり、しかもカクカクとしたコマ送りのような映像であったが、一人用のボックスの覗き穴を左右で片目づつ、肩を寄せ合い二人一緒に観賞するという行為。
ただそれだけだというのに、ドキドキと心が浮き立ち、実に楽しいひと時だったという。
やがて動画も終わり––––
「––––いや、音もないのってどうかと思ったけど、結構面白かったですね」
「えぇ、そうです––––っ!ぷぷっ!か、カケルさん!目、目の周りがっ!」
「え?……て、あ。––––ぷっ!そ、そういうアネホさんも!」
「え?あっ、あっ、いやだ。ど、どうしましょう」
顔を上げた二人の眼もとには、覗き穴の形にクッキリと、ススのような墨のような汚れが付いていた。
「アネホさん。そのまま、目元を隠して待っててください。俺、ハンカチ濡らしてきますから」
そう言うと、手近な水場に走ってゆくカケル。
その背を見送るアネホの顔には、咲きこぼれる花のような暖かい笑みが浮かんでいた。
後日––––
「––––あ、アネホさん。おはようございます!」
「おはようございます、カケルさん。これからお仕事ですか?」
「はい。今日は街のあちこちに配達の手伝いで。なんでも、業者の人たちが揃って具合が悪いみたいで、それがなんでか俺に指名依頼が集中しちゃって」
デートの一件以来、その様子を目撃した者や、彼らの話を聞いた街の男衆によって、しばしばカケルは殺意の波動を向けられることになるのだが、それはまた別の話。
「––––ってことなんで、俺、そろそろ行きますね」
「はい。お気を付けて……頑張ってきてください」
「はい!それじゃあ、また!」
(––––あれ?今のって……)
柔らかな笑みで手を振るアネホの、その修道服の襟元。ヴェールに隠れて見えるか見えないかといった慎ましやかな場所に、少し歪んだ、花の意匠が施された銀線細工のブローチが初夏の風に煌いていた。




