ヘタレ勇者とレトロゲー
Day.5 ヘタレ勇者とレトロゲー
「––––ゴーレムチェス?」
「おう。毎年夏前に、この街と国境を挟んだパドキの街とで、対抗戦があるんだ」
朝食後、ディジー達と一緒にリバーシに興じていると、バンディが声をかけてきた。
ちなみに、今日の朝食はパニーニなんかのイタリアンなもの。
リクエストしたのは、なんとライアーだった。
あのおっさん曰く、「普段からこのような食事に慣れておれば、女子とデェトとなった折に、恥をかかずに済むというもの」とかなんとか。
その、あまりにドヤった顔にちょっとムカついたので、こっちじゃどうかは知らないけど、俺のいた所じゃ『イタ飯』ブームは随分前に終わってる、と教えてやった。
それを聞いたライアーは、「……なっ‼」とか言って固まってた。っていうか、現在進行形で固まってる最中だ。
––––と。それはさておき、話を元に戻そう。
「……で?ゴーレムチェスって何よ?」
「あぁ、実際に見た方が早ぇぇかな?ディジー。お前、練習用のヤツ持ってたよな」
「ん~?あるけど……ほい」
と、ディジーが取り出したのは、普通のチェス盤よりも厚みのあるソレ。
盤の上に並べられた駒を見ると、歩兵や騎士等、リアルな見た目の石造りの駒が足踏みをしたりしている。
「こいつを操作して戦わせる訳なんだが……ちょっと、やってみるか?」
「せっかくだし、うん。やってみよう!」
––––ということで、ゴーレムチェス、実・戦!
「じゃあまずは、定石通りに……C-2のポーンをC-4に移動っと」
駒の移動は、直接手で持つのではなく、チェス盤手前のパネルで行う。
小さく表示された盤面と、駒を表すシンボルが映されていて、そのシンボルを指で動かしたいマスまでスライドさせる。
ちなみに、何故駒に直接触ってはいけないのか?と聞いたら、「危ないから」。なんで?
そうこうするうち、バンディの駒がこちらに接敵する。
「よぉし!まずは一個もらい、だな」
「え、なんでよ?次の手番じゃないと取れないんじゃ……」
「いや、もらいだ。ファイヤー!」
バンディの動かしたポーンから、斜めに炎の魔法攻撃が飛ぶ!
その攻撃を受けて、俺のポーンが倒れ、盤面に沈むように退場してゆく。
「え~?なんだよ今の」
「へっへぇ~。これがこのゴーレムチェスの面白ぇところでな。あらかじめセットしておいた魔法で相手を攻撃できるんだよ」
うっわ、ムカつく!なんにも教えないで初見殺し仕掛けてきやがった!
……確かにパネルをよく見ると、先制攻撃とかカウンターって書いてあるけど、そういう意味だったのか!
「おのれ!謀ったな!謀ったな、バンディ!」
「お前ぇが坊やなだけだよ、カ・ケ・ル」
「チキショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
一局が終わって、結果、惨敗。ボロ負け……
「ちゃんと覚えて、絶対倍返ししてやっからな!」
「おう。楽しみに待ってるぜ」
ビシッ!と指を突きつけて負け惜しみを言う俺に、ニヤニヤとバンディが応える。
今に見てろよ!と思いながら、ゴーレムチェスのルールをおさらいする。
基本的なところは普通のチェスと変わらない。問題は、駒に付与する魔法効果だ。
火炎攻撃とか、全周囲爆破魔法。そういった魔法を付与して、自分が駒を動かしたときに
発動させる『先制』と、相手が接敵してきたときの『カウンター』を選択して、合計十個の魔法付与をどう使うか?その駆け引きが勝負のキモだ。
例えば、ナイトの駒に全周囲爆破・先制を付けて空爆的に使うとか。
これはぜひとも、しっかりと戦略を練って……うん。なんだか楽しみになってきた。
「ん……そろそろ時間だ。カケル、行ぐべ」
カケル達の様子を見ていたジルコが、柱時計に目をやり、頃合いとばかりに声を掛ける。
「あ、もうそんな時間か。ところで、今日の仕事ってなんだっけ?」
「西の街道で、古ぐなった石畳どご剝がすんだぁ」
古くなり、傷んだ石畳の敷石を撤去する。本職が新しく石を敷きなおす前の、準備作業をするのだとドワーフの少年は説明をする。
「あぁ、今日はガテン系の仕事かぁ。じゃあ、タローも連れて行こうか?」
「ブフッ?……ブッフフ!(快諾)」
それを聞いていた豚頭の魔物・オークのタローが任せろ、とばかりにドン!と胸を叩く。
『カケル様ぁ~!是非とも!是非とも私もお連れくださいませぇ~!』
ホールの奥からは、銀狐の姿のままで、トタタッ!トタタッ!と鏡孤が駆け寄ってくる。
「あれ?鏡孤さん、そのままなんですか?てっきり、孤都さんに戻るのかと……」
『はい。【幽求召喚】は御本家様にもご負担となりますので、暫くはこのままにとのことでございます。つきましては、何かと魔物に遭遇することの多いカケル様のことを案じまして、不肖、この鏡孤がカケル様の護衛をいたしたく存じます!』
口調は穏やかなものの、使命感に駆られてか、ブン、ブン!とその尻尾を振りたくり、どこか忠犬のような、誇らしげな表情をうかがわせる鏡孤。
「護衛って……まぁ、一緒に行くのはいいんですけど。それにしても孤都さん、そんな負担のかかるようなことを、なんで……いや、何となく分かるけど」
これまでの触れ合いで、カケルの為なら火の中水の中。如何な苦難の中にも笑顔で飛び込みそうな孤都の姿が目に浮かぶカケルであった。
「そんじゃま、お仕事に行きますかね」
––––街の中央広場を抜けて、西の街区を横断する街道に到着。
「ところで、特に道具も持たないで来たけど、どうやって作業するんだ?」
普通だったら、石畳を掘り返す道具とか猫車とか、そんなのが必要なんじゃ?
そう思って聞いてみると。
「俺が合図するがら、お前方は、道の脇でこの紐どご張ってでけれ」
と言って渡されたトラロープ。……黄色と黒のヤツね。
そのロープを道の両脇で張って、準備OK!と手を振ると、二つのハンマーを手にしたジルコも手を振り返す。そして。
「むうぅん!【双衝極】!」
工事現場ででも使うような大型のハンマーを二つ、重ね合わせるようにゴ、ゴッ!と地面に叩きつけた。
ビリビリという衝撃が走り抜けた次の瞬間、路上の石畳が残らず跳ね上げられ、のみならず、コココココッ!と道の脇に積み上げられてゆく。
––––って、ナニコレ。俺ら、必要あった?
まぁ、雑専ギルドの人たちって、盛大なスキルの無駄遣いみたいなところはあるけども。
「スッゲエのな、ジルコ!今のってまるで、二重のきわ––––」
「【双衝極】だぁ」
駆け寄った俺が、某喧嘩屋の技名を言いかけたところで、ぴしゃりと返される。
「……オーケー。ところで、この剥がした石畳ってどうするんだ?」
「……石買いの商人達が来て、鑑定ぐがら、そのままでいい」
使える石は一度洗って、傷みの激しいものは、砕いて砂利として再利用する。
そのための見極めは、石材商の仕事だ。つまり。
「じゃあ、今日の仕事って、これで終わり?」
「んだ」
本日のお仕事、マッハで終了。まだ昼前なんだけど。
「じゃあさ、どっかで買い食いとか、してく?」
「いや、まんつギルドさ戻って、報告してがらだ」
『私は、カケル様とお出掛けできるだけでも幸福にございます♡』
「ブフッフー……(♪♪)」
––––そんなこんなで、皆でわいわいと帰り支度をしていると、なにやら道の先から、馬の駆ける音と一緒に、賑やかしい声が聞こえてきた。
『ッッ!ご、ご主人様ぁ!どうか、どうかこの卑しいメス豚に、もうひと鞭くださいましぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ‼』
『メス豚って……何度も言ってるけど君、馬でしょ?それに、もう街に着いたんだから、もう少し大人しくしてくれないかい?』
『マスター。今宵の夕餉は、馬鍋にいたしましょう。この駄馬を!潰して!』
『君たち……もうちょっと仲良くできないかなぁ……』
前言撤回。賑やかを通り越して、かまびすしい。
やがて、猛烈な勢いで駆けてきた何者かは、俺たちの傍まで到達すると駒を止めた。
聞こえていた声に反して、馬上に見える人の数は二人。
もう一人分の声がしたと思ったけど、気のせいだっただろうか?
「やあ、君たち。少し話をさせてもらってもいいかな?」
そう言って声をかけてきたのは、手綱を操り、白銀の鎧をまとった、騎士然とした風貌の青年。同乗していた女性が先に馬を下りて、口取りのように手綱を曳いている。
「突然声をかけてしまって済まないね。私は教会所属の聖騎士、エドワード=B=ラックという。こちらは私の従者、パノンだ」
馬から降りたその人は、黄金の短髪を揺らして、柔らかな笑みとともに名乗った。パノン、と紹介された女性は、空いた手でスカートを摘まみ上げ、軽く会釈をする。
……ってぇか、今なんつった?聖騎士?……カッケェ!
「……あ、ご丁寧にどうも。俺は、カケルって言います。こっちはジルコ」
内心の興奮はさておいて、とりあえず挨拶を返す。ジルコは人見知りが激しいみたいで、俺が紹介すると、いつも被っている皮帽子を軽くとって、伏し目がちに会釈してた。
ついでに言うと、鏡孤さんはただ今狐の姿だし、タローは、なんていうか、変にツッコまれると説明に困りそうだから黙っておいた。
「それで、その聖騎士さんが、俺たちに何か用ですか?」
「うん。君たちは『雑用専門ギルド』の人達だよね?私は優等依頼の件で、先触れとして来たんだけれど、君たちのギルドまで案内してもらえるかな?」
……まだ何も言ってないのに、なんで俺たちが雑専ギルドだって知ってたんだ?
「別にいいですけど、なんで俺たちが雑専ギルドだと?」
「それについては、着いてから説明させてもらうよ。まずは––––」
『ご主人様。そちらの方はお疲れではございませんか?ハァ♡ハァ♡是非とも!私の背にお乗りいただいて……♡♡』
エドワードさんが何か言いかけたところで、後ろに控えていた馬が、いきなり喋り出した。
「ニュクス。今はそういうのは抑えてくれないか?まずは仕事を済ませてから、だよ」
「え、エドワードさん?その馬は一体……?」
「あぁ、私のことはエディと呼んでくれてかまわないよ。それと、彼女は黒夜馬。我が家に仕えてくれている神馬だよ」
「はぁ……ソウデスカ……」
神馬とかいってるけど、そこはかとない変態ドМ臭にドン引きです。
「何はともあれ、雑用専門ギルドに向かおうじゃないか」
強引に話を締めくくられて、俺たちはギルドに戻ることに。……まぁ、いいけど。
––––そんなこんなで、エディさん達を案内しながら雑専ギルドに帰還。
道中、変態疑惑の黒馬・ニュクスが、鼻息荒くすり寄ってきて、逆サイドには妙に粘着質な視線を、舐めまわすように絡みつかせるパノンさん。
「あの……エディさん?これって一体、どういう状況なんですか?」
「申し訳ない。二人とも、十五歳以下の少年を見ると、どうにも抑えきれないみたいでね」
……え?なに?もしかして俺、貞操の危機?十五歳はショタですか?
『っううぅぅぅぅ~~~……!』
そうするうち、俺の後ろを歩いていた鏡孤さんが、何だか不満げに唸り声を上げる。
どうしたんだろう?と思って振り返ろうとしたら、ヒト型になった鏡孤さんが、ガバッ!と俺に抱きついて、変態サンドイッチから引き剥がそうとする。
「やっぱり、もう我慢なりません!カケル様の護衛として、斯様な色魔や淫獣にカケル様の身を委ねるなどっ!この鏡孤!(スンスン)一命を賭してでも!(クンクン)断固としてお守りいたします!(スハー、スハー)」
「あの、鏡孤さん?匂い嗅ぐの止めてくれませんか?それじゃ説得力ねぇし」
まさかの被せテンドン!……っていうか、ほんっとブレねぇな、この人。
「し……色魔……」
『いん、じゅう……?』
あ……今の鏡孤さんの暴言で、二人……二人(?)が俯いて、身をわななかせてる。
「東方の狐風情が、よくも仰いますわねえぇぇぇぇぇぇっ!この私が、キッチリと身の程というものを教えて差し上げ––––」
『淫・獣!……あぁ、なんということでしょう!明確な痛罵の言葉だというのに、高鳴る胸のコ・ド・ウ!––––っ!そうでございますわ!淫獣と呼ばれる程に身も心もケダモノへと堕してしまえば、あんな少年・こんな少年のお尻が♡お尻がぁぁぁっ♡』
「お黙りなさい!この駄馬がっ!大体、獣がケダモノになったところでなんの違いがあるというんですの?」
全身を震わせ、もはやバフーッ♡バフーッ♡という勢いの鼻息を吐き出し、あらぬ野望を語り始める黒馬に、ズビシ!とパノンさんのツッコミが入る。
「そもそも、誉れ高きマスターのもとに、このようなド変態馬がいるなど、全くもって理解に苦しみますわね」
「……いや、あんたも大して人のこと言えねえからな?」
思わずツッコミを入れる俺に、パノンさんは被っていた帽子、青を基調にした花の飾りをあしらった、貴婦人!といった感じのものを取り落としそうにして動揺を露わにした。
「––––ッ!こ、この私の、一体どこにこんな駄馬との共通点があるというんですの?見当違いも甚だしいですわっ!」
この期に及んで、まだ違うとか言うか。
「じゃあ聞きますけど、もしも好みの美少年がここにいたとして––––」
「ソレはもちろん、ゲットして♡物陰に連れ込んで♡強引にでも押し倒して!そのプリップリのお尻を撫でまわして♡揉み倒して♡……あぁ~~~!たまりませんわぁ~~~♡♡♡」
くねくねと身悶えしながら語るその姿に、鏡孤さんでさえドン引きしている。
「やっぱ一緒じゃん」
「そんなっ!この駄馬と、私が……いっ、しょ……?」
俺の言葉に、信じられないというように固まるパノンさんをスルーして。
「あ、エディさん。着きましたよ。ここが雑用専門ギルドです」
そうこうするうち、俺たちのホームに帰ってきた。
「––––あ、皆さん、お帰りなさい。お仕事の具合はいかがでしたか?」
そう言って、カケル達を出迎えた受付嬢は、頭に三角巾を被り、エプロンを締めた格好。 手には箒やハタキを持っているところを見るに、掃除の最中だったらしい。
「只今帰ったス。仕事は予定通りだったども……」
帰還の挨拶に続いて、ジルコが話を向ける。それを受けたカケルが、
「帰ろうとしたら、この人たちに会って、ここまで案内してきました」
と、エドワード達を紹介した。
「初めまして。私は、教会所属の、太陽の聖騎士、エドワードと申します。優等依頼の王命により、勇者殿の護衛として参りました」
胸に手を当て、慇懃に一礼をするエドワード。
従者たるパノンも、一歩下がった位置でスカートを摘まみ上げ、優雅に首を垂れる。
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります。それで、勇者様はどちらに?」
「はい。私は先触れとして参りましたので。勇者殿をお連れする馬車は、もう半刻程で到着するものと思われます」
「そうですか。それでは、旅の疲れもあるでしょうし、こちらでお茶でもいかがですか?」
「ありがたくご馳走になります。ところで、もう一名私の連れがいるのですが、中に入れてもよろしいでしょうか?」
姿勢を正し、ホールの小卓へと誘われるエドワードは、遠慮がちに受付嬢へと申し入れる。
「ええ、勿論ですよ。どうぞお招きくださいませ」
「恐縮です。それと、申し訳ないのですが、彼女は日の光を苦手としておりますので、窓を遮っていただいてもよろしいでしょうか」
随分と奇妙な申し出ではあったが、受付嬢はそれを快諾し、パタパタとカーテンを閉めていった。
「……お手数をおかけしました。では。––––ニュクス。入っておいで」
彼が入り口へと声を掛けると、その扉を押し開けて入ってきたのは。
鴉の濡れ羽色とも称すべき、艶めく黒髪を腰まで垂らし、闇色のローブを纏うた女性の姿。
伏し目がちな瞳は、夜を切り取ったかのような黒晶の煌きを宿し、その眼の上には、第三の眼と見紛う紫水晶が嵌め込まれている。
宵闇より零れ堕ちたかのような麗人が、静かに歩みを連ねて、皆の前へと進み出ると、うやうやしくも深々と頭を垂れた。
「––––っていうか、ニュクスって、まさか……さっきの、馬?」
驚きもあらわにカケルが尋ねると、優美な所作で身を起こしたニュクスは、
「はい。左様にございます。遥かな昔には、異界にてとある神族の末席に名を連ねておりましたが、故あって界を渡り、旅を続けるうちに、いつしか馬の姿に身をやつしていたのでございます」
と、自らの来歴を語った。
「じゃあ、元・神さまってこと、ですか?それがまた、なんで異世界に?」
「それは……」と、言いよどむニュクス。
やがて、意を決したように口を開く。
「実は、私は夜を司る神でございましたが、雷の大神が、私をナンパがてらに、『夜の女神って、なんかエロくね?』と言ってきたのでございます」
その一言に、何とはなしに納得をしてしまうカケルであった。
確かに、夜の○○、大人の○○と付くと、さもない言葉であっても、途端にセクシャルなイメージを伴ってしまうものである。(※夜の銘菓うなぎπ等)
「それを聞いた私は、もしや他の雄神達も、私のことをそういった、いかがわしい目で見ているのではないかと思えてしまい、居ても立っても居られなくなってしまったのでございます」
「あー……」
詳らかにされた、天界のセクハラ事情に呆れたような声を洩らすカケル。
「……と、いうことでございまして。お耳汚しなこと、失礼いたしました。……それはそれと、カケル様、これを……」
「はい?これって……ムチ?乗馬用の?」
ニュクスが差しだしてきたのは、まさしく馬を打つための鞭。
そして、上気させた頬を手で押さえ、もじもじと身を捩らせたニュクスは、そのお尻をズイ、とカケルに向けて突き出してくる。
「お近づきの印に、是非ともひとムチ頂けませんでしょうか♡……さぁ!ご遠慮なさらずにっ♡さぁ♡!さぁっ♡!!!」
「あんた、今までの話どこいった!エロい目で見られたくないんじゃ無かったんかーーーいっ!」
スッパーーーーーン!!!
「ひぃんっ♡」「……あ、やっべ……」
思わずツッコミのノリで、ニュクスのお尻を鞭打ってしまうカケル。
他方、快音とともにお尻を打たれたニュクスは、短い嘶きを上げて、恍惚とした表情を浮かべながら倒れ伏してしまう。
「はぁぁ♡……鋭くも絶妙な力加減♡け、結構なお点前でございました♡♡…………ああっへぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ♡♡♡」
ビクン!ビクン!と、床の上で身もだえるニュクスはさておいて。
「ところでエディさん。勇者の護衛って言ってましたけど……いるんですね、勇者」
「あぁ、うん。まぁ、正確には、まだ『勇者候補』といったところだけれどね」
多くの場合において、武勇を示し、難事を成し遂げてこその勇者である。
ところがその者は、武勇を示すどころか……
「最初は、どうにか説得して、スライム程度しかいないような場所に行ってもらったんだけど。……戻ってくるなり、部屋に籠もってしまってね。それ以来、街で贖った冒険記なんかの書物を読みふけるばかりで、困り果てていたところなんだ」
どうやら、最初の冒険で何かしらの失敗をしたらしく、それ以来、街の外に出ることを拒んでいるとのことであった。
「……つまり、引きこもっちゃったわけですか」
「そういうことになるね。それで、今回の依頼になったわけなんだけど––––」
と、カケル達が話していると、正面入口の扉が開き、引きずりそうなほどにダブダブな、パーカーのようなローブを身に着けたエルフ、ディジーが帰ってきた。
「っあ~、だっる。やっぱ今日もタローに乗っけてもらいたかったなぁ……」
自分の足で歩いて行ったのがよほど嫌だったのか、そんなことを言いながらディジーが入ってきた。
「お疲れ、ディジー」
「あ、カケっち。おっつ~。……ところでさ、なんでこんなに暗くしてるわけ?」
トテトテと俺たちの方に歩いてきながら、ディジーは怪訝そうに首を傾げる。
「それが、今、陽の光が苦手なお客さんが来て––––」
言いかけた俺の言葉を遮るようにして、エディさんの方を向くディジー。
その顔は、いつもの眠ダルそうな感じではなく、今まで見たこともないような、敵愾心に満ちた険しい眼つきをしていた。
「……ディジー?」
訝しげにかけられた俺の声にも構わず、険のある声音をエディさんに向ける。
「ねぇ!あんた––––」
「––––やあ、これは失礼。君とは初対面だね。私は……」
不躾に投げかけられるディジーの視線に、気を悪くするでもなく、自己紹介をしようとするエディさん。しかし、それすらも制して––––
「なことよりもさぁ。最初に言うことあんじゃね?あんなことしといて」
「……これは驚いた。こんなにも早く見抜かれてしまうとはね。私は、またしても見誤っていたようだ」
「だから、んなことどうでもいいって言ってんし。あの時のゴーレムけしかけたの、あんたっしょ?」
––––ゴーレム?って、もしかして、薬草採りに行った時の、アレか?
「ねぇ、カケっち。こいつ、謝った?」
「いや。そもそも、エディさんがあのゴーレム操ってたってのも、今ディジーから聞いて初めて知ったくらいだし」
俺の答えを聞いたディジーは、やっぱり、といった感じでエディさんに向き直ると。
「……謝れし。あ~しはともかく、あの時カケっち、ボコられたんだけど?まず最初に謝んのがスジってもんじゃね?」
ディジーの、叩きつけるような視線。
それを正面から受け止めて、俺の方に向き直ったエディさんは、至って真摯な面持ちで膝をつくと、深々と頭を下げた。
「確かに、君たちの実力を見るためとはいえ、不躾なことだったね。非礼を詫びさせてもらいたい。……カケル君、どうか私の謝罪を、受け入れてはくれないだろうか」
堂々たる、と言っても良いような謝罪振りに、むしろ俺の方が狼狽えてしまう。
「あの、エディさん。……えっ、と、顔を上げてください。何て言うか、その、幸い、大したケガとかも、無かったわけ、ですし……?」
若干しどろもどろになりながらも、どうにかそれだけを伝える。寛容とか言うほどのことじゃない。こんな、誰かを断罪、みたいな、そんな空気が苦手なのだ。
正直、自分はどちらかというと、責められる側だったことが多い、ような気が、するし。
「……寛大な処置に感謝する。今後、何か困ったことがあったら、是非とも君の力になろう。約束するよ」
そう言うと、顔を上げたエディさんは、爽やかな笑みを浮かべて片目を閉じる。
––––と、そう言えば、で思い出した。
「そうだ、エディさん。これって、エディさんのものなんじゃあ……」
俺は、腰に差していた斧を差しだした。あの時のゴーレムがエディさんの差し金だったなら、この斧もまた、エディさんの物のはずだし。
「あぁ、それは元よりお詫びの品として、君に進呈するつもりだったものだよ。気にせず納めてくれるとありがたい。それより––––」
ディジーに向き直ったエディさんは。
「君にも、お詫びを受け取ってほしい。––––パノン」
「ダー。マスターの御心のままに」
呼ばれて、一歩前に歩み出たパノンさんは、その胸元から氷のコサージュのようなものを手に取り、ふぅ、と吐息を吹きかけた。
掌中のコサージュは、生命を吹きこまれたみたいに脈動をすると、ふわりと地面に向かって、雪花のように降り落ちた。
やがて、変化を続けていたソレは、地に降り立つ頃には、氷でできた欧風の民族衣装を纏った、三頭身程度の小さな女の子の姿になっていた。
「初めまシて。スネグーラチカといいまス」
ぺこり、とお辞儀をした女の子は、にっこりと笑ってディジーを見た。
「……あ~し、まだなんも言ってないんだけど?」
女の子、スネグーラチカのことをスルーして、エディさんに半眼を向けるディジー。
「まぁ、そう言わずに。この子は氷精・スネグーラチカ。彼女との契約は、君にとっても有益なことだと思うよ。例えば––––」
未だに敵意の篭る視線に動じることもなく、エディさんは言葉を綴る。
「限定的ではあるけれど、君の母君の操る【天球の星針儀】のアクセス権、とかね」
ピクリ、とディジーの肩が震えた。
「そうすれば、母君との会話も叶うと思うのだけれど?」
「…………ママ……と……」
……なんだろう。お詫び、とか言ってる割に、どことなく悪どい気がするのは俺だけか?
「ま……まぁ、そこまで、言うなら?受けてやっても、いいし」
渋々、といった体だけど、結局はディジーが折れた。
お母さん––––エルダさんとの別れに納得が出来ていないらしいディジーにしてみれば、内心ではやっぱり嬉しいのかもしれない。
「––––なんか、ありがとな、ディジー」
ひとまず、丸く収まったかな?といったタイミングで、俺の口から、自然とそんな言葉が出てきた。
「はぁ?なんのこと?あ~し、なんもしてないし」
「いや、俺のことで怒ってくれたみたいな感じ、だったし?」
「べ、別にぃ~!仲間がヒドイことされたら、ムカつくし?……それだけだし!」
ツン!と紅くなった顔をそむけて、照れくさそうなディジー。
「それでも、やっぱさ……うん。俺が言いたいだけだから。ありがとう」
仲間って言ってくれて。
仲間って思ってくれた。
それだけで、なんとも言いようのない程に嬉しかったんだ。
––––その後、ディジーがスネグーラチカと契約したり(刻銘を施した指輪を渡しただけだった。ちょっと拍子抜け?)、エディさん達と話したりしているうちに、他のみんなも帰ってきた。
改めての自己紹介なんかをしていると、にわかに表が騒がしくなって––––
「やあ、思ったよりも時間が過ぎていたようだね。勇者殿の到着だ」
エディさんの言葉に、みんなで外に出てみると、ギルド前には三両の二頭立て馬車が並んでいた。
装飾の施された、豪奢な馬車のうち、真ん中の一両の扉が開くと、もごもごと動く袋を抱えた、真っ赤な修道服姿の女性が降りてくる。
「勇者殿、ご到ちゃ~く!優等依頼の御命に従い、勇者殿を連行……ゴホン!勇者殿をお連れ致した!ギルド代表者に目通り願いたい!」
その人は、口上を述べると、肩に担いでいた袋をドスン!と地面に降ろした。
––––っていうか、今、勇者を連行って大声で言ったよね!え?なに?ってことは、あの頭から袋を被せられてエビフライになってるのが勇者ってこと?
エビフライ––––頭から袋を被せられ、足首から先だけを覗かせた状態のその人は、『んー!んー!』とくぐもった呻きを上げ、地べたに横たえられたままでもがいていた。
「ようこそおいでくださいました。当ギルド一堂、勇者様御一行を心より歓迎いたします」
ギルド舎前。居並ぶいつもの面々の中より、一歩進み出た受付嬢が、丁寧に出迎えの礼を執る。
「貴女が代表者だろうか?丁寧なご挨拶、傷み入る。私は教会所属、修道騎士団・紅玉隊隊長、ジョルジュ=マッカランと申します。これより暫しの間、勇者殿の監視……ゲフンゲフン!もとい、随伴としてこの街に滞在させていただくこととなります」
盛大に口を滑らせるのは癖なのか、はたまた馬鹿正直さゆえか。
ともあれ、ジョルジュと名乗ったこの女性、顔以外の総身を真紅の修道服に覆い隠し、その腰に剣を佩いてはいるものの、アネホ達のような部分鎧を纏うでもなく。
凛とした紅眼、スッと通った鼻梁、キリリと結ばれた口許は意志の強さを表し。
女性らしい線の細さとはおよそ無縁な、むしろ女傑と呼ぶに相応しい、堂々たる威風。
「委細承知いたしました。それでは早速ですが、勇者様をご紹介いただけますでしょうか。長旅でお疲れでしょうし、茶菓などご用意させていただきたく……」
「あぁ、これは失礼を。……おい、勇者殿を解いて差し上げろ」
受付嬢の言を受け、後方へと声を飛ばすジョルジュ。
馬車の傍らに控えていた、従者と思しき二名のシスターが、直ちに駆け寄り、件の人物の縛を解く。
袋の中より露わとなったのは、両手足を縛られ、ご丁寧に猿ぐつわまで嚙まされた黒髪の少年。その戒めも解かれ、おどおどとした様子で立ち上がる。
––––というよりも、両脇のシスター達に腕を取られ、立たされている、といった方が適切か。
「ぷはっ!……ひ、どい、です、ジョルジュさん。僕、嫌、だって……」
「ほら、勇者殿。これからお世話になる方達の前です。御名を」
涙目になりながら、途切れがちに上げられた不平の声は、敢え無く封殺された。
「ぅ、あ……あの……僕、は、渡ヶ瀬ナオヤ、です……」
俯きがちに、消え入りそうな声で、少年は名乗った。
「……渡ヶ瀬 ナオヤ、です……」
勇者と呼ばれ、伏し目がちにキョドった様子で話す、目の前の少年の名前を聞いて、こいつ、俺と日本人じゃね?と思った。まぁ、言うまでもないとは思うけど。
ついでに、ビクビク、おどおどとして、人と視線を合わせないようにしながら、伏せた目を右へ左へ、バタフライで泳がせている様子を見て、妙な親近感を覚えた。
「あのさ、ナオヤ君、だっけ。君、もしかして日本人?」
––––で、気がついたら話しかけてた。
「っ!は、はい。そうです、けど……き……あ、あなたは?」
「あ、ゴメンゴメン。俺は駒塚カケル。俺も日本人だよ」
俺が名乗ると、彼、ナオヤ君は少しの間をおいて、ぱあぁぁ!と顔を輝かせる。
「ほ、本当に?本当に日本人なんですか?……あ、あの!何か知ってたら教えてくれませんか?ここが何なのかとか!僕、なんでこんなところにいるのかとか、もう……訳が分からなくて!みんな僕のこと勇者って呼ぶし……お願いします!」
同じ日本人と聞いて安心したのか、潤みかけた目で、縋るように身を乗り出して、幾分か大きくなった声で、早口にまくし立ててきた。
「あ……あぁ、うん。俺で分かることなら教えるから。その前に、ちょっと落ち着こうか?」
「––––っ!ご、ごめんなさい!つい、嬉しくなっちゃって……」
宥めようとしたら、ガバッ!と勢い良く頭を下げるナオヤ君。あぁ、うん。なんかやっぱり、非リアかなぁって感じ。
「受付さん。と、ジョルジュさん、でしたっけ。俺、ちょっと彼と話してみたいんですけど、いいっスかね」
一応、両方の責任者に許可を取ってみる。
「えぇ、もちろんですよ。後でお茶をお持ちしますので、ごゆっくりどうぞ」
「ふむ。君も二ホンとやら言う異界から来たのであれば、勇者殿も心安かろう。こちらは気にせず、ゆるりと語らいたまえ」
にこやかに受付さんが応じ、ジョルジュさんも鷹揚に頷く。
ありがとうございます、と二人にお礼を言って、ナオヤ君を案内してホールに入––––ろうとしたところで、要注意人物がいたことを思い出す。
ナオヤ君にはちょっと待っててもらって、そいつ、バンディの元へ向かう。
「––––ん?どうした、カケル」
「いや、ナオヤ君のことなんだけど、バンディ……絶対煽るなよ?」
そう。このおっさんときたら、初対面の俺に対して、散々に煽ってからかってきたのだ。
あの時みたいな態度をとったら、どう見ても煽り耐性皆無なナオヤ君は、再起不能とまではいかなくても、相当に面倒な事態になってしまうのは間違いない。
「おいおい、俺にだって人を見る目はあるつもりだぜ?叩いて弾き返してくる奴かどうかぐらい、分かってるって」
ジトーっと睨みながら釘をさすと、バンディはカラカラと笑いながらそう言った。
「––––早速だけど、Youはどうしてこの世界に?」
バンディのことはひとまず置いておいて、ナオヤ君とギルドホールへ。
一緒の卓に着くと、軽く冗談めかしてここまでの経緯を聞いてみた。
もしもテンプレなトラック転生とかだったら、結構ショッキングな体験かもしれないし。
「……信じられないかもしれないんだけど、あの日、僕は死んだ、はずだったんだ」
自分でも信じられない、といった様子でポツポツと語った彼の話を要約すると、次のような事情だったらしい。
––––その日、どうしても欲しいゲームソフトがあって、しかも是非ともすぐに遊びたい!という気持ちが抑えきれず、仮病を使ってアキバのSOFU-MOPに行ったのだという。
知り合いに見られないように、裏道の方の店を選んで。
そうして開店を待っていたところ、突如として現れたトラックに跳ねられて、気が付いた時には見知らぬお城の中にいた、と。
「……それって、めっちゃテンプレな転生パターンじゃね?」
「––––え?転生?……てんぷれ?」
?????と、ナオヤ君の頭上に大量の疑問符が浮かぶ。
「あれ?異世界転生モノって見たことねぇ?マンガとかでさ」
「異世界、転生?……転生って言ったら、めがm––––」
「はい、ストーップ!ちょ~っと待ってね」
……なんかアヤシイこと言いかけてたぞ?
「と、ところで、その、買おうと思ってたゲームって、なんてヤツ?」
とりあえず、話のスジを戻すために、その時のことを聞いてみよう。
「あ、あの、知ってるかな?新作のゲームで、『デーモンスレイヤーⅣ ~ デモスレファミリー ~』っていうんだけど」
デ、デモスレ?……ちょっと待て。確か、レトロゲーの動画で見た気がするぞ?あれって、復刻版出てたっけ?
「それって、復活しようとしてる魔王を倒すために、家族とペットのモンスターから一人づつ選んで、ダンジョン攻略するっていう、アクションRPGの?」
「そ、そう、それ。……ああぁぁぁ、やりたかったなぁ……」
「……ちなみに、ハードはなに?GS?PC?」
「え?……MLX+、だけど」
MLX⁉しかも+?……って、あれだよな。家庭用のテレビに繋げて使う、ホームPCってヤツ。マニアの間で結構な値段で取引されてるっていう、むか~しのPCの。
さっきから何かおかしい。同い年らしいのに、なぜかジェネレーションギャップみたいなのを感じる。まるで、親とかのオタ話でも聞いてる気分だ。
「ナオヤ君。……もうちょっと、何個か質問してもいいかな?」
「う、うん……?」
俺は、このギャップの正体をハッキリさせるため、彼に質問を繰りだした。
「お笑い番組っていったら?」
「ド○フ大爆笑、とか、金ドンとか……?」
「ネット……インターネットって、やってる?」
「いんた~……それ、なに?」
「あぁ、うん。PC––––パソコンを回線に繋いで通信するやつ」
「パソ通のこと?ムリムリ!電話代がものすごいことになるって聞くし、使ってる間家の電話も使えなくなるから、親がカプラーとか買ってくれないよ」
カプラーときたか!固定電話の受話器を置いて、通話用の回線でプログラムデータをやり取りするやつな。
「んじゃ、ちょっと方向性を変えて。『ガンニャム』シリーズって見てた?」
「––––!あ、うん。見てた見てた!プラモデルもよく作ったよ!」
おっ、食いついてきた!さすが四十年以上も続いている『機動兵士ガンニャム』シリーズ。男なら一度は通る鉄板ネタだ。
「何作目だった?G?それともF?」
「えと、シータとダブルシータ、かな?小学生のころ……」
––––はいキタ!でも……マジか?
「最後にもうイッコ。……今、何年?」
「え、今?……平成○年、だけど……」
薄々感じてはいたけど……平成、ひとケタっすか。
つまり、同じ日本は日本でも、彼は三十年くらい前の時代から来た、『昭和のオタク』ということが確定した。そりゃあ、異世界転生もネットも知らねえはずだよ。
「あ、あの……僕も、聞いていい、かな」
「っはい!俺に分かることでしたら!」
「––––なんで急に敬語?」
「いや、ははっ。何となくっていうか、人生のパイセンっていうか……」
そりゃあ、三十年も昔の人って分かっちゃったら、ねぇ。
「よくわからないけど、カケル、君?……って、僕よりも今起きてることに詳しそう、だよね。さっき言ってた、転生、とか言うこととか、良かったら教えてくれる、かな」
やっぱり不安だったんだろう。遠慮がちに問いかけてくるナオヤ君に(敬語だとなんか寂しそうな顔をするのでタメで)、知ってることだけでよければ、と快諾する。
そもそもの話、異世界転生というワード自体を知らないとどうにもならないので、彼の時代のアニメの中から、主人公がモトクロスのレース中に『海と大地の狭間の世界』、だったかに飛び込んでしまう設定のものがあったので、それと似たような感じと説明したら、目を輝かせて納得してくれた。
ついでに、転生した時のことも詳しく聞いてみた。
俺の時は、気が付いたらこの世界にいたわけだし。転生かどうかも分からないし。
「––––トラックに、跳ねられた後?……そう言えば、なんか役所みたいなところのカウンターの前に座らされていたんだけど……」
以下、ナオヤ君の回想。
「…………?」
『気が付きましたか?はいおめでとうございます。あなたは転生の資格を得ました。それではこちらに必要事項の入力をお願いしま~す』
––––ここがどこなのか。何故こんなところにいるのか?何も分からない。
見た感じでは、どこかの役所みたいな、そのカウンターの前に座っていた。
僕の目の前にいるのは、とても綺麗な、だけれど、なんだか冷たい印象の女の人。
その人は、こちらには目もくれないで、すい、と板状のものをカウンターに差しだしてきた。これは……液晶の、パネル?
キーボードも何もない、その液晶画面には、いくつかの質問文らしきものが映し出されていたけれど、入力って……まさか、SF映画とかアニメみたいに直接タッチして、とか?
『––––どうしました?まさか今どきの高校生が、タブレットの操作が分からないとかフザケたこと抜かすってんじゃないですよねぇ』
カタカタと、せわしなくパソコンのキーボードを叩いていた女の人が、一ミリも視線を動かすことなく声を掛ける。……あ、ヤバい。何だかイラついてる?
「あ、あの……タブレットって、何です、か?」
『ッチ!ハズレか……あぁ、もういいです。それじゃあ、質問に答えてください。希望するスキルは?属性は?……チートは何がいいですか?』
「え?え?え?……あ、あの……」
『あぁ、これも分からない?分からない。じゃあ、こっちでテキトーにやっとくんで。後からクレームってのだけはやめてくださいね』
キーボードを叩く手を止めたその人は、僕の方をにらむとその液晶板、タブレット?をひったくると、親の仇でもあるかのような勢いで、タン、タン、タンッ!と画面にタッチしていった。
『はい、それじゃあ属性は全属性対応、スキルは剣技を中心にランダムで、チートも人気のあるところから適当に。これで現地でもなんとかやっていけるでしょ』
「––––え?ぞく、スキル、え?え?……現地って……?」
『はいでは以上で手続きは終了です。後のサポートは現地の神に聞いてください。特に質問が無いようでしたら、素敵な異世界セカンドライフへ……逝ってらっしゃいませ~!』
「ちょっちょっちょ!な、なんなんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
結局、一切の質問もさせて貰えないまま、目の前が眩い光に包まれて、僕はどこへともなく落下していった。
「––––ということがあったんだけど」
「あぁ~……そのパターンね。何て言うか……ドンマイ?」
ナオヤ君の話を聞いてたけど、女神運が悪いっていうか……
だいたい、ろくに説明もしないくせにハズレ呼ばわりとか。もういっそ、お前がハズレだよ!って言いたくなるよな、普通。
「なんか、大変だったみたいだね。で、その後サポートとかは?」
「……ううん、なんにも。現地の神って言ってたけど、神さまなんてどうやって呼べばいいのかわからないし……」
そこまで聞いて、一つ、思い至ったことがある。
俺は、腰に差していた斧を取り出すと、コンコン、と指先でノックした。
「爺さん爺さん。ちょっといい?」
『––––おう、なんじゃい、童。中々声をかけてくれんから、こちらの情報フォルダを整理しとったとこなんじゃがの』
ポン、と斧に嵌め込まれた宝玉から出てきたのは、中に宿っている、知恵の神ことヤゴコロオモイカネの神さまだ。
「わっ!小っちゃい人が出てきた!……カケル君、この人は一体……?」
「うん。この爺さん、ヤゴコロオモイカネっていう神さま。こう見えて知恵の神様だから、何か力になってくれるかなって思って」
『こう見えて、は余計じゃわい。––––して?話はこの新顔のことかの?』
「あ、そうそう。彼、ナオヤ君っていうんだけど、転生の時にろくな説明もしてもらえなかったみたいでさ。色々と教えて欲しいんだけど」
「か、神さま⁉本当に?……あ、あの!よ、よろしくお願いします!」
少し戸惑っていたナオヤ君は、姿勢を正すと勢い良く頭を下げた。
『おうおう、良い心掛けじゃの。……どこぞの小生意気な童とは大違いじゃ』
「……誰のことかな?」
もしかして、根に持ってる?こう見えてって言ったの。言葉のアヤじゃん。
『さて、ナオヤと申したかの?汝の懸念しておることじゃが……この世界を運営しておる神は、只今他の冒険者達に執心なようでの。もうちぃっとしたらこちらに来るじゃろ。心配には及ばんよ』
「あ、そ、そうなんですか……」
ちょっと畏まったようなナオヤ君の態度に気をよくしてか、何気に柔らかい口調で喋る爺さん。
対するナオヤ君の方は、少しだけ気落ちしているようにも見える。
「どうかした?ナオヤ君」
「うん。いや……やっぱり僕って、あんまり期待されてないのかな、って。何だか後回しにされてるみたいだし……」
あぁ、うん。何となく分かってしまう。呼んでおいてスルーされたりすると、やっぱ俺なんか……ってなったりする感じ。
「まぁ……あんま気にすること無いと思うよ。悪いのはアッチなんだからさ、『放置かよ!』って文句言ってやっても大丈夫だって」
「えぇっ?か、神さま、なんだよね?そんなことして、バチとか、当たったりしない?」
『それも、心配には及ばぬよ。アレが相手では……の』
くつくつ、とそこ可笑し気に含み笑いをする爺さん。
知ってる相手なのか?と聞くと––––
『ま、それなりにはの。基本的には、欠落しとるのかと思うほど『怒る』ということのない神じゃが……敢えて言うなれば、ヒトの話を聞かぬのが玉に瑕といったところかの』
「それって、楽天主義の愉快犯的な理解でおk?」
『……ふむ、おおむねおけ~ぇ、といったところじゃの』
人の話を聞かなくて、おちょくったような、ひとを食ったような神様ってことか。ありがちありがち。
「…………え~っと、どういうこと?カケル君」
「あぁ、うん。マジになるだけ馬鹿を見る相手だってこと」
「……………………そんなもの、なのかな」
よく分からないや、といった感じで、ナオヤ君は首を傾げてしまった。
「あ、ところでさ、ナオヤ君。エディさんが言ってたけど、一旦は魔物退治に行ったんだよね。すぐに戻って来ちゃったって聞いたけど、何かあったの?」
いよいよ本題。
彼が引きこもってしまうに至った経緯を聞いておかないと、同じことの繰り返しになりかねない。似たような境遇の俺になら、話してくれるかもだし。
「………………うん。カケル君は、その……魔物と戦ったり、した?」
「俺?まぁ、ちょっとは?あ、でも、自分で倒したのは、最初のワスプだけかな?」
バンディに指導(?)されながら。ビビッて涙と鼻水だらけだったのは、恥ずかしいから秘密にしておいてください。
「自分で、倒せたんだ。凄いなぁ……僕なんかより、カケル君の方がよっぽど勇者に向いてるんじゃないかな……」
「––––いやいや!俺だってあの時は、バンディに言われた通りに動いただけだし。俺の実力かって言われると、やっぱ違うんじゃねえかなぁ」
言われるがまま。なんも考えずに剣を振り回しただけだったもんな。
「それでも凄いよ。それに、僕の時は自分で行ったっていうより、ジョルジュさんに放り出されただけで、戦い方なんて誰も教えてくれなかったし……」
「ちょいまち。放り出されたって、エディさんに説得されて行ったんじゃなかったの?」
「あ、うん。エディさんは熱心に説得してきたんだけど、なかなか踏ん切りがつかなくて。それで、ジョルジュさんが『一匹倒せば自信もつくだろう』って言って、僕の首根っこを掴まえて、馬で平原まで行ってポイっと……」
……なんだろう。ジョルジュさんが悪い気がしてきた。あれか?スポーツ得意なヤツの『俺ができるからお前もできるはず』っていうナゾ理論なのか?
「やあ、思いの外話が弾んでいるようだね。勇者殿は、最初の頃はあまり話してくれなかったから、少し心配していたのだけれど、どうやら大丈夫なようだ。これも、同郷故の気安さということかな?」
「あ……エディ、さん」
受付嬢達との会話に一区切りがついたのか、片手を挙げ、軽い足取りでエドワードが歩を進めてくる。
その姿を認めたナオヤは、恐縮か羞恥か、居心地が悪そうに身じろぎをしていた。
一方のカケルは––––
「いや、同郷っていうか同類っていうか……」などと言いながら、ナオヤとの会話で判明したことなども含めて話し合おうと、エドワードを卓に誘った。
「––––なるほど。私の見ていない時に、ジョルジュさんがそんなことを……」
「らしいです。あと、俺もですけど、こっちに来るまで戦った事がないっていうか、ケンカみたいなのも、できるだけ逃げたい・避けたいタイプなんですよ、俺ら」
魔物も実在しない。身近に戦もないところから来ているのに、いきなり実戦にポンと放り出されても、戦えるわけがない。できるわけないよ!と訴えてみたカケルである。
「うん……そうだね。確かに私達も性急に過ぎたのかもしれない。しかし、それならそうと相談してくれれば––––」
「ほう?勇者殿は、戦闘経験が無かった、と。これは私としたことが、配慮に欠けていたようだ。ならば基礎の基礎、『地獄の千本ダッシュ』から始めるべきだったかな?」
「––––ひぃっ!」
不意に割り込んだ声の方に目を向けると、腕を組み、片方の口角を上げ、嗜虐的な笑みを浮かべたジョルジュの姿があった。
その様を見たナオヤなどは、よほど怖い思いをしたものか、小さく悲鳴を上げると、すっかりと竦み上がってしまっていた。
「いや、だからそういう所が……って、エディさん。止めてくださいよ、この人」
「私が?はははっ、君も中々無茶を言うね。でも……」
穏やかな笑みを浮かべたエドワードは、席を立つとジョルジュの手を取り、「貴女の仕事熱心さには頭が下がる思いだが、皆も馬車の旅で疲れているでしょうし、今日のところはゆるりと休息に充てた方が良いでしょう。さぁ、こちらで一緒にお茶でも飲んで寛いで行きませんか?レディ・ジョルジュ」と、さり気なく肩を抱くようにして促す。
「––––っな!き、ききき貴様!お、女の肌に、そのように気安く触れるなどっ!……良いのか?本気にするぞ……貴様を引っ立てて私の両親に挨拶に来てもらうからな!」
「まぁまぁ。その話はまた今度ということで。さぁ、冷めないうちに頂きませんか?」
それまでの態度を一転させ、途端にあわあわと赤面しながらも、この婚期を逃してなるものかと、強引なまでにグイグイと迫るジョルジュであった。
––––が、微塵も動じる様子を見せないエドワードに促され、「む、むぅ……」と呻きながらも卓に着き、不承不承と言った様子で茶のカップを手に取るジョルジュである。
「……良いか!私とて好き好んでこの年まで独り身でいたわけではないのだ。もしも私を謀ったり、ましてや弄んだりしたのなら、ただでは済まさんからな……」
「大丈夫ですよ。もしも私でお気に召さないのなら、知り合いを紹介しますから」
尚も喰らいつかんばかりのジョルジュを、軽やかな笑顔であしらうエドワード。ともあれ、ジョルジュの関心を自らに引き付けることで、見事に話の矛先を逸らす事に成功した。
「––––まぁ、私にできることと言ったらこのくらいかな?」
片目を閉じ、朗らかな笑顔でカケル達に小声で語るエドワード。
その、己の身を供儀に差し出すかのようなオトコマエな対処に––––否。
(なんだかんだ言って、知り合いの誰かを押し付けようとしてるんじゃね?)と。
彼らのやり取りを見守っていたカケルは、エドワードの語った言葉尻に、邪推ともとれる閃きを得た。……が、敢えて口にはするまいと頭を振ってこの場をやり過ごした。
エディさんの機転で場の空気が収まってから少し経って。
受付さんが、「急ごしらえですけれど」と言って置いて行った焼菓子をお茶請けに、皆で雑談めいた会話を交わしていた。
その中で、ナオヤ君の初冒険での失敗、中々スライムを倒せずに、挙句に靴を融かされて逃げ帰ったという経緯も聞くことができた。……の、だけれど。
「––––だから、まずは互いの家族を交えた食事会を開いて––––って、聞いているのか貴様!」
「大丈夫、聞いてますよ。……ほら、この焼菓子美味しいですよ。はい、あ~ん♪」
「––––っっな!『あ~ん』して、くれる……だと?…………………………………………あ、あ~ん……んっ……おいひい♡」
何かのスイッチが入ってしまったらしいジョルジュさんが、喰ってかかるようにして詰め寄っているけど、余裕の態度を崩さないエディさんに、容易くあしらわれてしまう。
焼菓子を食べさせてもらったジョルジュさんは、両手で紅くなった頬を抑えて恥じらうように……もう、頭から蒸気を吹き上げるほどデレッデレになっていた。
そんなジョルジュさんの様子を見届けて、俺の方に向き直ったエディさんは、「さて……」と空気を入れ替えるように言った。
「もう一人、君に紹介したい子がいるんだけど、さっきはディジー嬢の剣幕に驚いてしまったみたいでね。……さぁ、出ておいで、ハーヴェ」
声を掛けられ、エディさんの肩口から顔をのぞかせたのは、妖精のような小さな小さな女の子。それが、カサカサという音を立てながら全身を現すと……
女の子の上半身に、下半身は蜘蛛の姿。……ア、アラクネ?
「紹介するよ。この子はハーヴェスト。大地の精霊で、あの時のゴーレムも、この子の能力によるものだよ。……あぁ、誤解しないで欲しいのだけれど、あれはあくまで私がさせた事だ。この子は、ずっと君に謝りたいと言っていたんだよ」
そう言って、エディさんが女の子、ハーヴェストを自分の手に乗せ、そっと卓に降ろすと、その子、ハーヴェストはおずおずと進み出て、六本あるうちの前四本の足をスカートのように広げてお辞儀をした。
「キ、キキウ……キュキキキーウ……」
何を言ってるのかは分からないけど、その表情と態度は、とても申し訳なさそうに、涙に潤んだ瞳で深々と頭を下げている。
「え~っと、さっきも言ったけど、さ。別に、怒ってないから。……顔、上げてよ」
あまりにも深く平伏して、カタカタと震えている姿を見て、流石にいたたまれなくなってきたので、出来るだけ優しく声を掛けると、「……キュ?」という声を上げ、恐る恐る顔を上げるハーヴェスト。
「じゃあさ……」
未だに罪悪感に苛まれるような顔をしたハーヴェストの頭を、コツン、と指先で小突く。
「––––っ⁉」
それは、軽くつつく程度のもの。痛くはなかったはずだけど、突然のことに驚いてか、目を丸くしたハーヴェストは、両手を頭に添えてこちらを見上げてくる。
「これでおあいこ、ってことにしないか?」
そう言って声を掛けると、彼女は少しの間キョトンとして––––
「…………キュキキュッ♡」
本当に、本当に嬉しそうに顔を綻ばせ、俺の指を掻き抱くように抱きついてきた。
その顔は、タンポポが咲いたように明るい、満面の笑顔を浮かべていた。




