Day Holiday 異世界と言えばあれも……あこがれだね!
Day.holiday 異世界と言えばあれも……あこがれだねっ!
夜、自室にて––––
「……こんな感じかな?爺さん、どうよ?」
『どれ?……おう、良く書けとるわ。この調子じゃの』
––––今、俺はオモイカネの爺さんに教わりながら、こっちの読み書きを練習している。
雑用専門ギルドに入ることになった、最初のような失敗を繰り返さないため。
この世界の文字は、丸や四角といった、母音を表す図形に、棒線とか鉤とかの子音の符号を付け足して構成される。平たく言うと、ハングルに近い文字だ。
だから、基本が分かってくると、結構スムーズに理解ができた。
「––––よしっと。今日のところはこんなもんかな?」
書き取りを終えて、ひと息を吐く。
「zzz~~~ッブ。……ブブフ……(眠)」
俺の後ろ、寝台の脇では、床に毛布を敷いてタローが眠っている。
「ははっ。あれ、寝言かな?……さて、と」
ぐっすり眠っているタローを確認してから、新しい紙を取り出す。
––––今回のことで、咄嗟に使える飛び道具があればなぁ、とか思ったので、元の世界のものを思い出して、設計図、というより、イメージ図を書き出すところだ。
やっぱり、ヒト型の魔物と至近距離で切り結ぶようなのは、どうしてもやり辛いし、魔法だって、それなりに使えるのはバンディの身体強化くらいだ。
そこで思い出したのが、ファンタジーものでチョイチョイ出てくるアレ、魔導銃。
この世界には、魔晶石の他にも、属性核というものがあるらしく、魔力を通すだけで属性魔法のような効果を発揮するらしい。
今考えているのは、S・ルガー・スーパーブラックホークをイメージした、回転式拳銃タイプ。グリップが湾曲した、西部劇によく出てくるようなデザインって言えば分かりやすいかな?六連装シリンダーのやつ。
––––なんでオートマチックにしないのかというと、弾丸が使い捨てじゃないから。
弾丸的な部分は、別々の属性核を仕込んでフィルターっていうか、レンズのようにして集束させた魔力を当てて、即席の魔法に仕立てようっていう魂胆だ。
つまり、シリンダーの所は弾倉じゃなくって、魔法のセレクターみたいにするつもり。
もちろん、どういった機構にすればいいのかは分からないので、その辺は、詳しそうな人を探して相談しようかと思っている。そのために、受付さんにお願いして、明日は休みをもらっている。
––––コンコン、と。
不意に扉をノックする音が聞こえる。
こんな夜中に誰だろう、と思ったけど、すぐに扉の外から呼びかけられる。
「起きてるか?カケル。俺だ」
「バンディ?あぁ、うん。大丈夫。どうかした?」
「いや、ちょっと良い酒が手に入ったからよ。爺さんにどうかと思ってな」
どうやら、オモイカネの爺さんに差し入れてくれるらしい。ガサツで不器用だけど、相変わらず気のいい奴ではある。
「ありがとう。鍵は開いてるから、入っていいよ」
「おう。そんじゃあ」
そういって、扉を開けて入ってきたのは、バンディと……孤都さん?
すっかり寛いだ様子で、いつもの双剣を外したバンディの後ろから、夕陽に染まる稲穂のような毛色の狐耳を揺らして、ご機嫌な表情の孤都さんもやってきた。
「なんや、エエ匂いする思たら、上等な御酒がある言うやないの。そんならウチも、ご相伴に与ろう思てな?一緒に来たんよ」
「え、孤都さんもお酒飲むの?」
「ん~、ウチは酔うためやのうて、エエのんがあったときだけ。嗜む程度やね」
そう言って、懐から取り出したのは、どっかの戦国武将でも使ってたんじゃないかっていう、朱塗りの大盃。……それ、五合くらい入るヤツじゃね?
「まぁ、細けぇことはさておき。爺さん、いるんだろ?ほら、銘酒『オウガ・スレイヤー』だ。一緒に飲もうぜ」
バンディが声を掛けると、机の上にいた爺さんも、顔を綻ばせて俺の肩の上に移動する。
『おうおう、気が利くの。どれ、いただくとしようかの』
「あ、爺さん。俺、まだ描いてる途中だからさ。そっちでバンディ達と飲んでてよ」
そう言って、肩の上から手のひらに爺さんを乗せて、バンディの居るところまで運んだ。
「なぁ、カケルちゃん。さっきから何、書いてはんの?」
始まった酒盛りを後ろに、魔導銃の設計図、らしきものを描いていると、背後から孤都さんが『肩にアゴ乗せ』を披露しながら、覗き込んできた。
照れ隠しに、「ちょっと、孤都さん。酒臭いし」とか言いながら、説明した。
「––––っていう感じで、とっさの時に魔法を撃てる道具が出来ないかなぁ、って思って、こんなのを考えてたところなんですよ」
簡単に仕組みを説明すると、ふぅむ……と唸りながら、一しきり図面を見つめて、次の瞬間には、グワバッ!と抱きついてきた。
「天才!天才やわ、この子ぉ!こないなもん思いつくやなんて!なぁ、バンディも見てみぃや!ホンマに凄いねんて!……あぁ、末は博士か大臣か。楽しみやわぁ!」
お婆ちゃんか!アンタは孫の成長を喜ぶお婆ちゃんかっ!……と言うのは口にしなかったけど、大げさに喜ぶ孤都さんの姿に、照れくささから赤面してしまう。
そんな様子を微笑ましそうに見ていたバンディだけど、「どれどれ」と覗き込んでくるその顔は、どこか真剣に吟味しているようにも見えた。
「カケル。この道具、中身なんかの細けぇところは、もう詰めてあるのか?」
「いや、まだアイディアだけ。明日、休みをもらったから、誰かこういった機構とか魔法に詳しい人がいないか探してみようと思ってさ」
一しきり唸って、バンディが聞いてきた。正直、俺も銃の構造とかに詳しいわけでもないので、魔道具を作ってる人とかに、協力してもらえないか、お願いしてみようと思っていたところだし。
「……こういったのに詳しそうな奴に、心当たりがある。良かったら明日、行ってみたらどうだ?」
ニッ、と頼もし気な笑みを浮かべて、バンディが提案してくれた。
「マジで?ありがとう、助かるよ」
いや、ホントに助かる。もしもその人にお願いできるなら、大幅に時間の節約にもなるし。
そんなことを考えていると、俺の背中に抱きついて、何やら思案していたらしい孤都さんが、得心がいったように口を開いた。
「あぁ、それって、あのセンセのとこ?そんなら、ウチも一緒に行く♪カケルちゃん。案内したげるわ」
どこか楽しげに、そんなことを言い出す孤都さん。そういえば前の休みの時、「次は一緒にお出かけする!」なんて言ってたっけ。まぁ第一、普段はゆるりと下がっているふさふさの尻尾を、ビンッ!と立たせて、散歩前の犬のようにブンブンと振っている姿を見ると、とてもじゃないけどお断りなんてできないよな。
「じゃあ、せっかくだから案内、お願いします。……っていうか、孤都さん。明日すぐにお休み取れるんですか?」
「––––はぅっ!ちょお待ってや。こないなときは、う~ん……っ!そうや!こないなときこそ、『幽求召喚』や!」
胸を押さえて、SHOCK!みたいな仕草をしてから、ややしばらく考え込んでいた孤都さんは、これだ!と言わんばかりに柳眉を開いた。
「え、有給消化?こっちにも有休なんてシステム、あったのか……」
「あ~っと、カケル。多分だけど、お前の考えてることとは、違うと思うぞ?」
「……?どういうことだよ、それって」
「ま、朝になりゃあ分かるさ」
「そんならカケルちゃん。ウチ、準備せなならんから、今夜は失礼させてもらうわ。明日、約束やからね♡置いてかんといてな?」
バンディの言葉に首を捻っていると、珍しく、本当に珍しく、孤都さんはあっさりと部屋を出て行こうとしていた。途中、「あ、忘れるとこやった。もったいないもったいない」と言って、大杯に半分ほど残っていたお酒を、キューっとひと息に飲み干して。
––––一夜明けて、翌朝。
目を覚まして一階のホールに向かうと、いつもの面々の他に、見慣れない人影が、孤都さんと向かい合うようにして立っていた。
後ろ姿しか見えないけど、チョコンと後ろで括った、青みを帯びた銀髪、と、ピンと立ったキツネ耳。天色を基調にした巫女風装束を、かっちりと着こなした凛とした立ち姿。もちろん、お尻には銀モフな尻尾が揺れる。
「あ、カケルちゃん!おはようさん」
俺に気が付いた孤都さんが挨拶をするのに合わせて、もう一人もくるりと振り返る。
「おはようございます、カケル様。お初にお目にかかります、鏡孤と申します。御本家様共々、幾久しく良しなにお願い申し上げます」
折り目正しく、深々と腰を折っての一礼。水面を滑るように滑らかな所作で上体を戻すと、柔らかな微笑みを浮かべる。
「あ、どうも。カケルです……」
……誰?御本家様ってどういうこと?イマイチ状況は飲み込めなかったけれど、取り敢えず、といった感じで挨拶を返す。
第一印象は、清楚そのものといった感じ。白魚のような、っていう表現がピッタリくるような、どこかしっとりとした肌の、細面の顔。やや下がりがちな目尻に、揺らめく水面を思わせる大きな青い瞳。
孤都さんを柔らかな陽の光に例えるなら、目の前の佳人は、まるで月下に咲く白い小花。
「……で。孤都さん?この人は一体?」
「面白ぇだろ?こいつは孤都の、幽体を削って、召喚した分体みたいなもんなんだぜ」
脇で様子を窺っていたバンディが口を挟んでくる。
「バンディ。ウチの説明、取らんといて。……カケルちゃん。この子はウチの【水の魔力】から造った子なんよ」
「造った……?」
「はい。私は、御本家様がお持ちの紅焔と静水が内の、水の能力を与えられし分御霊にございます」
要するに、孤都さんの分身、みたいなことらしい。で、孤都さんが本体だから、『御本家様』ってわけか。てっきり、親戚かなにかかと思った。
「……ってことは、孤都さん?もしかして」
「うん。今日のウチの仕事、この子にやらせよう思うて召喚んだんよ♪」
ナントイウコトデショウ。すっげえ魔力の無駄遣いじゃね?
そのうち、どっかのコピーロボットみたいに、反乱でも起こされるんじゃないだろうか。
「––––それで、鏡孤さん、でしたっけ。こんな用事で呼び出されて……ホントにいいんですか?」
実はムカついてたりしない?と思って聞いてみた。
「勿論でございます。この鏡孤、御本家様のお役に立てることこそが無上の喜び。不服など、あろうはずもございません」
穏やかな笑みを浮かべ、両の手を自分の胸に当てた姿勢で、陶然とした声を上げる。
「嗚呼!そも思い描いた以上のカケル様の暖かきお心遣い。この鏡孤、感動頻りにございます!……カケル様。もしもそのご厚情に、いま少しばかり甘えさせて頂けますならば、その、寸時、カケル様の、御手を与らせては、いただけないでしょうか?」
上目づかいで、おずおずと、遠慮がちにお願いしてくる。
随分と時代掛かった言い回しだけど、これはつまり……
「えっと、握手したいってことで、良かったですか?」
薄紅色に染まった頬で、コクリと鏡孤さんは頷く。
「……じゃあ、その……はい」
どこかこそばゆいものを感じながら、躊躇いがちに差し出した俺の手を、ほう、と熱のこもった眼差しを向けて、鏡孤さんは両手で挟むように捧げ持つ。
「ありがとう存じます♡(すんすん)あぁ、カケル様の御手……(クンカクンカ)誠に、その御心のように暖こうございます♡(すぅ、はぁ)……」
「え?ちょっと、鏡孤さん?なに嗅いでんの?––––ってか、またこのパターンかよ!ちょっ、ねえ!離して!……離せってば!」
グイグイと手を引っ張っても、意外なほどの力で、しかも絶妙な力加減で柔らかく喰らいついてくる。ダメだ。この人、喋り方とかのテイストが違うだけで、行動パターンが孤都さんと全く一緒だ!
「はあぁ♡これこそ正に、桃源郷の如き夢心地♡かような至福に浴することができて、鏡孤は、鏡孤はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♡♡♡」
「はい、そこまでや。エエ加減に離れぇ!」
もう逝っちゃう!みたいな顔で悶えていた鏡孤さんを、後ろから孤都さんがグイ!と首根っこ捕まえて引き剝がした。
「あぁっ!後生でございます御本家様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ズルズルと引きずられ、鏡孤さんの絶叫がホールに木霊していった。
––––朝食を終え、ホールには暫しのくつろぎの時が流れる。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………ブ」
ホールの片隅、小宅を囲んだカケル、ディジー、ジルコ、タローの四名は、緊張した面持ちで互いを見やる。
各々が片手を挙げ、額の前にカードを掲げ持つ。『正直者のポーカー』。諸氏においては、先住米国人の名を冠したポーカー、と言えば通りがよいか。
ともあれ、今まさに彼らが興じているのは、カードゲームの名を借りた心理戦。相手の手札と表情。限られた情報をもとに繰り広げられる、真剣勝負なのである。
(……ディジーは、3か。タローもジルコも2だし、これで俺が負けるとか、ありえねぇ!)
カケルは、勝負に出た。
「お前ら、ホントにそれでいいのか?さっさと降りた方がいいんじゃねえの?」
ここであえての『親切な助言者』。他のメンツが、最弱の2と3。相手が降りようが突っ張ろうが、己の負けは無いと踏んでの大見得を切った。
「……はっ!あ~しが負けるとか、ありえねぇし」
「俺ぁ、これでいい。お前ごそ、降りだ方がいいんでねが?」
「ブフッフ……ブッ!(確信)」
皆が皆、自信に満ちたような表情を浮かべる。誰一人として、降りることはおろか、チェンジすらも考えてはいないようでだ。
そこへ、鏡孤への仕置きと説教を終えた孤都が、興味深げに歩み寄ってくる。
「~♪……んん?カケルちゃん。その札––––」
「ゴメン、孤都さん。口、出さないでくれますか?こういうのは、勝っても負けても自分の力でやらないと面白くないんで」
その言葉に、僅かに眼を見開いた孤都は、次いで、吐息とともに目を細め、
「……そうやね。うん。確かに勝負事は、そうやないと面白んないなぁ。なら、ウチはカケルちゃんの後ろで見守らしてもらうわ」
満足げに頷くと、愛でるような眼差しをカケルに投げかけ、手近な椅子に身を寄せる。
「ありがとう、孤都さん。じゃあ……」
皆がコクリと頷く。
「「「ショウ・ダウン!」」」「ブッ!」
一斉に卓に投じられるカード。そして––––
「––––やぁりぃ!あ~しの勝ちぃ!」
「2……ッマジかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
高らかに勝利を宣言するディジー。
信じられない、とばかりに頭を抱えるカケル。
場に出そろったカードの目は、2,2,2,3。
僅かに四枚しかない、最弱のカード。それが、場に二枚。
まさかの三枚目を、自らが引いてしまうとは……
「っああぁぁぁ。マジか。最悪でも、ディジーとは引き分けだと思ったのに」
「………………ブッ(落胆)」
「仕方ねぇべ。負げは負げだ……」
肩を落とす男たちに、怪しげに瞳を輝かせるエルフの少女は告げる。
「あんたら、なんか忘れてんじゃね?賭けのこと」
「「「––––––––っ!!!」」」
そう、彼らはこの勝負で、一つの賭けをしていたのである。勝者は一つ、敗者に対して命令を下せる、という。
「そんじゃ、だ・れ・にしようか、なっと」
固唾を飲んで待ち受ける男どもを、ゆっくりと順々に見回し、やがてエルフの少女は迷いなく、一点を指差して。
「タロー。あんた今日一日、あ~しの乗り物ね♪」
「ブフッ?」
下された命令に、当のタローはきょとんとして、小首を傾げる。
「ディジー、お前。最初からそれが狙いかよ。……いいのか?タロー。今日一日こいつを乗っけて、言う通りのところに連れてけって言ってるけど」
ディジーに半眼を送り、タローには心配気に説明をする、と。
「ブッ?…………ブッ!(承諾)」
任せろ、と言わんばかりに己の胸を叩くタロー。
「まぁ、お前がいいなら、いいんだけどさ」
––––ディジーは、アッシー(古!)を手に入れた!
皆がそれぞれの準備を整えて。
仕事に向かうメンツは各々の現場へ。
上機嫌でタローの肩によじ登ったディジーは、肩車状態で「お~、高っか!よ~し、タロー!出発~♪」なんて言いながら。
お仕置きの影響か、お尻を擦りながら涙目の鏡孤さんは、「それでは、行って参りますぅぅぅ…………」と俯きがちに出ていった。
「––––ほんなら行こか?カケルちゃん」
「あ、そうですね。もうそろそろ、いい時間だし」
目的地は、街の南側。先生、と呼ばれる人の研究窟だ。
––––まずは町の中心、中央広場へ。
広場を中心に、十字に大路が切られているのもあるけど、訪問先への手土産も買っていこう、という孤都さんに従って、お菓子屋さんを覗くことに。
「カケルちゃん。ここやここ。センセな、ここの『金貨まん』が好物なんよ」
立ち寄った店で売られていたのは、見ればなるほど、金貨の形を模した焼きまんじゅう。
大判焼き……回転饅頭?を小さくしたような見た目で、試食用に一つづつ買ってみると、蜂蜜を練り込んだという皮に、中身は白あんが入っていて、意外とさっぱりした味だった。
「カケルちゃん♪ウチのんも食べる?半分こしよか?」
なぜかウキウキした様子で、そんなことを言ってくる孤都さん。だけど。
「いや、俺、実は甘いものってちょっと苦手で。だから、今食べてるので充分っていうか、むしろお茶が欲しい」
そんなことを言っていると、気を利かせた店員さんが「よろしければ、こちらもどうぞ」と言って、渋めのお茶を持ってきてくれた。
お礼を言って、ありがたくお茶をいただく。別に怖いとまでは言わないけど、まんじゅう食べたらお茶。この組み合わせは、やっぱりマストだよな。
手土産用の『金貨まん(二十八個入)』を買って、孤都さんと散歩気分で歩いてゆく。
「––––そういえば孤都さん。前からイッコ聞きたかったんですけど」
「ん、なになに?ウチに分かることやろかなぁ?」
「その、俺らがいるのって、雑用専門ギルドですよね?ぶっちゃけ……魔物の遭遇率、高すぎじゃね?」
前々から気になっていた質問をぶつけてみる。大体、ドブ攫いに行けば大蜂に襲われ、薬草採ってりゃゴーレムに出くわすし。
これがゲームだったら、制作者出てこいって言いたくなるほどだよ!
孤都さんは、口元に指をあてがって、ん、と少し考えた後、スイ~っと目を泳がせると、
「偶然、なんとちゃう、かなぁ~……うん。王都と違て、衛兵も、おらんし?……イナカ、やし?」
これ以上ないくらい、キョドってた。アヤシイ……
「…………孤都さん?」
詰め寄ろうとしたけど、ひゅ~、ふす~、と。
下手くそな口笛を吹いてごまかそうとしている。
「––––あ、そないなことより、カケルちゃん。あそこ、何しとるんやろな。なぁ、ちょっと見てみいひん?」
大分強引な話題転換だったけど、言われた方を見てみると、建物に挟まれた路地に向かって腰をかがめた、真っ赤な修道服姿の人影が見えた。
「あれって、アネホさん?」
––––目を向けた先にいたのは、教会の修道騎士団、その中でも火属性の魔法に特化しているという、紅玉隊所属のカルヴァド姉妹の姉の方、アネホ=カルヴァドさんだ。ちなみに、猫耳の獣人。で、クール系。
そんな彼女の視線の先をうかがうと、そこにいたのは、小さな一匹の仔猫。
腰をかがめているアネホさんが、小魚を手にしている所を見るに、どうやら仔猫にエサやりをしようとしているのであろうことが見て取れた。
「ほら、美味しいお魚ですよ。ちっちっちっ、ちっちっちっ……」
どうにかして仔猫を呼び寄せようとしているけれど、対する仔猫の方はというと……
背中を高くして、毛を逆立て、明らかに警戒している様子だ。
……っていうかアネホさん。『猫』の獣人、だよ、な。
「ほら、美味しいですよ~––––」
「フシャーッ!(ガリッ!)」
「––––痛っ!」
案の定、仔猫に手を引っかかれて、しょんぼり涙目になっていた。
「アネホさん。何してるんですか?」
「え?あぁ、カケルさんに、孤都さん。おはようございます。……実は、教会の奉仕活動の一環で、街猫にエサをあげているのですが、なぜか私には懐いてくれなくて……」
分かんないもんかなぁ。……仕方ない、一肌脱ぐか。
「……孤都さん。これ、預かっててもらえますか?」
「うん?……あぁ、そういうことやね。ええよ」
金属プレートが貼り付けられた皮のベストと、斧やらナイフやらを孤都さんに預け、アネホさんのもとへと歩み寄る。
「アネホさん。ちょっと代わってもらっていっスか?あと、それ、ちょっと下さい」
「あ、はい」
アネホさんに場所を代わってもらって、ついでに小魚ももらって、しゃがみ込む。
「ほ~ら。旨いぞぉ~。こいこい」
「……?フーッ!」
あぁ、こりゃ、大分気が立ってるな。
俺は、躊躇うことなく地べたに腹ばいになって、手のひらに小魚を乗せて、ゆっくりと手を突き出す。ついでに、指先でチョイ、チョイ、と誘いながら。
「フシャーッ!……?」チョン、チョン。……テシッ、テシッ!
お?警戒してたのが、様子見から好奇心タッチに変わってきた?
ちょっとは落ち着いたのか、毛を逆立てるのを止めた仔猫は、ナンダコイツハ?みたいな感じで、探るように俺の指先を突っついてくる。
「よしよし。いい子だな。ほら、腹減ってんだろ?食べろ食べろ」
手のひらに置いていた小魚を、指でつまんで差し出すと、
そぉ~っ……ぱくりっ!と魚を咥えて、ト、トン、とバックステップで距離を取る。
「はははっ、取らないから、ゆっくり食べな」
「(はくはく、もぐもぐ)…………にゃ?」
そうして、四~五分ほども相手をしていると、仔猫はすっかり警戒も緊張も解けたみたいで、今は喉の下をくすぐられてコロコロと気持ちよさそうにしている。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!……」
ふと見ると、アネホさんが何か言いたげに、羨望の眼差しでこっちを見ている。
ゆっくりと身を起こした俺は、そっと仔猫を抱き上げると、アネホさんに差し出した。
「アネホさん。……はい」
不意に差し出された仔猫を、両手で受け止めたアネホさんは、少しだけ目を丸めると、ほう、と吐息を零し、宝物でも見るかのように、掌中の仔猫に目を細めた。
「……何というか、見事なものですね」
「いえいえ、こんなの、知ってるかどうかの違いだけですから。今みたいに、できるだけ目線の高さを合わせてやれば、次はきっと上手くいきますって」
コリコリと頬を掻きながら、どうにか説明する。なんか、照れくせえ。
––––と、話を聞いていたアネホさんは、何故か瞳をキラキラさせて、
「……あ、あの!カケルさん!……その、お願いがあるのですが……し、師匠と呼ばせていただいてもよろしいでしょうかっ!!」
「––––っ!何のっ??」
なんだか、突拍子もないことを言い出してきた。
「いえ、その……当家には、『一芸に秀でた方と美味しいものを食べさせてくれる方は敬うように』という家訓がありまして」
「なにそれ?一芸はともかく、後のはソッコーで騙されるヤツでしょ?」
旨いもの食わしてやるよ。だから、この後……ぐへへ。みたいな。
「いえっ!そんなことよりも、今し方の鮮やかなお手並みといい、聞けば野生のオークも手なずけてしまったとか。ぜひ、ぜひ、私にご教示ください!」
……そんなことって。意外と直情型なのかな、この人。
なんにしても、師匠なんてガラじゃないし、何とかごまかして話を逸らそう。
「と、ところでアネホさん。今日はアガペーは一緒じゃないんですか?」
そう。いつもお姉ちゃん、お姉ちゃんと付いて歩く彼女の妹、ド天然ラテン系ノリノリ娘、アガペーの姿が見当たらない。
「はい?––––あぁ、あの子なら、向こうの路地の方で猫に餌をやって……」
『イーヤーーーーーーーーーーーーァァァッ!!!』
「……いるはずなのですが」
アネホさんの説明の途中、遠くの方から悲鳴が飛び込んでくる。
彼女が後頭に大粒の汗を浮かべている様子からも察せられる通り、アガペーの声だ。
『ゴハンもうないっ!ゴハンもうないよぉ~~~!やめてぇ!服に潜らないで舐めないで齧らないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!ぷぎゅっ!』
どうやら、メッチャたかられているらしい。最後のは、たかられ過ぎて押しつぶされた声だろうか。
助けに行かなくていいのかな?と思ってアネホさんを見てみると、どこか悔しそうな顔を浮かべて、「––––くっ!」と声を洩らしていた。羨ましいのかもしれない。
「…………助けなくていいんですか?」
と、声をかけるも、
「大丈夫でしょう。所詮は猫相手ですから……えぇ、えぇ。猫に囲まれて、あまつさえ揉みくちゃにされたところで、うら……コホン、何も問題ありませんともっ!」
羨ましい、という言葉を必死に飲み込んで、肩を怒らせる。手の中の仔猫は、キュウっと抱きしめられて、苦しそうに呻いていた。
「行ってあげた方がいいんじゃないっすか?アガペー助けるついでに、猫たち触り放題かもだし」と、水を向けてみたら。
「––––っ!!そ、そう、です、ね。……まったく!猫に餌をやるだけだと言うのに、情けない。し、仕方ないので、少しだけ……そう!ほんの少しだけ、様子を見に行ってあげるとしましょうか。本当に、あの子ときたら、世話が焼けるんですから。……それでは、失礼します」
その発想は無かったのか、電流に打たれたかのように、ビクン!と反応をして、言い訳百ぺん、俺たちに一礼をして、アネホさんは去っていった。
猫、好きならもっと素直になっても良いと思うんだけどな。
だってほら、立ち去る後ろ姿が、るんるんとスキップ踏んでるし。
「俺たちも、そろそろ行きましょうか……」
「ん、そやね。ボチボチ行こか。……あ、せや、カケルちゃん。装備、ちゃんと身に着けとかんとアカンよ?」
「あ、忘れてた。そうですね。『武器や防具は装備しないと意味ない』ですもんね」
こうして俺たちは、中央広場を後にした。
街の大路を行くことしばし。
孤都と二人、連れ立って歩いていたカケルであったが、行く先々で、街の人々が声をかけてくる。その多くは、概ね好意的なもので、
「よう!新入りの坊主。仕事には慣れたかい?何にしたって、体力付けねぇとな!ホレ、これでも食って頑張りな」
などと言って、リンゴを放ってくる果物屋の主人。
「あら、あらあら、猫の手の新人さん。まぁ、孤都ちゃんも一緒なのねぇ。いつもご苦労様。助かってるわ。……それにしても、お兄さんも隅に置けないわね?」
と、どこか楽し気にニコニコと詮索してくる老婦人もいて、それぞれに受け答えをしているうち、目的地である街の南端へと辿り着いた。
ここ、ベン・リーナは国境に近い街ゆえか、その景観は区画によって異なる。
ギルドのある街東部から中央の街区周辺は、赤煉瓦造りに切妻屋根の建物が建ち並ぶ、欧風の街並みが続いていたが、南へ向かうと共に、積石造りや日干し煉瓦造りといった、中東風の建築物が目につき始める。
やがて––––
「––––あっ、カケルちゃん。ここやここ。ここにセンセがおるんよ」
孤都の指示した方を見れば、およそ二メートルはあろうかという高さの、土のドーム。
入り口と思しき場所には、日干し煉瓦で縁取りの為された、縦横一メートル程度の正方形の抗が、戸板も立てずに開けられていた。
「……え~っと、さすがに勝手に入ったら、マズいですよね」
呼び鈴の類を探り、直接声をかけた方が良いかと思うも、そう言えば相手の名前も聞いていない。
今更ながら、『先生』と呼ばれる人の名を確認しておこうか、とカケルが振り返ると、口の両脇に手を添え、遠くへ呼びかけるように、シャウト体勢をとる孤都の姿。その姿勢のまま、すうぅぅぅ、と大きく息を吸って––––
「お~い!にゃんこぉ~!居んのやろ?にゃんこ~!センセに用事やぁ!出てきぃや、にゃんこ~~~!」
意外と奥行きがあるのか、にゃんこ~……こ~……こ~……と、孤都の声が木霊となって返ってくる。
––––程なくして、抗の奥からパタパタという足音が近付き、同時に甲高い怒声が響く。
「っだあぁぁぁっ!にゃんこにゃんことうるさいディスッ!何度も言ってるディスが、私の名前はニャンコスキ!断じてにゃんこなどではないのディスッ!」
抗から飛び出してきたのは、身の丈一メートル足らず、ぼさぼさの頭髪の上には大きな丸い耳。着古したローブのお尻からは、しゅるりと細い尻尾が揺れ、抗議のために口を尖らせている姿は、さながらアニメに出てくるネズミのような人物であった。
「お~、元気しとった?にゃんこ。おはようさん」
「……やはり貴女ディスか。なんディス?また私をからかいに来たんディスか?」
相当の確執があるのだろう。警戒を緩めないニャンコスキ氏に対し、
「あぁ、ちゃうちゃう。今日はセンセに用事があって来たんよ。ほれ、この子」
「……あ、ども。俺、カケルって言います」
唐突な話題転換に面食らったものの、水を向けられたからには、と挨拶をしてみる。
「––––あ、これは失礼しましたディス。わたくしの名前はニャンコスキ・ラットと申しますディス。私はご覧の通り、鼠小人族ディス。先生の一番弟子として、ここで働かせていただいているのディス」
その口調もさることながら、カケルのニャンコスキ氏に対する第一印象は、(いや、ラッティーズって何よ)であった。鼠小人族。それは字義通り、ネズミのような特徴を有する、この世界特有の種族であるが、それよりも気になったことがひとつ。
「あ~……イッコ聞いていっスか?」
「なんディしょう?」
「……好きなんですか?猫」
「––––っ!なんて恐ろしいことを言うんディスかっ!あんな、あんなっ……捕らえた獲物を嬲っていじり倒して……あぁ、考えただけでも恐ろしいっ!」
どうやらトラウマだったらしい。ガクブルガクブル、と震えながら頭を抱えてしまう。
「あぁっ、スイマセン!別に深い意味はないんで、気にしないでください」
「だ~いじょうぶやって、カケルちゃん。こいつな、昔猫に囲まれて身体中引っかかれて、そんでしばらく外に出られんようになっただけやし。なぁ、にゃんこ?」
ニヤニヤと、明らかにからかっている様子の孤都に対し。
「––––っ!ディスってんじゃねぇーーーーーーディスッ!!!」
遂には我慢の限界を迎え、盛大にキレてしまうニャンコスキ氏であった。
「そないなことより、にゃんこ。センセ、呼んできてくれんやろか?」
「お断りディスッ!」
ニャンコスキ氏は、憤慨していた。
さもありなん。何も知らずに発せられたカケルの言葉ならいざ知らず、あからさまなまでに面白がって、人の古傷を抉るように揶揄するような者の言うことなど。
と、そこで。ニャンコスキ氏の憤りなど意にも介さず、といった様子でグイ、と彼の鼻先に差し出される、一つの包み。
「まぁそう言わんと。ほれ、この通り土産も持って来たんやし」
土産と聞いて、目の前の包みに、フンフン、フンフン、とせわしなく鼻を動かすニャンコスキ氏。そうして、何かに気付いたようにビクリ!と身体を強張らせ、
「こ……これはまさか、金貨まん(二十八個入り二百イラル也)!」
甘未の衝撃に打ち震えるニャンコスキ氏に、満足げな笑みを浮かべた孤都は。
「そうや。しかも先刻焼いたばっかりの、まだ温こうて甘ぁ~い金貨まんや。これやったら、センセもご機嫌、あんたにも二つ、三つはくれるんとちゃうやろか」
「……み、三日ぶりの……しょ、食料……ディス」
もはや勝負はあったといっても過言ではない。
「お、お呼びしてくるディスッ!只今即刻ヨロコンデ!」
ヒャッホゥ!とばかりに喜色満面、「先生先生先生~~~っ♪」と、転げんばかりの勢いで抗の中へと突撃していった。
「ふっ……チョロいわぁ」
「孤都さん、あんた……」
ここまでのやり取りを見ていたカケルは、呆れたように冷めた視線を孤都に向けた。
やがて––––
パタパタと軽快な足音を響かせ、ニャンコスキ氏が戻ってくる。
「お待たせしたディスっ♪間もなく先生がお見えになるディスっ!」
元気いっぱい、上機嫌にゆらゆらと尻尾を揺らして、放っておいたらタップダンスでも踊りそうな勢いである。
そして、そんな彼の後ろから、ずる……ぺたん……と、何かを引きずるような、眠たげな足音が薄暗がりの抗の奥より近づいてきて、先生、と呼ばれた者が姿を現す。
「––––––––。」
「『ようこそ、お客人』と仰っているディス」
ニャンコスキ氏の意訳付きで挨拶をしてきた人物。その姿は、まるで法衣を着た––––
「……イグアナ?」であった。
「イグアナ?とは何か分からないディスが、多分違うのディス。こちらにいらっしゃるのは、かつて遥か遥か昔に、『星渡りの神』の神略に立ち向かったとされる、爬虫人類の末裔にあらせられるのディスッ!」
爬虫人類、と紹介された『先生』は、人間ほどの大きさではあるものの、その見た目はトカゲそのものといった佇まいで、発声器官の違いからか、シュウ、とかシャー、という擦過音しか発声できないらしい。
「––––––––。~~~~~~♪」
「『なにぶん狭い穴倉ゆえ、碌なもてなしも出来ず申し訳ない。この度の手土産、貧窮しがちな研究暮らしには中々に有り難いもの。こころより感謝申し上げる』とのことディス」
「––––っ!意外と長文⁉」
「はて。どうかしたディスか?」
「あ、いえ。何でもないッス」
圧縮ファイルを解凍するかのごとき意訳ぶりに、驚嘆の念を禁じ得ない。
「––––?~~~」
「『それで、今日はどの様な用向きで来られたのだろうか?……あぁ、失礼。私は今し方起きたばかりで体温が上がっていない。お見苦しいだろうが、このような格好での応対となってしまう無礼、容赦していただきたい』と仰せディス」
そう言うと、『先生』は上体を起こし、天を仰いで伸びをするように二足で立った。
「今のでそんなに喋ってた?ねぇ、マジそんなに喋ってないよね?ニャンコスキさん!」
「まぁまぁ、カケルちゃん。そないなことより、要件言わんと。な?」
「––––っと、そうだった。実は、この……魔道具っていうか、武器っていうか、こんなの考えてみたんですけど、作るのに協力してもらえないかと思ってきたんです」
そう言って、懐から魔導銃のイメージ図を取り出し、ニャンコスキ氏に手渡す。
「––––これは、詠唱略化機構のようなものディスか?」
取り出したイメージ図の説明をしていると、ニャンコスキさんがそんなことを言ってきた。
「まぁ……そう、なんですかね。魔力を収束して、属性核に通して簡易的な魔法みたいにするっていうか」
「すると……魔力潮流を利用して、詠唱回路を予め組み込んだ核に当てて……先生、どうディしょうか?」
俺の説明を聞いて、何やらブツブツと呟いていたニャンコスキさんは、自分でも書き込みを入れていた紙を、先生に差し出す。
「~~~~?ーーーーっ!」
ゆるりと頭を回し、絵図に目を落とした先生は、クルル……と何やら思案げに喉を鳴らすと、目を見開き、ひったくるようにして絵図を手に取り、興奮した様子でこちらに向けて、なんていうか、口角に泡を飛ばす勢いで喋り始めた。
「––––こ、『これは君が考えたものだろうか?……素晴らしい!我が父祖にもこれに似た武器が、いや、もっと大掛かりな魔導兵器があったと伝え聞くが、それをここまでコンパクトに携行できるようにする発想!実に……実に興味深い‼』と、仰せディス」
その圧に気圧されたように、戸惑い気味に先生の言葉を伝えるニャンコスキさん。
どうやら、ご先祖様の言い伝えに、似たような原理の大型兵器があったみたいで、それを小型化するというアイディア、新たな研究テーマに興奮しているらしい。
––––てか長ぇ!ホントにそんだけ喋ってたか?
「––––––––、~~ーーー」
「『失礼、少々我を忘れてしまったようだ。ともあれ、君の発想は実に良い刺激となった。この魔導銃の設計、喜んで引き受けさせていただこう。幸いなことに、この街には銀等のドワーフも居るから、二、三日もあれば試作品も完成するだろう』とのことディス」
「銀等?ドワーフにも等級とかあるんですか?」
なんか気になる表現だったので、率直に聞いてみた。
「その通りなのディス。ドワーフの方々には、上から順に金剛石、黄金、白銀、青銅、鋼鉄という等級があるのディスが、上二つ、金剛石と黄金の等級の方々は、日々、世界機構とも呼ばれる【不可視の聖樹】の管理をされているので、実質お目にかかれるのは、銀等の方たちからディスね」
後になって聞いたことだけど、この世界の根底は、古くは【可視の聖樹】、神々の聖戦と言われる争いでそれが焼け落ちてからは、新たに芽吹いた【不可視の聖樹】によって制御されているんだとか。
で。【可視の聖樹】の守り人であったのがエルフで、【不可視の聖樹】の管理者がドワーフ。……案外、エルフとドワーフ不仲説の原因って、こういうところなのかも。
「––––そして、銀等のドワーフの方々というのが、鍛冶・彫金などを得意とする、優れた匠の方たちなのディス。青銅、鋼鉄の方々は戦いに身を置き、上位の方たちの護衛や、己の腕を磨くため、冒険者として活躍している方もいらっしゃるのディス」
「なるほど。それで、その銀等のドワーフの人に、部品とかを作ってもらう、と」
「その通りなのディス!」
グッドスマイル!サムズアップ!って感じで、ニャンコスキさんが親指を立てる。
それからしばらく、魔導銃の細部についての打ち合わせをして過ごした。
「––––それじゃあ、魔力収束機は外付けってことですか?」
「~~~、ーーーー」
「『そういうことになる。残念ながら、私の技術では全てを内包させることが出来ないのでね。魔力潮流を捉えて収束させる部分は、腰にでも取り付ける形になるが良いだろうか』とのことディス」
「う~ん……分かりました。お任せします」
「––––––––~~~、ーーーー」
「『それと、弾丸に使う属性核なのだが、調達と詠唱回路の加工を鼠小人族に任せようと思う。そこの南の街門を出てすぐのところに、彼らの集落があるから、この後で行ってみるといい』と仰せディス。良ければ、私がご案内いたしますディス」
ニャンコスキさんは、通訳をしてくれる傍ら、さっき貰った金貨まんを、それはそれは大事そうに、チョコチョコと食べながら案内役をかって出てくれた。
「ありがとうございます。是非お願いします」
別段拒む理由もないし、鼠小人族の集落ということで、口利きもしてくれるらしいし、ニャンコスキさんの申し出は、ありがたく受けることにした。
––––ひと通りの打ち合わせを終え、南の街門を出ると、目にも鮮やかな青々とした麦畑が一面に広がっていた。
萌える緑は色濃く、夏の訪れが近いことをうかがわせる。
ふと、何やら動くものの気配を感じたカケルが目を眇めると、畑の脇に、一列に並んだ小さな影が、一生懸命に踊っているのが見える。
その容姿は、手足の生えたトウモロコシが、オーバーオールのデニムを身に着けたようなもの。そんな彼らが、右へ左へとバンザイをするように、縮こまっては両腕を突き上げる動作を繰り返していた。
「ニャンコスキさん。あれは?」
「あぁ、彼らは『コーンフォーク』ディスね。一応、魔物なのディスが、人に危害を加える事はないのディス。むしろ、彼らが訪れた畑は、作物がよく実ると言われているのディス」
「へぇ~。……魔物っていっても、色々いるんですね」
ニャンコスキ氏の解説に、感心した様子で耳を傾けていたカケルであったが、ふと、ツンツン、と裾を引かれる感覚を覚えた。
「––––?」
なんだろう、と思って視線を下げると、一体のコーンフォークが何かを訴えかけるかのように、カケルの裾を遠慮がちに引っ張っていた。
「ん?……俺に何か用か?」
「……!……♪」
カケルが問いかけると、そのコーンフォークは、自分の仲間たちの元へと誘うように、尚もクイクイ、と裾を引っ張り続ける。
「一緒に来い、ってことか?」
「……♪……♪」
「もしかして、一緒に踊りたいのかもしれないディスね。幸いにも、まだ時間はあることディスし、いかがディスか?少し付き合ってみては」
確かに、まだ昼にも少し間がある時間帯だ。それに、単純に身体を伸び縮みさせているだけだというのに、彼らの踊る姿を見ていると、なんだか心が浮き立つような、楽しい気分にもなってくる。
「……そう、ですね。じゃあ、少しだけ」
「あ~!そんなら、ウチも一緒にやるぅ!」
少し迷ったものの、好奇心の赴くままに彼らの元へと足を向ける。
満面の笑みを浮かべ、モッフりとグラマラスな尻尾を揺らす孤都も後に続く。
––––右に左にゆらゆらと、ん~……やっ!といった感じで天に両手を突き上げ、快晴の空のもと、コーンフォーク達とともに豊穣の踊りを楽しむ。
四半刻ほど経つと、何度も振り返り、ピョンピョンと飛び跳ねながら手を振って、名残を惜しむようにコーンフォーク達は去っていった。
「––––やあ!ラッティーズ・ヴィレッジへようこそ!僕がこの村のリーダー、マイケル・ラットさ!ハハッ!」
コーンフォーク達と別れ、鼠小人族の集落へ入った俺たちに、いきなりハイブロウな挨拶をブチかましてくれたのは、真っ赤なショートパンツをサスペンダーで吊った、某ネズミの国の超有名ネズミに似た格好の鼠小人族だった。
しかも、ご丁寧にも片方の手を腰に当て、もう片方の手はハイタッチみたいに上に伸ばして、同じ側の足を一歩踏み出す、というお決まりのポーズまで取っている。
正直、ツッコミどころしか見当たらねぇ。もしも映像で表現するなら、頭のテッペンから足の先まで、くまなくモザイクとかかけないとヤバいことになりそうな奴だ。
せめてもの救いは、顔面が人間寄りなところか。
「それで、今日はどんなご用かな?––––と。やぁ、ニャンコスキも一緒だったんだね」
尚も「ハハッ!」と笑いながら問いかけてくるマイケル。……ツッコまねぇ。俺はツッコまねぇぞ。こんな描写するごとに深みにハマりそうなヤツ。もう、とっとと用事を済ませて、こんな地雷みたいな奴からは、距離を取った方がいい。
「やぁ、こんにちはディス、マイケル。実は、かくかくしかじか、まるまるチョメチョメ……といった事情で、協力していただきたくて来たのディスが––––」
「なるほど。そういう事なら僕たちも協力させてもらうよ!ハハッ!それじゃあ、まずはこの村の老賢、ティガー・ラット様のところに案内するよ!さぁ、ついておいで!」
そう言うと、マイケルはクロールのように腕を振って手招きを––––って!
「だから、どこのテーマパークのアクターだよっ!」
ダメだ。もう限界。ツッコむまいとしていた俺をあざ笑うかのように、次から次へと雑なパクリを見せるマイケルに、もはやツッコまずにはいられなかった。
踊るように小走りをするマイケルの案内で、この村一番の権威、多分、長老みたいな立ち位置の、ティガー・ラットというヒトの所へやって来た。
途中の家々を見て、気になっていたけど、この村の造形物は押しなべて小さい。ニャンコスキさんもそうだけど、住民はみんな一メートルもないような身長だ。
建てられている家並みを見ても、ドールハウスか特撮のセットかといった感じ。
そんな光景を左右に見て、辿り着いたのは村の中心部の広場。他の獣人や人間だと、サイズの違いから建物に入れないので、来客はここで迎えるのだとか。
「おや、お客人かな?よく参られた。まずはねまってけれっしゃ」
広場の奥に鎮座している、木皮を思わせるローブを着た鼠小人族が、丁寧な物腰で俺たちを迎え入れる。
……お、おう?何だかしゃべり方に統一性のない種族だな、鼠小人族。
ともかく、簡単に挨拶を済ませてから、早速本題に入ることにした。
「……確かに。属性核の扱いであれば我らの得意とするところ。ですが、昨今の主流は魔晶石を使ったものばかり。本当によろしいのですかな?」
より汎用性に富んだ魔晶石の方が、この世界でのトレンド。属性核の技術は、ともすれば世間から時代遅れともされるものだ。と、煙管をくゆらせながら老賢は言う。
でもなぁ。なんでかこっちの方が心惹かれるんだよなぁ。
マイナーな方が面白そうっていうか。
ラノベ的な打算で言うと、実はこっちのが後々強かった、みたいな?
そんな気持ちは内に秘めて、大丈夫です。お願いします。と言ってみたところ、「それならば、是非。喜んで協力させていただきましょう」と、テンション高めで言ってきた。
なんでも、属性核の技術は代々細々と受け継がれてきたものの、世の中の主流は魔晶石技術へと移り変わってしまい、近頃ではめっきり活躍の場がなくなってしまったとのこと。
そこで、今回の件で俺(っていうか属性核製品)が活躍して、世間の脚光を浴びれば、再び一族の株も上がって、活気も出るんじゃないか、という思惑もあったみたいだ。
「……六種の属性、とのことではございましたが、生憎と直ぐにご用意できるのは、風・稙・火・地・水の五種のみ。今一つはお待ちいただくか、素材を持ってきていただく、ということになりますな」
属性核の素材というのは、魔物の体内にある核、なのだそうだ。
もちろん、その入手方法は倒して剝ぎ取る。ひと狩りいっちゃう感じだ。
彼ら、鼠小人族には、これといった戦闘手段が無いらしく、入荷待ちとなると、誰かが倒してくれるのを待つよりほかはない。
つまり、手っ取り早く核を手に入れるには、欲しい属性を持った魔物を自分で倒す必要があるんだけど、正直に言って難しいんだよなぁ。
そもそもからして、接近戦に自信がないから今回の話になったわけで。
そのための道具を作るのに、自力で魔物討伐とか言うんじゃ本末転倒だ。
とりあえずは、今ある分だけでの弾丸の作成をお願いして、村を後に––––
「やぁ!もう帰ってしまうのかい?ハハッ!これから僕たちの素敵なダンスをお見せしようと思っていたのに……少しだけでも、見ていかないかい?」
––––しようと思ったけど、マイケル、ウゼエ。
「残念だけど、また今度。じゃあ、行きましょうか孤都さん。せっかくだし、途中でなんか食べていきましょうか?」
「あ、エエねそれ。カケルちゃんは、どっか行きたいとことかある?」
「いや、まだ街のこととか知らないから、お任せしますよ」
俺たちは、このパクリネズミを軽くあしらって、村を後にした。
魔導銃の作成に目処が付いた。
試作品は二、三日でできるだろうと言っていたし、予想以上に順調な展開で、今から出来上がりが楽しみである。
途中で何か食べよう、ということで、孤都さんと二人で中央広場の辺りまで戻ると、一本の路地からズシ……ズシ……という重苦しい足音を引き摺りながら、くたびれたような声が耳に届く。
「……カー、くう゛ぅぅぅぅぅん……ハア、たずげでぇ~~~……」
憐れみを誘う声で、一人のシスターが路地から姿を現す。俺のことを『カー君』と呼ぶのは、修道騎士団・紅玉隊のアネホさんの妹、アガペーだ。
「アガペー?助けてって一体––––って、どうしたんだよ、それ」
振り返った俺の眼に映ったのは、くたびれたように重々しい足取りで歩み寄ってくるアガペーの姿。と、その背中にガシっ!としがみ付いた巨大な肉塊。もといデブ猫。
「ゴハン、あげてたら、ハア……飛び乗ってきて、離れてくれないのぉぉぉ……」
なるほど。さっきの悲鳴は、コイツに圧し掛かられたからだったのか。
「お~!トンやないの。元気しとったか?」
「…………ぶな。」
孤都さんに声を掛けられ、わしゃわしゃと撫でられた赤みの強い茶トラの猫は、大儀そうにひと声鳴くと、ゴロゴロ……と重低音ボイスで喉を鳴らしている。
「トン?孤都さん、こいつのこと知ってるんですか?」
「うん。トンはこの街のボス猫なんよ。まぁ、コイツの場合、強さとかより、この重さの方で有名なんやけどな。……他の猫の三倍はある、ゆうて」
––––なっ!三倍……だと?……って、重さな。速さじゃなくって。
道理で赤みがかってるはずだわ~……いや、違ぇから。
「で、状況は分かったけど、なんでここで俺よ?」
わざわざ重い足を引き摺ってまで俺に助けを求める、わけがわからないよ?
「……だって、お姉ちゃんが、カー君は『にゃんこマスター』だから、助けてもらえば?って、言ってたんだもん」
「違ぇし。にゃんこマスターじゃねぇし。……まぁでも、コイツ引っぺがしゃいいのか?ほら、トンっつったか?そろそろ降りろ~?」
アガペーの後ろに回り、トンの前足を掴んで、爪の向きに逆らわないようにして、ゆっくりと引き剝がす。
「…………お゛あ゛ぁ」
ナニすんだ!とばかりに、野太い声で抗議するトン。だけど、前足の先の方を掴まれているので、抵抗むなしくするりと爪が抜けてゆく。
「あ!取れた!スゴイスゴイ!やっぱりカー君はにゃんこマスターだね!」
「……だから違ぇし」
––––そんな一幕があって、お礼がしたいというアガペーと、路地の奥で猫に囲まれて『はわわ~』ってなっていたアネホさんと一緒に、近くのカフェでお茶を楽しんだ。
ちなみに、お茶請けは細焼きパンだった模様。
これがまた、サクサクしていて旨かった。
その後も孤都さんと二人で街をぶらついて、例の銀等ドワーフの工房を覗いたり、雑貨店を冷やかしたりして、日が傾き始めたころにギルドに戻った。
このころ合いになると、仕事に出ていたみんなも戻って来始め、二メートル近くもある背丈のタローに肩車されたディジーなんかは、入り口で危うく頭をぶつけそうになって、「あっぶな~。気ぃ付けろし」なんて言ってタローの頭をペチペチやっていた。
そして。
「御本家様、カケル様。只今戻りましてございます!」
青銀の尻尾をふりふり、満面に笑みを浮かべて鏡孤さんも帰ってきた。
「あ、鏡孤さん。お疲れ様です」
「お疲れさん。どうやった?」
「はい。この鏡孤、誠心誠意街のお掃除に務めさせていただきました!」
俺と孤都さんの言葉を受けて、ひと仕事やり終えた充実感にふんす!と胸を張り、今日の報告をする。それから、なんだかモジモジとし始めて。
「あの、その、つきましては、カケル様にお願い、と申しますか、その……」
薄紅色に頬を染め、上目遣いでこちらを窺ってくる。
「…………な、ナンデショウ?」
ふと、朝のクンカクンカ事件が頭をよぎった。
またあんな感じで迫って来られるんだろうか。
––––と、おずおずとしながらも、ずずいっと身体を寄せた鏡孤さんは、俺に向かってその頭を差しだしてきた。
「……ご褒美、というのも厚かましいかとは存じますが、私の、頭を……撫でては、頂けないものか、と……」
「あ、そういうことなら……」
てっきり、朝よりもエスカレートした要求をされるものと思っていたので、頭を撫でるくらいなら、と軽い気持ちでOKしたんだけど……
「………………………………恥じぃ」
差し出された頭に手をのせようとして、見えない何かに阻まれるように、手が止まる。
いざやってみようとすると、女の人の頭撫でるのって想像以上にこっぱずかしい。
アニメとかラノベの主人公って、よく平気でナデナデできるな。
「……あの、カケル様?」
下から覗き込むように、小首をかしげる鏡孤さん。
「あ、すいません。やっぱりなんか、女の人の頭に手をやるのって、照れくさくって」
顔が火照る感覚を覚えながら、頭を搔いている俺を見て、鏡孤さんは、
「左様でございますか。私の、この姿がいけないのでございますね……」
そう言って、少し残念そうに顔を俯けてしまう。
「––––いや、あの、いけないって事は、ないと思いますよ!うん」
鏡孤さんのその姿に、慌ててフォローしようとした俺だったけど。
「それでしたら、これならば如何でございましょうか?」
……………………
––––結果。
『はあぁぁぁ……至福にございますぅぅぅ……♡』
瞬く間に銀狐に姿を転じた鏡孤さんの頭を、何とも言えない顔をしながら撫でている俺がいた。まぁ、確かに動物の姿だったら抵抗も少ないし。
『あーっ!カケルちゃん。ウチもっ!ウチもナデナデしてぇ~~~!』
……で。こういう時に必ず凸ってくる人がいる。言わずもがな、孤都さんだ。
「えぇ~?孤都さんもなんですか?––––って、うわっデカッ!」
声のした方を向くと、夕陽に染まる稲穂のような、深い黄金色の尾を揺らし、仔牛ほどもある狐の姿になった孤都さんの姿。
『あん、もう。そない驚かんかて、エエやないの』
「いや、驚きますって。その姿の孤都さん、デケェし」
デカい、と言われて、ズーン……と落ち込んだ孤都さん。
その落ち込みっぷりに、流石に見かねて、開いている方の手で、ぎこちなくも孤都さんの頭を撫でる。
『––––っっっ!キュン♡この、落とされてからのナデナデ……キュンや!キュンやわ、カケルちゃぁ~ん♡♡ハア、ハア♡もう……もう辛抱たまらん!チュッチュしたろ♡』
ペロペロペロペロペロペロペロペロッ‼
「っ!うっわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!やめて!ペロペロやめて!孤都さん!うわっぷ!舐めないで!……ナメンなよ!」
必死の抵抗もむなしく、顔中舐めまわされてしまった。もう、ベッタベタになるくらい。
とにかくこうして、うるさいくらいに賑やかに、休日は過ぎていった。
あ、そう言えば、会った時から面食らった孤都さんのスキンシップって、獣の姿だと分からないでもない。匂い嗅いだり舐めたりって、動物の本能的なヤツなんだろう。
……恥ずいことには変わりないけど。




