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月曜日。どれだけ∞世界に傾倒していても、仕事は待ってはくれない。週末にしっかりさぼった家事をこなしていたらログイン時間が削れてしまった。折角定時で上がったのに。
ログインして身体を起こす。イルも30秒ずれて現れ、挨拶。
「おはよう」
「おはようございます」
さて、今日は何をしようか?新着メッセージをチェックする。カリスマさんからだ。グレッグ先生の鞄が出来たので、勝手だが届けに行ったという旨だった。こちらこそお手数をおかけして申し訳ありません。続いて書かれた文面が気になり、今日の予定が決定した。
「イル、今日はイチの街に行こう。グレッグ先生が私に用事があるみたいだから。その後はまた精霊さんに会いに行こうか」
「ばあちゃんとこ行くんですか。俺大きくなったからびっくりするかな?楽しみです」
カリスマさん宛にお礼の文面を送った後、にこにこするイルと連れ立って移動。そのうちルーr……瞬間移動の魔法とか覚えないだろうか。どうしても神殿に寄らないといけないのが地味に面倒である。
「やあ、辰砂君。もう彼女の伝言を聞いてくれたんだね、今日は友達と一緒かい?」
まだ日も上がらないような時間帯であったが、グレッグ先生はすでに起きていた。先日よりずっと体調もよさそうだ。友達ではなくパートナーのイルだと紹介すると度肝を抜かしてくれた。蛇が人に変身したのだからまあ驚くだろうな。それでもすんなり信じて下さる辺り、やはり先生は人間が出来ている。
「そうだ、この間の薬草で随分楽が出来たんだよ、その後には彼女が鞄を持って来てくれたしね。凄く使いやすい背負い鞄をありがとう。良い職人と縁ができたね、辰砂君」
あまりにも労働環境が変化してしまったので、先生は定休日を設けるかかなり悩んだそうだ。幸い、奥様が店番を受け持ってくれるようになり、現在は週に一度奥様に店を任せて薬草採集に出かけるのだという。
「奥さんは作家なんだよ。ずいぶん悩んでた本が書きあがったから、また店を手伝えるようになったんだ。もう神話を題材にするのはこりごりだって言ってたよ」
何でも、神話自体が割と適当な描写が多いので几帳面な奥様はつじつまを合わせるのに大変な苦労をされたそうだ。神話通りに書くだけでつじつまが合わなくなるというトンデモ展開が多々登場するらしい。
「女神の息子って表現が出た後しばらくしたらその息子が嫁に行くんだもんねえ。僕もあれには笑ったよ」
「それはまた、相当な努力が必要だったでしょうねえ……」
と言うか、神話がそんなに適当でいいのだろうか。神父さんたちはどんなふうに説法をしているのだろう。ひとしきり奥様の苦労話に花が咲いた後、いよいよ本題に移った。
「この間、ポーションを投げつけて使うって言っていただろう。そんな使い方をするとは僕は夢にも思ってなかったんだけど、それなら敵に投げつける薬があってもいいんじゃないかと思ったんだ」
グレッグ先生の話は至極もっともであった。ただ、調薬道具は1セットしかないので、毒草を調合できなくて実験できずにいるのだという。
「いくつか考案したんだけどね、まさに机上の空論でしかないんだ。そこでちょっと辰砂君にお使いに行って欲しくてね。ヨンの街にはもう行ったかな?」
ヨンの街に住むカストリと言う人に実験の依頼を認めた手紙を届けてほしいのだという。毒しか調合しない調薬師なので、自分の事を調毒師と呼んでいるそうだ。
「間違っても調薬師と呼んではいけないよ。物凄く怒るからね。変わり者だけど、長い付き合いの友人だから手紙を見せれば大丈夫な筈さ」
グレッグ先生から封筒を受け取った。可愛らしい意匠の封筒だ。赤と緑で小花をあしらってある。
「急ぎじゃないから。よろしくねー」
先生に見送られて店を出た。さて、精霊さんの所に行こう。イルもそわそわしている。
「ねえ、俺寝癖とかついてないですか?角にほこり付いてない?」
イルが急に身だしなみを整え始めた。今更気にするなら起きた後身繕いをちゃんとすればいいのに。
「両方大丈夫だよ、腰帯が縦結びになってるだけだ」
「う……、だって何回やっても縦になるんです」
まるで帯が悪いかのような言いぐさであるが、単に結ぶ時に左右を逆に交差させているだけである。昨日1回で出来たから指摘が入らなかったのかもしれないな。
「帯は悪くないから。もう1回やってみて……そこで左を下にするんだ。ほら出来た」
何でもない事である。無意識に結ぶと、結構な確率で縦結びに変身してしまうのだ。私もそうなので良く解る。
「よかったー。ばあちゃんには格好良いとこ見せたいですからね」
こうしてご機嫌に笑う辺りはイルそのものなんだがなあ。何で私より大きくなっちゃうかな。一抹の寂しさを感じつつノース山へ向かう。もうさすがにこの辺りにはプレイヤーはいないか。そう言えば公式HPに、第2回ソフト販売の案内が出ていたな。そうすると、またこの辺りにプレイヤー達がひしめくのか。
「あら、まあ!イルちゃんが大きくなってるわあ!男前になって、とっても素敵ねえ。私おばあちゃんなのにときめくわあ」
精霊さんは最早おばあちゃんではなくなっていた。妙齢の女性である。上品だが、ジャンルとしては美魔女になるのだろうか?
「ばあちゃん、俺龍人になったんですよ。みんなびっくりしてくれるんです」
ほのぼのした空間はそのままなのだが、おばあちゃんと小さな龍と言う絵面だったのが妙齢のご婦人と若い男の組み合わせに変わっている。変われば変わる物なのだなあと感心しつつ、腕輪と根付を預かって魔力を付加した。ここに来るたびにMPがぐんと伸びている事を実感する。今回は両方に2500ずつ補給した。葡萄根付にはまだ余裕がありそうだ。
「まあまあ、色んな事があったのねえ。街に吸血鬼さんが普通に住んでるなんて面白いわあ。大昔、まだ若いころ、一度だけ見た事があるけれど……触れる者皆傷つけるようなとんがった感じのひとだったわ。本屋さんなんでしょう?色んな吸血鬼がいるのね~」
精霊さんの言う大昔がどれくらい昔なのかわからないけれど、吸血鬼は文字通り不老不死らしいので精霊さんが見た事のある吸血鬼にも出会う事があるかもしれないな。




