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大口の顧客が現れたことで、当面の金策が済んでしまった。日没までは粘ろうと思っていたのだが、宿代が稼げたのだからこれ以上は意味がない。さっさと片付けて本屋を探した。ハイパーシリーズの薬草を調合したいのだ。


ギルドで尋ねたところによると、大型の新書店があるそうだ。店主の趣味で開店が夕方の代わりに、この世界からすればかなり遅くまで営業しているそうだ。夜明けとともに閉まるらしい。ちょっとコンセプトを理解しづらいが、まあ趣味なんだから仕方ないのか。


時間としては丁度いいので、早速本屋へ向かうことにした。成程、通りに入った途端に目的地がわかる。大きな本の像が通りに鎮座しているのだ。素材は木ではなさそうだが、なんだろう?触っても判らなかった。


「……辰砂、ここに入るのですね?」


黙ってついて来ていたイルが、店の前で一度立ち止まってそんなことを言った。はい、ここが目的地なのでそうですが。どうしたのだろう。


「そのつもりだけど。気が進まないのか?外で待ってても構わないぞ」


「……、いや。俺もついて入った方がいい、ですね」


何だろう?妙に含みのある言い方だった。まあいい、イルが言わないならそれなりに理由があるのだろう。入ろう。


「いらっしゃいませ」


出迎えてくれたのは病弱そうな美青年であった。病弱そうでありながらもホストのような雰囲気を漂わせていて、とても書店の主とは思えない。


「これはこれは美しいお嬢様ではありませんか、嗚呼!この出会いに感謝いたします――」


立て板に水の口上を述べながら流れる動作で膝を付き、私の手を取ろうとした店主はそのままの姿勢で固まった。視線は私の背後、続いて入ってきたイルである。


「俺のパートナーに、何か」


振り返れば無表情のままのイルが、店主を見下ろしていた。片膝付いた店主とは1メートル近く高低差がありそうだ。店主はバネの如く飛び上がってから後退りした。


「いいいええええ何も!何もございませんとも!決して魅了魔法チャームを掛けよう等とは思っておりませんともおお!」


これがいわゆる語るに落ちる、と言うやつか。どうやら知らぬ間に罠が待ち構えていたらしい。と言うかイルも言ってくれればいい物を、そうしたら私も殺す気で入店したのに。


不死者アンデッドの臭いがしたけど、害意があるかどうかわからなかったから言わなかったんです。と言うか辰砂は時々極端すぎます……いきなり殺したらそれはそれで大事になりますよ」


言わんこっちゃないみたいな顔で言われてしまった。その通りなので何も言えない。こんな時は誤魔化すに限る。


「それで私に魅了をかけてどうするつもりだったのですか」


縮みあがっている店主に話しかけてみた。なお逃げ出されても面倒なのでイルがしっかり捕まえている。


「すみません、今日のご飯にしようかと思って。いやあまさか龍と精霊が絆結んでるとは思わなくて、ははは」


軽く笑う店主。案外肝の据わった奴である。本人いわく誇り高き吸血鬼ヴァンパイアである店主は生き血が食事であるそうだ。毎日人を捕まえるのは面倒なのでもっぱらペットの山羊キャサリン双頭犬カルメンから吸い取っているそうだが、たまに好みの人が来店すると魅了魔法をかけて美味しく頂いてしまうそうだ。


「魅了魔法にかかってる間の事は記憶がないんですよ、だから意識を取り戻したら『貧血かい?』とか言って僕が優しーく介抱してあげたら、大体の娘がお得意様になってくれるんですよねー。売り上げも上がるし血も美味しいし最高ですよ!ははは」


そりゃ貧血だろう、血を吸われているのに。だいぶ駄目な男であった。これを放っておいていいのだろうか?


「あ、一応僕申請出してあるんですよー。一回に吸う量はサクランボ位だし、月に2~3回吸えば十分だしってことで許可されてます。ははは」


驚いた。月に2~3人の被害者が出ているのに、黙認?ちょっと私の知る常識とはずれているように思うが。


「あー、成程。不死者の中でも吸血鬼は特に厄介だから。潜伏されるよりは真っ当に商売してる方がありがたいんじゃないですか?」


イルが顎に指を当てた。∞世界において吸血鬼とは、増えないが減らない種族であると言う。どれほど頑張っても殺せないらしい。灰になるまで燃やして複数の壺に分けて埋めても100年ほどで元気になって飛び出してくるそうだ。ゴキブリより厄介である。


「不死者なんぞと一緒にされるのは納得いきませんねー。あれは死んでますが僕らは生きてますから。大体生き様……死に様?もセンス無いしダッサいし臭いし僕らだって触りたくありませんもん。ま、そういうわけで僕は認可吸血鬼なわけですよー、ご納得いただけましたらお嬢様御手を――」


「懲りませんね?」


「あああすいませんすいませんもうしませんから!ね!ねえ!」


ちょっと油断するとこれである。ほんとに大丈夫なのか不安は残るがイルが店主の手を握りつぶしていたのでお互い様だろうか。流石吸血鬼と言うか、数十秒で元通りになったのは見物だった。結局ゴーの街周辺の植物図鑑と鉱石図鑑、魔物図鑑を購入した。お詫びと言うことで無料である。安心すると良い、用が無ければ来ないから。


「そう言えばイルはあれの手を握っても大丈夫だったのか?」


帰りしなに気になった事を聞いてみると、龍には殆どの状態異常が通らないという回答が戻って来た。頼もしい限りだがやっぱり反則臭いなあ。


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