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サンウエスト砂漠に向かう。この砂漠を突っ切ると海が広がっているらしいが、修行場はずっと手前にあるので、恐らく海は見えないだろうと言う事だった。イルには悪いがまたお預けである。
砂漠の砂は思うよりもずっと荒い粒で歩きやすかった。対策用品が何もないのも道理である、足が沈む事もないし所々で草も生えている。拍子抜けしつつ、歩くサボテンを蹴飛ばしながら進んだ。このサボテンが落とすサボテンフルーツと言うのが結構美味しい。狙っていると道を外れてしまいそうだ。
「お姫様ー、こっちよお」
随分先に進んでしまったカリスマさんに呼ばれて慌てて合流する。謝りつつサボテンフルーツを幾つかお裾分けした。ところでウールちゃんがもしゃもしゃ食べているのはサボテンそのものじゃありませんか?棘が見えている気がする。
「どうしてドロップしたばっかりなのに冷たいのかしら?まあ、暑いし有難いけれど」
二人で不思議がりつつ水分補給する。甘味が強いが触感としては瓜っぽい。しゃくしゃくするので爽やかに食べ進められるが西瓜とは明らかに違うのである。よく解らない果物だ。
「あ、見えたわね。大盛況ねえ」
1時間ばかり歩いただろうか、とうとう修行場が見えてきた。どこかの剣道場だと言われてもおかしく無い和風の建物である。周りに物凄くよく見た物体が沢山展開している……
「まあまあ。皆泊まり込みで頑張ってるのねえ」
感心したようにカリスマさんが口を手で押さえている。ここ数日一生懸命作っていた木箱が沢山並んでいるのだ。あの超労働はここのせいだったのか……みんな街に戻る手間も惜しんでいるのか。1時間でサンの街に戻れるだろうに。
「ああ、入口で順番待ちしているのね。アタシ達も並びましょうか。ところでみんなでやってみる?それとも各自で行く?」
とりあえず列に並んで、人数をどうするか考える。ペアで2組か、4人で一度に挑戦するか。どうしよう。と、ウールちゃんが私の足を突っついた。明らかにジト目である、これは大分嫌われたなあ。
「あー、辰砂、言い辛いけど……ウールがカリスマさんと組みたいって言ってます。俺らは俺らで行こうですよ」
うん、解ってた。カリスマさんが慌てて抱き上げてくれたけれど大丈夫ですよ、解ってますウールちゃん。
「……まずは各自で行きましょうか。慣れたら一緒にやってみても良いかもしれませんね」
「ごめんねお姫様……ウールちゃんもきっとすぐご機嫌直してくれると思うから」
謝られてしまった。いやまあ最初に網を引っ掛けたのは私なのでこれは仕方ないと思う。でもそのうちお菓子を貢いでもうちょっと評価を上向けるつもりだ。
先にカリスマさんが挑戦すると言う事で、カリスマさんとウールちゃんが中に入って行った。もうしばらく待ちだな、と手を組んで伸びをした所でカリスマさんが出てきた。
「どうしたんです?」
「終わっちゃった。一番簡単なのにしたら、ちょっと簡単過ぎちゃったわ。さあ今度はお姫様の番ね。行ってらっしゃい」
先に列に並び直すと笑ったカリスマさんに手を振って、私は道場に入った。扉を閉めるとウインドウが開く。
『難易度を選択してください』
カリスマさんには一番簡単だと簡単過ぎたらしいが、私達にはどれくらいなのだろう。とりあえずイルが進化するまでが一つの目安のつもりだし、イルにやってみて貰おうか。
「イル、とりあえず一番簡単なのにするから。ちょっとやってみて、どれくらいなら丁度良いか考えよう」
「ん、了解ですよ。水魔法だと多分一瞬だから、雷使ってみます」
イルも快く了承してくれて、難易度のⅠを選択した。
『Battle Start!』
シンプルなウインドウが表示され、光が集まって魔物になって行く。灰色の人影のような曖昧な魔物だったが、全てが出揃った所でイルがおもむろに雷を落として終了した。水でなくてもワンパンであった。
『You Win!』
無言のうちに、賞品らしきリボンが手の中に落ちてきた。識別して見ると、僅かにVit値に補助が入るアクセサリーのようだ。とりあえずストレージの中に放り込んで道場を出た。もう一度列に並び直すと丁度カリスマさんの後ろに来られた。どうやら新顔はいなかったらしい。
「早かったわね。一番簡単なのにしたのね?」
「まあ、一応」
雑談しつつ、次の順番を待つ。殆どがパーティなので、思うよりも前に進む速度が速い。あまりストレスを感じることはなさそうだ。のんびり水筒を飲んで待つ、周りの話が聞こえてくるので退屈もしない。
あれを誰が担当する、こう来たらああする、ああでもないこうでもないと熱く議論している。皆周回しているのだな。聞こえる内容から推論するとⅧに挑戦しているようだ。物理でないと倒せなかったり魔法でないと倒せなかったりする敵が入り交じって登場するらしい。手ごわそうだ。
順調に周回を進め、どれもこれもイルがワンパンのまま進んでいく。Ⅵで魔法無効の敵が現れ、それだけ尻尾で叩いて終わった。Ⅶでは複数の敵が魔法無効であったので、私も参加できた。イルが強過ぎて出番が少ない今日この頃。
カリスマさん達も順調らしい。ウールちゃんのレベルが上がり始めたのがⅣらしいので、Ⅳのクリア時間を縮めようとしているらしい。
「あまり長い事占拠するのって気が引けるじゃない?」
気も使える素敵なオネエ、カリスマさん。とりあえず夕方まで周回して、一旦サンの街に撤退する予定である。時間を考えると、このチャレンジで今日は切りあげることになるだろうか。と、道場から出てきたパーティがそのまま喧嘩し始めた。
「あそこでお前が魔法撃たなかったから!」
「射線遮っといてよく言うなてめえ!」
大分行き詰まっているらしい彼らは喧嘩しながら野営セットの方へ引き上げて行った。まあ、もめるのはそれだけ熱中していると言う事だろう。他の人に迷惑をかけなければいいのだ。
「熱いわねえ。じゃ、ウールちゃん、最後だけ一つ難易度上げましょうか。行きましょ」
カリスマさんが進んで行った。Ⅴに挑戦すると言う事か。行ってらっしゃいと手をふって見送った後、イルに希望を聞いてみた。
「最後は難易度何にしようか?死んでも死なないという不思議状態らしいし、思い切っても良いが」
フードの中で、考えているような間が空いた。珍しい、迷っているのか。
「……せっかくなら、一度Ⅹをやりたいですね。手が届かないならそれはそれで目標になるでしょう」
囁きを聞きとって、私は頷いた。カリスマさんと違って私は傍目にはソロなので、あまり喋ると不審者である。
「ふう。段々相手が増えてきたわねえ。さて、アタシ達は待ってるから。行ってらっしゃい」
今度は見送られる側である。侵入後難易度Ⅹを選択。見慣れたメッセージが表示され、光が集まる。おや、集まる光が多い物が何体かあるな。リーダー格か何かだろうか。
イルが雷と風を続けざまに放った。魔法無効のものと、リーダー格は残った。追撃すべくイルが飛び、私はそれを援護する。糸は魔法無効のものには効かないがリーダー格には通じるようだ。糸をばらして畳に固定する。
ダメージソースのイルが現在全員からターゲティングされている。リーダー格を固定したものの、遠距離攻撃担当がイルに魔法を飛ばした。自分は無効なのに魔法を使えるのか。便利な奴だ。イルの方は、水魔法を使わないという縛りで戦っているらしい、風で軌道をそらした。
一匹ずつ地道に蹴って体力を削る。イル仕様にすると私に厳しい。ダメージがほとんど入らないのである。避ける分には良いのだが、倒すまでにかなり時間を食うのである。
少しずつ少しずつ削って行ってやっとリーダー格を1匹倒した。これであとリーダー格は2匹である。と、残り2匹のリーダー格が咆哮した。顔もないのに吠えられるとは思わなかったが、他の雑魚達の動きが急に良くなった。急に早く動かれてイルの迎撃が間に合わないのが見えた。
「ぅげっ、ちょ、ま」
待てと言いたかったらしいイルが振るわれた拳で床に叩きつけられた、ちょっと待て変な角度に曲がったんじゃないのか今!リーダー格がイルとの間に陣取っていて邪魔だ、
「退け!」
力任せに糸を引くと、腕から変な音がしたがリーダー格もばらばらになった。どうも糸が食い込んで切れてしまったらしいがちょっとそれどころではない、駆け寄って雑魚を蹴散らした。右手に力が入らないので、筋が切れたのかもしれない。
「イル」
でろりと垂れるイルの姿は初めて見るもので、意識があるのかないのか良く解らない。
「イル!」
気絶アイコンがHPバーの側に表示されていたことに気が付いたのは、私が袋叩きにされて死ぬ間際の事だった。