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8パターンを揚げ終えて食堂に戻ると、無言のままの二人がいた。皿は空になっているので、冷める前に食べては貰えたようだ。1個ずつ失敬しておいてよかった。ストレージに入れてあるので後でイルと食べよう。
「これが最後ですね、生姜のみとニンニク生姜入りのいがぐり揚げです」
言ってから思ったが、いがぐりって∞世界にもあるのだろうか。まあ、名前は何でもいいか。机に置くと同時にフォークが刺さる。イッテツさんは非常に険しい顔で1個、それからレモンをかけてもう1個食べた。女将さんの方は1個をナイフを入れて食べている。口に油が付くからだろう。
「……よく分かった。俺は怠惰で愚かだった」
最後の1個ずつを半分こしてフードから出てきたイルと味見。うん旨いね。でもいがぐり揚げならもっと肉小さくすればよかったか。このあたりの詰めの甘さが私の素人たる由縁だな。
「揚げるという手法を編み出したことに酔っていた。味のバランスも考えず、火の通りにも気を払わず、今できる最高の出来だと思っていた」
生姜のみより両方使った方が乱暴なうまさがあるんだが、女性向けには抜いてさっぱりした風味の方がいいのかもしれない。それなら大根おろしがあったら美味しいだろう。
「噛んだ時の肉汁の多さときたらどうだ、だが火は通っているし、衣の歯触りが爽快だ。味もとてもシンプルだが、だからこそ肉のうまさが引き立っている。おまけにレモンを掛けるだけで、旨味がぎゅっと引き締まる」
「あーん……うんどっちも美味いわ。辰砂料理できるんだな。また作ってくれてもいいぞ」
イルもご満悦のようで何より。持たせると私の服が大変なことになるので、餌付け状態である。後でフォークか爪楊枝を探そう。
「手間を掛ければいいと思っていた、俺はリンダと同じだった。工夫することを止めていた……」
「あなた……」
イッテツさんが拳を握りすぎてフォークが曲がっている。この人、私よりだいぶ強いのではないか?∞世界の料理人は強さも求められるのかもしれない。俯けた顔から滴が一つ落ちた。次の瞬間イッテツさんはこちらを向いた。
「ありがとうよ、あんたのおかげで目が覚めた。手順はとっくり観察させてもらった、わかりやすいようにゆっくり調理してくれたんだろう?これだけ見せたんだから、後は俺次第ってことだろう」
「あ、あなたあぁ!うぅうっ」
超解釈が飛び出してきてびっくりである。ゆっくりやったのではなく私の手際は素人だから遅いんですなんて言えない雰囲気だ。女将さんは感動して泣いているし勘違い度が尋常ではない。これ以上ここにいるとさらに変な方向に走り出しそうな気がする、逃げるが勝ちだ。
「コンテスト、頑張ってくださいね」
どうにかそれだけ言って曖昧に笑いながら素早く宿屋から出た。背後がどうなってるかなんて知らない、「きっとお忍びの凄腕料理人に違いない」とか「フードを被っているのは有名だから」とかなんて絶対聞こえてないから!私欲でから揚げ広めようとした罰が当たったのだろうか、恥ずかしすぎる。逃げるように北の森へ急いだのだった。
北の森、ニノース森の薬草を地道に集める。【識別】がとても役に立つ。何故なら入り混じった薬草類の見た目がそっくりだからだ。葉脈の展開がどうとか本にはあったが、見比べても僅かな差しかない。
答え合わせを繰り返しつつ、周囲の糸に魔物がかかったら拘束。イルが戦いたがったのでそういうことにした。二度見ステータスは伊達ではなく、尻尾でぺちんと叩いただけで魔物は光と散るのであった。ちなみに迫力は爪の先ほども存在しない。
「なー、拘束要らないって。楽勝じゃんか」
「もう少し大人になったらね」
イルのリクエストを一蹴して採集を続ける。ふくれっ面で叩かれる犬と蟷螂には悪いが成仏してくれ。
最初のサイズとは言わないが、せめて半分くらい大きくなったら捕まることもないだろう。しかしそうなると連れて歩くのが大変そうだな。
イルの将来について考えていると、話す声が聞こえた。イルが素早く潜り込んでくる。こういうところは聞き分けが良くて助かる、良い子である。
「あ、ポーション屋さんだ」
茂みの向こうから現れたのはいつぞや見かけたおかっぱの少女だった。無事にニーの街に来れていたらしい。ポニーテールの少女も一緒だった、挨拶を交わす。後ろの男たちも顔ぶれは変わらずか、シュンがそっぽを向いている。ガキだなあ。
「露店では会いませんでしたね。ポーションはもう足りていますか?」
「こっちに来ても品薄なのは変わってないですね。あたしたちのレベルだともう回復量が物足らないんですけど、ニーの街はいつも品切れ状態だからイチの街で買い出ししてます」
そうなのか。もうポーション市場は落ち着いているものだと思っていたんだが。一応、前と同じ物なら今持っている旨を告げてみると喜ばれた。
「売ってほしいです!最近プレイヤー間で買占め禁止のローカルルールができて、1パーティ10本までしか買えないんですよ!」
「モグリ薬品店って一日100本しか在庫が無くて、ズルしたら後でわかっちゃうから抜け駆けもできなくて」
はあ、と二人が並んで溜息をついた。しかし、そういえばこのパーティには調薬師がいたような気がするのだが?
「シュンと言う人が調薬を担当していたのでは?」
聞いてみると後ろの方でシュンの眉毛が吊り上った。地雷だったらしい。
「いつまで経ってもカスみたいなのしか出来ねえからもう止めたよ!悪いか!」
気まずげな顔をした少女達が小声で謝ってくれた、今のは私の失言だったので気にしないでほしい。
「悪くなんかないですよ。おかげで今日も宿屋で寝られますから」
「ナチュラルに煽らないでぇ……」
おかっぱの方が泣きそうだ。すまない、つい。悪ふざけはほどほどにして、ポーションをやり取りする。マナポーションと状態異常薬も買い込んでくれてしめて61800エーンの売り上げである。この間は金がないと言っていたのに、ずいぶん出世したものだ。
「これで熊周回できるよ!やった!」
「目指せ卵!」
きゃっきゃとはしゃぐ若者たちは可愛いものだ。ところで卵とはカリスマさんが扱いに困っていたあれの事だろうか?
「卵を何に使うのですか?」
何故卵なんか欲しがるのか不思議なので聞いてみた。私は熊から卵を得る違和感しか感じないのだが。
「昨日のワールドアナウンス聞いてないですか?絆システムって言うのが出たんですよ!従魔とかテイムモンスターみたいな感じだろうって予想されてて!」
「入手方法は解らないけど、レア熊から卵がドロップした情報が掲示板に流れてて。卵から孵った魔物がパートナーになるんじゃないかって、今じゃ熊狩りで順番待ちになってるんですよ」
「へえ……」
あの卵がそういう用途だとすれば、むしろ納得がいく。熊の卵じゃなくて魔物の卵と言うことだ。今度カリスマさんに会った時に聞いてみよう。イルが「入手って、物じゃねーんだけど俺ら」とぶつぶつ言っているのは聞こえないふりで通す。静かにしてなさい。
「知っているでしょうが、蝶々は全滅させるといっぺんに湧きますから1匹残しておくと楽ですよ。素早く羽根を動かすと鱗粉が飛び始めますから、動かないように捕まえておいて新しいのを倒すともっと楽です」
儲けた分くらいは情報を提供しようかと、珍しく助言すると若者たちはまた顔を見合わせた。知らなかったらしい。
「や、やってみます!どうもありがとうございました!」
「急げ!」
ばたばたと去っていくパーティを見送って、イルが頭を出す。よく我慢しました。
「しつれーな奴らだったな。入手とか従魔ってなんだよ、馬鹿にしてんのか」
「わかってるよ。多分、彼らがそう思ってる間は見つからないんじゃないか」
ぷりぷり怒るイルの頭を撫でてやる。卵を得て、それが孵ったとしてもパートナーとなれるかどうかは彼ら次第だと思う。イルを見ているとそんな気がする。
辰砂 Lv.38 ニュンペー
職業: 冒険者、調薬師
HP:690
MP:2060
Str:400
Vit:200
Agi:400
Mnd:555
Int:555
Dex:530
Luk:230
先天スキル:【魅了Lv.7】【吸精Lv.2】【馨】【浮遊】【空中移動Lv.5】【緑の手Lv.2】【水の宰Lv.2】【死の友人】【環境無効】
後天スキル:【魔糸Lv.4】【調薬Lv.15】【識別Lv.17】【採取Lv.25】【採掘Lv.19】【蹴脚術Lv.4】【魔力察知Lv.6】【魔力運用Lv.9】【魔力精密操作Lv.14】【料理Lv.4】
サブスキル:【誠実】【創意工夫】【罠Lv.13】【漁Lv.2】【魔手芸Lv.6】【調薬師の心得】【冷淡Lv.2】【話術Lv.2】【不退転】【空間魔法Lv.6】【付加魔法Lv.10】【細工Lv.2】【龍語Lv.5】【暗殺Lv.2】【宝飾Lv.5】【隠密Lv.3】
ステータスポイント:0
スキルポイント:17
称号:【最初のニュンペー】【水精の友】【仔水龍の保護者】【熊薬師の愛弟子】【絆導きし者】
イルルヤンカシュ Lv.15 仔水龍
HP:6200
MP:3800
Str:1000
Vit:1000
Agi:300
Mnd:500
Int:500
Dex:300
Luk:100
スキル:【水魔法Lv.8】【治療魔法Lv.4】【浮遊】【空中移動Lv.4】【強靭】【短気】【環境低減】
スキルポイント:14
称号:【災龍】【水精の友】【天邪鬼】【絆導きし者】