27
「やあ辰砂君聞いてくれ!今日の冒険者たちは気分ハツラツと気合い一発と目もシャキ!を買い占めて行ったんだ!とうとう次の街に向かうんだろうね!」
モグリ薬品店に入るや否や私はグレッグ先生に持ち上げられた。いい歳をして高い高いされると言う稀有な経験を得てしまった。
「せ、先生、良かったですね。しかしどうしてそんなにご機嫌でいらっしゃるのです?」
ぐるぐる回されて目が回る。カウンターに手をついて支えつつ聞いてみると、グレッグ先生はにこにこしたまま教えてくれた。
「うん?だって、次の街に冒険者たちが行ってくれたらこの街が少しは静かになるからさ!ここ数日、人口密度が多過ぎて正直はらはらしてたんだ」
聞けば、この田舎町が受け入れられる人数を遥かに超えた来訪者が同じ日に現れたものだから、街中のありとあらゆる施設はてんやわんやであったらしい。
「屋台の連中は料理のし過ぎで筋を痛めるし、宿屋の従業員は掃除のし過ぎでぎっくり腰。一番可哀想なのがギルドの従業員だよ、仕事が増え過ぎて興奮剤で寝ずに仕事してるんだ」
プレイヤーとしては知りたくなかった裏事情を聞いてしまった。複雑な思いが言葉にならず、返事が遅れた私を見てグレッグ先生は私も来訪者だと言う事を思い出したらしかった。
「あっいや辰砂君の事じゃあないんだよ!ただね、彼らがしんどそうなのを見るとやっぱりちょっと、辛くてね……」
ごめんねと続けられてしまい、こちらこそ申し訳ないですと返事をして、何でもない事を態度で示すべくカウンターから中にお邪魔する。実際の所私は気にしてないのでグレッグ先生も気にしないで欲しい。
手早く作業に入る。【調薬】が良い仕事をしてくれるので、あっという間に粉末部分の仕事は終わった。グレッグ先生が、これもと任せてくれたので刻む作業も手早く進める。温度管理と混合粉末を投入するタイミングが、今のところ最も苦手なので先生の手元を見ていたいのだ。
「まあ、タイミングを間違えなければ、薬草の品質が下がることはないからね。逆に言えば、それだけ難しいと言う事なのだけど」
何をしているか察したらしいグレッグ先生が、ほら、と鍋に目をやった。鍋の縁に細かく泡が付いている、これはまだ早いか。
「辰砂君が納めてくれる薬草類はもうすべて品質AかBで揃えてあるから、見極めが甘くても良くなってね。調薬師としては複雑だけれど」
ははは、とグレッグ先生はまだ早い鍋に混合粉末を投入した。私でも解るほど早いのになぜ?
「驚いた?だってね、店売りのポーションは品質Cだから。少し失敗しないと品質Cに持っていけないんだ。煮立たせ過ぎると劣化の見極めが難しいし色が濁るからね、ここの手順が品質の調整にはもってこいなのさ」
素材が良ければ仕上がりも良くなるのは当たり前の話だ。今の話は店売りならではの悲哀と言う事になるだろう。
「まあ、別注品で高品質ポーションも作ることはあるんだけど。品質S指定は何度作っても緊張するよ、やっぱりねえ。水もノース山から汲んで来ないといけないし」
グレッグ先生はカイフク草粉末を投入した大鍋を火からおろしながら笑ったが、私はそれどころではなく動揺していた。品質Sなんてあるのか。先が長すぎて見えない。
「どうしたの?ああ、品質の話かな。そうなんだよ、極上の素材を何一つしくじらずに渾身の力で作りあげれば、品質Sになるんだ。もし作ってみようと思ったら材料を品質Aで揃えるところから始めたらいい」
メモ帳が今日だけで何ページ埋まるのだろう。もう次を買わないと間に合わない。震える手で見出しを書く、品質Sを目指す為には。今精一杯やって品質Cなのだが、いつか到達する日は来るのだろうか。
今日売り切れた5種類の薬の調合を終えて一服している時、グレッグ先生が少し申し訳なさそうな顔をしているのに気が付いた。どうされたのだろう。
「辰砂君。申し訳ないのだけど。薬草採集の依頼は、今日までにしても構わないかな」
申し出はあまりに唐突で、一瞬理解が追い付かなかった。けれど、徐々に意味が頭に浸透してくる。そう言えば今日はグレッグ先生は歩いていた、元々痛めた足の代わりをしていたのだ。治れば終わるのは当たり前であった。
「わかりました。今まで本当にありがとうございました。御蔭さまで私も生活する事が出来ましたし、調薬の知識も蓄える事が出来ました。お世話になりました」
感謝が僅かでも伝わるように深く頭を下げた。この依頼を受けたおかげで、精霊さんとも縁が出来たしグレッグ先生の弟子にもなれた。不本意ながら背中の水龍とも知り合ったわけだが――まあこれは置いておこう。
「辰砂君……頭を上げておくれ。こちらこそありがとう。この怒濤の数日は、君がいなければ間違いなく乗り越えられなかった。昨日言っただろう?上達が早いって。薬草採集も、調薬の知識も、もう教えることは殆どないところまで来ている。自信を持ってやっていきなさい」
グレッグ先生のつぶらな瞳が優しく光った。そっと差し出された手を握り返して、笑い合った。頑張ります。
「調薬を本格的にやろうと思ってくれるなら、ニーの街のフェンネルと言う鍛冶師を訪ねると良いよ。道具作りが得意でね、ここの設備も彼に作って貰ったんだ。初心者セットでは我慢できなくなる時が来ると思うから」
グレッグ先生が何やら封書を渡してきたと思ったら、フェンネル氏への紹介状らしい。初心者調合セットのちゃちさは伊達ではないようだ。本職が見ると我慢できないレベルの物なのかもしれないな。これについてもお礼を言って、お暇する。
「また遊びにおいで。元気な姿をたまには見せておくれよ」
どこまでも弟子に甘いグレッグ先生は、千切れそうなほど手を振ってくれたのだった。勢い余って壁に手をぶつけていたのは見なかったことにしておいた。
辰砂≪しんしゃ≫ Lv.16 ニュンペー
職業: 冒険者、調薬師
HP:360
MP:1400
Str:330
Vit:200
Agi:330
Mnd:530
Int:530
Dex:530
Luk:200
先天スキル:【魅了Lv.2】【吸精Lv.2】【馨】【浮遊】【空中移動Lv.3】【緑の手Lv.1】【水の宰Lv.1】【死の友人】【環境無効】
後天スキル:【糸Lv.15】【宝飾Lv.5】【調薬Lv.15】【識別Lv.10】【採取Lv.21】【採掘Lv.5】【蹴りLv.18】【魔力察知Lv.2】【魔力運用Lv.2】【魔力精密操作Lv.3】
サブスキル:【誠実】【創意工夫】【罠Lv.9】【漁Lv.1】【魔手芸Lv.6】【調薬師の心得】【冷淡Lv.1】【話術Lv.2】【不退転】【空間魔法Lv.5】【料理Lv.1】【付加魔法Lv.2】【細工Lv.2】
ステータスポイント:0
スキルポイント:5
称号:【最初のニュンペー】【水精の友】【仔水龍の保護者】【熊薬師の愛弟子】