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朝食後すぐに席に移動しておいたのが良かったらしい。割合早い時間から、観客席はほぼ埋まっていった。開催一時間前くらいには立ち見がで始めたくらいである。
「夜と違って、子供も結構いますね」
まだ何も始まっていないので暇を持て余した私たちは、結局観客を眺めていた。席での飲食も別に咎められないようだが、さっき朝食を食べたばかりでおやつ買ってくるのもなあ、というところである。
「そうだなあ。まあ子供が夜中歩いてると物騒だから。んー、芋虫連れた子供が多い? 出場者かな」
グリーンキャタピラだろう芋虫――多分、イースト山で何匹かやっつけたやつだ――を肩に乗せたり頭に乗せたり抱きかかえたりしている子供達がちらほら歩いている。開催は午後だが、出場の受付は朝のうちにやってしまうのかもしれないな。
「会場内でゾンビを連れて歩いてないのは、多分臭い的な問題でしょうねえ。フルーツサボテンは棘かな?」
「多分ね。いくら慣れてるとはいえ、一般の人に刺さったらシャレにならないんじゃないか」
推測ではあるが、一般人の防御力がそんなに高いとは思えない旨を伝えると、イルも納得したように相槌を打った。そうだろうなという顔である。考えてみれば、住民にステータスという概念が存在するのかすら知らないなあ。イルも私と絆を結んでからステータスを見られるようになったとか言っていたし。
そもそも無いのか、存在はしているけれど、住民には閲覧できないのか、たまたまイルがはぐれものだからステータスの見方を知らなかっただけなのか。あるいは種族的問題なのか――住民とステータスについてぼんやり思いを巡らせている間に、腐乱死体杯の開始時間になっていた。
『みなさん、おはようございまーす! 本日も朝からナイスな死体達が見せつけてくれますよ! 乞うご期待! どうぞ、熱い視線をお送り下さいねっ!』
開会式などが特にないのは夜と同じか、唐突に司会者が会場中央に歩み出てきて挨拶を始めた。音量が常識的だったのは、夜の部と異なっている。子供の鼓膜に配慮されているのだろうか。
ひとしきり観客達を煽るような口上を述べ、司会者は出場者の入場を告げた。大歓声の中入場してくるのは十人十色のゾンビ達である。足元がおぼつかないものからモデルウォークを披露するものまで、個性豊かな面々であった。
『さーあ今日はひっさしぶりに登ッ場だぁ! “朧”のォ! エンディミオンーッ!』
司会者の紹介に合わせてエンディミオンなるゾンビはヨタつく足でターンを決めた。観客は大興奮である。全然ついていけない私たちは顔を見合わせた。
「エンディミオン!」
「ぃよっ朧ぉっ! 今日は勝てよ!」
客達が思い思いに声援を送っている。どうもエンディミオンなるゾンビは有名らしい。
『さー続いては初出場! 腐ってなかったらなかなか男前かも?! 無明ーっ!』
エンディミオンに比べると寂しいが、いくつか声がかけられた。まあ、初出場と言っていたしこんなものだろう。むしろアウェーなのに多少でも声援があったと思った方がいいな。
十体のゾンビの紹介はさくさく進んでいった。初出場が五体、あとはエンディミオンを含めて常連のようだった。それぞれファンが付いているようで、あれこれ言われている。しかし、二つ名のようなものが付いていたのはエンディミオンだけだった。
『いよいよ最後の出場者だっ! 初出場! 華麗すぎるモデルウォークはどうやって身につけたのか! この異様な場慣れ感はただもんじゃ無い! ……ジ、ジダイドコロノサコノヒョウエユキモリ!』
「おいおい随分長えなあ!」
「名前負けすんなよーっ!」
これまでで最も野次に近い声がいくつか上がった他は、呆気に取られたような空気が広がっていた。まあ、聞き慣れない名前のせいだろうなあ。地代所左近兵衛行盛……みたいな漢字なんだろうけど、呼びにくそうだ。そしてなんでそんな平安時代みたいな名前なのにモデルウォークで歩かせたのか。
私の心に戸惑いを残して、出場選手紹介は終わったのであった。