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無事に商談を終えた私達だったが、カルビ丼の方はまだ選べていなかった。
「うう、これかなあ? いやー、こっちか……ああでもこっちも」
「ねえこれ可愛くない? 花束みたい、あーアクセ欲しい。一個買っちゃおうかなあ、あれこれカルビが買ったのに似てない?」
「えっそれ俺が見てたんだけど」
「めっちゃ似てるー。色違いって感じ? そういや前のって結局妹さんがつけてたってマジ? 悲しくない、あっあたしこれ好き! ハートが揺れてる!」
「やっぱりこれはやめとこうかな……」
カルビ丼がウンウン唸っている。それをよそに女子二人がきゃあきゃあとあれこれ取り上げて試着したり外したりして楽しんでいるようだ。そしてそれをそこはかとないドヤ顔で見守っているのがイルである。これはまだ当分かかる感じなのか。
「えっと、新しいダンジョンが見つかったと仰ってましたが。どこにあったんです?」
キラキラした空間に割り込んで行く気になれず、取り敢えずクランドに話を振ってみた。同じ思いだったのか、クランドも弾かれたように顔をあげて呼応してくれる。シュンは新しい腕輪に夢中なのでそっとしておこう。
「そうなんですよ! 辰砂さんはもう全部の街行きました? ハッチの街から北上した所の岩壁にあったんですよねー。ほらアップデート前、砂漠から南下できないかって検証班がやってたんですけど物凄い崖に遮られたってスレに……あ、えっと」
勢い込んで喋りはじめたクランドだったが、急にトーンダウンした。どうしたのかと思ったが、多分私が掲示板を見ない事を途中で思い出したのかな。いやまあそんなに気を使わなくてもいいのですよ。
「お気遣いなく、大丈夫ですよ。そういう話があったわけですね? それで、今度は反対側から行ってみたらダンジョンがあったと」
「はい、そういう話が流れてきたので僕らも参戦しました。まだ浅い部分しか攻略できてないですけど、これがすっごい普通の洞窟なんですよね。じめついてて、生えてるキノコに魔物が紛れてるのがちょっと厄介なんですけど……なんでか全然状態異常系の攻撃がないんですよ。キノコなんていかにもって感じしません?」
攻略の話になると目が輝き出した。それほど主張の激しい子ではないが、やはりリーダーを張るだけの事はあるのだろう。割と頼りにされている空気を感じる。
「うーん、まあ、あまりにも意外性がないから逆に浅い層では何も起こらないように設計されている、とか? または、何か条件が変わるとまた違う顔が見えたりなんて、割と定番の仕掛けですけど」
まあ、古今東西、ゲームどころか冒険譚や空想小説でもよくある展開だ。昼は開かない部屋が、夜になると開くとかね。
「あー……そっか、要らないと思って状態異常系の道具を持ち込まなくなって奥まで進入してやられる……ありがちですね」
「でしょう? ま、行って見なければわかりませんけどね」
そう、行ったことがない奴が何を言っても仮定の域を出ないのである。そして私はダンジョンに挑戦する気が皆無なので、いつまでたっても検証できないままになるのは間違いなかった。
うだうだと状態異常の種類と対応する薬品の話を続けるうちに、どうも状態異常系のポーションにかなり需要があるような気がしてきた。十級調薬師が作成できる状態異常系の薬は知れているが、もう少し頑張って級を上げていけばもっとあれこれ作れるはずである。今後も知り合い中心に商売して行く事を考えると商品ラインナップは充実していた方がよろしい。と、商売のことを考えたおかげで思い出した。
「そうだ、新商品のサンプルを渡しておきますね。ちょっとまだ品質は上げられてないのですが、リジェネ? 的な回復をしてくれる薬ですから、試してみてください」
体力回復の丸薬と魔力回復の丸薬の存在をすっかり忘れていたが、この薬も地味に宣伝していかなければ。おふくろさんに情報を流してはもらったものの、それだけでは埋もれてしまう。使い方によっては有効だと思うのだ。
一人5粒として、25粒ほどやっぱりポーション瓶に詰めて渡すと、クランドはそれをしげしげと眺めて、何かに思い当たった顔をした。
「――あ! これ匿名スレのやつですか? 僕たち全員ダメだったんで、デマだと思ってましたけど……」
「親切な知り合いに教えてもらって試したら作れちゃいまして。折角作れるなら売ろうかなと」
クランドの言に対して私の返答が曖昧なのはわざとである。折角匿名の掲示板で情報を流したのに、情報源が言いふらしては意味がない。とは言え嘘はついてない。情報源はスレではなく原本で、知り合いは住民で今服役中のトウエモンだというだけだ。あ、教えてもらってもなかったか。勝手に試したんだった。
「へえー……意外にちっちゃいんですねえ。飲みやすそう」
「ポーションと再使用制限時間が被らないみたいなので、ソロの人なんか喜んでくれるんじゃないかなと……ああ、決まりました?」
サンプルが好感触を得たところで、ちょうどカルビ丼が品物を決定したようだ。結局ずっと見ていた小粒の真珠をランダムに散らした繊細な一品を選んでいた。前回のセレクトと比較して、格段にマーケティングができている気がする。と思ったら後ろで女子二人がやり遂げた顔をしていた……向こうの頑張りだったか。本人には進歩見られず、と。
恋するガサツ少年の売上は、しめて40000エーンであった。イルの華麗な技術料を含めてないので、ものすごいお値打ち品だと私個人は思っている。
書籍化に関して、続報です。色々決まりました。
・タイトルが変更になりました。今後は「隠れたがり希少種族は【調薬】スキルで絆を結ぶ」という題になります。
・集英社ダッシュエックス文庫さんから出版していただけることになりました。
・イラストは、美和野らぐ様に描いて頂けました。なんて素敵な絵の方に引き受けてもらえたんでしょう。嬉しいです。
・書籍の発売は2018年8月24日(金)に決定いたしました。
・近いうちに書店での予約が開始されます。それに伴い、後日書影の公開も予定しています。
・なんと、電子書籍版も同日配信されるらしいです。
タイトルは変わりましたが、中身に変更はございません(若干の修正と書き下ろしは含みます)。
これからもぬるめに頑張ってまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。