150 誘拐
いつもよりも沢山の情報を得ることが出来た帰り道。私は情報を整理していたし、イルは静かについて来ている。さっきとてもさりげなく水を呼んでいたが何に使ったのだろう。
少年少女、というか例の火山ダンジョンを攻略していたプレイヤー達はとうとう最下層にてボスを発見したらしい。大規模討伐隊級の火竜だそうだ。レイドを組めるのは最大36人。パーティ数に制限はないのだという。
まず身体がやたらめったら熱いせいで、魔法なりなんなりで温度を下げないと直接攻撃が出来ない。吹いた火はしばらくその場に残り、触れれば継続ダメージが入る。これがまた減り幅がえげつないとかなんとか。HPも流石大規模討伐隊級だけあって馬鹿みたいにあるし、ダメージはでかいし全体攻撃の種類は多いしで中々苦労しているらしい。
攻略組にも回復職は勿論いるのだけれど、どうにも追いつかないので各自ポーションを持ち込んで戦っているのだそうだ。きちんと取り決めがあったりするわけじゃないのか、使用した金額を均等割りとかしないと不公平になりそうだが。
聞いたあれこれを思い返しつつ焼き魚と藻塩亭へ戻ったのだが、いかん、あれは例の二人組である。近頃出会わなかったから油断していた。焼き魚と藻塩亭の前でいかにも何かの打ち合わせをしている風に立っているではないか。曲がろうとしていた角から少し下がり、向きを変えて路地を進む。ここから路地を縫って神殿に行こう、今日はあそこには泊まれない。くそう。
今日は心からから揚げの気分だったせいでささくれ立った気持ちを堪えつつ早足で逃げた。その途中で数人倒れた相手を踏んづけてしまい、ちょっとびっくりした。こんなところで倒れてたら踏んでしまうじゃないか、いやもう踏んだけど。死んだらプレイヤーは光になるし、そもそも街中ではPKが出来ないので死んではないのだろう。
「―――、別に――」
「――から、――!」
とりあえず死屍累々のこの状態は目に余るので糸で全員を回収した。何ともガラの悪そうなやつらである。装備のセンスからしてプレイヤーっぽい。一括りにまとめつつ、何となく声が聞こえてくる路地の奥の方へ進む。仲間がいるなら引き取ってもらおう。
それにしても何やら不穏な感じの会話だ。片方が誰かを探していて、聞かれている方は知らないと繰り返している。それから、くぐもった悲鳴。厄介事の匂いしかしない。片方の声に聞き覚えがなければとっとと逃げ出しているのに、残念。
様子を窺うと、見覚えのある耳がぴんと立っていた。男性としては小柄な体だが、まあ絵に描いたようなチンピラの関節を極めている。随分印象が変わったなあ。うーむ、事情は知りたいけれどここで出ていくのはいかにも面倒臭い。しばらく考えて、まあいいか!と結論に至った。
じっと見つめていればまずチンピラが脱力した。様子がおかしい事に気付いたもう一人がチンピラを揺さぶるが、まあ魅了状態なので返事があるわけもない。やがて揺さぶる手が震える手に変わり、うさ耳がぺたんと伏せる。うーん注意深いなあ。膝を曲げたのは脱力のせいじゃなく、闖入者を――この場合は私を――襲うためのポーズだ。かつてなく抵抗されている。
これほど時間がかかったのはガーンコ以来だ。そう考えると野郎はかなり手強かったんだなあ。睨む事3分、新記録を叩き出してうさ耳少年こと左千夫君は今度こそ耳と膝を折ったのだった。
とりあえずチンピラ風プレイヤーは他のと一緒にまとめてと。事情は左千夫君に聞いてみようか。
「そこらの路地に人が沢山倒れていたけど、君がやったのかな」
無言で首肯。理由を尋ねれば、人を探していたからだと言う。ざっくりした質問だと、表面的な回答しか返ってこない。
「誰を探していたんだ?それに、君の恋人は一緒じゃないのか」
少し突っ込んでみると、ちょっと思いもしない回答が返ってきた。イルと思わず顔を見合わせてしまう。
「レンを探してるんです。ラブリはレンに殺され続けて∞世界やめました。だけどラブリがずっと楽しみにしてたのを僕は知ってる。こんな形で止めざるを得ないなんて許せない。だから僕はレンを探す」
魅了のせいで抑揚のない説明によれば、以前付加守を売った後、左千夫君はラブリちゃんにちゃんと告白したらしい。そしてそれは受け入れられた。左千夫君は喜んで付加守のスクリーンショットごと、掲示板の雑談板?と言うところに書き込んだ。沢山の祝福コメントが返ってきて大騒ぎになったそうだ。
「一時期来てた男たちはその話を信じたってことですかねえ?」
イルが思い出したように腕を組んだ。そんな話あったかな?しばらく記憶を探って、チャラそうな騎士としたやり取りを思い出した。ああ、そうだそうだ。だから左千夫君とラブリちゃんが恋人になれたことを知ってたんだった。
ラブリちゃんに恋する男の集い、ラブリ親衛隊の中で二人が付き合いだしたことはすぐに周知された。あの集団の中には幾つかルールがあって、そのうちの一つにラブリちゃんが誰を選んでも祝福して解散すると言うものがあったのだとか。だから左千夫君もラブリちゃんも、ルール違反する奴が出るとは思わなかったらしい。
「その違反者がレンだということかな。それもただ不服なだけじゃなくて実力行使も伴ったわけだね」
でなければラブリちゃんが殺され続けるなんてちょっと異常な事にはなるまい。ちらっと見た覚えしかなかったが二枚目風の普通の男だったと思う。そんな狂気じみた執着心を発揮するとはなかなか思えないだろう。左千夫君の虚ろな目が私の魅了のせいだけじゃなく見えてきた。迷い悩む普通の思春期の少年だったのになあ。こんな思いつめた顔はしてなかったのだが。
「レンがラブリにはめた指輪のせいで奴はラブリの居場所が把握できるみたいでした。呪われてるって表示が出て外せなかった……僕もラブリを守ろうとして何度も殺されました。でも、僕はただ殺されただけだったけど、ラブリは死ぬまでにかなり痛めつけられて脅されて、それが何回も繰り返されて……」
心折れたと。むしろ何度か保った方が驚きだ。ラブリちゃんは結構芯が強い女の子であったらしい。しかし普通にGM沙汰なんじゃないのかね、これ。
「GMには連絡してないのかな」
「大事になるのをラブリが嫌がったので。やめればそれで済むからって……だから僕は僕の為にレンを殺すんです」
あーあ。使えるものは何でも使いたい図太い私とはずいぶん方針が違う。ため息をつきたくなったが、もう終わった話なので何も言えない。とりあえず左千夫君側の言い分はわかったぞ。次はチンピラだ。
「君はどうして締め上げられてたのか心当たりは?」
「レンの居所が知りたいっつってた」
こちらはまた打てば響くような回答である。わかりやすい。
「どこにいるか知ってるか?」
「今はリーダーと一緒に火竜の素材採りに行ってる、初の大規模討伐隊級ボスだからな」
へえ?ちょっと聞き流せない情報だ。
「PKなのにレイドが組めるのか?」
「ただのPKじゃばれるけど、PK職に就けば偽装できるから大丈夫なんだよ。リーダーは快楽殺人者だしレンは死追跡者だから」
まあ御大層な職業でいらっしゃること。思わず鼻で笑ってしまった。ちなみにこいつは暗殺者だそうで。それで街中で荒事になっても憲兵が誰も来てないわけがわかったぞ。PK職ねえ。
「レンとリーダーのレベルはわかるかな」
「リーダーのレベルは誰も知らねえけど一番強えから少なくとも80は越えてると思う。レンはウチに加入したときは79っつってた」
聞きたいことを適当に聞き出した後は気絶状態の他の奴と一緒にチンピラもそっとしておくことにした。運が良ければ捕まるまい。左千夫君には付いてくるように指示して予定通り神殿へ。イルがこっちを見てとても嫌そうな顔をした。
「……久しぶりに悪い顔してるの見ました」
「そんなこと言うなよ」
さて、何処なら目立たないかな?