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不透明な球を潰すと、グラススライムが崩れ落ちる。不透明な球を刻むと、グラススライムは分裂する。水を与えると体積が増える。炙ると縮むようだ――たいまつで炙っただけだが。そして最も効率の良い倒し方は、球を取り出すことであった。
「今ほど糸を使っていて良かったと思うことはないな」
「うーん、まあ、そうなのかな?だけどこんなに太らせちゃって何だか気の毒になってきますよ、俺」
イルの水でみるみる膨らむ透明なスライムから核を取り出しつつ奥へ進む。こうやって倒すと粘液玻璃というアイテムが大量にドロップしてくれるのだ。他の倒し方だと粘液硝子と言うアイテムが出てくる。玻璃も硝子も同じ物を表すはずだが、等級がⅡとⅢで玻璃の方が上なので専ら玻璃を集めている。それに『軟体硝子核』と言うアイテムも時折出てくるのだ。どうやって使うかはわからないが。
「結構奥行きのある洞窟なのねえ。辰砂ちゃんたち、疲れてない?大丈夫?」
精霊さんが気遣わしげな顔をしている。お気になさらず、好きでついて行っているのですから。そう伝えると、イルも頷いた。精霊さんは困った顔で笑ってくれるが、本当に気にしないでほしい。だってこれからも通うためには行き先が解らなければならないのだから。
「そう?ならいいんだけど……。もう、近いと思うのよね」
洞窟内を探索し始めてから1時間程度経過していた。思ったよりも分岐が多いせいなのか、道順がわかりづらい。マップ機能が無ければ手作業でマッピングしたいところであった。自分が行ったところか地図を手に入れなければ更新されない微妙なリアルさがこんな時は不便だ。
「水が近いから、グラススライムも増えてるんですかね?入口よりずっと多くないですか」
ゆったりした動きのグラススライム達に敵意は見られないのだが、うっかり脚でも突っ込んでしまえば一応装備が損なわれる……らしい。カリスマさん謹製の装備を痛めたくないので試すつもりもないが。一応消化しようとしてくるらしいので、素手では触らない方が良いと聞いている。
行く先を阻むがごとくわらわら蠢いているグラススライムをすべて倒しつつ奥へと進む。何となく、ここの泉に誰もいない理由がわかってきた気がする。スライム達も移動がままならないほど増えてしまっている理由でもあるのだろう。
透き通った饅頭を積み上げたような壁を全て倒し切り――これだけで1時間くらいかかった――やっとその奥の泉が見えた。もうグラススライムはしばらく見たくない……のだけど。
「まあ、予想通りですよね」
イルもわかっていたのだろう、驚くでもなく泉を見ている。正確には、泉に居座っているソレを。糸を展開させつつ、一つ頷いた。
『Warning!! Big Glass Slime Appeared!!』
大変安直なネーミングのボス、大グラススライムが、泉の中から体を持ち上げるようにしていた。核が大きく、青い。普通の核は水色だったなと思いつつ、まずは糸を侵入させた。思ったよりも抵抗がある。核が引っ張りだせるほど絡めるには少し時間がかかるだろうか。
「イル、時間稼ぎできるか?」
「大丈夫ですよ」
倒さずに、と言う言外の要求も含めてイルは頷いた。指先からぱちぱちと言う音がし始める。以前は落雷しかできなかった雷魔法だが、色々と試していた成果を見せてくれるようだ。
なんら気負いなくイルがボスに歩み寄り、戸を押し開くような気軽さで大グラススライムに手を添える。目に見えるエフェクトは何も発生しないままだがグラススライムは大きく震えた。イルの手を嫌がるように、洞窟の奥へ巨体が下がり始める。
「あ、逃げないでくださいよ。辰砂がやりにくくなるでしょ」
この泉は思ったより深いらしく、グラススライムが沈み始めたのを見て取ったイルが泉に手を突っ込んだ。飛び上がったところを見ると泉全体に通ったようだ。苦しんでいるのか水饅頭が悶えているような素振りを見せて、泉の上に顔を出した岩の上に逃げ出した。順調にイルが鬼畜化してきているが、一体誰を見習っているのだろう。
「よし、できた。もういいよ」
糸が食い込んで分裂されても面倒だと丁寧に編み込んだ網が出来上がった。イルに声を掛けつつ、核の摘出にかかる。流石ボス、抵抗が随分強かったけれど無傷で取り出すことが出来た。ぷにぷにして透き通った鉱石類っぽい見た目の球、という何とも矛盾の塊に見える物体を手元まで引き寄せた時点でボスの巨体が光に変わる。毎度危なげない勝利でした、と。
「……で?」
何故核はそのままここにあるのかな?三人で顔を見合わせることになった。