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「前回優勝した俺達は強制出場になってな。だが、魚なんて生まれてこの方料理した事が無いもんで四苦八苦してるんだ」


困り顔のイッテツさんである。しかし宿の名前が焼き魚と藻塩亭なのに魚料理の経験がないとはこれいかに。


「ああ、先祖伝来の名前でな。曾爺さんの時分にゃあ、海賊団もいなかったんで魚も食ってたらしい」


なるほど名前の謎は解けた。しかし、バターと魚ねえ。私ならばホイル焼き一択だが、アルミホイルは多分この世界に存在してない。オーブンはあるけれど、水をはじく紙もないだろうし、醤油は私の手持ちにしかないから教えても意味がない。


「……あ。パイ生地は作れますかイッテツさん。もし作れるならば普段より塩を少し効かせて作って欲しいのですが」


ホイルつながりで包めるものを考えているうちに、一つ思い当る物があった。調味料が洋風ならば、洋風に寄せていけばいいのだ。イッテツさんは不満そうな顔をした。


「作れなくちゃ、料理人なんて恥ずかしくて名乗れねえよ。ちょっと待ってな」


手早くパイ生地を作り始めてくれた。練りパイ(パート・ブリゼ)ではなく折りパイ(フィユタージュ)である。この世界の料理文化って偏っているとつくづく思う、何でフィユタージュがあるのに揚げ物がないのか。


さて、パイが折り上がるまでの間に私は魚を見てみよう。さっきの白身魚は鰤っぽい魚の切り身だったようだ。何で見た目鰤なのに白身なんだよ。鑑定結果、ホワイトブリ。ふざけている。


冷蔵庫の中に何種類かあった魚の切り身を検分する。カツオみたいに見える赤身の魚と、つつくとプルプル揺れる謎の魚は今回の料理に向いてない。さっきのふざけた鰤か、鯛っぽい赤い皮の白身魚か。いいや、両方使おう。


作業台に取り出して解体する。包丁の刃渡りが足りないので、糸に活躍してもらう事にした。一応洗って切断をイメージしつつ、大名おろしの要領で三枚にする。頭とかま、骨はまた別の料理になって貰う為冷蔵庫に戻ってもらう。腹骨も同じ様に糸で削いで、中骨がかなり固いので骨に沿って背中と腹の身を切り分け、少しの身ごと中骨を切り取った。


「おお……!」


何だかまた背後で誤解が生じている気もするけれど、いや気にするまい。先ずは魚を美味しくすることが先決である。一人前くらいに切り分けた身に塩をきつめにあてた。物凄く新鮮と言うわけではなさそうだったので、ちょっと臭みを取りたい。少し置いている間に、野菜を漁る。玉葱と茸くらいあると嬉しいのだが、あああった。


一緒に包むので、存在感があり過ぎると邪魔である。微塵に切ってフライパンで実に適当に炒める。塩コショウでこちらにも下味をつけておく。一旦冷ますべくこれは置いておこう。鼻歌を歌っている間に魚の表面に汁が浮いているので、これを水でさっと流す。絶対にさっと流すんですよ、しつこく流したら味が抜けます。そしたら水の宰で表面の水気を除去した。


パイで包みやすくするには、ころんとした形にして丸めるか、薄くして板状にするかがメジャーだろうと思う。今回は薄くして野菜を乗せたい。刺身程度の厚みに柵を切り分けて胡椒をふり、丁度良くイッテツさんが仕上げたパイ生地を切り分ける。香草を入れたいな。裏庭のバジルを採って来てもらおう。


長方形にした生地を下に敷き、魚を敷いてバジルと野菜を薄く広げる。思ったよりかなり薄い、ちょっとつまらないのでもう一段魚を敷く。周りの生地に解いた卵黄を塗り、同じ大きさのパイ生地を被せたら周りをフォークで押さえて接着。ついでに生地の上部にも卵黄を塗って数か所穴を開けておきます。歪に膨らんで見栄えが悪くなるのです。


2種類の魚を包みきってもパイ生地が少し余ってしまった。これは仕方ないので冷蔵庫に保管した。とりあえず包み焼きを焼いている間に何か考えよう。天板に並べた生地を温めたオーブンに放り込んだらしばらく待ちだ。なお、良い考えは思いつかなかったので、余っていたらしいチーズを生地に混ぜ込んで普通のねじりチーズパイになった。スナックみたいで結構好きなのだ。


焼き上がったパイを取り出して皿に乗せる。私自身があまりくどい物が好きでないので、これに合わせるソースまでは思いつかなかった。皿に乗せて全員で試食してみよう。


フォークを刺すと、さすがプロが作った生地だ。サクッと良い音が鳴った。魚にきちんと火が入っているのでナイフが無くても行けそうだが、このまま行儀悪くかぶりついてしまいたいのが本音だ。


「ん、まあまあかな」


ふざけた鰤の身の方は鯛っぽい味で、鯛っぽい方の身はどう言うわけか鱈っぽい。こんがらがってしまいそうだ。どちらもバターたっぷりの生地とは相性も悪くないようだった。普段やらないようなお洒落な料理だが、まあ食えなくはないのでよしとしよう。


「……ううむ……」


イッテツさんが難しい顔でパイをざくざく食べている。女将さんは何度か頷いている。いつの間に帰って来たのかリンダも一緒に食べていて、フォークを握りしめている。


「あ。結構美味しい。辰砂の料理久しぶりに食べました、俺はこっちのぽくぽくする方が好きかなあ」


イルもどうやらお気に召したようだ。ただ、最初から手づかみで食べていて羨ましい。私の皿に落ちたパイ屑が気になって仕方ない、食べ方が下手なんだろうなあ。


「まあ、目に見える形でなくてもバターは活躍してくれるという一例です。後、魚も結構出来る奴だと思って頂ければ上々なんですが」


とにかく手を出した事がない食材と言うのは苦手意識が芽生えやすいのだが、せっかくなら前向きに挑戦してもらいたいものだ。


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