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時を越えて(6)

「えっと、確かこの辺りだったと思うんだけど……うわ、あった」


「え、どれど……うわぁ」


 一度見た事がある俺が引くのだから、初見のアリスが顔を引き()らせるのも仕方ない。それだけのインパクトが、バクサンザクロにはある。

 この前は俺一人で歩いていたので、獣道ですらない草むらをガサガサ掻き分けてここまで歩いてきたが。流石にアリスを同じように歩かせたくはなかったので獣道や林道、歩きやすい場所を選んで進んできたので少しばかり迷いそうになったが、ここまで来れて何よりだ。


「さて……ここまでは良いとして。問題はこの先だ」


 爆ぜ散る赤(バクサンザクロ)から白をなぞって、北へ四つ、東へ五つ。この白が、まず何を指しているのか。


「アリス、パッと見て白っぽい何かはあるか?」


 俺の問い掛けに、アリスはうーんと唸りながら辺りを見渡す。


「どっちを見ても木しか見当たらないと思うけど……あ。リュウトさん、この辺りってシラカバは自生してるのかな?」


「シラカバか。木しか見当たらないなら白い木を、って事だな。試しに探してみよう」


 暗号文に則り、バクサンザクロから北側へと歩きながら林道沿いの木を調べていく。そもそもはゴル爺に向けての謎解きだ。草が生い茂る入り組んだ場所にまで探索範囲を広げる必要は無い筈……そう思っていると、隣を歩くアリスが声を上げる。


「あっ、リュウトさん! ほら、あそこにシラカバが生えてるよ」


「お、仕事が早いなアリス。一応、ここまでの間に見逃しが無いかだけ確認しておこう。一本でも数え間違えると後で大変だからな」


 道中、目立った位置に他のシラカバは生えていない。という事は、これが一本目で間違いなさそうだ。


「よし、試しにこのまま進んでみよう。北へ四つ、東へ五つ。この暗号文をなぞる事が出来れば良し、成立しなければ別の手掛かりを探すしかない」


 緩やかに上る林道を進むと、次のシラカバが見えた。そのまま進み、三本目、四本目。四本目のシラカバのすぐ先に右方向──東に進む事が出来る分かれ道もあった。ここまで符合しているなら、目印はこのシラカバが正解だったと思って良いかも知れない。

 そこから改めて、東に向かいながらシラカバを数える。三本を過ぎた頃から、穏やかな向かい風が吹き抜けるのを感じるようになってきた。もしかすると、林道の出口が近いのだろうか……そんな予想をしつつ歩くと、その答え合わせは五本目のシラカバと同時に現れた。


 およそ三〇分ぶりの開けた景色。薄暗さに慣れた目が眩しさで(かす)み、ザァッ、という音と共に涼やかな風が少し強い勢いで俺とアリスの間を通り抜けていく。


「……もう一度、丘陵(きゅうりょう)に出たみたいだな。シラカバの数は合っていたし、この場所に辿り着くまでは正解、かな?」


「だとすると、この後の文章は……丘の上で仲良しこよし、のっぽの六つ子の輪の中へ。だったよね」


 確認するアリスに頷き、俺はその暗号文に合いそうな場所を考えていく。


「丘の上、か。この場所でわざわざ上って表現をするくらいなら、他よりも高い丘って事かな。そして、のっぽの六つ子の輪の中へ……」


 あれかな、と俺が呟こうとしたのとほぼ同時に、隣で周囲を見渡していたアリスが俺の視点と重なる位置を指差してトントンと跳ねた。


「あっ、あそこじゃないかな? ほら」


 どうやら、目を付けた場所は一致しているらしい。他と比べても小高い丘に、高さが揃った六本の大木が円を描くように立ち並んでいる。


「そうだな、あそこまで条件に合う場所は他に無さそうだ。今日も大活躍だな、アリス。行ってみよう」


「うんっ。でも……今日も、って? 私、普段はそんなに活躍してないよ。リュウトさんや、レイジさんに比べたら……」


「何を言う、常日頃の家事は俺やレイジが全力を出しても遠く及ばない程の完成度、しかもそれを毎日だ。何気ないように見えて生きていく上で不可欠な要素を全て満たしてくれているアリスが活躍してないわけがない」


 今になってかつての俺の生活基準を思い出してみる。とりあえず保存の効く干し肉、物置部屋の一か八かキノコ、濃い目に味を付けて嫌でも米やパンが必要な雑なオカズ。目に見える部分が明らかに汚れてきたらそこは掃除して他は放置。辛うじてヒトとしての尊厳を守っていただけで、状況は満身創痍そのものだったと言って間違いない。


「はぁ……アリスが来てくれて本当に良かった。そこまででも幸運なのに今は恋人同士とか、何だろうな。ヴァルヘイル全土の神に感謝申し上げても差し支え無いな」


 あ、でも神って竜か。そう考えた途端に記憶に残るウーグリアネスの「構わんぞ、人の子よ」という声が幻聴になって響いた気がする。ありがたや。


「いやでも、そもそもの経緯(いきさつ)を考えると誘拐事件からの一連の流れがあるし、ただ喜ぶのも……うーん」


「……確かに、きっかけになった出来事はあんまり喜べないけれど」


 俺の呟いている間に三歩ほど前に歩いていたアリスが、くるりと振り向く。少し当たりの柔らかくなった風に吹かれながら、目を細めて微笑んだ。


「その後にリュウトさんと一緒に過ごした日々は、全部、全部幸せなものだもん。私は素直に喜んじゃうな」


「天使ぃぃいいいい!!!!」


「リュウトさん!?」


 無理だった。叫ぶ以外の感情の消化方法が思い付かなかった。死ぬかと思った。え、生きてる? 実はさっきの瞬間に死んでない? あ、心臓動いてる。生きてる。セーフ。


「よし、アリス。あの場所に探し物があるかどうか見に行こうか」


「待って、あの叫びから急に良い笑顔になって切り替えられるのは凄いけど私が処理し切れてないから待って」


 実際に歩いてみると、目測の距離より離れていたらしく五分くらい掛かった。改めて見ると、六本とも幹も太く大きな木だ。ここまで育つのにどれだけの年月を費やしたのだろうか。


「えっと、リュウトさん……あれ」


 そんな事を考えていた俺の服の裾を引っ張り、アリスがどこかを指差す。見ると、六本の木に囲まれた内側は盆地のように(くぼ)んでいて、その中央に小さな白い箱がポツンと置かれていた。


「……とりあえず、行ってみるか」


 箱を取る為に一歩踏み出したその瞬間、俺は後に続こうとしたアリスを手で制した。


「あ、待てアリス。この先はちょっと問題がある」


「ふぇ? どうしたの」


 俺自身、完全に踏み込む前で止めた足に少し体重を掛けてみる。踏んだ場所が緩やかに沈み込み、その周囲が反比例するように浮き上がる。


「……ここから先、地面じゃなくて堆積した腐葉土だ。うっかり踏み込むと飲み込まれるぞ」


「飲み……そ、そんなに深いの?」


「積もる度に誰かが踏み固めていたならともかく、ここはそうそう人が立ち寄る場所じゃない。しかもこの六本の木から落ちた数十年分の葉、そのほぼ全てがここに集まっている筈なんだ。それなのに、中央に向かうにつれて低くなっている……ここ、下手すると」


 そう、積もり積もった葉が腐葉土に変わるにつれて凝縮され、見た目の体積が減っていくのだとしても。平坦ではなく中央が凹むという事は。


「下が地面じゃなく、ある程度の深さの洞穴(ほらあな)になってる可能性がある。そうだとしたら、埋まったら出てこれないぞ」


「ひぇ」


 怯えるアリスを横目に、俺は改めてさてどうするかと考える。止めておいて言うのもアレだが、アリスより俺のほうが重い。足を踏み入れたらアウトな可能性もより高くなる。


「あー……アリス。今から俺がする事について一切ツッコまない、そして真似もしない事。良いね?」


「ふぇ? う、うん」


 アリスが頷いたとほぼ同時、俺はそれを行動に移した。


「っ……とぅりゃぁぁあああ!!」


 両手を上にピンと伸ばし。両足も曲げずにピンと伸ばし。腐葉土の上に寝そべり──転がった。我ながら凄まじい勢いで転がった。勢いを付けたのにも理由はあるがそれは後だ。

 そう、足を踏み入れれば体重は足の裏の小さな範囲に集中し、その分負荷も増す。腐葉土が沈み込まないようにするには、体重が掛かる範囲を増やして負荷を分散する必要がある。つまり横になって転がるのがベストだ。誰がどう言おうとベストなんだ。


 そうして全速力で転がり、あっという間に目当ての箱が近付いてきてこれ危ないなって思った──。


「げぇふっ!?」


 時、既に遅し。減速する事を忘れていた俺の脇腹に箱の角がめり込んで結構まずい声が出た。箱をオーバーランして二回転、腐葉土の上で少し呼吸を整える事に集中する。脇腹……(えぐ)れてないよな?


「えっと……リュウトさん? ちょっと震えてる気がするけど、大丈夫?」


「……だ、大丈夫。ほら箱も手に入ったし」


 可能な限り迅速に回復して、箱を掴んで再び転がり帰還する。と、何故かアリスが腐葉土の上に仰向けに寝転がっていた。


「……アリスさん、何してんの?」


「ふぇ? えっと……何だかフカフカしてたし、こうしたら気持ち良いかなって思って……でも落ち着くよ、リュウトさんもする?」


 まぁ、うん。確かにフカフカしてるし、寝転がれば快適なのも分かる気はする。ただ、それは危険なんだよアリス。


「あー……アリス。腐葉土が、木の葉が積み重なって自然に発酵して出来上がるのは知ってるよな」


「んー? うん、知ってるよー」


 そっか、知ってるのか。


「栄養豊富なんだよな、腐葉土って」


「そうだねー」


 うん、だからさ。


「……自然の中で出来た腐葉土の中には、()()()()()()()()()()()()()()


「えっ……ぴぇぇえええ!?」


 俺の指摘を待っていたとばかり、這い出たダンゴムシやムカデやミミズの集団にアリスが慌てて飛び上がった。俺が腐葉土の上を転がる時になるべく速度を保とうとしていたのも、どれだけ虫がいるか分からなかったからだったりする。


「えっ、あの、ふぇ、つい、付いてない? 何もいない!? ねぇリュウトさん何もいない!?」


 自分の尾を追う子犬のように、クルクルと回りながら俺に訴えるアリス。動いていたら確認出来ないと落ち着かせ、服に付いた木の葉をポンポンと払う。


「大丈夫、何もいないよ。俺のほうも見てくれるか?」


「良かったぁ……じゃあリュウトさん、後ろ向いて……ぁぅ」


 背中を向けた瞬間、硬直するアリス。何故か、一歩二歩と離れていく音がする。


「……? アリス、どうした?」


「あの……リュウトさん。背中にね」


 背中に? ほほう、成る程。さては虫が多めに付いてるとか、そういうのだな? まぁね、なるべく虫が付かないようにと思って急いで転がったりしたけど、仮に付いてたからと言ってそんなに動じるような男じゃないさ。


「その……一匹」


 え、一匹? 単体? ハッハッハ、たった一匹の虫でそこまで怯えるなんて、アリスったら可愛い奴め。たった一匹の虫なんて、毒でも無い限り何も怖くないって──。


「……彩り鮮やかな、凄く大きいムカデが」


「ヒトサシオニムカデじゃん馬鹿ぁぁあああ!?」


 音速で上着を脱いでバッサバッサと振り払う。猛毒だった。名の如く「一刺しで仕留める」レベルの、そこら辺の魔物よりも真性でヤバい奴が背中に付いてた。あれ? そう考えたら『百足(むかで)』の名前の由来、コイツなんじゃないの? と今その冴え必要ですかと問いたくなる発想が浮かぶくらい無駄に冷静な瞬間が訪れるタイプの恐怖で背中がゾワゾワする。


「はー、ひー。あ、危なかった。こんな平和な依頼で死と隣り合わせになるなんて思ってないんだよこっちは……」


 俺の剣幕を見て更に離れ、今や木の陰から顔だけだしてこちらを(うかが)っていたアリスにもう何もいないよな、と念押しして、まずは箱を持ってこの場から離れる事にした。


 ──やっぱり妙だ、という感覚を伴って。





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