『蠍』の巣(1)
どうも、睡眠時間がどんどん減っていく気しかしない春間夏です
投稿速度を上げる為に短くしてみました。試験的に続けてみて、調子が良かったらこのスタイルで書いて行きたいと思います
では後書きまで
「ハァ……退屈ね」
たった一人、溜め息と共に吐き出した呟きが小さく反響する。
「久々の完全な一人、師匠の追跡を断ち切る為には仕方の無い事だけれど。ただ静寂に満ちる空間って、こんなにつまらない物だったかしら」
この数ヶ月、身の回りの雑務を任せていた男も置いてきた──否、片付けてきた。
指示に忠実、作業も的確な有能な人材だったが、暗殺者が足取りを消す為には障害にしかならない。
最終的に身を隠したこの場所に関しては、その男も知らないのだが。万が一さえ潰す為には躊躇う理由も無い。
「師匠も、この場所に勘付くまでは時間が掛かるだろうし、暫くは安全でしょうけど。本当の意味でリラックスするのは難しいわね。あぁ、もどかしい」
いつか三人の賊を始末した時に座っていた物と同型の椅子に背を預け、疎ましそうに息を漏らす。
他にも、特に気に入っている蒐集品はこの場所に持ち込んだ。大きな物は諦めてそのまま置いてきた。
「まぁ、師匠は私が集めた物に良くも悪くも興味が無いから。それを見たとしても何もしないでしょう。あぁ、でも盗賊は例外かしら……仕方無いわね。興味が薄れてきた物を残してきたのだし、そこは諦めないと」
僅かな未練を断ち切り、手に持っていたペンダントを目の前まで持ち上げてゆっくりと眺める。
「今はこれがあれば満足。唯一無二、本当の意味で二つとある筈が無い、至宝と呼んで差し支えない逸品だもの」
そう呟いたまま、本当に飽きる事が無いように。
『蠍』は、そのペンダントを眺め続けていた。
*
結局、フィリンダ周辺で『蠍』と思しき人物の目撃情報は得られなかった。
そして翌朝、俺とレイジ、ルイスの三人はグランサス行きの馬車に揺られていた。
「悪いな、ルイス。依頼者に協力して貰うのも情けない話にはなるんだけど」
「……ん? うん、大丈夫。朝ご飯は、食べた」
「うん、会話が成立しない程度に夢の中か」
俺のツッコミには最早反応せず、レイジの右肩に頭を預けて眠るルイス。その様子を眺めて、俺はしみじみとレイジに向かって呟いた。
「……何つぅか、やっぱ違和感あるな。お前、本当にレイジか?」
「何だ、忘れたなら思い出させてやろうか?」
即答し、左手で俺の眉間に狼皇の銃口を向けるレイジ。あ、本物だ。
「いや、だからこそだけどな。そうやって、大人しくルイスの枕になってるのが不思議だ」
「……俺もよく分からん。が、鬱陶しければ起こす。そうじゃないから寝かせておく。それだけの話だ」
「……成る程、そんなもんか。まぁ、そんな風に思う時点で変わったよな、お前も」
「知るか。悪いが自覚は無い」
舌打ちしながら俺から視線を外すレイジに、嘘吐け、と内心思ったが。悪い変化じゃないなら別に構わないか、と口には出さない事にした。
そのまま、グランサスに何事も無く着き。
まだ意識が夢の中に半身浴しているルイスを支える(抱える?)レイジと共に、竜鱗城の謁見の間に入る。
「お、来たね。それと、そうして連れてきたという事は、その子がルイスかな?」
自分の名前を呼ばれた事にピクリと反応したルイスは、「一応、一番偉い奴だ。挨拶しておけ」とレイジに促されてポテポテと眠そうな足取りで前に出る。
良いのか、その紹介で。仮にも王だぞランファード。あ、「仮にも」とか使っちゃってる時点で同じか。じゃあ良いや。
「ん、と。ルイス・フラッドライア……です。……よろしく」
「あぁ。このグランサスで、王様をやっているランファード・アルヴィレートだ。よろしく、ルイス」
ルイスに自己紹介を返してから、ランファードは改めてルイスを眺めて「ふむ」と小さく唸った。
「……しかし、フラッドライア、か。やはり、君が当代のルイス、という事だね」
「…………ん」
「あぁ、そう警戒しなくて良いよ。だからどうする、というわけでもない。ただ確認しておきたかっただけの話だからね──グランサスへようこそ、ルイス。歓迎するよ」
「……ん。ありがと、王様」
……ん? 当代? ……んん?
俺は詳細を知らないやり取りを終えて、ルイスはレイジの隣へ戻った。
何だったんだ、今の会話の内容。気になるのは確かだけど……まぁ、恐らく今は掘り下げるタイミングじゃないんだろう。そう切り替えて、俺は本題に移る事にした。
「で、だ。問題は、どうやって『蠍』を追跡するかだ。ルイス、本当に『蠍』の魔力を判別して追えるのか?」
「……大丈夫。他の人に移った匂いだけで、分かるくらい。『蠍』って人の魔力、独特」
俺の問いへのルイスの返答に、ランファードは「ほぅ」と息を漏らした。
「本当に、魔力の質の違いを匂いとして感じ取る事が出来るのか……やはり、一つの才能として評価するべきだね」
「……ども。うーん、と」
ルイスは、何かに迷うように首を傾げた。
「王様の、魔力は……何か、混ざってる? カレー、みたい」
絶妙と微妙の極限的中間点みたいなルイスの分析に、ランファードはどう反応すべきかと苦笑した。
「……ハハッ。カレーみたい、か。言い得て妙かも知れないが、マズイな。じわじわとツボに入ってきたみたいだ」
「コクと、深みの……フォンドボー入り?」
「フォン……あーもう駄目だ、笑うよこれ。大波が来るよ飲み込まれるよ。リュウト、ちょっと笑いの防波堤を突貫工事で作れないかい?」
「え、お前からカレイ臭がするのがそんなに面白いか?」
「よし、波が止まった。謝礼としてこの拳で君の横隔膜を痙攣させてあげるから近う寄れ」
「変換してやった怒りの波まで俺にぶつけようとすんなよ」
多少の欠陥は突貫工事に付き物だろ、セルフコントロールの努力しようぜ王様。
手招きをするランファードから視線を逸らさず一歩後退する、「ある日森の中クマさんに出会った(リアル)」スタイルを行使する俺。
その流れを意に介さず、ルイスはマイペースに「でも」と首を傾げながら呟いた。
「……『蠍』の魔力の匂い。ここに、来るまでに……ちょっと、したよ?」
その言葉に、俺もランファードも動きを止めてルイスを見る。ルイスの言葉の詳細を探る為、隣に立つレイジが問い掛ける。
「ここに来るまで……グランサスへの道中か? 確か、殆ど眠っていたと思うが」
ルイスは、ゆっくりと首を横に振る。
「違う……着いてから、お城に、来るまでの、間」
「──っ!!」
俺とレイジ、ランファードの顔にさえ一瞬の緊張が走った。
着いてから、竜鱗城に来るまでの間。つまり。
グランサスの、中だ。
「それは、火蜥蜴から感じたような、『蠍』と接触した誰かに残ったような匂いか?」
成る程、と思った。可能性が高いのはそちらの方だ。何せグランサスは大都市だ、馬車を下りてから城まで歩く間に果たして何人居たか数える気にもならない。その中に、『蠍』と──知っていたかどうかは別として──接点があった人物が混ざっている可能性はある。
その辺は流石にレイジか、と思っていた。
「……ここは、人が、多いから。ちょっと付いただけの魔力じゃ、紛れちゃう」
だが、ルイスの答えはその予測を上回った。
その程度じゃ、人混みの中では嗅ぎ分けられない、と。
つまり。
あぁ、つまり。
「──つまりぃ。『蠍』は今ぁ、グランサスの中に隠れているって事なのぉ」
「何っ……は? え?」
間延びした、ふんわり、ほんわかした声。
聞き馴染んだ、しかし、ここに居る筈が無い人の声で語られた結論に、俺は「まさか」という感情を拭えないままで呟く。
「──フィルニア、さん?」
「はぁい、正解なのぉ。パチパチぃ」
小さな手で拍手をしながら、まるで『匿名情報』のように柱の陰から姿を現したのは、やはり。
フィリンダでデルファンと共に肉屋を営む、外見幼過ぎ妻……フィルニアさんだった。
全くいつも通りに、天使そのままみたいな笑顔でこちらに二歩、三歩と歩み寄るフィルニアさんに、ランファードは「ふむ」と腕を組んだ。
「これは、珍しいお客様だ。どうやってこの謁見の間に入ったのかな?」
「ランファード陛下におかれましてはぁ、ご壮健そうで何よりですぅ。でもぉ、それは企業秘密なのぉ。ごめんなさい、なのぉ」
紺のワンピースの裾を摘み、恭しく挨拶をしつつも侵入方法はシークレットと断言するフィルニアさん。
そもそも、この場に居るのは俺、レイジ、ランファード、ルイス。
ルイスはともかく、三人は気配には常人の何倍も鋭敏に感覚を鍛えられている。にも関わらず、誰もフィルニアさんの存在に気付けなかった。
そう考えていると、ルイスが不思議そうに呟いた。
「……? 匂い、しなかった。何で?」
「……え?」
そうか、ルイスの魔力感知神経……気配は読めなくても、魔力で誰が居るかを判別出来る。
そのルイスが、匂いを感じなかった? つまり、フィルニアさんの気配はおろか、魔力さえ感じ取れなかったって事か?
「ごめんねぇ、ルイスちゃん。魔力も絶対に感知されないようにぃ、しっかり抑え込んでたからぁ。昔取った杵柄、みたいな物なのぉ」
いや、そんな「昔サーカスやってたから今でもバク宙出来ますよ」みたいなノリで言われても。気配も魔力も完全に抑え込むとかどこで必要だったんですか、と聞いて良いのかどうか迷っていると。
「──流石はフィルニア様。長く戦場から離れていても、その力に衰えは見えませんな」
ついさっき自らのお株をフィルニアさんに奪われた『匿名情報』が、姿を現した。
「そういう『匿名情報』はぁ、ちょっと、慎重になり過ぎたのぉ? 例え暗殺者でもぉ、木を隠すなら森の中の原則は変わらないのぉ。結局ぅ、人が目立たずにいられるのは街の中、なのぉ」
「何の反論も出来ませんな。外ばかりで『蠍』の痕跡を探していたが故、肝心な場所に目を通していなかったわけですから」
「男の暗殺者ならぁ、洞窟とかを根城にするのはロマン、みたいな考え方もあるけどぉ……女の場合はぁ、もう少し過ごしやすさも考えるからぁ」
「成る程、そういった見方が。まだまだ修行不足でございますね」
道端の世間話みたいなトーンで物騒な話をするフィルニアさんと『匿名情報』だが、そもそも『匿名情報』が発した第一声が気になって仕方無い俺は恐る恐る問い掛けた。
「えーっと、『匿名情報』さん? 今、フィルニアさんが戦場に居たフラグ立ててませんでした?」
俺の質問に、『匿名情報』は「おっと」と気まずそうに体を縮めた。
「これは申し訳ありません。フィルニア様に確認もせず、不用意な発言でございました」
『匿名情報』の謝罪に、フィルニアさんは不釣り合いにフワフワと笑う。
「ん〜? 別に構わないのぉ。話す機会が無いから話してないだけでぇ、隠しておきたい事でもないからぁ」
そう言うと、自らその言葉を証明するようにフィルニアさんは過去の身分を明らかにした。
「私ねぇ、デルちゃんと一緒にフィリンダに来る前はぁ、傭兵だったのぉ。大陸の西側ではぁ、ちょっとだけ有名だったんだよぉ?」
フィルニアさんの言葉に、俺・レイジ・ランファードの肩がピクリと震えた。
大陸の西側──かつて数多の傭兵団が覇権を争い、一〇年もの闘争を繰り広げた地域だ。そこで傭兵として過ごしていたのなら、気配の消し方に長けているのも納得は出来る。
……つぅか、まさかデルファンも傭兵出身か? 妙に隙の無い構えはそれ由来なのか?
まぁ、俺たちがフィルニアさんの言葉に反応した理由は他にもあるけど……今はそれに関しては掘り下げていく必要も無い。
そんな風に考えていると、『匿名情報』が低く笑いながら情報を補足した。
「話して構わない、という事であれば。フィルニア様は、ただの傭兵ではありませんでした。例え傭兵であろうと、無益な殺生や理不尽な行いを繰り返す不義の者をその手で裁く傭兵殺し──」
その小柄な外見。俊敏な動作。的確に首を斬り落とす制裁方法。
それらを統合して──と、『匿名情報』は演劇のカーテンコールを仕切る進行役のようにフィルニアさんを手で指し示しながら紹介を締めた。
「──『首狩兎』。それが、フィルニア・マルダニス様の通り名でございます」
そして、それに合わせるようにゆっくりとお辞儀をしてから、フィルニアさんは顔の前でぺち、と手を合わせた。
「ただしぃ、今回は案内役なのぉ。『蠍』が身を隠している場所には見当を付けておいたからぁ、そこまで連れていくのぉ」




