追跡方法如何して(2)
「…………は?」
「正確には、隠れ家と思しき場所や、何者かが短期間でも潜伏した痕跡が残っている場所も含んだ数字でございます……が。その内の幾つが『蠍』の隠れ家なのか、直近まで潜伏していたのがどの場所なのか。その肝心な部分を突き止めるに足る確証が見付からないのも、また確かでございまして」
「えっと、つまり、何だ?」
「とても簡潔に言えば、派手な事をしてるくせに『蠍』の用心深さマジ半端ねぇ、でございます」
「……そりゃ、『百足』も足取りを追えなくなるわけだな」
これまでに『匿名情報』が探った八〇ヶ所の内、もしも『蠍』が使っていたのが一〇分の一の八ヶ所だったとしても隠れ家の数としては多い方だろう。
その隠れ家同士に距離があり、更にその数が二桁に届くとしたら──考えただけでも嫌になる。
「……『匿名情報』でさえ居所が掴めない、か。こりゃ、いよいよ厳しくなってきたな」
「そのようだね──残念ながら手段を選んでいる場合ではないようだ。どうやら、選んだ手段を最善に導くしかないね、レイジ」
俺とランファードの言葉にレイジは溜め息を吐き、舌打ちもセットにして呟く。
「わざわざ言われなくても分かっている。俺はフィリンダに戻ってルイスに事情を話すが……リュウト、お前はどうする? そうか、一人で『蠍』の隠れ家巡礼ツアーか」
「今、たった一言も喋ってねぇよな? 俺も一旦フィリンダに戻るに決まってるだろ」
今後の行動をしれっと決め付けようとしたレイジを睨み付けながら、俺も一時帰宅を宣言した。
だって、ほら。グランサスに四日くらい居るし。そろそろアリスに会いたくなってくるじゃん。頼むから帰らせろ。
「……恋人と依頼主、どちらが大事なんだお前」
「ふっぐ!? いや、そういうわけじゃねぇし! 公私混同なんてしてませんよ、別にフィリンダ周辺には『蠍』の居所ノーヒントとは限らないだろ情報収集も兼ねての結論だよ! はい論破!!」
俺の渾身の後付け理論に、レイジは一秒未満の思考で詰めの一手を高らかに打った。
「それ、俺だけでも事足りると思わないか?」
「帰らせてくれよ! 声だけじゃ物足りなくなる時だってあるんだよそんな時ばっかだよ手料理食べたいんだよバーカバーカ!!」
「リュウトさん……そこまでアリスを大切に想ってくれていたのですね」
「親御さんの前であった!!」
わざとらしく涙を拭う真似をしながらしみじみと呟くレナードに、膝から崩れ落ちるしかない俺であった。
……色々な意味で帰りたい。
*
心のダメージを残したまま、それから五時間。
一五時を過ぎた頃、俺とレイジはフィリンダに到着した。
「さて、俺は仲介所に顔を出してから家に戻る。お前は……好きにしろ」
「雑だなオイ。まぁ、言われなくても。グランサスに戻るのは明日って事で良いんだよな?」
「あぁ。この後グランサスに戻っても大した事は出来ないだろう。お前が言い訳で使った通り、今日はこの周辺で情報収集をするのが賢明だろうな」
「理に適っていた時くらい素直に認められんかね」
何で常に一言足すんだよ。人を傷付けずにいられない世代なのか? いや同世代だろうが。
俺の反論に、レイジは肩を竦めただけで仲介所に向かって歩き去っていった。
まぁ、一言多かろうと認められてる事には変わりないから別に良いんだけどさ。昔からああいう奴だし。
「じゃ、何はともあれ……帰ろうかな」
ほら、情報収集なら今よりは夕方近くの方が人も出て来るし。効率の問題だよ、効率の。
そう結論付けて、俺は我が家への最短距離を辛うじて走っていない程度の速度で歩く。途中、見知った面々がすれ違う俺を見て「移動姿勢と速度の齟齬が酷くね?」と呟いていたけど気にしない。
普通に歩けば三分程度の道程を、一分掛かったかどうかで走破して……いや、走ってないから歩破か? 聞いた事無いけど。ともかく、自宅に着いた所で……あ。そう言えば今回も、帰るってアリスに連絡してないな、と気付く。
まぁ、この前はルイスを連れた状態だったからこそのプチ修羅場だ。何かを誤解する要因が一つも無い今回は、何を不安に思う必要も無いだろうと判断して、ドアノブを捻った。
「ただいま……っと、キッチンには居ないか。玄関の鍵は開いてたから、リビングかアリスの部屋だな」
大声で呼んで慌てさせるのも申し訳無いので、とりあえずリビングを覗く……うん、居ない。
目立った物音がしないから、掃除の最中ではないらしいけど、前みたいに昼寝かな。だとしたら俺のベッドを使ってる可能性も捨て切れなくなってくる。
寝ている場合を考慮して、ゆっくりと階段を上がり。まず、アリスの部屋をそっと覗いてみようとして、「いや、それは流石にどうなんだろう」と思い直した俺は、控え目にだがノックしてみた。
……反応無し。やっぱり寝てるのか?
ちょっと様子だけ見てみよう、と。そっと部屋のドアを押し開ける。
アリスは、寝ているわけではなかった。
姿見の前に立って、何か試行錯誤しながら長い髪を頭の左横で纏めて、見覚えのある青いリボンで縛り。
何度かつける場所を変えて、やはり左側の前髪に見覚えのあるヘアピンを留めて。
つまり、俺が贈ったリボンとヘアピンを試着して、姿見でその仕上がりを確認して。
「……えへへぇ」
ふにゃ、と。
幸せそうに笑っていた。
──可愛過ぎるだろぉぉぉおおお!!
その一連の仕草があまりにも形容し難い尊さに溢れていたので、思わず横の壁に拳か頭をめり込ませそうになった。ギリギリで抑えたけど。
よーし、落ち着こう。とりあえず起きていたわけだし、そう、ここは普通に帰宅の報告だ。
深呼吸を繰り返してから、俺は努めていつも通りの装いで改めて部屋のドアをノックした。
「アリス、ただいま」
俺の声に、肩をピクッ、と震わせ。
アリスは嬉しそうに振り返り。
「あっ、リュウトさん! お帰りなさ、い……」
そう、いつものように出迎えようとして。
笑顔のまま、ついさっきまで自分が何をしていたかを思い出して。
笑顔から、徐々に顔のパーツが羞恥でぐにゃぐにゃになり始めて。
「……ぁ、えと、これは、その」
……あー、そう言えば。本来ならプロポーズの時に拵えるような素材だから、身につけるのに覚悟が必要とか呟いてたような。
だから誰にも見られない場所で試しにつけてみたタイミングで、不意に帰宅した俺に見られてしまったわけだ……となると、ここで俺が取るべき行動は一つ。全力フォローだ!!
「良かった。想像以上に似合ってるぞ、アリス」
「〜っ……ぁ、ぁぅ……ぴぎゅぅ〜」
何かの小動物とコミュニケーションを取れそうな声を上げながら、アリスはベッドに飛び込んで掛け布団に包まってしまった。
……あれ、失敗したかな。どうしよう。
「……えっと、アリス? 大丈夫か?」
「ち、ちょっと、色々な事が起こって分かんなくなっちゃっただけ……」
暫しそのままで「うぅ〜」と唸っていたアリスだったが、三〇秒くらい経ってから「ちょっと落ち着いた」と掛け布団から出てきた。
「リュウトさん。そのぅ……いつから見てた?」
「……あ──。それ、正直に、だよな」
「……うん」
「でっすよねー……ごめんなさい、試着完了して天使みたいな笑顔浮かべてた所から見てました」
「あ〜ぅ〜……あぁ〜うぅ〜」
やはり、一番見られたくなかった場面だったのか。改めて布団ダイブはしないものの、顔を真っ赤にして警報みたいに同じ言葉を繰り返すアリス。これ正直に言わないのが正解だったんじゃないんですかね、と冷や汗を流す俺に、アリスは何かを諦めたように溜め息を吐いた。
「……何だか、ある意味、一番恥ずかしい瞬間をリュウトさんに見られちゃったし。開き直って、耐性付いたかも。これからは大事にしながらいっぱい使う」
「お、おぅ。荒療治的なアレか。まぁ、使ってくれるのは嬉しいから歓迎するけど」
「うん……あ、えっと。お仕事、どう?」
「ん? あぁ、そうだな」
俺が帰ってきた事の意味を思い出したのか、そう訊ねるアリスにこれまでの流れを話していく。
「う〜ん。それじゃ、明日にはまたグランサスに行く事になるんだね」
「あぁ、ルイスのペンダントに関してもれっきとした依頼だからな。まぁ、それも解決すればやっと一段落だ。その為にも気合を入れ直さないとな」
「うん。私に、出来る事ある?」
アリスの申し出に、俺は少しだけ考えてから苦笑した。
「いつも通りで申し訳無い。とびっきりに美味い料理、頼めるか?」
「えっと。本当にいつも通りだけど、良いの?」
「だからこそ、かな。離れてみると、いつも通りが何よりも恋しくなるって言うか……アリスが傍に居てくれる時間が、何よりもおれの力になってくれるみたいなんだ。だから、あえて特別な事をする必要は無いってだけで、全力で頼らせて貰ってるから」
「……うん、分かった。じゃあ、全力でご飯作る!」
そう請け負ってくれたアリスの頭をくしゃくしゃと撫でると、「えへへ」と微笑む。
あー、約四日ぶりのアリスはヤバい。基本的にオッサンと暗殺者としか絡んでなかったからこの天使感は中毒性マシマシですわー、と脳みそが砂になって鼻から流れ落ちてそうな事を考えていると、癒しの爆心地であるアリスから「あ」と声が上がった。
「あの、リュウトさん。お買い物に行きたいんだけど、良い?」
「あぁ、勿論。ついでに世間話がてら、『蠍』に繋がる情報が無いか調べてみたいしな」
──と、いうわけで。
アリスと一緒に仲介所前の商店通りで買い出しをしながら、『蠍』の手掛かり──この周辺で馴染みの無い人物の目撃情報を聞き込んでみる。
が、アリスがつけたヘアピン及びリボンに対しての冷やかしは豊富でも、欲しい情報は出てこない。
その状況が続く中、最後に立ち寄ったのは──まぁ、肉屋だった。
「デルファンさん、今日のおススメは何ですか?」
「おぅ、アリスちゃん……と? リュウトじゃねぇか、久々に顔を見た気がするな」
「まぁな、依頼の都合でグランサスに缶詰めだったんだ……で? 髭デルファン、おススメは?」
「今ここでお前の中落ちを作ってやろうか」
オイオイ、右手のハンドリングだけで包丁をヒュンヒュン鳴らすなよ。超怖ぇから。
「冗談はともかく、だ。最近、フィリンダ周辺に馴染みが無い女を見たりしてないか?」
「あん? 何だよ、グランサスで引っ掛けた女にでも追い掛けられてんのか? 嫁と買い物に来ながら何て事聞いてんだお前」
「オイぼんじり、残ってるかすら分からねぇ頭の毛根を剣山で刺激してやろうか」
「だれが鶏の尾骨回りだテメェ……そうだな。商売柄、人の顔を見分ける自信はある方だけどよぉ? 特に心当たりは無ぇなぁ……どんな女だ?」
そう聞かれてしまうと、こちらも具体的に答えられないのが歯痒い所だ。
「正直、外見の特徴は分からねぇ。ただ、もしかすると……大きな鋏を持ってるかも」
「ますます、だな。そんな悪目立ちする女に見覚えは無ぇよ。ほらよ、今日のおススメだ。ぼんじりも入れてやったぞ感謝しろ」
「うっわ、表面の脂ぎった感じがマジデルファン」
「…………」
ガチャッ。
「無言で牛一頭解体する時にしか使わなそうな特注包丁取り出すなよ!? 逃げるぞアリス、あの目はマジだ!!」
「ふえぇ!? あっ、お金、ちょうど置いていきますね!」
とりあえずアリスの腕を掴んで、全力ダッシュで買い出しを強制終了した。
*
リュウトとアリスが走り去った後。特注包丁を店内の壁に掛け直してから、デルファンは神妙な顔で呟いた。
「──大きな鋏を持った女……『蠍』、か」
リュウトが口に出していなかったその名に、店の奥で作業をしていたフィルニアがピクリ、と反応した。
「……ふぅん。そっかぁ」
独り言のように呟き、フィルニアは左手に持っていた包丁を置いて店のエプロンを外した。
そして、棚の中から鞘に入った短剣を取り出すと、ベルトの金具に固定して、短剣が腰の位置に来るようにベルトを締めた──短剣の柄を右側に向けて。
そしてデルファンに、店から足を踏み出しながらいつものようにこう頼んだ。
「デルちゃん。ちょっと出掛けてくるからぁ、お留守番をお願いするのぉ」
仕事へのモチベが低いのでこっちで頑張ります。頑張りたい。頑張って続き書きます。
では、盆が過ぎる前に……書けたら良いなぁ




