謎、重く深く(2)
「……は?」
「……はぁ?」
おぉ、まさかレイジと『匿名情報』のリアクションが一致するとは。
「まぁ、ここからはマジで推測の域を出ないけどな。手を組むっていうか、何らかの理由で手を貸すって方が近いか? そういう事ってあったりするのか?」
「つまり、『蠍』と『百足』が組んでいる……そう言いたいのか、リュウト。それは幾ら何でも厄介過ぎるが」
呆れ顔のレイジに「だから推測だって言ったろ」と反論したが、自分で言っといて厄介な事この上無い。
「村人殺しの犯人が『百足』だとして、その動機は? 暗殺者だって快楽殺人者ってわけじゃないだろうし、気分だけで村一つ殺し尽くすってのは違和感が残るだろ。だとしたら第三者の思惑が絡んでいる筈。なら、これまでの登場人物の中でその第三者としての最有力候補は?」
「──鋏の女。その正体がもしも『蠍』であるならば、暗殺者が暗殺者の露払いを引き受けた事になる、か」
「まぁ、そういう推測なわけだ。それで、どうなんだ『匿名情報』。そんな可能性はあったりするのか?」
俺の問いに、『匿名情報』は暫し黙考する。頭の中で様々な可能性を吟味していたのだろうその沈黙を経て、最後に何故か俺の顔を見た(気がした。仮面で視線は読めないけど)。
「まぁ、完全に有り得ない事ではないでしょう。暗殺者も人間、感情が思惑に関与する場合もあります。そもそも、女性に対しては無条件で力を貸してしまうようなお人好しも存在するわけでございますし」
「そうだな、確かに。女性と見るや首も手も突っ込むような奴もここに居るしな」
「オーケー、俺は二対一でも構わんぞ?」
台詞と視線で(特にレイジの方から)馬鹿にされた気配を感じて、喧嘩を売る姿勢で牽制してみる。
「そうか、体を動かしたいなら付き合ってやろう──動かなくなるまでな」
「ふむ、ここは場の流れに乗るべきでございましょう」
「待てコラ乗るな特に『匿名情報』! ツッコミの一種だと分かっているだろうに!!」
「え、本気だろう?」
「え、本気でしょう?」
「こんな時だけ真に受けんなや!!」
まさかこんな形で声を荒げる事になるとは思ってなかった。何なんだよ、さっきまで真面目な時間の流れだったろ。ボケの舵取りが急過ぎて馬車だったら荷台が三回転半するぞ。横に。
「……冗談はともかく、可能性だけなら充分に。更に言えば、『百足』は暗殺者としての経歴は非常に浅いので。師弟関係のような状態も考えられますが」
「つまり、『蠍』から暗殺者としてのノウハウを吸収してるって事か?」
「はい。単独での活動が基本と思われがちな暗殺者ですが、師弟関係自体はそう珍しくはありません。ただし、『百足』の情報が頻繁に出回り始めたのはこの一ヶ月以内でございます。実際に暗殺者として活動を始めたのがいつからか、という事に関しては分かりませんが、たった一ヶ月で情報屋の耳に名が届くだけの存在になった……当人の実力も充分に脅威足り得るかと」
確かに、一般職でも新人に教育係が割り当てられるのが普通なのだ。裏稼業の中でも特別特殊な技能が求められる暗殺者なら、その基礎を教えるくらいの事はあっても不思議じゃない。
「まぁ、今はまだ全部推測だしな。そういう『最悪』もあり得るって事で考えておこう。ところで、『蠍』の潜伏先は何か情報を掴めたのか?」
「そちらも芳しくありません。どうにも痕跡を消す技術が相当高いようでして。やはり一流の暗殺者に探りを入れるのは骨が折れます」
「そっか。まぁ、『匿名情報』としてのプライドもあるだろうけど、あんまり無理はすんなよ。骨が折れるくらいならともかく、首を取られたら笑えねぇからな」
念の為に忠告すると、『匿名情報』は俺の方を見て低い声で笑う。
「ランファード殿にも、散々釘を刺されておりますので。そもそも、首を取られかねない相手と正面からぶつかるであろうリュウト殿こそ、用心しておくべきだと思いますが」
「……だよなぁ」
「そうそう。首を取られる、で思い出しましたが」
もっともなカウンターに反論出来ず苦笑していると、ふと『匿名情報』がそんな言葉を切り出した。
「今日の昼頃、フィリンダの南南西およそ五キロの距離にある森林地帯で、三人の男性の遺体が発見されました。全員、頭部を切断された状態だったそうですが……身体的特徴や服装から判断すると、どうやらリュウト殿が成敗した三人の賊と同一人物のようでございます」
「……は? 賊って、ルイスと初めて会った時にボコった三人か?」
確かに、あの草原に転がしたまま放置していたけど。その後どんな経緯を辿ったらそんな末路を迎えるんだよ。
「あくまで私の見立てでございますが……ペンダントを盗んだ実行犯と見破られ、通りすがりのリュウト殿に叩きのめされた。それだけの失態を晒した上で、のこのこと雇い主である『蠍』のアジトを訪ねたと仮定すると」
「尾行の可能性も考慮出来ない間抜けさに呆れられ、処刑された……か?」
レイジが横から呟いた推測に、『匿名情報』は頷いて同意を示す。
「更に、やはり適当にアジトの周辺に遺体を遺棄するような手抜きはしないのが『蠍』でございます。ここまでの推測が正しいなら、『百足』を使ってアジトを嗅ぎ付けられない場所に棄てさせたのでしょう」
「……何つぅか、まともに『闇』だな」
「本来、暗殺者とはかくあるべき者でございます。最初に相対したのが『梟』というイレギュラーだったが故に、そう感じてしまうのでしょう」
「まぁ、それもそうか」
「あぁ、肝心な事を失念していました」
唐突に話の流れを切り替えるように、『匿名情報』はそう言いながら手を打ち合わせた。
「ランファード殿から、リュウト殿の進捗を確認してくるよう頼まれていたのでした」
「……情報屋だったのは知ってるけどよ、いつからメッセンジャー始めたのお前」
「何せ、関わる人間を極力増やすべきではない案件でございますので。そうなれば、全て内輪で済ませるのが最善である、と」
「それもそうか。いや、だとしても持ち帰って一日しか経ってねぇんだぞ? 目安は一週間後ってレナードも言ってただろうが」
「ランファード殿曰く、『リュウトの場合、覚える事をさっさと覚えて余った日数サボるとか超やりそうだからね』……と」
「野郎」
シンプルに王様に言っちゃいけないツッコミを吐いて、俺はやれやれと頭を抱える。
「ランファード『だけ』からの依頼ならそれも考えるけどな。今回はどっちかと言えばレナード主体の依頼だぞ? 真面目にやるっつぅの」
「ほぅ、やはり未来の義父に良い印象を与えておきたいと」
「レイジ、横槍のタイミングが的確過ぎて俺の脇腹がボロボロなんだが」
もう刺さる場所無いよ。穂先がぶつかってカチャカチャ鳴ってるよ。
「とりあえず、なるべく早く済ませるから急かすなボケ、って伝えといてくれ」
「はい、一字一句違える事無く」
これで用件は終わったと、闇に溶け込み消えようとする『匿名情報』。その姿を何となく見送ろうとして、俺はふと気付いて呼び止める。
「あ、おい『匿名情報』。考えてみたら、お前に一回も情報料を払ってないんだけど」
「……あぁ、その事でしたら」
消えそうになった姿を再び現し、『匿名情報』は低く笑った。
「正式な形で呼ばれた最初の一度はサービスとさせていただきました。そして、その後は私の方から訪ねるか、会話に途中参加したかのどちらかですので。『雑談』に情報料など存在しません──それでは」
そう言い切って、『匿名情報』は今度こそ立ち去ってしまった。再びレイジと二人になってから、俺は小さく呟いた。
「サービス受け過ぎなのは逆に怖いんだけど。後でとんでもない跳ね返りが待ってないだろうな」
「気のせいか? お前の人生、割とそんなのばかりだと思うが」
「おい、人生って言ったか? 今しれっと未来まで一緒に括ったか? なぁ?」
これからの方向性に改善無しと宣言された事に抗議するも、レイジは「そんな事より」と無かった事にした。おのれ。
「ルイスのペンダントに絡む情報は、俺も調べを進める。お前はとりあえず、やるべき事に集中しろ」
「言われなくても。こんなに厄介な役回り、俺だってさっさと終わらせたいに決まってるだろうが」
俺の溜め息に、レイジは「まぁ、今回ばかりは同情するが」と呟く。普段から俺に対して無茶振りの嵐を浴びせるこの男がそんな感想を漏らすあたり、今回の依頼がどれだけ無茶苦茶なのかが改めて伝わってくる。
「……そろそろ一時間は経つか。この辺りで切り上げないと、アリスに延滞料を請求されかねないな」
レイジの言葉で時間を確認すると、確かに家を出てからおよそ一時間が過ぎていた。そう言えば、太陽や月が動いた距離で時間経過は推測出来るとか言ってた気がする。だとしても誤差が小さ過ぎて引くが。
「帰るのは賛成だけど、そんなに底意地が悪いわけねぇだろ。お前なんかと一緒にすんな」
「シンプルなドブ掃除の仕事が余ってるんだが今からどうだ?」
「そういう所を言ってるんだよすみませんでした!!」
*
──その後、数日が過ぎた。
うん。大層ぶっちゃけてしまえば、この数日は一日の行動が殆ど同じだったので割愛させて貰った。
まぁ、時間感覚が狂うレベルでやっている事が変わらないという一種の拷問じみた状況がたまに嫌になって「ぬぁああ!」とか「ぶるぁぁぁあああぅ!!」とか叫ぶ事もあったけど……結構な頻度で、あったけど。
それでも乗り越えたとも。あぁ乗り越えたさ。アリスの頭を撫でて精神を落ち着かせたり、アリスの頭を撫でて癒されたり、アリスの頭を(中略)といった手法でな! アリスが居なかったら三日目で発狂して全力疾走でグランサスまで行って無茶振りをかましたレナードとランファードにワンパン食らわせる可能性もあったね! 今でもちょっとそんな気持ちあるからね!!
……ともかく、課されたノルマを達成した俺は再びグサンサスを訪れていた。竜鱗城の謁見の間で待つ事数分、いつも通りにラフな服装のランファードが現れた。
「やぁ、王様をボケ呼ばわりした不届き者じゃないか。断頭台の掃除は済んでいるが寄って逝くかい?」
「アホか。その程度で首が飛ぶなら今付いてる首が何個目かすら分からねぇだろ」
顔を合わせるなり、部屋に呼ぶ感覚で処刑勧告をしてくるランファードに暴言を重ねて反論する。……ホント、処刑されてもおかしくないんだけどな、普通なら。言われたランファードが「違いない」とヘラヘラ笑っているから助かっているだけなので、この辺は旧知の仲という特権だ。
「それにしても、本当に一週間以内で仕上げてくるとはね。七聖剣の頃はそこまで真面目ではなかったと思うが」
「こんな難題、いつまでも抱えてる方が体に悪いからな。ちょっと本気を出しただけだ」
「何だ、それなら完全に本気を出せば一週間も要らなかったわけか。僕の予想通り遊びを持たせていたわけだね、この不良は」
「これ以上無茶を言うつもりなら、一回殺せるかどうか試すぞマジで」
「ほぅ?」
「ゆっくり殺気で圧し潰そうとすんなよ王様」
不敵な笑みと同時に空間ごと圧迫するような殺気を向けてくるランファードに、「馬鹿やめろ馬鹿マジで馬鹿ごめんなさい」と目で訴える。
「ふむ、残念。久々に有意義な運動が出来るかと思ったんだが」
「それは残念だったな、いつまでも来ない次の機会にしてくれ」
溜め息と共に呟いてから、ここに居るべき人物がまだ姿を見せていない事に気付いてランファードに尋ねる。
「で、レナードはどうしたんだ? てっきり前と一緒で待ってるんだろうと思ったんだけど」
「ふむ、少し野暮用があると言っていたが。あぁ、噂をすればと言う奴かな」
俺の背後に視線を向けて呟くランファードにつられて振り返ると、何か考え込んでいるレナードがこちらに歩いてくる所だった。
「すみません、遅れてしまいました。お疲れ様です、リュウトさん」
「いや、それは構わねぇけど……何かあったのか?」
「……そうですね。今、リュウトさんに伝えるべき内容かどうかは判断しかねますが。アリスの誘拐に関わっていた二人を覚えていますか?」
「ん? えっと、確か……アーストと、オルゲイ、だったか?」
俺の答えに、レナードは「はい」と頷いた。
廃工場で『梟』に殺害されたのがアースト、その『梟』に夢之國工業が襲撃された時に死亡したのがオルゲイだった筈。
「けど、何で今更その二人の名前が?」
「……今回、肝心なのは一人だけです。武装開発部に所属していた、アースト・ウルスレイですが」
レナードは、こうして俺に語る直前になっても理解が出来ないと言いたげに首を傾げながら。
「──どうやら、死んでいないようです。少なくとも、あの廃工場の中では」
その不可解な事実を告げたのだった。
自分でも消化済みだった筈の要素を思い付きで伏線にしてしまうこの感じ、本当にいつも通りです。いつになったら本筋の話が進行するのか作者も知りません。…いや、進めるつもりはありますよ?
予告するまでもありませんが詰まります。…いや、進めるつもりはありますよ?




