そして再び相見え(3)
「さて、それじゃ今度こそアリスに連絡を取るか……ん?」
大通りに繋がる路地を歩きながら取り出した携帯電話に着信が入る。電話の主はレナードだった。
「もしもし、どうした義父さん」
「あぁ、リュウトさん。頼んでいたバックパックの性能テストはしていただけたのか、確認しておこうと思いまして」
「おい、本題に入る前に然るべきツッコミを入れてくれないか」
「はい? ……あぁ、すみません。発音があまりにスムーズだったので、そのまま飲み込んでしまいました。それでですね──」
「待て、そこで話の軸を戻したら飲み込んだままになってしまう! まだ喉の辺りで止まってるだろ、吐き出せホラ!」
「いえ、私の中では消化済みの案件ですが」
「そんなヨーグルト並みに胃に優しいジョークとして受け取ったんかい!?」
「え、次回予告では?」
「展開が早過ぎる!!」
とりあえず勝ち目が無いと確定したので、アリスとの婚約ジョークは二度と使うまいと心に決めてから、俺はレナードからの本題に戻る事にした。
「バックパックとしての性能は文句無しだ。ただ、畳み方の説明書が切実に欲しくなるな……どうして渡してくれなかったんだよ」
「渡せるわけがありませんよ。最も効率的な畳み方に関しては、我が社の開発班が絶賛模索中ですからね」
「待てコラ」
一企業のカリスマ社長に決して向けるべきではない暴言が飛び出したが、俺の感情を考えて貰えば一方的な非難は避けられるのではないか。
「つまりアレか、まともに畳めないという欠点は全くそのままに、しかもそれを俺に伝えずに性能テストをさせたわけか」
「まぁ、丁寧に畳まないと元に戻らないとは伝えたので、特に問題無いかと思いまして」
「大有りだ! 説明書が必要無いなら簡単に畳めるんだろうと思ってやってみれば、ただただゴワゴワになるだけだったから俺が不器用なのかと不安になっただろうが!」
「それはすみません。器用なリュウトさんなら、もしや有用な畳み方を見付けられるのではないかと」
「馬鹿にしたよな! 今、褒めるふりして『思ってたより不器用ですね』って言ったよなぁ!?」
「いえ、まさか」
「……ったく。話はそれだけか?」
「いえ、あと一つ」
その言葉が出た瞬間に、レナードの雰囲気が変わった。どうやらここからが正真正銘の本題らしいと判断して、俺も気持ちを切り替えて先を促す。
「どんな話だ?」
「実は例の件に関して、ある程度の進展がありました。確証が持て次第、リュウトさんに助力を願うと思います」
「……成る程な」
この場合の例の件とは、夢之國工業の武器を横流ししている人間に関する問題の事だ。内偵を始めてから一週間弱しか経ってない筈だが、やっぱりレナードは仕事が早い。
「最初に情報を持ち込んだのは俺だし、全面的に協力する。必要だと判断したら呼んでくれ」
「ありがとうございます、頼りにしていますよ。それでは、申し訳ありませんが仕事に戻らなければなりませんので」
「あぁ、分かった」
レナードとの通話を終えて、俺は話の内容を思い返す。本題として横流しの件を持ち出したという事は、レナードの中ではその確証に限りなく近付いていると思って良い。もしかすると、俺に声が掛かるのはそう遠くないかも知れない。
「そうなったら、またフィリンダから……アリスから離れなきゃならないのか」
何気無く呟いたその一言が、自分の想像を超えて心の芯に嫌な感触で貼り付いた。思わず心臓の辺りに左手を添えてから、周りから見ればとっくに当たり前だったのだろうそれを自覚する。
「……そっか。そりゃそうだよな」
いや、自覚はしていたのか。
ただ、それが俺の中でも腑に落ちた、と言った方が自然かも知れない。
「まぁ、ともかく帰る事を伝えないとな」
今度こそアリスに電話を掛けると、二回目の呼び出し音が鳴るかどうかで電話に出た。
「もしもし、リュウトさん? えっと、ミッドさんの容態は?」
「あぁ、もう問題無い。心配してやったのが馬鹿らしく思えてくるくらいだ」
「そうなんだ、良かったぁ」
胸をなで下ろしているのが伝わってくるくらい、心から安堵の声を出すアリス。俺の主観だとアリスはミッドには迷惑しか掛けられていなかったような気がするが、そんな相手すら本気で心配出来るのがアリスである。
「と、いう事で。グランサスでやる事も大概落ち着いたし、今からそっちに帰るよ。夕方にはフィリンダに着くと思う」
「ホント!? えっと、えっと……わ、私はどうしてたら良いかな?」
「とりあえず、普通で良いと思うぞ?」
「普通、ふつう……わ、分かった。人生史上最高に普通のアリスを、お見せする所存だよ!」
「どう判断したら良いんだよ!?」
「な、何もかもにおいて可もなく不可もない有り様を楽しんで貰えれば幸いです」
「そりゃむしろ、いつもよりレベル下がってるだろ!分かった言い方が悪かった、いつも通りで良いから!」
「私から見た私じゃなくて、リュウトさんから見た私のいつも通りで……」
「何故そうも穿つのだ!? 良いんだって! そういうの深く考えずに、ありのままに俺が好きなアリ、ス……で……」
「…………ふぇ?」
……うん、オーケー落ち着いて考えよう。いや落ち着かずとも分かるさ。今、完っっっ璧にやらかした事くらいは。
「あ、いや、えっと、あの……」
「……に、にゃ? ふゅ、ぴ……?」
ヤバい、お互いに言語機能がフリーズしている。ただアリスの方が症状が重いらしい。
「あー……その、アリス?」
「…………ぴ」
…………ぴ?
「ぴにゃぁぁぁあああああああああ!?」
突如爆発した聞いた事が無い発音の絶叫を残して、通話が切れてしまった。それに対する俺の反応はと言えば。
「……やってしまったぁ…………」
往来の只中で、頭を抱えてうずくまる他無かった。
*
「……兄ちゃん? 兄ちゃん、着いたぞ? 大丈夫かい?」
「…………あ、あぁ、悪い。大丈夫だ、ありがとう」
馬車の御者に肩を揺すられて、漸く俺はフィリンダに着いた事に気付いた。正直、馬車に乗った記憶もハッキリしていない。それ程までに頭の中はさっきやらかした事で飽和状態だが、とりあえず御者に礼を言って運賃を支払う。改めて見渡せば、確かに夕日に染まるフィリンダが目の前に広がっていた。
「帰ってきたか……帰ってきちゃったかぁ……」
深い、深い溜め息を吐いてから、俺は慣れ親しんだ石畳を重い足取りで進み出す。
……いや、本当ならスキップしたって良いんだぜ?でもさっきやらかしてしまいましたので、今からアリスの顔を見るのが怖くて仕方無い。というか見せて貰えるんですかね、顔。相当錯乱したご様子でしたので、部屋に引きこもる可能性も無いとは言い切れません、えぇ本当に。
「──なんて事を考えていたら、既に家の前なわけだけど」
つまり、何の覚悟も準備も出来ないままに到着してしまったわけで。苦し紛れに玄関の前を右へ左へフラフラと。流石に勝手知ったる我が街なので不審者扱いはされないが、「何やってんのアイツ」という視線だけは免れない。
「……えぇい、なるようになれ!」
自分に檄を飛ばし、俺はドアノブを捻った。ここで施錠されてたらあっという間に心が折れる危険があったが、少し勢い強めに回ってくれたので一安心。小さく息を吐いてから、意を決して……これから盗みにでも入るのかと問い質されるくらい、ゆっくり静かに扉を開けていく。
……び、ビビってねぇし! 急に開けたらアリスを怖がらせるかも知れないという配慮だし!
「……た、ただいま……えっと、アリス?」
あまりに室内が静かなので、まさか家の外に逃げ出したのかと一瞬不安になる。もう一度声を掛けようとした所で、「それ」は姿を現した。
「…………?」
首から下は、確かにアリスそのもの。ほぼほぼアリスで間違い無い。……が、首から上に違和感がある。確かリビングのソファに置いてあった筈の四五センチ四方のクッションを両手で持って、顔を完全に隠している。そのアリスっぽい何かが、廊下からゆっくりと歩み出てきたのだ。
「……ほふ、ほふぁふぇひふぁふぁい」
何か声を発していらっしゃるが、クッションに音を吸収されて全く分からない。状況から察して意訳すれば、多分「……お、お帰りなさい」だとは思うんだけど。
「あ、うん、ただいま。……何してんの?」
「ふぇ? むぁ、ふぁんべふぉぬぁいひょ?」
……「え? な、何でもないよ?」だろうか。どう見ても何かあるんだけど。
「いや、ならそのクッションは一体」
「ふぁ、ふぁふぁらふぃーばおばふぉっ」
「……えっと、流石に解読が難しくなってきたんだけど?」
「ふみゅ……」
小さく呟いて体を小さくしたのを見るに、アリスも今の状態に無理があるのは分かっているみたいだ。だったら何故こんな状況になっているのか……まぁ、俺のせいなんだろうけど。
「……まぁ、何て言うか。やっと帰ってきた所で、アリスの顔を見れないのは残念っつぅか、寂しいんだけど」
「ふぎゅっ……」
「とは言え、アリスにそうさせている原因は電話で俺が口を滑らせてしまった事、なんだろうし。だったら、俺が強要出来る話でもないしな」
「うぅ…………ふぇ?」
「まぁ、つまり。アリスが今は俺の顔も見たくないというのであれば、今日はレイジの家にでも転がり込むんだけど──」
「っ!! ちがっ……!!」
俺の言葉を遮って叫んだアリスは、言葉の勢いでクッションを胸の位置まで下げた。そこで漸く見る事が出来たアリスの顔は──。
今まで見た事が無いくらい、真っ赤で。
涙が溢れる寸前の目に光が揺らいでいて。
口は叫んだままの形を保つべきか、内から込み上げてしまう笑顔を出すべきかで迷っているようにふにゃふにゃしていて。
もしかして、突然あんな事を言った俺に怒っているのではないか……なんて考えていた俺の予想とは、全く異なっていた。
「……え、っと……アリス?」
「違うっ、そうじゃ、なくて! リュウトさんの顔を見たくない、わけなくて!」
どの順序で言葉にするか全く整理出来ていないのだろうアリスは、そこから一気に言葉を吐き出した。
「リュウトさんが帰ってくるって聞いて嬉しくて、どんな料理を作ろうかな、リュウトさんの好きな物で揃えてみようかなって色々考えてたら、いきなりリュウトさんから『好き』って言葉が聞こえてきて! 聞き間違いかな、冗談かな、夢かなって。でもやっぱり現実だなって思ったら頭が真っ白になっちゃって、変なタイミングで電話切っちゃったし……でもすっごく嬉しくて、どうしようどうしようって感情がグルグルしちゃって、リュウトさんが帰ってきた時にどんな顔で出迎えれば良いのか分からなくなっちゃって。リュウトさんの顔を見たら、どんな顔になっちゃうか想像も出来なくて! だから落ち着くまでは何とか顔は見せない方法を探したらこうなっちゃっただけで……だから、あの、えっと!!」
身振り手振りも忙しなく、必死に説明するアリスの様子を見て。
全く、本当に無意識だった。
気付いた時には、俺はアリスを抱き締めていた。
「…………ふ、ぇ?」
「……まぁ、その、何て言うか。今更改めて、ってのも逆に照れ臭いんだけど」
そんな風に前置きして、俺は腕の中のアリスの耳元で囁くように……と言うか、改めて意識して言葉にしようとしたら、囁く程度が精一杯だっただけだが。
「──俺は、アリスの事が、好きだ」
何とか、その想いを伝えた。
「ぁ……ぅ、ふにゃ…………」
医者が見たら重大な熱病を疑って即入院させそうなくらい顔を赤くして、「もにょ」とか「ぴにゅ」とか現代の標準言語では発声する機会が無さそうな言葉を呟いていたアリスだが、おもむろに俯くと消え入りそうな声を出した。
「……ぁの、私も。リュウトさんの事、が……しゅ、あぅ。す、き……好き、です……」
…………何この生き物、えげつないくらい可愛い。今すぐ嫁にしたい。何かこう、わしゃわしゃーってしたい。わしゃわしゃーって。
……おっと、一瞬思考が馬鹿になった。危ない危ない。
「……ありがとう。っと、そうだ」
肝心な物を忘れる所だった。俺は抱き締めていたアリスを離し(この時にアリスがちょっと残念そうな顔をしたのが可愛くてもう一度抱き締めそうになった)、上着の内ポケットからそれを取り出した。
「……えっと、リュウトさん。それって?」
「あぁ、これまでの感謝の気持ちって事でプレゼントをな。グランサスに居る知り合いの職人に作って貰ったんだ。気に入って貰えたら良いんだけど」
箱を渡して開けるように促し、アリスが中からリボンとヘアピンを取り出す。それぞれを物珍しげに眺めてから、アリスは俺にそれの詳細を尋ねてきた。
「……綺麗な石。リボンも、一般的な布とは違う感触だし……リュウトさん、これって一体?」
「あぁ、リボンの方はトチヤドリギって植物の樹皮を加工した物で、ヘアピンの石は蛍照石っていうんだけど」
「ふゃっ!?」
使われた素材の名前を聞いた途端、折角少し落ち着いてきていたアリスの顔色が沸騰したように紅潮した。……え、何で?
「……えっと、どうかしたのか?」
「ぁ、あの、あの……リュウトさん。トチヤドリギは、ヤドリギとしては珍しく他の木じゃなくて、土地の方に永久に根付くという性質を持ってるんだけど……」
「あ、あぁ……つぅか、やけに詳しいな?」
トチヤドリギって、そんなメジャーな植物だったっけ。俺が無知だっただけなのか?
「えっと……リュウトさんは、トチヤドリギの花言葉って、知ってる?」
「いや。そもそも花言葉があった事が初耳だ」
そうなのか、トチヤドリギにも花言葉ってあるのか。確かに花言葉の由来から詳しいって事なら女子力高くてアリスらしい。
「で、どんな意味なんだ?」
「そ、それは、そのぅ……植物としての、性質から……」
「ふむふむ」




