最悪の依頼(11)
「……何?」
再び社長室に戻った『梟』は、俺の言葉を理解出来ないように目を見開いた。
「人間ノ潜在能力ノ、八割ダト? チョット待テ、ソンナモン、殆ド」
「あぁ、そうだな。俺は生物学的には紛れも無い人間だが、戦闘能力で言えば大体お前等と一緒なんだよ」
そもそも、騎士団で俺が所属していた部隊の役割は「魔物を含めた敵性存在の殲滅」だった。つまり、魔物と同等の能力を引き出せる事が前提の部隊、という事だ。
「俺をただの人間と思っていたなら、少しばかり鈍いぜ『梟』。人間を装っていたお前と出会ってから今まで、俺はお前の能力に驚きこそすれども、恐れた覚えは一度も無いんだが?」
相手との間に圧倒的な実力差があると感じていれば、未知の能力を見せられた瞬間の感情は恐怖に傾く。そうなってしまえば、勝ち目が無いと感じてしまえば、その相手と対等に戦う事は不可能だ。
恐怖を感じていないからこその拮抗。
勝ちを見出だしているからこそ、動きを鈍らせる事無く戦える。
異様な姿と尋常ならざる戦闘力を備えた『梟』と相対していられる時点で、俺の事は「ただの人間」という枠組みから外して考えておくべきだった。自分の能力を解放した事で油断していたから、『梟』は「弩」を回避せずに受け、想定以上のダメージを食らう羽目になったのだ。
「さぁ、そろそろ終わりにしようぜ。俺と話した時間で、少しは鉤爪も再生してんだろ?」
「……分カッテテ長話ヲシテヤガッタノカ。気付イテナイナラ馬鹿ダト思ッテタガ、ドウヤラ思ッテイタ以上ノ馬鹿ラシイナ」
悪態を吐きながら、夜王ノ鉤爪を構える。殺気の質と気迫から察するに、次の一撃で俺を殺すつもりらしい。
だが、その点に関して言えば俺も同じだ。『梟』とは対照的に全身から力を抜いて、俺は深く息を吐く。
駆け出したのは、ほぼ同時。
走り回るにはやや狭い社長室の中心で、互いを己の間合いに捉える。
「──夜王ノ狩猟ォオオオオ!!」
全身を独楽のように回し、より鋭さを増した一撃を放つ『梟』。
対して俺は、小さく呟いた。
「──せめて、この技の名前だけでも知って逝け」
神経の運動伝達を極限まで速め、その命令に対応出来るレベルまで肉体の運動速度のリミッターを外す。
そして、俺は断鉄を二度振り抜いた。
一度目の斬撃で、俺の首を狙う鉤爪を打ち払う。そこから一秒足らずの時差で切り返し、『梟』の体を逆袈裟に斬り裂く。
こちらは、「飛燕双閃」のオリジナル。迎撃技でありながら、端から見れば攻撃すらさせていないと錯覚させる超高速の二重斬撃。
自分に何が起こったのか分からないような顔で床へ崩れ落ちる『梟』。間に合うかどうかは分からないが、その耳に届くように俺は技の名を告げた。
「殲滅剣技・弐ノ型──番燕」
断鉄を鞘に納める音を最後に、荒れ果てた社長室に静寂が訪れる。割れた硝子窓から吹き込む風の音だけが聞こえる事が、『梟』との戦いが終わったと実感させてくれる。
「……さて。直すのにいくら掛かるのかね、この部屋」
自分自身をいつもの調子に戻す為の軽口を呟いてから、俺は社長室を出た。
*
翌日。
俺は、いつも寝ている物より二段階くらいグレードが高いようなベッドの上で目を覚ました。
昨日の戦闘の後、レナードに事の顛末を説明した。その結果、「今日は色々と落ち着かせておきたいので、詳しい話は明日になってから改めて」と告げられ、了承した俺はレナードが用意してくれたグランサスの宿に泊まったのだが。
「何つぅか、受けた事の無いサービスと出された事の無い食事と泊まった事の無い部屋で過ごしちまったな」
宿、と言うより高級ホテルだった。あまり覚えてないけど何とかデラックススイートルームとか長い名前の部屋に入った瞬間、「王宮か?」と呟いてしまう程の超豪華仕様。自分で金を払って泊まる事は絶対に無い。金額を聞くのも怖い。
「ともかく、レナードに会いに行くか。夢之國工業に行けば良いんだったよな」
ホテルを出てから街を歩く中で、俺は周囲の様子をそれとなく注視してみた。
「思っていたより混乱は残ってない、な。普段じゃ絶対に起こり得ない事態でそれなりの騒ぎにはなった筈だが、一日足らずで収める辺りは流石騎士団って所か。勤勉で何よりだ」
自分が関わっておいてこんな事を考えているのも無責任だとは思うが、騎士団の膝元にある、騎士団に武器を卸している企業の社屋を変異種が襲撃したのだ。グランサスという都市が確立されて以来最大の事件と言っても支障無い。それによって生じたであろう街の混乱が、一夜明けただけの今、既に残っていない。グランサスの住民が騎士団に寄せる信頼は絶大、だな。もしかすると、俺が居た時よりも──っと、それを考えても仕方無いか。
そうこうする内に、俺は夢之國工業の前に辿り着いていた。ふと社屋を見上げてみて──。
「……マジ?」
俺が驚嘆の声を発してしまった原因は一つ。昨日あれだけ派手に割れた──その内の一枚は俺が割ったような物だが──社長室の硝子窓が、まるで元通りに修繕されていたからだ。
一般的なサイズの硝子窓でさえ、直すのにはある程度の時間が掛かる。なのに、あんな特注するような大きさの硝子窓をこうも早く修繕するなんて。
しかし、成る程な。騒ぎの中心がこうも迅速に元通りにされていたら、混乱の広がり方もかなり変わってくる。外から見える部分だけでも繕ってしまえば、街の騒ぎは最小限に抑えられると考えたか。
「お待ちしていましたよ、リュウトさん」
視線を元の高さに戻すと、社屋の入り口でレナードが微笑んでいた。
「来て早々、色々と驚かされたよ。ブルーシートで間に合わせるのは趣味じゃ無いって事か?」
「あの部屋から見える青は、空だけで充分ですので」
「ハッ、言いやがる。……もう大丈夫なのか?」
「内装も修復済みですから。既に通常業務を行っていますしね」
「そうじゃねぇ。立ち直りが早いのは建物だけじゃねぇのかって言ってんだよ」
「…………」
俺の指摘に、レナードは暫し目を閉じて沈黙した。やがて、諦めたように笑顔を浮かべる。
「……そうですね。正直に言えば、私は相当にダメージが残っています。ですが、それをそのまま見せてしまっては社長なんてやってられません」
「気を張るのは構わないが、アンタが潰れたら社員とアリスが悲しむぞ」
「確かに。無理はしないように努めます。では、本題に入りましょう。こちらへ」
レナードに促されて、俺は社屋に入る。先を歩くレナードの後をついていくと、社長室に行くのとは別の通路に入った。そして、廊下の奥にある扉の横に備えられた端末にレナードが手を置くと、扉のロックが外れる音がした。指紋認証か、静脈認証か。どちらにせよ採用している場所なんて数えられる程度だと思うんだが。一企業の一個室に必要なテクノロジーなのかこれ。
「で、黙ってついて来たけど。何なんだこの部屋?」
「社長室とは別の、私のプライベートルームですよ。まぁ、リラックスルームと言いいますか。会社にいる間の私室みたいな物です」
「成る程。確かに、一人で過ごすには丁度良い広さだな」
喫煙室くらいの広さの部屋に小振りなテーブルと一対のソファが置かれた部屋には、レナードの趣味なのだろう文庫や雑誌が置かれた本棚があった。
「では、こちらにどうぞ」
「ん? あぁ」
レナードに促され、俺はもう一つのソファに座る。
「さて、それでは報酬の話ですね。依頼書に記載されていない通り、成功報酬は依頼を達成した方──つまり、リュウトさんの希望に最大限応えようと思います」
「あぁ、俺もそう認識して依頼を受けたしな」
「ではリュウトさん。貴方の希望する報酬は、何ですか?」
レナードの顔には、確かに「どんな報酬でも支払う」という覚悟が浮かんでいる。なので俺も、特に気負う事無く昨日考えた結果出た結論を口にした。
「特に無い」
「…………は?」
絶句だった。『梟』の襲撃を受けた瞬間ですら見せなかった、正真正銘の絶句。二〇秒ぐらいは空白の時間があったな、今のは。
「だから、特に無いんだよ。こういう場合、基本的には俺が現在必要としている物を希望するんだろうけど。適度に依頼をこなしていたのと、今回以外にも多少大口の依頼を達成していたから金銭的にも今月は楽に乗り切れる程度の余裕があるし。別の依頼の報酬で食料も大量にあるし。さてその他に何かあるかな、としばらく考えてみたんだが。結……局! 何も出て来なかったんだな、これが」
「え……いや、あの。本当に何も無いんですか?」
「無いんだって。いや、どちらかと言えばあり過ぎるのか。生活に必要な金銭と食料が既に確保されている以上、その他って選択肢はあまりに多過ぎる上に大概どうでもいいから絞り込めない。必要としていない物を無理に貰っても仕方無いし」
俺としては当たり前の事を言っているつもりだったのだが、レナードは依然ポカンとしている。まぁ、誘拐事件を解決し、あまつさえ襲撃してきた変異種を討伐しておいて「特に欲しい物が無い」とか言われたんだし、その反応も分からないわけでは無いけど。
「って事で、俺から希望する報酬は無い。だから、レナードの方で俺に支払う報酬を決めてくれて構わないぜ」
「リュウトさん、貴方という人は、本当に……」
どこか呆れたように笑って、レナードは俺に向かって頷いた。
「──分かりました。リュウトさんの働きに見合った報酬をこちらで用意させていただきます。少し時間が掛かるかもしれませんので、後日フィリンダの仲介所の方に送りましょう」
*
レナードとの対話を終えて、一階のエントランスに戻って来た俺は、出入口の近くに誰かが立っているのに気が付いた。
「あ、リュウトさん」
「アリス」
俺に気付くと、アリスは俺の方にゆっくりと歩いて来た。そして、二メートル程の距離を置いて俺を見上げる。
「……あの、リュウトさん」
「ごめんな」
「ふぇ?」
俺の謝罪に自分の言葉を遮られ、アリスは不思議そうに首を傾げた。
「あの時、咄嗟の判断だったとは言え、アリスに酷い事を言っちまったからな。目を開けさせないにしても、もっと言い方があった筈なのに」
「あ……」
「だから、ごめんな」
せめて、会って直接謝りたいと昨日から思っていた事だった。あの光景を見せたくなかったが為に、言葉が荒くなってしまい、守るべきアリスを怖がらせてしまったのは完全に失敗だったと反省しきりなのだ。
「えっと、言われた瞬間は、確かにちょっと怖かったですけど。でも、私の為だって事は、伝わってました。だから、気にしないでください」
「そう言ってくれると助かる」
「はい、だから元気を出してください! 私、リュウトさんになら多少乱暴にされても平気ですから!」
「そういう発言はすげぇ困る!!」
背後から受付嬢の殺気を感じるんだよ! 視線で射抜かれてるんだよ! あぁ、止めて! ホットラインでレナードに報告しないで! 俺は無実だからマジで!!
「えっと、何かおかしかったですか?」
「複数の意味や含みを持った言葉は用法・用量を守ってお使いください! 場面によっちゃ劇薬に変わるから!!」
何だかアリスの天然発言で方向性がズレてしまった。俺は一度咳払いをして、場の空気を改めた。
「まぁ、ともかく。これでレナードからの依頼は正真正銘、完了だ。俺はフィリンダに帰るよ」
「ぁ……そう、ですよね」
俺の言葉を聞いた直後に俯いてしまったので、俺の視点からではアリスの表情を窺う事は出来ない。
わざわざ覗き込むのも気が引けるので、とりあえず視線を適当に彷徨わせて時間を潰そうと試みる。やがて「外を行き交うオッサンの髪は地毛か否か勝手に予想するゲーム」でも始めてみようかと思ったその時、俯いていたアリスが顔を上げた。
「ほんの二日間でした。リュウトさんと会ってたった二日だったのに、何度もリュウトさんに助けられて。何度も我が儘を聞いて貰って……本当に、嬉しかったです。ありがとうございました」
「ん。まぁ、そうだな。今回は素直に受け取っておこう」
「と言いつつ、目線を逸らしてますね」
そこはツッコまないで欲しかった。が、言われてしまったからには仕方が無いので視線を戻すと、アリスは手を後ろで組んで何かモジモジとしながら俯いていた。
おい、目線が逸れてるんだが。
「あの、えっと、ですね。私──」
「──アリスお嬢様。社長がお呼びです」
「はひゃいっ!?」
何かを言いかけたアリスだったが、受付嬢に言葉を遮られて良く分からない声を上げて飛び上がった。
「……? なぁアリス、今何を言おうと」
「あ、あの、えっと。な、何でもないです! それじゃ、呼ばれてるみたいなので!」
顔を赤くしながら、アリスは慌てて駆け出してしまった。
何だか気になるが、まぁ仕方が無いか。そう結論付けて、俺は夢之國工業を後にした。




