最悪の依頼(10)
気配を辿った。
本来なら夜以外は飛びたくなかったが、その気配を辿る為に空を飛んだ。
そして、遂に──。
「──見付ケタ──」
手に持ったクレッセントを、目的の人物目掛けて投擲した。
*
「伏せろ!!」
突然の襲撃に俺は咄嗟に叫び、傍に居たアリスを床に押し倒すように倒れ込んだ。レナードも俺の声に中々の反応を見せ、俺とは反対方向へ身を伏せる。
直後、硝子窓が割れる。投擲されたクレッセントは、全く勢いを殺さずに部屋の中を横切っていき──俺はふと思った。
オルゲイは、ちゃんと伏せたのか?
嫌な予感、だった。咄嗟にオルゲイが座り込んでいた位置に目を向けると、オルゲイはまだ呆然と目の前を眺めていた。
伏せろ。避けろ。横に倒れろ。
様々な叫びが頭を過り、しかし口に出せる時間は無かった。
生々しい音がした。真っ直ぐ飛翔したクレッセントの刃がオルゲイの胸を貫き、オルゲイの体ごと壁に突き立った。
心臓を直撃した傷と、壁に叩き付けられた衝撃。オルゲイは何か反応をする暇も無く絶命し、大量の血を周囲にぶち撒けていた。
「アリス。部屋を出るまで絶対に目を開くな」
アリスの目を手で覆った上で、俺はそう指示した。
「え? あの、どうして、ですか?」
「どうしてもだ。良いかアリス──もしお前が今目を開こうとしたら、その瞬間、俺はアリスの両目を潰す」
「ふぇ」
「そうしなきゃならない程度には、見るべきじゃない光景だ。だから頼む、目を開けないでくれ。レナード、アリスと一緒に安全な場所へ」
「──分かりました」
レナードは一瞬オルゲイの方を見て、辛そうに顔を歪めた。が、直ぐに冷静さを取り戻し、アリスを誘導して社長室の外へ出る。
「リュウトさん、後を頼みます」
「ボーナスは弾めよ」
そのやり取りを最後に、レナードとアリスは部屋の外に避難した。それを気配で確認して、俺は漸く立ち上がった。
「さて、と」
割れた硝子窓の方を見ると、丁度襲撃者がその割れた窓から部屋の中へ降り立った所だった。外を飛んでいた時より一回り小振りになった翼を揺らす姿を睨みながら、俺は確信して呟く。
「随分なイメチェンじゃねぇか『梟』。人間離れしてたのは殺気だけじゃなかったらしいな」
「──チッ、モウ少シ驚ケヨ。コノ姿デ殺シニ来タ甲斐ガ無イダロウガ」
返答したのは確かに『梟』だ。しかし、その姿はとても人間とは思えない。
しかし、『梟』の指摘通りに、俺は状況と比べて冷静だった。何せ、こういう相手も初めてではない。
「まさかとは思ってたが、変異種だったとはな。人間の真似事まで可能とは恐れ入るぜ」
変異種。魔物を見慣れた人類が尚『化け物』と呼ぶ存在。
魔物の中から発生するとはいえ、発生のメカニズムすら一切不明だが、突然変異を起こした存在。常識外の能力と圧倒的な戦闘力を持った一握の異形。その中の一体が、今目の前にいるわけだ。
「ソンナ細カイ事ハドウデモイインダヨ。殺スト決メタ相手ヲ殺セナイノハ暗殺稼業に関ワルンデナ」
「ターゲット以外を殺しちまってる件はお咎め無しか? 暗殺ってのは随分楽な仕事だな」
少なからず怒気を含んだ俺の侮蔑を、『梟』は鼻で笑った。
「ハッ、暗殺ノ定義ハ気取ラレズ、誰ニモ知ラレズニ殺ス事ダロ? ナラ、気付イタ連中モ皆殺シニスレバ……ホラ、誰ニモ見ラレテナイヨナァ?」
「成る程な。色々と納得したぜ」
そう。『梟』には、色々な矛盾があった。
暗殺者と言いつつ、気配も殺気も隠さない。
暗殺者にしては違和感がある『見境無し』という二つ名。
そして、一度も聞いた事が無かったその『梟』という名前。
「暗殺者、だと? ふざけるなよ『梟』。テメェはただの──人殺しの化け物だ」
つまり、『梟』はそもそも同業者から暗殺者として認められていないのだ。
何もかもが暗殺の流儀に反する行動を取り続ける『梟』を、同業者達はこう思っているのだろう。「あんなのと一緒にされて堪るか」と。
「テメェのやり口を堂々と『暗殺だ』と吹聴されちゃ、本物の暗殺者も迷惑だろうからな。始めるぞ『梟』──ヘタクソ同士、ド派手に殺し合おうぜ」
真正面から『梟』を見据え、鈍鉄を突き付けて宣言すると、『梟』はどこか嬉しそうに笑った。
「気配ガ昨日トハ違ウ。俺ガ変異種ダト分カッタカラカ? 殺意ニ乱レガ無イ……ハッ、気ニ入ッタァ!!」
翼をしならせ、『梟』が一直線に突進して来る。その速度は昨日の戦いの比では無い。
「チッ、無理か!!」
防御と迎撃を諦め、俺はその一撃を躱す事に集中する。突進の速度そのままに振り払われた右腕を掻い潜るように身を屈め、生まれた余裕を逃さずに『梟』の脇腹へカウンターの一撃を叩き込む──。
「……いっ、てぇ!?」
直後、鈍鉄を握る右腕の肘まで痺れに襲われた。『梟』が何か特別な事をした気配は無い。
ただ単純に、変異種としての力を解放した『梟』の外皮と筋肉が異常に硬いのだ。
そう判断し、俺はそのまま床を蹴って『梟』との距離を離す。
「クソが、グリムドラゴンじゃねぇんだから少しは硬さを加減しやがれ」
「ソイツハ無理ナ相談ダ」
呟き、『梟』が右側の翼を俺の方へ振り抜いた。
瞬間、部屋の中とは思えない突風が俺を襲った。風の圧力に押され、しっかりと構えていた体の重心が後方に押しやられてバランスを崩してしまう。
「っ、まず」
急いで態勢を立て直そうとしたが、そもそもこの風は『梟』が俺に一瞬の隙を作り出す為に起こした物だ。
なら、この隙を見逃す筈が無い。
床を踏み抜きそうな程強く跳躍。そのたった一歩で、『梟』は俺に肉薄した。左手で鈍鉄を掴まれて動きが制限された俺の鳩尾に、『梟』の右膝が容赦無く突き刺さった。
「が、はっ……!」
怯んだ俺の喉元を右手で掴むと、『梟』はそのまま俺を壁に叩き付けた。そして、俺の喉を圧迫する右手にギリギリと力が込められていく。
「大丈夫カ? コノママジャ首ガ逝ッチマウゾ」
「随分と、愉しそうな心配、だな」
軽口は返してみたが、これは確かに状況が良くない。今の『梟』に対しては、首を圧迫された状態の素手ではダメージを与えられない。
鈍鉄は刀身をしっかりと掴まれていてビクともしない。このままだと俺はあと数分で人生終了だ。
──まぁ、変異種が相手、だもんな。だったら仕方無いか。
俺は頭の中でそう結論付けて、息苦しさを無視して一息で呟いた。
「永劫の枷に終止符を──『抜刀』」
直後、『梟』に掴まれていた鈍鉄がスルリと抜けた。『梟』が事態を理解するより速く、俺は右腕を振り抜いた。
一瞬の空白。
そして『梟』の左腕、その肘から先が宙を舞った。
「──アァ? ッ、ンダト!?」
状況の把握と同時に痛覚が遅れてやって来たのか、『梟』は表情を歪めて後ろへ跳躍した。左腕から溢れる血を撒き散らしながら、俺を睨む。
「ヤッテクレルジャネェカ。ソンナ絡繰リガアッタトハナ」
「鈍じゃ、お前に太刀打ち出来そうになかったんでな」
ヒュン、と黒刃の剣を右手で振り、少し軽くなった感覚を確かめる。そして、その鋒を『梟』に突き付けた。
「断鉄。俺の相棒、その本来の姿と名だ」
不用意な殺傷を避ける為に、普段は初歩的ながら強固な封印魔術で鞘が外れないようにしているが、相手が魔物──それも変異種となれば、話は別と言うものだ。
「……クソッ、盛リ上ガッテクルジャネェカ。俺ノ事ヲ言エネェ殺気ダゼ、テメェ」
そう呟く『梟』の左腕は、流石に腕が生えて来ていたりはしないが、出血は既に止まっている。全く大した再生能力だ。
「あぁ、全く久し振りだぜ『梟』……本気で何かを殺しに掛かるのは!」
今度は俺の番だと言わんばかりに踏み込み、『梟』の右腕を狙って斬り付ける。しかし、不意を突かなければ流石に変異種。『梟』は俺の攻撃を躱し、更に追撃で放った三度の斬撃も回避された。
「おいおい『梟』。防がずに躱すって事は、断鉄にはテメェの皮膚じゃ歯が立たないと思って良いのか?」
「チッ、ホザケ!!」
俺の挑発に『梟』は一度後退すると、残っている右腕の形状を変質させた。
変色していても人間のそれを保っていた腕は、大きな一本の爪のように薄く、鋭く姿 を変える。
「──夜王ノ鉤爪」
呟きながら、『梟』は無造作に右腕を振った。鉤爪の軌道の先には、天板が硝子で出来たテーブルがあり──。
夜王ノ鉤爪はそこに何も無いかのように一直線に通過して。真っ二つになったテーブルは、床に倒れた衝撃で割れた。
「……ワォ。ご機嫌な斬れ味だな」
その現象に、俺は苦笑を隠せなかった。デザイン性こそ優秀だが、体重を乗せて踏み抜けば砕けてしまう程度に耐久性の低い硝子。
衝撃にとても弱いそれを、『梟』の夜王ノ鉤爪は割らずに斬ったのだ。慎重さの欠片も無い、ただ振っただけの一撃で。
「──サテ。次ハテメェヲ、ソノ武器ゴトダナァ!!」
「ハッ、させるか阿呆っ!!」
迫る『梟』の横薙ぎの一撃を断鉄で受け、刃の角度を垂直から水平に傾けて受け流す。隙が出来た右脇腹から切り払おうとするが、力任せに振り戻された鉤爪に弾かれる。その流れに逆らわずに半時計回りに体を回した遠心力も乗せた斬撃で首を狙うが、これは皮一枚で躱された。
──チッ。薄皮一枚なのに、まるでカッターナイフで牛革を斬ってるような抵抗だな。断鉄の刃でも、硬い事には変わり無いか。
さっき『梟』の左腕を斬り落とした時も、まるで大樹の枝に刃を立てているような感覚だった。それに、夜王ノ鉤爪は断鉄とまともに打ち合うだけの硬度と斬れ味を両立している。『梟』の身体能力と総合して考えれば、その脅威性は計り知れない。それに、俺は鎧なんて着てないしな。夜王ノ鉤爪を躱し損ねたら即致命傷だ。
ただの打撃さえ無視出来ないダメージが発生するこの状況は、はっきり言って分が悪い。どんなに些細な攻撃でも、食らって怯めば死に直結する。
──クソが、かなり危機的な立ち位置じゃねぇか今の俺は。こうなりゃいよいよ使うしか無いかもな!
数える暇も無い密度で襲い掛かる鉤爪を大きく弾いて距離を取り、俺は断鉄を抜いてから初めて明確に一つの構えを取った。
弓に矢を番えるように、鞘を持った左手を前に、断鉄を持った右手を後ろへ引き絞る。「接衝穿」として威力を殺す前の、正真正銘の殺し技。
「殲滅剣技・壱ノ型──弩」
「ハッ、何ダカ知ラネェガ面白ソウダ。イイゼ見セテミロ!!」
そう挑発し、『梟』は鉤爪を盾のように体の前で構えた。成る程、硬度が増した状態なら防御にも充分に応用出来るわけか。
だが……正直、助かる。
この一撃を受けてくれるなら、これ以上の好都合は存在しない。そう思考しながら、俺は一歩目を踏み込んだ。爆発的な加速を以て『梟』へ正面から突進する。
種明かしをすれば、この「弩」は何の工夫も無い直進刺突剣技。その速度と威力こそ優秀だが、避けようと思えば避けられる。
なので、用途は主に二つ。一つは、相手がこちらに気付いていない状態での奇襲。
もう一つは──。
「──敵の防御の、強行突破だ!!」
言葉と同時、断鉄を渾身の力で『梟』が構えた鉤爪に叩き込む。夜王ノ鉤爪は断鉄を受け止めて盾としての役割を果たしたが、そんな事はどうでもいい。
強行突破と言ったが、正確さを求められれば語弊がある。
正確には──防御ごと、打ち倒す。
押し込む。
踏み止まろうとする『梟』の体を、鉤爪ごと後ろへ。
「ッ、ナン……!?」
その現象を理解出来ないように、『梟』の表情が、驚愕で歪む。
それに構わず、俺は更に力を込める。
「──飛べ」
俺が呟いた直後、夜王ノ鉤爪に大きな亀裂が走り、『|梟ふくろう》』の体が後ろへ大きく吹き飛んだ。
翼を広げても制空権を取り戻せなかったのか、『梟』は硝子窓を突き破って外に飛び出した。そこで漸く態勢を立て直して空中で制止したが、右腕は力が入らないのかブラリと垂れ下がり、鉤爪の亀裂は相当なものだ。恐らく、単純に断鉄と打ち合っただけでも砕ける。
「何ヲシヤガッタ、テメェ……今ノ攻撃、人間ガ出セル威力ジャネェゾ」
「あぁそうか、説明不足だったな。なぁ『梟』。人間が普段発揮出来る能力が、潜在能力の約二割程度だって話は知ってるか?」
「ダカラ言ッテルンダヨ、何ヲシヤガッタッテナ」
「そうかい。俺は昔、ちょっと特殊な環境で訓練を受けてたんだが。その結果、潜在能力の約八割までを自由に引き出す事が出来る」




