神聖国家ハルク1
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タルーニャ駅を出ると、そこは小高い丘の上であった。
丘の段差を利用して家が建てられている。
それを中心に暮らしが広がっていた。
あまり広くはない村の建物が途切れたその先には、どこまでも広がる大地があり。そこは緑一色であった。
緑が広がったその先の先に円を描くように白い壁と赤い屋根の建物が密集して建っている。
その建物の中心に大きな聖堂の丸い頭が見えていた。
その建物から少し離れた山の中腹、今いる丘と同じくらいの高さに、建物がポツリと立っているのが確認できる。
ここからでははるか遠く、豆粒のようにしか見えていないが、あそこが、かの世界的に有名な建築物、ルトゥ神殿なのだそうだ。
今からあそこまで移動するらしい。
その素晴らしい景色にオリヴィアは一望し、思わず歓喜の声を上げた。
「わあ、ここが神聖国家ハルク国の重要都市タルーニャなのね。緑豊かで空気がとても清らかだわ。」
とうとう、アドラシオン王国を脱出し、隣国ハルクへと足を踏み入れることが出来た。
貨物列車の粗末な椅子に座っていたので体がギシギシとなっている。
オリヴィアは丘のギリギリまでくると、背伸びをしながら、景色を眺め堪能する。
「リヴィ、そろそろ行くわよ。」
母親のリナに声を掛けられて、慌てて彼女の後を追う。
向かった先には一台の大型馬車が停まっていた。
荷物はもうすでに乗せられている。
馬車から人が降りてくる。
「お待ちしておりました。私はルトゥ教聖地ゲベートにあります大聖堂教会にて司教をしています、グレゴと申します。畏れ多くも、この地に高貴な血の御仁が訪れると伺い、感無量、感謝の言葉しか浮かびません。我々はこの瞬間を心待ちにしておりました。さあさあ、かの地へと私がご案内いたします故、馬車へお乗りください。」
グレゴがペラペラと話し、急いで馬車へとオリヴィアとリナを押し込む。
その後、エマにも声を掛けてスマートに馬車に乗せるとグレゴ自身も乗車した。
カイルが扉の前に来て、少しばかり司教に対して、なぜ女性ばかりの馬車にお前もちゃっかり乗っているのか!?と不満げな表情を向けた後に、閉めますとひと声掛けてから、扉を丁寧に閉めた。
カイルは御者の隣へと座り、ハロルドは別の馬車へは乗らず、馬を借りたようだ。
二人は襲撃に備えているようだが、カイルは周囲を警戒しつつ聞き耳を立て、ハロルドは馬車に並走に近い位置でピッタリとくっ付き、馬を走らせている。
彼らが同乗しないことは、リナが決めた事だ。
大きいとはいえ馬車内である。
司教の前で新婚ラブラブをされて、それを見続けなければならないというのは、彼に申し訳ないという判断だ。
準備が整うとグレゴが小窓から合図し、一行はすぐさま出発した。
丘から緩やかな坂を下りていく。
その途中には家はもちろんホテルやお店が石の小道の両脇に立ち並んでいる。
建物が途切れた場所には家畜の放牧場が広がり、木の壁が見えてくる。
そのまま一本道を進んでいくと木の壁、針葉樹の森へと突入する。
道の周りに木々が真っすぐ生えていて、頭上の空は青い道のように見えている。
前方に光が見えていてそこに向かってひたすら進んでいくと、見えてきたのは緑一色の世界だった。
草原が広がる。
春になると、色とりどりの花が咲くのだと、グレゴが嬉しそうに語る。
そして次に見えてきたのが葡萄畑だ。
丘の上から見えていた緑の正体は、放牧地に林、草原と葡萄畑であった。
この畑を見渡す限りどこまでも続いている。
大きな木の下に馬車を止めて地面へと降りる。
オリヴィアの為に少し見学時間を取ってくれた。
オリヴィアは辺りを見回して感嘆の声を上げる。
「わー、広大ね…」
「ええ、この村の名産品にして最大の収入源です。」
と、グレゴが鼻高々に言う。
何処からか入手してきたぶどうジュースも手にしており、皆に配る。
「ハルク国産タルーニャ地方の白ワインはウェルトでも評判よね。」
リナが言う。
「スパークリングやロゼも捨てがたい。ご婦人がよく好むので差入れに喜ばれている品です。」
そうハロルドが言うと、
「ご婦人の差入れに…」
とオリヴィアが呟く。
その声を拾い、ハロルドが慌てて弁解する。
「あ、愛妻家の上司や同僚宅を訪ねる際にお土産として手渡すと喜ばれると言う意味ですよ。勘違いはなさらないでくださいね。」
その様子を見ていたカイルが、ケッとハロルドに向けて侮蔑な声を吐く。
カイルもまあまあ鬱憤が溜まっている。
ハロルドがカイルを睨みつける。
2人のやり取りを見ていたリナが話しを変えようと、話題を変えた。
これから行く先では、男装ではない方が良いので、衣装を着替えなければと。
近くの葡萄畑の所有者の家を借りて、着替えを済ました。
「あら、エマ。その葡萄はどうしたの?」
馬車から降りて、フラッと居なくなっていたエマが、大きな籠いっぱいに葡萄とワイン数本を詰めて、両腕に抱えて戻ってきたので、オリヴィアは聞いた。
「これですか?あちらのシャトーで、くださいと言ったら分けてもらえました。ワインも、ほらあそこに。父への土産にしようかと思いまして。オリヴィア様も要り様でしたらでしたら、もっと頂いてまいりますが、如何なさいますか?」
エマが馬車の後ろを指さしキビキビと話してくる。
馬車の後ろには、ハロルドが乗るはずであったグレゴが乗ってきた馬車があり、先程話していた頂いたワインが乗せられていた。
実はオリヴィアはエマが苦手だ。
母親の専属侍女であるので、生まれた時から近くに居るのだが、立ち振る舞いに迫力があり、マナーや姿勢に厳しい先生のような存在であったからだ。
フォード公爵家では子供の悪戯に寛大な母親が笑って流してしまう場面でも、エマが代わりに子供達をきつく叱りつけ、さらに母親も咎められ、共に叱られるのであった。
そんな主従逆転の構図が度々見られたのだ。
「い、いいです。エマの分だけで大丈夫ですよ。ま、間に合っています。」
声が上ずってしまう。
「そうですか…では休憩もほどほどにして、ゲベートへ急ぎましょう。」
そうエマが促す。
エマの手元の籠を見ながら、彼女が一番満喫してきたのでは?とオリヴィアは内心考えていたが、その考えを読まれぬように顔を真顔にして馬車に乗り込み、再出発した。
聖地ゲベートはルトゥ教聖地である。
それは何故かと言うと、古代史の文献の中に登場する場所だからだ。
ルトゥが西大陸に住まいを移した際に住んでいたとされるルトゥ神殿があり、さらに山の奥地には、ウェレとその子供達がドルの放つケガレから逃げるために身を隠したとされる洞窟があった。
信仰深い信者が訪れるのもそうだが、大陸中の人が知っている建国神話の有名な観光スポットにもなっていた。
この一帯を聖地ゲベートと呼んだ。
葡萄畑を抜けると、チラホラと赤い屋根の家が見えてくると、土の馬車道が白く整った道へと変わった。
道の両脇に赤い屋根の家が迷路の壁のように道に沿って建てられている。
前方には、頭一つ高いドーム型の屋根が見えていた。
アドラシオン王国の国葬を行った大聖堂は尖った日本の高い塔が目立つデザインで、かなり大きなものであったが、ここが総本山と言うわりには、アレに比べると小さく感じるものであった。
その建物の前で、馬車は速度を緩め、停まった。
ハルク国は【兄さん、まずいことになりました】にもちょろっと出てくる国です。
東大陸でのルトゥ教の有名な聖地があり、ルトゥ教の本山があるのも、ここの都市です。
今は線路と道路が整備され、多くの信者、観光客が訪れる観光都市となっています。