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学園は情報で溢れている、あたしには分からないけれども

「ウィスタリア様、この度は誠にご心中お察し致しますわ……」


 言外に匂わすのが令嬢方のお約束ってんで、抽象的な事を言いながら近付いてくるお嬢様方に、必殺のユーさんスマイルを浮かべつつ、「ありがとうございます」と何がありがたいんだから分からないまま返事をすると、横にいるエピさんが『学園図書館に取り寄せをお願いしていた寄稿書が入ったそうです』と言いながら、あたしとお嬢様方をやんわり引き離してくれた。


 王子さんとの婚約について、今迄筆頭婚約者候補だったのを、王妃さんから正式に婚約者候補控えという新たな名称をいただいて、見事アザレさんより下の順位にしていただいたのは実にありがたいので、部外者が絡んでくる程度の事は正直痛くも痒くも無いね。ちょいと鬱陶しいけれど。


 何を勘違いしたのか、その話を受けた時に同席していた王子さんには『未来の王妃の地位が消え失せて残念だな』と奇妙なニヤニヤ笑いを向けられ、アザレさんには『幾ら優秀でも愛が無いのは寂しいでしょぉ』と優越感に満ちた顔をされたんだけれど、何でユーさんとあたしが王子さんと結婚したいと思っていると自信満々に思い込んでいるのやら、その思考回路が謎で仕方が無い。

 ユーさんの記憶を浚ったところで、王子さんへは王族への敬意と将来一緒に国を支える心構え、アザレさんには自分とは考えが違う人、という気持ちしか無いんだから惚れているなんて有り得ない。

 勿論、その記憶を引き継いだ上に、日本人とかけ離れた現実味の無い見た目で、小生意気を通り越して無礼千万な態度をとる子供に、二十六年間恋愛にとんと興味を持たないで生きてきたあたしだって惚れる訳がない。第一人生倍生きてるんだしさ、最初に会った十二歳なんて、見た目はお人形さんみたいでも、一年中半袖半ズボンでランドセル背負(しょ)って鼻ぁ垂らしてるような年頃の子に惚れなきゃあなんないんだい?


 そんなこんなで婚約者控えになったウィスタリアには、卒業を見据えた遠回しな縁談が山のように来ているとかで、通学を再開したあたしの両隣をキルさんとエピさんでガッツリかためてくれている。

 ふらふらーっと近付いて来る男子学生さんはお茶だの観劇だののお誘いやら、興味本位なのか親に情報収集を頼まれたのか女子学生さんの探る様な物言いやらといった、鬱陶しい話かけをいい感じにぶった斬ってくれる強い味方が側にいるってのはいいもんだよ。


 しかもだ、王子さんからの筆頭婚約者交代要請ってぇ事を父様が広めてくれたんで、捨てられて哀れな公爵令嬢ってぇレッテルが張り付(はっつ)いたお陰で、憐れみの視線やらお言葉やらをいただくものの、嫌味や妬みが無くなった分気楽な気分でいられるのがありがたい。

 ユーさんだったら公爵令嬢として、ユースティティア家の体面の為、自分に教育を施してくれた教師の為、多くの(しがらみ)の為に絶対にあってはならない状況なのだろうけれども、価値観の違うあたしからすりゃあそんな柵なんぞ、そこいらの犬にでも食わせときゃあ良いってんで。いや、実際に犬にって訳じゃあ無いよ?変なもんを食わせて犬の腹ぁ壊す様な事をするつもりはさらっさらないからね。


 男子生徒の家じゃあ、今なら最上級である軍閥の公爵家の令嬢を傷物としてお安く買い叩けるとでも思っているんだろうねぇ。父親が態々宣伝してるってぇ事も、ちょいと調べりゃあ分かる事だし、公爵家がユーさんのこの先を憂いて良い縁組を探しているって風にとれるからね。

 実際は、今後、控えになったんで堂々とこの先の道筋を公爵家主導で考えられるってぇ事を重視した結果だから、誰に何を言われても爺様が首を縦に振らない限りユーさんを手に入れる事は出来ないってぇ寸法だよぉ。

 アザレさんが王子さんの婚約者として王妃さんに認められるか、王子さんの代わりに王家の血を引いた坊ちゃん方の教育が順調にいけば、晴れてユーさんはキルさんと婚約を結んで次位様と父様の鉄壁の守りにご案内となるんだからね。その辺の難しい手続きやらは、門外漢のあたしには関係無いから指示待ちなんだけれども。


 王子さんとアザレさんは通学はしているものの、王子さんは王命で決められた婚約者候補を蔑ろにした事で、アザレさんは王家に入るには余りにも言動が軽率すぎるってぇ事で、特別授業がギチギチに詰め込まれているらしい。

 遠くの廊下を歩い(あるっ)ているのを見かけた時、運悪く目があったと思ったら、二人揃ってあたしに塩ぉ掛けて食っちゃおうってな感じの剣呑な目付きで睨んで来たんだけれども、中学生程度のお子様達に睨まれた所でどうとも思わないしねぇ。邪魔な婚約者候補達を排除して手に入れた大切な絆を大事に、二人の世界で完結していただきたいもんさね。


「そういえば、最近ぞろっぺぇ男子達を見かけないけれどどうしたか知っているかい?」


 貼り付けた微笑みだけは絶やさず、小声で聞けば、


「各家庭で教育中だそうです」


 同じく控えめな微笑みを貼り付けたエピさんが小声で返してくれた。


 基本的に貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは、将来の仕事や人脈の為に学園に通う権利があるんだけれど、それよりも何よりもお家が大事。当主の意向には逆らえない。

 ウィスタリアが婚約者候補筆頭を辞退した代わりに、候補になったアザレさんの周りを囲んでいたぞろっぺぇ連の姿は、身近な学生達だけでなく、そこから話が広まって、余計な口出しはしないものの、公然の秘密の様になっていた。だもんで、国としては国防の要の公爵家の娘への配慮をせず、淑女としての気構えが出来ていない様な伯爵家の娘を優先させたってんで、各家の体面ってぇもんが傷付いたと。


 例の武器補充に向かってからこっち、やたらと飛鳥に御執心だった魔法坊ちゃんと坊主の坊ちゃんからは、近況を書いた手紙が届いていた。顔の傷を治す手伝いをするってぇ名目なんだけれども、実際は傷なんぞ無いし、とにかく関わりたくないんで、毎回『お気遣いはありがたいが、価値観の違いで別段気にならない。仕事の関係上見た目云々であれこれされる気はない』ってな事をビシャビシャのオブラートで包まずに送り返している。

 あたしとしては態々返事を貰えるだけありがたいと思って欲しいのだけれど、治療魔術がどうのとか神の慈悲がどうのとか、東洋からの職人を自分方が治したら覚えがめでたくなるだのなんだのと、屁理屈を延々送ってくるのでどうしようもない。それこそあちらさんの御当主さんに大きなお世話だと言いたい所だけれど、薮をつついて蛇を出すってぇのも面倒が増えるだけなんで渋々お返事だけは書いて差し上げているんだよねぇ。いい加減、紙と時間と運ぶ人の無駄ってぇ事を学習してくれないもんかと思うよ。


「で、どうだ。学園で不都合は無いか?」


 部下に仕事を任せて悠々と休暇をとった爺様が、健康と体作りにこだわった夕食を摂りながらあたしに聞いた。あたしの前にはシェフが色々と手をかけた美容と健康に良いらしい食事が並んでいる。人に合わせて内容を変えるのは面倒ではないかと思ったんだけれど、鍛錬をする爺様達と同じ内容はだめらしい。そこはまあ、プロの料理人の言う事なんで、大人しく出されたものを食べている。美味しいし。

 父様はといえば、まだ何やらアザレさんを気にしてモニャモニャ言っているレルお兄さんと王宮の仕事部屋に泊まり込んでいる。仕事部屋と言っても、城の中央から伸びた軍の本部は命を掛けて日々王族やら要人を守る兵士が詰めていて、ある程度の位以上になると寝室や浴槽付きの専用仕事部屋が貰えるんだそうで。

 残念ながら、ユーさんの記憶では部屋がある事は認識していても、家族とはいえ淑女が出入りする場所とは言い難いので目にした事が無い。果たして、どんな部屋なのやら。


「別段不都合と思われれるような事は、何もございません。お祖父様のお心遣いに感謝致します」


 優雅な笑みを意識して浮かべるあたしの視界には、爺様の横にスッと出て来て食事の邪魔にならない位置にズラリと書き込まれた報告書を置くキルさん。

 再登校を開始してからこっち、声を掛けてきた連中の名前と内容を纏めたものだ。あたしも見せて貰ったけれど、だからどうとしか思えなかったし、ユーさんの記憶を総動員してまで対応しなくても良いと思ったので、ああ、こんなに居たんだねぇと思いつつ、キルさんとエピさんの記憶力に舌を巻いた。


 夕食を終えサロンに移動してからは、あたしの事を知っている人しか部屋に入れない。

 キルさんの呆れ顔を無視して、大きく伸びをしてからソファに座り込めば、報告書の束を握った爺様がニヤリと笑う。


「ユースティティア家も馬鹿にされたものじゃな」

「どうなんですかね?ユーさんの基準じゃあそうなるのかも知れませんけど、家同士の結婚って枠で考えたら商売の延長みたいなもんだし、とりあえずご機嫌伺いしてうまくいきゃあ儲けもんだし、失敗したところで大した痛手は受けないんで」


 ミントの入った白湯を飲みつつ爺様に目をやれば、眉間に皺が寄っている。だめだよぉ、不機嫌な顔のままかたまっちまうよ?


「赤信号もみんなで渡れば怖くないんで、と、これじゃあ伝わらないね。おっかない魔物討伐も、一個師団でアタりゃあ怖くないってとこですかね?周囲全員魔物が悪い、自分の攻撃で止めが刺せりゃあ大金星ってんで、周囲みんながユーさんが王家のお眼鏡に敵わなかった傷物令嬢ってぇ認識を持っている状態で、声を掛けるだけでもしかすると手に入るかもってんなら気軽に声を掛けるに決まってるよねぇ」

「声を掛けたとて、自分より家格の低い相手に先に声を掛けられる様な無礼をウィスタリアとして振る舞うシオンが許すとは思えんが?」

「学園だからね、そのルールは通じないですねぇ。内容がどうあれ、理屈と膏薬はどこにでも貼り付(はっつ)くんで。ユーさんでも同じ事になると思いますよ。言動を自然に任せてたらこうなったんですから。まあ、少なくともあたしと違って、相手の言葉や態度を覚えておいて、自分用の記録なりなんなり取っておくのでしょうけれど」

「儂等はウィスの気持ちを殆ど聞かないでいたのだろうな」


 嘆息する爺様に、あたしはひらひらと手を振った。


「入学してからは特にそうですね。まあ、仕方が無いのですよ、男親なんてそんなもんで。ユーさんは国防の要である爺様と父様を敬愛していたからこそ、心配を掛けたくなかったですからね。相談こそ出来なかったけれど、決して粗雑に扱われているなんて、これっぱかりも思っていませんでしたよ」

「そうか、ウィスは、優しい娘に育ってくれておったのだな」


 鼻から涙を流さないでおくれでないかい?あたしの方が居た堪れないさね。


「後悔ってぇのは後から悔やむから後悔なんで。それよりお子さん方に囲まれて、疲弊しているあたしを労って貰えると助かるねぇ」


 ニヤニヤと口角を上げれば、『変な顔になっていますよ』とキルさん。何を言っているのかね、このお兄さんは。可愛いユーさんの顔が変になるわけないよ。変なのは表情の方、面倒だから訂正しないけれども。


「それなんだが、どうもシオンは自称している年齢の割に幼いからな」


 失礼な、と言いたいけれど、あたし以外の全員が爺様の言葉に頷いたり、苦笑いを浮かべたり、視線を逸らしたりしているので、我慢してあげるよ。全く、あたしゃあ空気の読める大人だからね。

 そりゃぁね、エルトリアのお貴族様は幼い頃から将来を見据えて教育されているんだから、あたしが子供っぽく思えても仕方が無いだろうけれどもさ、一応妙齢の淑女なあたしを中学高校生と一緒くたにするなんざぁ、ちょいとばかり失礼だと思ってくれてもバチは当たらないよ?仕事だってちゃんとしているのにさ。

 みんなしてあたしの事を仏様みたいに慈悲深い半眼で眺めて来るなんて、どんな同盟を組んでいるんだい?


「勿論、シオンの苦労は良く分かっているつもりであるし、苦労して身につけた職を持つ立派な大人だと思っておるぞ。都合上、大切な仕事が余暇活動になってしまっておるが、そこを許して貰っている分、儂等は全力で応援するしバックアップするからな」

「良いんですけれどね、その辺は理解しているつもりなんで。本来なら、手が荒れるような手仕事なんぞ止められて然るべしだと思ってますんで」


 今更だ。お貴族様の白魚の様な手は、彫金師の荒れたゴツゴツの手と全く違う。身代わりをする以上絶対止めろと言われりゃあ、あたしも泣く泣くこっそりやる所だけれど、身代わりだけでもありがたいのに好きな事を我慢させるのはあってはならないと言う爺様の気持ちに応える程度には頑張っていきたいね。

 一番頑張っているのは、作業の度に気合入れて手の手入れをしてくれているエピさんだけれど。何としても、お嬢様の手を守るんだそうで。謎のクリームを塗ったり揉んだり摩ったりと大忙しだ。


 学園は貴族社交の縮図。子供は親の言動を良く見ているから、そこをキッチリ観察して考察して現状を当てはめれば、多くの情報を手に入れる事が出来る。王子さん達が抑えられている今、婚約者候補控えになったユーさんに対してどんな言動を取るのか、それ以外にどういう動きをしているのかをしっかり見る為の通学は、あたし以外の優秀な面々によって、色々と分析共有されているらしい。

 嫌味や当て擦りなんぞは幾らされた所で平気の平左のあたしだけれど、鳥肌がたっちまう様なおべっかやお愛想にはとことん弱い。それを我慢してまで通っている甲斐はあるね。

 その情報交換分析の会場で、茶ぁ啜ってるだけの係だけれども。


 ふとキルさんと目があった次の瞬間、気のせいか悲しそうな表情で視線を逸らされた。あー、これはあれかね?お嬢様の身体でお行儀悪くしているのを見るのが辛いのかね?

 右手に茶碗、左手でガシガシを頭を掻けば、エピさんがすっ飛んで来て櫛でボサボサになったと思われる頭を直してくれた。仕事増やしてごめんねぇ。

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