方針の擦り合わせは入念に、だよ
名探偵、皆を集めて、『さて』と言い。じゃあ無いけれど。
「さて、ユーさん関係者が揃った所で、報告と今後の方針を纏めたいと思いますが、ようござんすか?」
あたしの言葉に、爺様、父様、ルーストさん含む公爵家直属の皆さん、信頼のおける邸関係の方々といった、『ユーさん安心してお帰りなさい対策委員会』のメンバー一同が頷いた。
折角なんでタウンハウスの会議室前に下げようと思って用意した、渾身の墨書き墨痕黒々、対策本部の縦長看板は、キルさんに『読めませんが怪しいので捨てておきますね?』と笑顔で回収されてしまった。ああ、何てぇこった、悲しいよ。態々、こっちに来て初めて米やら何やらを融通してくれて以来懇意にしている商会の番頭さんに特注して、でっかい看板用の板と秦の筆と墨を取り寄せてもらってまで作ったのにねぇ。
キルさんにはちょいとばかり遊び心が足りないよ。刑事ドラマの何とか事件対策本部みたいでかっこいいと思うんだよ?
とはいえ、怪しまれてアザレさんに筒抜けになったら困るんで、大人しく従ったけれどさ。
で、現在、その渾身の看板は中庭の手入れで出た、枯れ葉やら倒木やらと一緒に、中庭の溜池横で絶賛焼却中だ。遠赤外線効果を狙って周囲に濡らした紙で包んだ芋を置いて来たけど、偶にひっくり返してくれと頼んだ庭師の爺様が、上手い事焼いてくれますように、と祈るしか出来ない。
「ユーさんがずっと積み上げてきた信頼を根底から覆される事を知ったのが、学園卒業寸前。で、現在、三年生も半ば過ぎ。ここまでで、あたしは王子さん達と距離を保って来ましたが、どうもこれで良いのか悪いのか、はっきりしないんで」
あたしの言葉に皆んなが首を傾げる中、爺様が続きを促して来るので話を続けた。
要は、ユーさんは王子さん達に裏切られてエルトリア公爵令嬢として破滅と言える立場に追いやられそうになって絶望した訳だけれど、それはつまり、王子さん達がアザレさんに傾倒したからであって、そうでなければユーさんは王子さんと結婚して幸せになりたかったのではないかってぇ辺りの気持ちが不明瞭なんだよね。
あたしはユーさんの記憶を踏襲したけれど、その中には王子さん達を信頼し、好きだってぇ記憶がある。それ以上に、裏切られた絶望の記憶があって、妖精とやらの話を聞いたあたしは原因である王子さん達と距離を開ける選択をしたんだけれども、それで良いのかどうかが分からない。
大前提として、あたしが王子さんと良い関係を築くってぇのはお門違いだ。ユーさんの気持ちはユーさんのもので、あたしが王子さんと仲良くなっておいて、入れ替わるってのはあたしの中で納得がいかないからね。
でだ、エルトリアではそれとは別に家同士の都合ってのがある。こっちへ来て二年目に爺様に土下座をして事情を話した時点では、君子危うきに近寄らずってんで、王子さんの婚約者候補として最低限のお付き合いにとどめるってぇ方針になったけれども、これから先それで良いのかどうかってのを確認したい。
仲の良い関係は築けなくとも、王子さんの婚約者候補としての体面は保つべきなのか否か。あのすっとこどっこいを更生させて差し上げましょうってな御大層は申し上げないし、申し上げたく無いけれど、公爵家の財産はこの国の国民の血税からも出ている訳で、それで生活している限りは義務ってぇのが生じるからねぇ。
ま、実際は王妃さんやらその他、飛鳥のご贔屓さんから頂戴した装飾品の代金で、ユーさん一人の暮らしにかかる費用くらいは稼げているんだけれども、それはあたしがここにいるからであって、居なくなればそれでまでよ、だ。
現状使えるカードは、公爵家が管理している伯爵領と子爵領を継ぐってのと、各地域の特産品なんぞの販売網を纏めた商会の代表者、慈善事業に特化した部門の代表者、って所かねぇ。
「儂も息子もウィスの悩みを解消出来なかった上に、いつまでも見守れる立場じゃ無いからな」
「あー、先におっ死にますもんねぇ、順番通りに行けば。未だにレルお兄さんとユーさんの仲は当たらず障らずってぇとこですんで、兄妹の仲が良好ってぇ状況でも、お嫁さんが来たら変わる事も多いんで」
「シオン様っ」
「良い良い、キルハイト、シオンの言う通りだ。寧ろ、順番通りに行かない方が不幸というものだし、レルヒエも表面上はウィスの立場を理解しておるような言動ではあるが、伯爵家の娘を気にしておるのは変わらん。あの娘を我が公爵家に迎え入れる事は有り得ぬが、なんだかんだと学園で面倒を見ておるようだからの」
うむうむ、と頷く爺様と、その隣で微笑む父様。父様がレルお兄さんの指導を始めてから、青春学生生活を謳歌しようとする息子を諌めつつ、公爵家の内々の仕事の手伝いや、軍の事務部門の手伝いとして頻繁に呼び出しているそうで、学園で見かけるぞろっぺぇ連の中に入っていない事も多い。
「ウィスは王孫殿下を好いておったのか?」
「いやあ、どうですかね?信頼してはいましたし、並び立ってお互いを支えつつ国を盛り立てようってぇ気概の記憶はありますが、さて、恋愛となると、無いような?入学するまではお城や公爵家で一緒に茶ぁ飲んで、王子さんの語る理想のエルトリアってな話を笑顔で聞いて、それに対して自分はどんな役割を果たせるかってぇ事を考えたり、取り留めのない話を真面目に検討したり、黙っている王子さんを思いやってそっとしておいたりってぇ感じですかねぇ。公爵家に生まれて将来王妃としての期待をされている事に対して、誠実に応えようってぇ記憶は山ほどありますが」
これは前にもお話ししましたよね?と付け加えれば、情報の確認と共有は大事だからなと返してくる爺様。仕事が出来る御仁だよぉ。
「やはり王孫殿下との婚約は解消して構わんな」
「ユーさんは公爵家の娘として人の役に立たねばならないってぇ矜持がありますから、そこを抑えておけば問題無いんじゃぁないですかね。そりゃあ将来の王妃ってぇ重責に比べたら、伯爵領他、管理者ってぇ仕事は規模は小さいけれど、規模の大小に関わらずそれを必要とする人からすれば上下ってぇのは無いんで」
「これは聞いておらなんだが、ウィスが心を寄せておった者はおるのか?」
うーん……。
「居ませんね。正直、そんな事より将来への準備と心構えと責任感で埋まっているんで」
「ウィスの気持ちを慮って、隠している、という事は、いや、シオンに限ってそれは無いか」
「そうですねぇ、無いですけれどもね、何かこう、あたしを恋心とかに疎い朴念仁みたいに思っておられませんかね?」
「い、いや、まあ、のう」
「実際そうなんで構わないんですけれどね。本当に無いんで、あたしの性分がどうであろうと無い袖は振れないんで」
「ナイソデとは?」
「ああ、ええとですね、陽とかの伝統服で袖が下にだらっと垂れている、あれをこう振ったらお断りの合図なんですよぉ。縋られて振り払ったら、邪険にするの意味で袖にする。服から例えた言葉で、今の話には関係無いので、使わなければ良かったんですけどね、こう流れでつい」
「それこそ構わんな。シオンが好きに話せばいい。兎も角、ウィスは殿下にも他の者にも興味は無いのだな」
「恋愛という事で言えば無いですね」
「責任というのは重要ではあるが、苦しんでまで応える必要のあるものと無いものがあるな。これは必要の無いものだ」
うんうんと頷く爺様達一同。
こっちも頷きかけて、十五歳の娘を捕まえて恋愛事情を聞くってぇのは随分と野暮天な話だよね、と。
確かにさ、適齢期ってぇやつが早いし、立場が高けりゃあ早々に動くってのも分かるけれど、当たり前の様に男親が先行してあれこれ決めるってのにはちょいと違和感がある。
しかも、こうやって意向を聞くだけでもかなりの譲歩だってぇ事だから、現代日本で色恋沙汰にはトント縁が無かったあたしにはこれっぱかりも理解不能だ。ユーさんの記憶が無かったら、呆然として悄然として当然の様に愕然としていた所さね。
「王子さんの婚約者候補を辞めたら、他の人と婚約しないといけないんで?」
「出来ればの。いや、無理にとは言わぬ。ただな、厳しい王家の嫁入り前教育を受けたウィスを欲しがる家は多い、国内外問わずな。政治バランスがあるから、どこへでもとはいかないが、強い理由も無く婚約者を定めずに居れば、よからぬ輩が力ずくでウィスを手に入れようと画策する事もあろうな」
「勿論、ウィスの気持ちが分からないという事だけでなく、代わりに付き合わなくてはいけないシオンの気持ちも大切にしたいと考えているからね、無理は絶対させないよ。ただ、決めないでおくと陛下や妃殿下の命が下った時に回避のしようがないからね」
爺様に続いて、父様が困った顔であたしを見た。
無理強いをさせる気がないのは分かっているけれど、それをひっくり返す王命ってぇのがこの国にはあるもんねぇ。
「閣下、ご提案よろしいでしょうか?」
「キルハイトか。普段シオンと一緒にいるが、妙案があるか?」
「正直に申し上げますと、代理とはいえシオン様がお嬢様として婚約者の方とお付き合いするのは無理がございます」
「というと?」
「ご覧下さい、このご様子ですよ?」
何故かみんなの目が生あったかいんだけれど?何か悪い事してるかねって、あれか、秦のだぼっとした部屋着で、ソファの上に胡座ぁかいて、茶碗掴んで茶ぁ飲む合間に、口にビスケット咥えながら資料見てるからだね。
一応、あたしだって気ぃ使って、手首や足首を晒さない様にはしているんだけどね。
大きなため息を全員に吐かれた所で、あたしが態度を変える訳も無く。
そりゃね、出るとこに出たらきちんとするけれどさ、今は事情を知っている人達だけで、機密保持もしっかりしている場所なんだから、将来戻った時に、あたしがあたしらしくありたいと思うのは当然だ。爺様も他所様の目が届かない所、節度を守って危険が無ければ、多少だらしなくっても構わないって言ってくれているし。
「仮の婚約をしてくれる方を探したのち、多言語を習得されているのですから卒業後にはユースティティア家の外交部門に参加されるという形にするのが一番落ち着きが良いかと。お嬢様がお帰りになってから、婚姻の事はゆっくり決めれば宜しいのではないでしょうか。閣下も公子閣下も、お嬢様の婚姻の時期よりも、お気持ちを優先されますでしょうし」
「そうだな。だがそうなると、事情を知っていて口が固く、シオンに付き添える者でないとな」
成る程。
爺様率いるエルトリア軍は戦うのが主旨では無くて、必要なら戦うけれど戦わずに済むのならその方が良い。となると、他国との小競り合いになる前に、軍部として会見をする事も多々ある訳で、大陸共通語だと微妙なニュアンスが異なる為、通詞が、しかも当たりの柔らかな女性の通詞がいれば事はスムーズになる。
しかも、ユーさんは身内なので身柄調査も要らないし、信用調査なんてとんでもないってぇ立場だ。王子さんの婚約者候補を辞めても、能力をフルに使えるってぇ寸法だね。
実際がとこ、今は未だ、アザレさんの婚約者教育が途中だから候補として残っているけれど、爺様なら王様や王妃さんに先の先までの予定をお願いして許可をいただく事が出来る。
名目上の婚約者候補として暫く様子を見つつ、王様と王妃さんにユーさんの仮婚約を認めて貰う。で、ここまで適当にあれこれやらかした王子さんが本当に王様になれるかどうかは分からないけれど、アザレさんと一緒に頑張っていただく。
王様と王妃さんはその影で他の王族の子供を数人選んで初等王室教育をしつつ、王太子さんとこに子供が生まれるのを待つ、と。
「閣下、公子閣下、何故私を見つめているのですか?」
ユーさんの常識をベースにつらつら話を聞きつつ考えを纏めていると、キルさんがのっぺりした声を出した。
そっちに目を向ければ、眉根を寄せていやーな気分を露わにしたキルさんと、それを見る皆さんの生あったかい視線。おや、生あったかいの矛先が変わったよ?
「ウルザーム家は代々ユースティティア家を支えてくれておるな」
「キルハイトは三男ですから、小難しい手続きも要りませんね」
「結婚するしないは別として、ウィスの側使えなのだから、当然公務の補助もするのう」
「シオンとの付き合いも長くなっていますしね」
キルさんの緑青色の目がウロウロと彷徨った後、あたしとバッチリ視線が合った。あれだね、通り雨にやられた犬みたいな顔になってるよ。
「キルさん、宜しく頼むよ」
「シオン様は宜しいのですか?」
「宜しいも何も、問題は無いさね。今すぐ結婚して教会でカッポレ踊れってんなら断るけれど、今の生活が変わる訳じゃああるまいし」
「シオン様は良く、私は年上だって仰っておられますよね?ルースト隊長の方が宜しいのでは?」
「やだよぉ、あたしゃあ人の恋路を邪魔する趣味は無いよ?ルーストさんには鍛錬の後に、タオルやらを差し入れしてくれるお嬢さんがいるじゃあないか。あたしゃ知っているんだよ?表通りの小洒落た酒屋の横にある小道の先に、ちょいと乙な、しかも可愛らしい茶器のある喫茶店が」
「シオンさん!何故それを?」
「何故も、ハゼも、オゼゼも無いよ。街ぃぶらぶら歩いてシンコ細工売っていたら、普段着のルーストさんが可愛らしいお嬢さんと適切な距離をあけつつも恥ずかし嬉しな空気を出しながら歩っていたから、何か面白い所でも行くのかと思って着いてっただけだよ。あれだね、あの喫茶店はタルトタタンとやらが絶品だね。いやいや、教えてもらったようなもんだからお礼を言うよ、ありがとう」
何故か頭を抱えてしゃがみ込むルーストさん。非番の時に可愛いお嬢さんと歩って、それを見られたからといって問題は無いでしょうに。第一、あたしにルーストさんの仲間が護衛で着いているんだから、邪魔をするなんて野暮な事しないで、みんなで幸せな恋の道行を見守っていた位だよ?
結局、頭を抱えるルーストさんとキルさんを置いて、ウィスタリア・ユースティティアの王孫婚約者候補辞退と、キルさんとの婚約までの流れが決定した。
これであたしも心置きなく、今以上に王子さんとの距離を空けられるし、候補から外れれば王子さんに憧れる女生徒達から向けられる思い違いの嫉妬からも逃れられるよぉ。
ありがたいねえ。
勿論、直ぐってぇわけにはいかない。ただでさえ、婚約者候補のお二人さんが先行して候補解除されたばっかりだ。けれどね、道筋が定まって、ゴールが見えてりゃあ気分が良いからね。
爺様と父様がニヤニヤと笑いながら計画を立てる中、あたしは得意先になった陽の食品を扱う商会から差し入れられた試供品の豆餅を齧って、次の手仕事の計画を頭に巡らせる事にした。




