王妃さんが王太子さんに狙いを定めたみたいだよ
長閑、且つ豪華な庭の一角。ユーさん知識として知っている様々な品種の薔薇に囲まれたティーガーデン。
大き目の丸テーブルで目の前には王妃さんと王太子妃さん、右手にエルトリーべさんとプリュネさん。表面上は和やかに、内心はお互い探り合っている様子がヒシヒシと感じられるから、厄介な話だよぉ。
嫌なお茶会に招かれちまったねぇ。
爺様は『断っても構わないぞ』、父様は『行かないという抗議の方法もあるからね』と言っていたけれど、居ない所で良い様に役割を押し付けられちゃあ堪らない。エルトリーべさんとプリュネさんもおんなじで、お誘いが届いた翌日の学園でお二人揃ってお昼休みの休憩中に現れて『ユースティティア様は王妃様の会に出られるかしら?』と聞いて来たからね。不参加って訳にはいかないよ。
お二人さんはこの面倒事が片付いた後の、身の振り方を決めているという事を匂わせながら、『ユースティティア様のお立場ですと、色々難しいと思いますけれど、わたくし達も年長者として思うところがありますもの、ねえ……』ってな言い方で、婚約なんて嫌だよ仲間だよね?お互い力を合わせましょうてな事をおっしゃったから、笑顔で『ありがとうございます。祖父も喜びます』と返しておいた。腹芸の苦手なあたしとしては頑張った方だと思う。
「ウィスタリアはどんな理由であの娘を推薦したのかしら?」
「申し上げます。推薦したのではございません。王孫殿下から信頼されていらっしゃる様ですし、周囲からお二人の距離について多くの疑問をいただいております。婚約者候補であれば不審に思われないかと考えました」
(推薦じゃあないよ。連中が問題を起こした挙句に『推薦したウィスタリアが悪い』なんてぇ事になったら、堪らないからね。他の坊ちゃん方が居るとしても、二人の態度は常識外れ。せめて婚約者候補にして、周囲の詮索がこっちに向かないようにして欲しいもんだよ)
良い笑顔で『そうでしたわね』とかわしてくる百戦錬磨の王妃さん。他愛ない話が続く事暫し、口元に微笑みを湛えたままスッと真顔になった。
「ところで、三人に聞きたいのだけれど、婚約者候補という立場で無くなった場合には、一体何を持ってエルトリアに貢献してくれるのかしら?」
三日月を真横にした様な目で、順々にあたし達に視線を向ける。
「プリュネ様、ウィスタリア様、年嵩のわたくしからお話しても宜しいでしょうか?」
テーブルの下でぐっと拳を握ったエルトリーべさんの言葉に、あたしとプリュネさんが小さく頷く。
「光栄な事に妃殿下にも認められております通り、我がグロースターべ家は魔道具の研究と製作を行なっております。僭越ながらわたくしも女だてらに幼き頃より工房に出入りして、身近な生活向上の為の魔道具開発に携わらせていただいて参りました。わたくしとしては魔術研究が進んでいるヴェルキア魔道皇国に留学し、彼の国の技術を学び、我が国固有の魔道具を広められたらと考えております」
エルトリーべさんの答えに頷いて、王妃さんの視線がプリュネさんに向いた。どうやら年齢順になった様だね。
「マスキュール家は辺境にて国を守るという栄誉を預かっており、私も幼き頃より婦女子に出来る国防とはどの様なものがあるかと学んで参りました。私達辺境伯家は他の防衛に付いている家との繋がりを大切にしておりますが、外側から見た時に力が強くなりすぎると懸念される事も理解しております。故に、王家との婚姻の重要さを理解した上で、我が家とは離れた辺境伯家であるフィデース辺境伯家との婚姻が検討されている事は皆様ご存じかと思います」
元々、プリュネさんはフィデース辺境伯家の坊ちゃんと婚約する予定だった所を、あのすっとこどっこい王子に特定の婚約者を作らなかったせいで、王孫婚約者候補になってしまっている。
これも収まりのいいユーさんが婚約者ではなく候補に過ぎないせいだと言われればそうかも知れないけれど、爺様も父様もユーさんを大切に思っているからこそ、後に引く事が出来る候補者でお願いしたんだよねぇ。その気持ちをはっきりユーさんに話していりゃあ、責任感に押し潰されなかったとも思うんだけれど、こればっかりは各自の性格なんだから仕方が無い。
フィデースさんとこの辺境伯夫人は王太子さんの妹さんだし、坊ちゃんはプリュネさんより年上で王都で行われる交流会で王家を交えて歓談したりしているそうだから、そこんとこがくっつくのは良いよねぇ。プリュネさんが王子さんと結婚した場合、プリュネさんの妹さんが嫁に行くらしいんだけれど、ちょいとばかり年齢が離れていて、今現在で親戚のお兄ちゃんと面倒を掛ける女の子みたいな関係になっているとかなんとか。年の差も本人達が納得しているのなら良いけれど、小さな妹ちゃんに一切の選択肢が無いってのは可哀想だ。
王孫婚約者候補として問題の無い言葉選びで、王子さんとの結婚よりも元々あった縁を結びたいとプリュネさんが言えば、黙って頷く王妃さん。さて、次はあたしだね。
「ユースティティア家は王国軍の将軍としての地位を下賜されており、王国の剣と盾としての役割を担っております」
そうなんだよ、剣と盾。軍備は常に非常時に備えなければならない。そこをあたしが云々言っても意味が無い。
だからあたしは『ユースティティア領地の繁栄』に焦点を当てて話をする。爺様は護国軍神と呼ばれる程強い。父様は緻密な作戦を練る参謀として名高い。その分忙しくて領地の管理が浮いている。
執事のシュザームさんを筆頭に、信頼出来る侍従の爺様達があれこれ采配してまわしているんだけれど、それを見ていたユーさんはお手伝い出来ないもんかと考えた。で、学んだ。なので、ウィスタリアの頭の中には、ユースティティア公爵領のより良い運営方法が入っている。
軍備に必要なのは鍛錬した兵士達と武器防具に兵站。更に人的戦いや魔物襲撃の被害に遭った場所への補給品。
領地に大きく手を入れる為には爺様か父様の許可がいるけれど、忙しい二人にそんな時間は殆ど無い。シュザームさん達が行えるのは現状維持だから、そこにウィスタリアが爺様の名代として開墾や日用品の工場なんかを作れば兵糧やら何やらの余裕が出来る。
勿論、比較的時間のある青春謳歌中学生レルお兄さんでも良いんだけれど、それを言ったらユーさんが候補者のままになってしまうから言わない。
婚約者候補として支えるのではなく、この先、王国の剣と盾を支える基盤の一つを作る事に尽力したいと結ぶと、王妃さんの口角がほんの少しだけ上がった。
「成る程。三人ともエルトリアの為に多くの事を考えてくれているのね。そうは思わないかしら、リルス?」
「妃殿下の仰る通りでございます」
「あらあら、今は身内のお茶会なのだから、母と呼んでくれて構わないのですよ?」
「はい、お義母様」
ずっと当たり障りの無い表情だった王妃さんが王太子妃さんに向かってにっこりと微笑んだ。怖いよ。
「未だ学園に通う娘達がエルトリアの為に考え行動する事について、リルスはどう思ったのかしら?」
「大変素晴らしい事かと」
王妃さんは笑顔のまま、王太子妃さんから視線を離さない。エルトリーべさんとプリュネさんの緊張が伝わって来た。
にしても、面倒だねぇ。聞きたい事をズバッと聞きゃあ良いのにさぁ。我慢比べして、後から尻尾を掴まれない様に明確な言葉にしないから、無駄な時間を使うはめになる。とまあ、そう思うのはあたしだけで、自主的に王妃さんの考えを推測して答えましたってぇ体裁を取らないといけないのが現状だ。
早く帰りたいねぇ。天気も良いし、慈善院で紙芝居でもやりたいよ。前回はあたしの絵が怖いって泣かれたから、リベンジしようと思って入魂の新作を用意しているんだからさ。
黙って微笑む王妃さんの後に控えていた婚約者候補の教育係でもあるグランフェット伯爵夫人が、王妃さんがテーブルをとん、と指で叩いた次の瞬間、椅子の傍に出て来た。
「妃殿下が王太子妃殿下の義務について問われておられます」
おやおや、助っ人登場といった所かい?教育係の御三方が後方に控えているのは、直接言って問題になるのを避ける為なんだね。でもまあ、どう見ても、姑が嫁の気にいらない所を問いただすというには変わり無いけれどもね。
「王太子妃として慈善事業や福祉、学校の設立や運営、国内外の視察及び要人おもてなしを_」
パチン。
王妃さんの手元の扇子が良い音をたてた。本来なら、音無しの形で当然の所を、態と音をたてるんだから気の長い話さね。音と同時に王太子妃さんの体が小刻みに震えてるのが、ちょいとばかし可哀想な気もするが、あのお気楽王子さんの母親だから同情はしない。
三十も半ばの王太子妃さんは子爵家出身の才女で、王太子さんとは学園の同級生という縁で知り合った。栗色の髪を大きくくるくると巻いて、栗色の瞳の周りも唇も桃色に塗って、着ているドレスはサーモンピンク。王家の派手な見た目の中だと地味だけれど、その乙女チックな色味と若向けのドレスとメイクに彼女の頑張りが見え隠れしているねぇ。
王太子妃さんは当時王孫だった王太子さんと運命の恋に落ちたんだそうで、成績優秀でずば抜けた治療魔法を使える彼女は王太子さんと手に手をとって、王家の課題に立ち向かい、当時の王孫婚約者さんに頭を下げて許しと教えを乞うた、らしい。で、その思いに胸を打たれた婚約者さんの侯爵家が、養女にしたんだとか何とか。
らしいってのは、王太子さんが横紙破りをしたから正確なとこは緘口令が敷かれてて、ユーさんは美談になった記録しか目を通していないから。爺様達は宮廷政治になるったけ関わらない様にしているし、当時は外に出ていて憶測や噂話で判断しない人達なもんで、そっちからも正しい情報は入って来ない。知っていても、そんな話をする御仁達では無いしねぇ。
「陛下は王太子に第二妃を考えていらっしゃいます」
「そんなっ⁉︎ お義母様、どうかお考え直しを!」
「太子妃殿下、わたくしは陛下のお考えと申し上げました。妃殿下に嘆願なさるのはお差し控え下さい」
「あ、え、あの、ではせめてお口添えを」
張り詰める空気。王太子妃さんとその侍女さんの顔面が蒼白になって、候補者御二方がテーブルの下で拳を握る。
うーん、お二人さんはそんなに怖がらなくても良いと思うよぉ。ユーさんを筆頭に、御二方は王家の要求にきちんと応えていたんだからさ。王子さんがトチ狂って暴走しているのを何とかしようとして、それを何度も拒んだのは王子さんさね。
で、今責められているのは王太子妃さんだよぉ。
「わたくしは陛下の唯一の妃なのですけれど、その理由はお分かりかしら?」
やっと口を開いた王妃さん。質問のテイをとっているけれど、これは確認だ。お前さんの罪は分かっているよね?ってね。




