女神の御神託があたし以外にはあったそうで
「どうやっても、どう言っても無理だよねぇ。王妃さんの依頼をバラすなんざぁ、正気の沙汰じゃあないよ」
「シオンさん、食べるか話すかどちらかにした方が良いですよ」
「だってさ、あのボンボンが食事中に来るから、食べきれなかったんだよ?歩きながら片手で食べられるサンドイッチでよかったよぉ。これがオムレツかなんかだったら、両手にスプーンと皿ぁ持って食べ歩きになってたからね」
「それは絶対に許しませんからね。第一、ここには生徒の目が多すぎますので、サンドイッチだろうがオムレツだろうが歩いて食べるのは禁止します」
「ちょいと、あたしのサンドイッチを取り上げないでおくれでないかい?午後の授業でお腹ぁ鳴ったらどうするのさね?キルさ、いや、キルハイトの大切なお嬢さんがだよ、教室で高らかにお腹ぐーぐー鳴らしながら無表情で授業受けてたら怖いだろうよ」
「そこは精神力で抑えて下さい」
「無理だよ、心頭滅却したって火は暑いし、氷は冷たいんだよ?熱い風呂は良いけれど、それだって限度を超えたら石川五右衛門だって釜から飛び出すよ?精神は肉体を凌駕しないさね」
「イシカワゴエモンって誰ですか?」
「そうやって話を逸らさないで下さい。仕方がありません、チョコレートをあげます」
キルさんが魔法の様に手持ちのバッグから手のひらサイズのチョコレートの箱をふたっつ取り出して、あたしとエピさんにくれた。流石出来る従者は気が利くね。エピさんにも渡すってのが良い。あのぞろっぺぇ連には思いもつかないよ。けどねえ……。
「いただいて文句を言うのも悪いんだけれど、これっぱかりじゃあ後を引いていけないよ。良いよ、我慢してお腹ぁ鳴らすから」
「我慢する所が違います。はい、もう一箱あげますから、ちゃんと授業を受けて下さい」
「もう一声」
口角を上げて手を出せば、ふうっとため息をついてチョコレートの箱を載せてくれるキルさん。小煩い小姑みたいではあるものの、ちゃーんとやる事はやってくれる。ありがたいねえ。箱を開けて一つ口に放り込む。
「ですから!歩きながら食べないで下さい!」
ちょっと怒りん坊だけど。いや、あたしが怒らせてるんだね。ごめんよぉ。
ーーーーーー
「ふーむ、儂が出ている間にも色々あったのだな」
「残念ながら色々ござんしたねぇ。でもまあ、父様も柳に風、蛙の面にション、いや、ええと、まあ、上手い事受け流して下さったんで助かりました」
危なく渋爺様に向かって、小汚い例えを使う所だったよ。あたしだって27の妙齢のレディだからね、気は使うよ。
「それにしてもレルヒエにも困ったものだな。良い歳をして殿下を諌めねばならないのに、率先して妹に無理を言うとは」
「実際は血が繋がらない所か、生まれ落ちた世界すら違う27の小母さんですけれどね」
「それは良いのだ。知らないとはいえ儂らが認めた義娘なのだし、ウィスの代わりを務めてくれているのだから、家族として守るべき立場であって然るべきだ。あれの母が早く亡くなり、ジジイと男親しかいなかったとはいえ、儂らが真面目に務めている姿を見て学んでくれると思っていたのだがな」
しょぼんとする爺様。ご老体がしょんぼりするとこっちが悲しくなるので、澱粉のりを作る序でに作ったおにぎりをそっと出す。シンプルな塩握りをガシッと掴んでもぐもぐする爺様。渋爺様にはおにぎりがよく似合う。
「エルトリアの坊ちゃん方の精神的な成長がどんなもんかは知りませんけどね、今、ユーさんがいるあたしの国じゃあレルさんだって大人になりかけの歳で、悩んだり失敗したり無茶をしたりして結局は大人が手助けする様なお年頃なんですよぉ。異性が気になって、体と心のバランスがおかしくなったり、無駄に暴れたりね。後継の長男だってんでレルさんも気ぃ張ってやって来た所に、お友達も同じ様に色んな悩みがあって、それまで気軽に話せる友達みたいだった女の子を改めて異性として意識したってぇ状況ですもん。こう生あったかい目で見てやれば良いと思うんですよね、直接的な関わりがなけりゃあ」
「あるから困るな」
「あるから困るんですよ」
執務室のテーブルの上に乗った視察の資料を二人で目を通しつつ、お盆に載せたお茶を飲みつつ、青春ぞろっぺぇ連の話をすれば、苦笑いを浮かべる爺様。基本的にデスクワークは嫌いだと言うので、ユーさん十八歳の素晴らしい知識でお手伝い。
一見訳の分からない書類を見ながらペンを手にとれば、あたしの知らないけれど知っている処理方法が湧いて来る。ここに来てちょくちょくあるこの感覚には大分慣れたけれど、やっぱりちょいとばかり薄っ気味悪い。使えるもんは何でも使うけどね。
「そういやあ、爺様と父様はユーさんの事を心配しておられないんで?」
「む?いや、心配は常にしておるぞ。知らない世界で困っていないか、儂を呼んでいないか。儂がいなくて寂しがっていないか?儂の力を必要としていないか、とかな」
爺様、多分だけれど、爺様が思っているよりユーさんは爺様の存在をアテにしていないと思うよ。悲しいけれど、そんなもんだよ。
「何故急にそんな事を聞くのだ?」
「いやあ、だってね、あたしがこっち来てからもう二年、爺様達に事情を打ち明けてから一年ほど経つじゃあないですか。あたしがいうのも何だけど、あたしの話だって与太の可能性がございましょう?あたしとしても信じて貰いたくて頭ぁ捻ったんですけれどね、やっぱり離れ離れってぇのは良くないですよ」
「おや?シオンはルクラティ神の御神託を受けておらんのか?」
「ゴシンタク?ああ、御神託ですね。さて、生まれてこの方、初詣行って手ぇ合わせて、灌仏会には甘茶でかっぽれして、試験の前には道真さんにお祈り、鬱陶しいカップルにイライラした時は弁天さんとこ、酉の市には熊手ぇ買って、年末にゃあ鐘ぇ鳴らして、結婚式や葬式に呼ばれりゃあどこの宗派だろうがその場の指示に従って生きてきましたけれど、御神託なんていうご大層なもんにはとんと縁がございません」
「シオンの話の半分以上は分からないが、ルクラティ神の御神託を受けておらんのだな?」
「その御神託がどんなもんかは知りませんが、こっちぃ来た時にもバタ臭い自称妖精っていう生き物があたしの命を盾にとりゃあがって女神さんのお願いを聞けって騒いでたんで、正直、その女神さん自体どういうもんか知らないんですけれどね」
しかもだ、命を盾に取ったってぇ表現も間違っていて、話ぃ聞かないと死ぬぞってんで仕方なく聞いてもやっぱり体は火葬一直線。ウェルダンなら焼き場ぁ運ぶ手間が省けるだけだったという聞くも涙、語るも涙のお話だ。いや、泣かないけれどさ。
「それは心配だったな。安心するがいい。儂らはルクラティ神に夢で御神託をいただいておる。三月に一度であるが、ウィスの元気な姿も夢で見られるのだよ」
「なっ⁉︎ 狡だよ!ずるっこいよ!あたしゃあ一人で知らない世界であーでもないこーでもないって、あれこれやっているのに、ユーさんが元気かどうか教えてもくれないのは片手落ちだよぉ!」
「儂らはシオンの方が色々知っておると思っていたのだがな」
「知らないよ?第一、初っ端から『お前の管轄はお前の世界の神だから』なんて事言いつつ、堂々とあたしを誘拐してくれやがったんだから!あたしゃあ断固抗議するね!今から神殿いって、神像のおでこに白毫書いてやるよっ!そっからビームを出しやがれっ!」
「まあまあ、落ち着けシオン。ビャクゴウが何かは知らないが、シオンが神殿で不埒を働けば、それはウィスが乱心したと取られるから我慢してくれ。その代わりに良い物をやろう」
「良いもん?桜餅かい?」
「サクラモチとやらが何かは知らないが、前から欲しがっていただろう。軽くて取り回しの良い武器が」
得意顔の爺様が出して来たのは、銀色の棒二本。長さ五十センチ、直径三センチ程度で、見た目は金属なのに受け取るとやたらと軽い。
「魔法金属で作った棒だ。片側がネジ式になっていて繋げても使えるぞ。シオンは刃物を嫌っていたからな、それをやるから落ち着け」
ほおおおおおおお!これは、いける、と思う。刃物が嫌いなんじゃあなくて、血ぃが飛び散る実戦ってぇのに抵抗があるだけだ。将来の王妃としてユーさんはナイフや剣での護身術を身につけていたから動きは体が覚えているんだけれど、やっぱり平和な国からやって来たあたしのやっとうは血の出ない怪我をしないスポチャンな訳で。
あー、でもこれで殴ったら打撲とかにはなるねえ。とはいえ、平和とは言い切れない場所でこれを持たないという選択肢は無い。普段は持ち歩かなくても良いけれど、ちゃんと考えて使わないとね。
◇◆少々あれな言葉説明◆◇
与太;愚かで役立たない事、様、人。いい加減な事。出鱈目。与太話(出まかせ話)の略。
焼き場;火葬場。
今気がつきました。『王妃』にルビを振っていなかったのですが、発音は「おうし」です。振り直すのも今更なので、「おうし」という事でよろしくお願い致します。因みに、実際に口にした場合「おーし」となります。




