思春期の万能感に付き合わされるのはごめんだよぉ
「ウィスは、みんな一緒だと思わない方が良いです」
は?どうしてそういう明後日の方向の言葉が出て来るのかい?
「お兄様からのお手紙を本人が受け取れないなんていけません。私の家では、自分の手紙が自分で開封しますし、全部にお返事を書きますよ。だから、レルのお手紙をきちんと読めなかったのは、ウィスのお家のやり方が間違っていると思うの。分かった?」
分からないし、分かりたくもない。それに、あたしゃあお偉い坊ちゃん方も自分で開封しないって言ったんだよ?アザレさんの頭も手風琴なのかい?空気がスカスカ、ぶんがぶんが、通る度に、話の流れを忘れちまっているのかい?使えない脳みそならくり抜いて、木っ端でも詰めて、ついでにかつぶしも詰めときゃあ見た目も似てるし出汁も出るから、もうちょっと真面な記憶力が付くかもしれないよぉ。
おかしいねえ、少なくともアザレさんはあたしとおんなじ義務教育を終わらせている筈だろうに、あれかね、読解ってやつが苦手だったのか、それとも、ゲームとやらに詳しいアザレさんなりの考えがあっての言葉なのか。考えた所で答えが出る訳じゃあ無いから、表面を取り繕っての返事をするしかないさねえ。
「その家ごとに当主が定められたやり方がありますし、それに対してわたくしが異を唱える事はございません。ですので、この事についてこれ以上おっしゃられても意味がありません」
「そんな酷い」
「酷い事を言うな!」
「殿下の御前で虐めのような言葉を発するとは!」
あー、はいはい、手紙を自分で開封しないコンコンチキが悪いって言っているんだよ。つまりアザレさんは坊ちゃん方を酷いって言っているのと一緒だよ。幾ら思春期無敵と不安に揺れ動く反抗期中の坊ちゃん方でも、もうちょっと考えた方が良いと思うよ。
さっきから空気扱いされているけれど、キルさんとエピさんの目がシベリア半島も真っ青なくらい冷たくなっているしねえ。後でキルさんに『もう少し言い方があるでしょう』とか言われそうだし。ぞろっぺぇ連が絡んで来たのに、あたしが説教されるのは腑に落ちないよ。キルさんだって思春期で色々思う所があるだろうに、色々となんだったら面倒なあたしの相手も文句も言わずにしてくれてるのにねぇ。
いや、ちっちゃい文句は日々言われているっけね。まあ、良いよ、納得出来るし。
「昼休みも残り少のうございますし、これ以上郵便物についてお話しても詮無き事として話を戻させて頂きますが、わざわざわたくしに御用とはどの様な事でございましょうか?」
(お前さんらの所為で、あたし達の昼食の時間が無くなりそうだよ。とっとと話をしとくれ)
「ああ、そうだ。全く、ウィスタリアは話が通じなくて困る」
通じないのは唐変木王子さん達だよ。話は通じないし、謎の全能感に満ちているし、規則を遵守するのをカッコ悪いと思っている節が見られるし、後十年もすれば『なにを考えていたんだ、あの時の俺!』と頭を抱えると思うよ?
「ユースティティア家にいる職人がお祖母様に頼まれてブローチを作っているのだが、それの複製が欲しいのだ。図面なり、作りかけの実物なりを見せてくれ」
ああ、気味ぃ悪い職人が平民の癖に王妃さんの威光を笠に着て、取り付く島もない無礼者なんで、懐柔しやすいであろうユーさんに話を持って来たってぇ訳だ。
以前のユーさんなら、職人に聞く位はしたかも知れないねえ。なんだかんだ言っても、最後までぞろっぺぇ連に好意を持っていて、だからこそ裏切られてショックを受けて、それでも仲良くしていた頃の思い出に囚われて神に縋った位だ。職人に事情は伏せて、出来るだけトンチキ連が喜ぶ様な答えを持っていけるようにしただろうねぇ。
けど、残念でした。今のユーさんはあたしで、ぞろっぺぇ連をバッサリ切れる、いや、寧ろ可能なら今すぐバッサリ切り捨てゴメンねと言いながら、丸めた新聞棒もどきでばっちんばっちん叩きのめしてやりたい位だよぉ。そこに直れ、重ねて四つにしてくれる。
「それは出来ません。王妃殿下のお仕事を請け負っているという事で、戸締りも管理も厳重ですし、職人も滅多に部屋から出て来ません。出来上がって納品されたものを、王妃殿下に見せていただくのでは遅いのですか?」
(何と言われても完全オーダーのデザインの流出はしないよ。出来てから王妃さんに見せて貰えば良いじゃあないか)
「それでは意味が無い。同じ物を大体同じ時期に完成しておかねばならない」
「差し出がましいとは思いますが、理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「私達に市井の暮らしや考えを教えてくれる、アザレ嬢に感謝の印として贈りたいからだ」
はあああああああ?いやまあ、ちょっとは考えたけれどね、余りにも単純短絡単細胞な考えだったから、無いって事にしたんだけれど。そうかい、単純短絡単細胞だったのかい。小母ちゃん情けなくって、涙出て来ちまうよぉ。
誰が言い出したのか知らないけれど、みっつって事は、王妃さんから可愛い孫の婚約者候補三人に下賜するってえ事だ。だからこそ、三人の目ん玉の色とおんなじ宝石を入れるんだよ。そんなもんの複製を作ったり、作る援助をして、アザレさんならそりゃあもう堂々とこれみよがしに着けるだろうから、あっという間に王妃さんに伝わって流れ職人東飛鳥はお尋ね者になった挙句に、追い詰められて深川は洲崎の堤に辿り着く。浅草の向島でも良いねぇ。
浅葱の幕がチョンと落ちて、舞台は一面の土手だ。舞台の端から追われた飛鳥がふらふらと出て来て、パタリと倒れる。そこに、ええと誰にするかね、まあルーストさん辺りにお付き合い願うかね。顔と手を生っ白く塗って粉屋から出て来た泥棒みたいな見てくれで、倒れている飛鳥に手を貸して助け起こすと思いきやポンとひとつ飛び越えて、更にとんでも無い声を出すんだよ。『そこにいるのは飛鳥じゃないか?』『そういうお前はルースト様』『あれなる鐘は七つの鐘』『七つの鐘を六聞いて』『残る一つは未来へ土産。飛鳥、準備は良いか』で、南無阿弥陀仏とくりゃあ本寸法だけれど、あたしゃあ観音様派だからね。南無観世音菩薩ってんで字余りになる。
って、ああ、頭ん中が完全に逃避していたよぉ。
ちょっとばかり放置していたぞろっぺぇ連が次々と文句を言っているのが目に入っていながら、頭ん中で圓生師匠と小三治師匠の小言幸兵衛を再生しちまってたね。
でもまあ、どうせ断るしか無いんだから、言いたい放題言わせた方があちらさんのストレスも少しは減ると思いたい。真面に聞いてないからね。キルさんとエピさんは正面から被弾しちまっているけれど、これはもうタチの悪い天災みたいなもんだと諦めていただいて、後で何かっしらでお詫び奉るとしようね。
「黙ってないで何とかいったらどうなんだ」
「何とか、と仰られましても、わたくしには何の権限もございませんので、ご希望の沿う事は一切不可能でございます。お力になれない事をお詫び致します」
(何とか、だけ返してやりたいねえ。ダメなもんはダメなんだよ。建前上詫びてやるから、とっとと帰れ帰れ)
「ウィス、今まで殿下からの願い事に最大限応えて来たじゃないか。私もそんなウィスが妹で誇らしく思っているというのに、こんな簡単な事が出来ないなんて一体どうしたのだい?」
ほんっとうに気味悪いね。誇らしくなんぞこれっぱかりも思っていないだろうに。全く、ユーさんも深窓の御令嬢だけあって、お貴族様のやり口をしっかり分かっているのに、ぞろっぺぇ連に変な情けを掛けるからこんな勘違いをしてるんだよ。大体、女の子の恋心を利用するなんざぁ、汚すぎるよ。ユーさんが今迄ずっと、良いように取り計らって来たからそれがアタリキで疑問を挟む余地もありませんってね。
水から蛙ぅ茹でたら逃げられないで茹だっちゃうのとおんなじ、いや、ちょっと違う。
「お父様から王妃殿下のお仕事をされている東様には近付いてはならない、部屋に入ってはならない、仕事関連の物に触れてはならないと申し付けられております。既に禁止されているわたくしからお父様に頼むよりも、オルクス殿下とお兄様からお話ししていだだければと思います」
(来れるもんなら来てみなってんだ。入れないよ?渡さないよ?)
どうやら既に正攻法を試したものの完全に無理だったらしく、しつこくごねていたものの午後の授業時間が迫っているという事で『良いか!よく考えて行動しろ!』という捨て台詞を残してご退場されたやがりましたよ。あれかね、余計な事を言わないと死ぬ病気にでも罹っているのかねえ。全く、難儀な連中だよぉ。
◇◆少々あれな言葉説明◆◇
かつぶし;鰹節。東京都いえばキリッとした勝男武士出汁。昆布出汁も貝出汁も美味しいです。
深川は〜;落語『小言幸兵衛』より。浄瑠璃芝居『曽根崎心中』のパロディシーン。本来は観音教ではなく光明真言で『オンボキャアベイロシャノウマカボダラ〜』と演者さんが大声で唱える。
圓生、小三治;六代目圓生。十代目小三治。小言幸兵衛を持ちネタとしていた(している)。
アタリキ;当たり前。当然。




