トンチキさんからお手紙着いた有能執事が家長にシュート!
ユーさんの記憶を手繰れば、王子さん達はそれぞれ優秀で面倒な騒ぎを目立つ所で起こす様な連中じゃあ無いらしいのだけれど、今回の騒ぎはあたしがいるから起きた事だ。
あたしが王妃さんに呼び出しをされた事を知った王子さん達は、呼び出しの目的を知っていて命令さえすりゃあ四の五の言わずにはいわかりましたと言うであろう平民の職人を待ち伏せしてたって訳だね。で、その職人が思った通りの反応をしなくて、顔に泥ぉ塗られた気分になってご機嫌斜めで騒いでいる、と。
「ゲーネシス令息、ゲーネシス団長は君の行動について、どの様に考えるとお思いかな?」
父様の言葉に騎士見習いのプレディヒド坊ちゃんがビクッと震えた。あたしは既に王子さんの要求には答えられないってぇ理由を話したし、納得はしていない様子だけれど立場上、父様に任せた方が良さそうだ。
「ユースティティア大隊長、父は関係ありません」
「オルクス殿下、この職人自体には身分はありませんがユースティティア家で保護しており、先ほど王妃殿下に能力を気に入られて王宮への出入りを認められました。この者が王妃様より賜った命に関わる事を許可無く受ける訳には参りません。理由もこの者からきちんと説明があったかと存じます。この状況で権力を行使されるのは道理に外れます。僭越ながら、私の申し出についてご一考下さいますようお願い致します」
「しかし……。分かった、お祖母様から許可を取れば良いのだな?」
黙って頭を下げておく。だからそう言ったんだけれどね。王妃さんの許可があれば出来るよって。と言ってもだ、オーダーアクセサリーを注文する様なお客さんはオリジナル品が欲しいから頼むんであって、余程の事がない限りこだわりのデザインのコピーをぽんぽん作らせたりしない。
今回の注文は、同じオリジナルデザインの物を飾りの石を変えて三つ。ってこたぁ、自ずと使用目的も分かるってもんだよ。王妃さんは可愛い孫の婚約者候補に、一つっつ渡すつもりだね。王子さん達がどこまで事情を知っているか分からないけれど、どっかから婚約者候補にプレゼントをするってぇ話を仕入れて、だったらお気に入りのアザレさんにもおんなじもんをって考えたんだろうねぇ。
出入りの商人や職人が、王子さんの言う事に従わないってぇ可能性をこれっぱかりも考えて無かったのは、今迄それが通って来たからなのか、こんな事をしたのが初めてだったからなのか。何れにしても警備の方から王妃さんにご報告はあるだろうから、何かっしら学園で面倒が起きそうな気がするよ。
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「ウィス、やっと捕まえたぞ」
あたしは捕まったらしい。
「もう逃げられないよ」
「覚悟しろ」
「何故屋敷で大人しくしていない」
「言われる前に動いてこそ、その心が通じるのです」
「皆、一度に話したらウィスが驚いちゃうじゃない。大丈夫よ、私は味方だから」
ええと、これは河原乞食の発表会かなんかなのかい?
捕まえるも何も悪い事はなーんにもしていないし、鬱陶しいから近寄らない様にしているだけで、逃げも隠れもしていない。ただ、休憩時間に同席しない様に、特別教室と借りたりしているだけさね。覚悟に関しては、別にそんな必要も無いし、覚悟して欲しいのなら何を覚悟して欲しいのか紙っぺらにでも書いて寄越してくれたらちょっとは考えてやっても良いよぉ。屋敷で大人しくしていないのは、慈善事業に軍での護身術を中心とした鍛錬に城下のお店をまわって市場調査にとあれこれ忙しいからで、言われなけりゃあ分からない事を動ける奴がいるんなら是非ご紹介願いたい。そんなおかしな奴には関わらない様にしたいから。
後、一番重要なとこだけど、アザレさんが味方に着くくらいなら、尻っ端折りで帆ぉ掛けて一目散にカムチャッカ目指して、その後は熊と一緒に鮭ぇ捕って暮らすよ。大体、アザレさんの味方は口だけだろうに。これで騙されると思われているんなら、本当になしゃけなくって、熊に頭ぁ齧られた方がマシだよ。
本来なら楽しい昼食の時間。確かに、食堂や中庭で食べるとぞろっぺぇ連と遭遇するから、学園内の鍛錬場の脇にある休憩スペースでお弁当を広げているから、わざわざ探したってぇんなら捕まっただの逃げただの表現されてもまあ仕方が無いかも知れないね。
「オルクス殿下、エーファ様、ゲーネシス様、アルタール様、メガイラ様、レルヒエお兄様、ご機嫌よう」
席を立ってユーさん挨拶をすれば、何故かちょっとばかり狼狽えるぞろっぺぇ連。こちらの戦力はキルさんとエピさんだから、人数では負けているものの、あたしの我儘と伝法言葉に振り回されても大丈夫だから下手な連中の集まりよりも心強い。
「ウィス、何故私の手紙に返事を寄越さない?」
「お兄様のお手紙とは何の事でしょうか?お爺様やお父様に任されておりますお仕事の手紙や、社交の招待状はよくいただきますが、お兄様からのお手紙は一通たりとも受け取っておりません」
頬に手をあてて首を傾げる。紫苑だったら絶対やらないポーズだけど、可愛いユーさんなら『あらまあ?』ってな漫画の書き文字が背後に浮かびそうな、お似合いのポーズだよ。こうやっとけば、ちょいと離れて昼休み鍛錬している生徒さん達も、何やら言われて不思議がっていたってぇ目撃証言をしてくれる。
父様曰く、学園での言動は警備の人達がそれなりにチェックしているけれど、詳しくあれこれまでは把握していないんだとか。王族が居るとこには忍者みたいな情報収集兼、護衛が複数ついてるもんだと思っていたんだけれど、必要なら実家で手配して申請が通れば許可が降りるとの事。学園は今後の社会の縮図であり訓練をする所なのだから、自分で考えて動いて責任を取りやがれってぇ事らしい。
勿論、お偉いさんが必要だと思ったら当人達に知らせず潜んだりするから、常に正しくあれってのが基本理念だと。正しくってぇのは難しいよね。こっちから見たら正しいけれど、あっちから見たら違うってのもあるし。
だもんで、あたしはぞろっぺぇ連と対峙する時は、必ず第三者の目がある様にしている。会わないのが一番良いんだけれど、時々勝手な事言いながら、突撃して来やがるんでねえ。
「どう言う事だ?」
レルさんの手紙を受け取っていないってぇ事が結構衝撃的だったらしく、『何故だ』と目の前でヒソヒソやって下さっている。仲間内の話は離れてやってくれないかねえ。
結論が出たらしく、無駄に真剣な表情をあたしに向けてくるレルさん。
「ウィスは自分宛の手紙をそのまま受け取っていないのか?」
「はい。毎日多く届きますし、嫌がらせの様な物もありますので」
「なっ⁉︎ 」
「失礼じゃないか」
「自分の郵便物くらい自分で管理出来ねば、今後どうするつもりだ!」
「今後も確認された物を受け取りますので、問題は無いと考えております」
「問題が生じただろうが。兄の手紙が妹に届かないと言うのは、大事ではないか」
煩いねえ。届かなかったってぇ事は、内容だか内容物だか本体だかに問題があったんだよ。そんなに手に取らせたかったら、今みたいにあたしの前まで来て、手渡しすりゃあ良いさね。確かに、避けていたから難しいってぇ事もあっただろうけれど、レルさんの顔は学園中に知られているんだから、クラスの誰かに託ければ、きちんと受け取って開封したよ、キルさんが。
「お言葉ですが、殿下も皆様も郵便物の開封と確認をご自分でなさっておられないのでは無いでしょうか。内容に問題があった場合、危険物が隠されていた場合、様々な可能性を考えて補佐官や秘書や家令といった方が開封、確認したのち、外装と中身を揃えた物が手元に届くかと思います」
(ユーさんの記憶にも自分で手紙を開ける令嬢はいないよ。ましてや重要人物である王子さんが、剃刀の刃ぁやらを仕込まれている可能性を考慮しないってんなら、頭が悪すぎるよぉ。絶対本人が開封するってぇもんの方が特殊だね)
「そ、それは……」
「し、しかし、ウィスタリア嬢は、将来配偶者の補佐として手紙を開封する事もあるだろう?」
「将来はわかりませんが、現在は開封した物を受け取っておりますので、お兄様の手紙が届かなかったのであれば、当主の意向に沿わずわたくしに見せる必要が無いと判断されたのかと思います。お手数ですが、疑問についてはお兄様からお爺様にお尋ね下さい」
(今の話をしているんだから、将来の話なんぞ詭弁だよ。レルさんが頓狂な事を書いてきたから、シュザームさん辺りが爺様や父様に見せて処分したんだろうねぇ)
口籠る王子さん達男性陣に変わるがわる視線を向けていたアザレさんが、両手を握って顎の下に添え、首を寝違えたみたいに傾けた。そのまま半歩前に進んで、あたしをじっと見つめてきたので、目ぇを逸らして差し上げた。
◇◆少々アレな言葉説明◆◇
一つっつ;一つづつ。づつは歴史的仮名使いで誤字ではありません。現代仮名遣いなら一つずつ。つっつ。なのでづつの方を使っています。
どっか;どこか。
河原乞食;京都の四条河原から始まったとされる歌舞伎踊りから、芸能人を卑しめる言葉(当時芸を売る者達は最下層とされていた為)。態とらしくふざけた真似をするヒロイン達に対して、主人公の皮肉的感想。主演ヒロイン、ヒーロー青春坊ちゃん達一座開演。
尻っ端折り;尻端折り(しりはしょり)。着物の裾を絡げて帯に挟む事。足が大きく動かせるので全力で走る事が可能になる。
なしゃけなくって;情けなくて。シャケに掛けた地口。
託ける;人に頼んで伝言や物品を取り次いで貰う。言付ける。今回は手紙なので『託』の方を使っています。




