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風呂と手妻と三一と

 侍女長さんに火傷の事を言ったお陰で、最後まで頭巾を取れとは言われなかった上に、今後も城に上がる時はベールも被りっぱなしで良いという許可と身分証明札を王妃さんからいただけた。

 現在、国同士の大きな問題は無いものの、どの国でも多少問題のある地域はあるから、田舎生まれの流れの職人みたいなもんのしっかりした身分証明は難しいんだそうで、東飛鳥が陽と秦華のどちらで生まれたか分からなくても、魔力偽装や敵意が無ければ職人として使うのに支障は無いらしい。何かっしらの支障があったらあっという間に処分出来るってぇ怖い事実もあるけれどね。

 城内での魔力偽装は、誰がどんな理由でどの様な偽装をするのかってぇのを上司なりに届け出ないといけないらしい。顔を知られてはいけない仕事とか、国家プロジェクト的な事を秘密裏にやっているとか、そういう理由が無けりゃあ偽装する必要が無いってね。魔法で見た目を変えられるってぇ聞いた時は、それこそコンプレックスを隠せると思ったんだけれど、城下ならいざ知らず、城内では王家の安全第一、ほんの少しでも捕まるらしい。

 それから、敵意なんてどうやって調べるのかと思ったら、あちこちに魔法を使ったセンサーだったり、見回りの騎士や魔法使いが常時チェックしているんだとか。システムはさっぱり分からないけれど、王妃さんによれば、あたしから感じるのは強い好奇心だったらしい。そりゃあそうさね、お城なんてぇ所に入ったら見たいもんがいっぱいあるし、現物の西洋デザインってぇのに触れる機会は少ないからね、目ん玉ぁかっぴらいて頭ん中に焼き付けないと損だよ。


 色々心配していたけれど、王妃さんはあのすっとこどっこいの王子さんのお祖母さんとは思えない程、真っ当な方だったよ。ベールの件だって、『見た目に重きを置かれて軽んじられては仕事に支障が出る。わたくしが認めた技術を持ち、出入り職人として認めた限りは保護下にあると言って構わない』と言ってくれたからねえ。騙している事が申し訳無いよ。でも、バレたら首が飛びそうだけどね。それはもうポーンと空高く、飛んだ飛んだ、たーがやー。

 そうだよ、王子さんと何となく呼んでいるけれど、正式には王んとこのお孫さん、だね。すっとこどっこいのお父さんが一人息子で王太子だから、王孫さんじゃなくて王子さんって呼んでたよ。王孫さんだと何だか別の国の人みたいだねぇ。この際、面倒だし王子さんで良いよね。王子さん、ぞろっぺぇ(がしら)、すっとこどっこい、唐変木、あんにゃもんにゃ、西洋型手元鍵盤あちゃらおさえこちゃらおさえふいご式思考青春反抗期手風琴。


 つらつら考えつつも、ベールの下で目だけはあっちぃやりこっちい向けて、案内役の騎士さんとそれに並ぶレルさんの後を、父様と並んでほてほて歩いていると廊下の向こうっかわに、思い出しはしたけれどもこれっぽっちもお呼びじゃ無い、ぞろっぺぇ連が行手を遮る形で並んでおられる。お前さんらは小学校で習わなかったのかい?廊下は譲り合って歩きましょう。理由も無く、中心からはみ出てはいけません。

 丁度思い出しちまった時に現れるとは、嫌だねぇ。不幸中の幸いなのは、城ん中の関係者以外立ち入り禁止区画だからなのか、アザレさんが居ない事。本日のお品書きは坊ちゃん軍団のみだ。勿論、アザレさんだって伯爵令嬢だから、きちんとした理由があればお城に入れる。それに対して坊ちゃん連中は王子さんに貼っついていれば大概の場所は入れるってんだから、こうして纏まっていられるんだよね。


 騎士さんがさっと横に避けて、父様がお約束のご挨拶をしている斜め後ろで黙って下ぁ向いて、面倒が去るのを待つってぇ体制を取ったけれど、こりゃああれだね、王妃さんご指名の職人に御用でお待ちだったってやつだ。


「成る程、あの時の汚い娘が東国の職人だったのか」


 誰が汚い娘だよ。毎日お風呂に入ってるよ。エルトリアは魔法による上下水道完備っていうありがたい環境だから、大きな屋敷には大きな浴室がある家が多い。お金持ちは自分の部屋に浴槽と大量のお湯を持ち込んで、お手伝いさんやらにあれこれ世話してもらうってぇスタイルが多いらしいけれど、小洒落た行水じゃああんまいし、あたしゃあ湯ぅはジャバジャバ使いたいね。

 だからユーさんのふりをしていた時は、私室から直ぐの真ん中に浴槽が置かれた部屋で、それまでユーさんがやられていた様にエピさんを筆頭に複数の侍女さんに脱がされるわ、ゴシゴシされるわ、拭かれるは着させられるわで、全くもって入浴と認められない状態に心を殺して付き合っていたんだよぉ。もうね、この先体ぁ(いご)かなくなったとか、動かしたらいけない状況にならない限り、あたしゃあ自分で自分を洗い続けるよ。


 毎日ユーさん家の大きな風呂場の大きな洗い場で堂々と体を洗い、浴槽に肩までどっぷり浸かれる幸せは本当にありがたいよ。出来れば鳥肌ぁ立つくらいの熱い湯ぅが良いんだけれど、皆んなが使う風呂の温度にあれこれ言うのは野暮だ。それに余りにも様子が違うと事情を話していない連中に疑われるからね、大きな浴場の方が健康に良いってな理由で使える様になったのに逆戻りだけは勘弁願いたい。

 洗い場が無くて、風呂桶ぇん中で行水よろしく体の汗ぇ流す所まで良いけれど、そんなかに石鹸とか入れやがって、擦れってねえ。で、どこでその石鹸を流すんだと思ったら、拭いて終わりって。嫌だよ、あたしゃあ、上り湯の無い生活は。


「分かったか?」

「ですから、妃殿下の許可が無ければ無理だと申し上げています」

「ユースティティア卿に頼んでいるのではありません。そこの職人に命令しているのです」

「この職人は我が家で保護しておりますし、妃殿下の命を受けておりますので、オルクス殿下の命令を受ける訳には参りません」


 ぼんやりしていたら何やら話が進んでいた。どうやら父様が受け答えしていたらしく、さっきまで前を歩いていたレルさんはぞろっぺぇ連に合流している。こっちからあっちへといっそがしいねぇ。それでもって王子さんの言葉にうんうん頷いているんだから、父様もお疲れ様だよぉ。


「難しい事を頼んでいるのではない。お婆様が注文した物と同じ物を追加で作れと命じているだけだ。今、レルヒエから聞いたが、金に宝石を飾るそうだな。翡翠を使った物を追加しろ」


 ほほう。


「女、直答を許す。王妃殿下が注文した物と同じ物を、同じ期日でもう一つ作れ。分かったな?」


 ちらりと父様を見れば、青春すっとこどっこいに気がつかれない程度に小さく肩をすくめてから、どうぞといった感じの手振りでぞろっぺぇ連を指した。

 直答を許すといった限りは、あたしがつけつけ言っても良いってこったね。よし、任されたよ。多少の無礼は大丈夫、な筈だ。こっちにゃあ王妃さんがついてるよぉ。ちゃんと筋道ぃ立てて断るから安心しとくれ。


「私の技術を認めていただけて光栄ですが、大変心苦しい事にその命令を受ける訳には参りません」

「な?」

「ですが、王孫殿下より王妃殿下にお話いただき、王妃殿下より追加のご注文としていただければ、ご期待に沿う事が出来ますのでどうぞその様にお願い致します」

「何だと?お前は自分の立場を理解しているのか?卑しい職人風情が、私の命令を聞けないとはどう言う事だ。今直ぐ処分しても良いのだぞ」

「職人には職人の道義がございます。私は妃殿下より拝命され、注文の品を作らせていただきます」

「だから、それと同じ物を余分に一つ作れば良いだけだ」

「注文品に余分は作れません」


 ベールの向こうには怒り心頭のぞろっぺぇ連。ここが王宮の廊下だから静かにしているものの、これが庭だったり外の通路だったら、騎士坊ちゃんに恫喝されつつ首っ玉を吊り上げられていたかも知れないよ。


「何故だ?報酬の問題か?報酬なら纏めてお婆様に請求すれば良かろう」


 何を言っているのかね、この唐茄子頭さんは。青春恋愛脳がこんぐらかっちゃった挙句、将来王様になる為の心構えをそこいらに落っことして来ちまったのかい?落とし物はこーばんへ、と言いたいところだけれど、残念ながら心構えなんてぇもんを拾える御仁はいらっしゃらないのが世の通りだ。

 お足の問題も必須ではあるけれど、大前提から間違っているんだよ。


「代金の請求先以前に、完全オーダー品と同じ物を、ご注文主様の許可無く他の方に作る事は出来ません。オーダー品はオリジナルデザインの料金も頂戴しております。 高い料金を払って完全オーダーしたのに、許可も無く同じ物を作るのは契約違反です。同じ物があっても良いのであれば、セミオーダー品なり既製品なりで十分です。これは、相手がどなたでも、高価な物でも安価な物でも同じです」

「私はお婆様の孫だぞ!」

「孫でもひ孫でも玄孫でも出来ません。例えそれが配偶者でサプライズ目的だとしても出来ません」

「例外もあるだろうが!」

「そうですね。一応ありますが「ではそれと同じだ!」同じではありません。例外は、ご注文主がお亡くなりになり、気に入っていたから一緒に埋葬したいけれど、形見として残したいとおっしゃった遺族の方に作った時だけです」

「ねえねえ、君さ、融通が効かなすぎるよ。平民の職人如きが、城に上がれるだけでも烏滸がましいのに、王孫の頼みを聞けないなんておかしいでしょ?」

「王家は通常と違うだろうが。賎民のくせに調子に乗るな。死にたいのか?」


 手妻(てづま)使いと三一(さんぴん)侍参戦。あたしは良いんだけれど、このぞろっぺぇ連、ここがどこか忘れてないかねぇ?

 あたしとしちゃあ『手妻使いのお兄いさんは、融通ってぇもんを誤解してないかい?もしそうだってんなら、赤ちゃんからやり直した方が良いよ。大体手妻使を名乗っているんなら、ケチケチしないでぞろっぺぇ頭の欲しいもんくらいちょいと出しておやりな』とか『斬れるもんなら斬ってみな。斬って赤い血が出なかったらお代は要らないよ。西洋人斬り包丁ってぇのは、人を守る為に使うって聞いていたけれど、お前さんは己の身勝手ぇ通す為にぶん回す脳足りんなのかい?』とでも言ってやりたい所を我慢しているのに、ぽんぽんぽんぽん、焼いた竹っぺらみたいに大騒ぎして、頼むから叱られんのはそっちだけにして欲しいよぉ。

◇◆少々アレな言葉説明◆◇


たーがやー;落語『たがや』より。両国橋の川開き花火大会の中、侍と箍屋の諍いが起こり最後に侍の首が飛ぶ。花火の掛け声たーまやーに掛けた地口。

手風琴;アコーディオン。

熱い湯;江戸っ子は熱い風呂に入って「熱くない」と粋がるという謎ルール。熱いので水で埋め様とすると「()やし水になっちまうよ!」と止められた思い出が……。百まで浸かって体が真っ赤になるのが基本。

首っ玉;首。首筋。

お足;お金。銭。足が生えて逃げて行く様にいつの間にか無くなる。

手妻;日本の奇術。和妻、品玉とも。対して西洋マジックは洋妻と言う。

三一侍;江戸時代、身分の低い武士の1年間の扶持(給料)が3両1分であったところからの罵倒言葉。

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