あたしの腕前を御覧なさいってね
ユーさんとして王妃様との茶会は奥院白百合宮と呼ばれる離宮で行われるのだけれど、平民の流れ職人は護衛騎士詰所に近い少人数用の謁見室に案内された。そりゃあそうだよ、身分も生まれもはっきりしているユーさんと、東の方から身分証明になるもんを一切持たずにふらふらやって来た、忌み嫌われる御面相の路傍の石みたいなもんの扱いは、雲泥万里、雲壤月鼈。此方としても等閑に扱われる位の方が気も楽さね。
移動中は父様と最後の打ち合わせをして、思いつく対策は全部やって後は野となれ山となれじゃあないけれど、考えすぎて頭ぁこんぐらかっちまっても仕方が無いからってんで、窓の外の景色を楽しむ事にした。頭っからすっぽり被った紺色のベールと同乗を断固拒否して馬で並走している青春トンチキがちょいと邪魔なのはご愛嬌だよ。
ただねえ、馬車はここまでって言われた所で、下車と同時に道具袋を取られたのは痛い。この世界に連れて来られる羽目になった、あの火事の時に最後の最後まで大切にしていた道具袋。袋って言っても、実は最新のパソコンリュックなんで、持って来るかどうか最後まで悩んだ品だ。どう見てもエルトリアとその周辺で作ってるもんじゃあ無い。けれど、ノートパソコン入れるとこにデザイン画のスケッチブックを入れているし、あれこれ分けられた内部には幾つものポーチにタガネやおたふく金槌といった基本工具や、筆記用具類、試作品やらあれこれを分けて使い勝手良く運べる様になっているので、信用している相手であっても預けて出掛けるという選択肢は無かったんだよねぇ。
第一、何かあったら背負って逃げないといけないよ。道具袋さえあれば、食いっぱぐれる事は無いからね。女神さんもさ、身代わりに対してもうちょっと優しくしてくれても良いのにねぇ。あたしの持ちもんと態度に周囲が疑問に持たない魔法とかさ、気の利いたもんがあっても良いだろうよ。あれかね、それはあたしの神様の領分だって思ってるのかねぇ。そういやあ、こっちぃ来て読み書きに困った事ぁ無いけれど、あっちとこっちの言葉を変換して、頭ん中で処理するってぇのはどっちの神様がやってくれたのかねえ。ま、言葉が通じなかったらユーさんの代理なんざ端っから無理だから必要最低限の能力だけれども。
父様にも相談して持ち込むってぇ決めた時点で、持ち物検査の為に持っていかれるってぇ事も納得はしていたんだけれど、いざその段になってみると心細いよ。王妃さんに渡すちょっとした贈りもんも入っているんだけれど、それに免じて全部ちゃーんと返してくれる様に祈るしか無いね。南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願わくばあたしの道具袋が無事に帰って来ます様におん願い奉ります。
後は、何を聞かれても「東国で見つけたんで」「代金の代わりに貰ったんで」「あたしゃあ使っているだけで製造方法までは知らないんで」辺りで誤魔化す。これはもう決定事項で、エルトリアに無い品物や技術は「兎に角手に入ったものだ」でゴリゴリっと押し通す。どうせ後からまた追加で見つかって、ごちゃごちゃ言われるよりは、東飛鳥ってぇのはこういうやつだよってぇのを一発で終わらせたい。
嘘をだらだら場当たりで細切れに垂れ流すより、一気に纏めて終わらせる。あたしゃあ嘘は嫌いだし、苦手だから、父様ってぇ助けてくれる人が隣にいる時に、片付けられる事は全部片付けておきたい。
別室で行われた王妃さんの侍女長さんと女騎士さんチームによる身体検査で、初っ端から景気良く作務衣を脱いで差し上げた所、年若の侍女さん達に悲鳴を上げられてしまい、そっちに向かって侍女長さんのきつい叱責が飛ぶスタートになったおかげで適度に気も抜けて、『女性として傷物の顔を出して歩く様な恥辱を味わうのなら公爵家を辞して旅に戻る』という言葉を言う事が出来た。
銭湯気分で一気にいったけれど、改めて貰った作務衣を高速で着直す。きっちりとしたお仕着せと綺麗な騎士服の真ん中で、いつまでも脱衣所状態でいる必要は無いんだ。
と、次は頭のもんを全部外せときた。
「武器を隠していないか見るだけですから」
「頭巾だけは外したくありません。出身地では女性の美しさは豊かな髪の有無ですので」
「しかし、脱いでいただかないと検査になりません」
「再度申し上げますけれど、私はお世話になっている公爵様の食客でしかありません。譲れない部分を曝け出してまで拝謁したいとは全く思っておりません」
あー、女騎士さんが剣をちょっと抜いたよ。確かに、王族に会うのは最高の栄誉、それを断る権利が下々の者にある訳ない。寧ろ、そんな事を言う奴は不敬だってんで首と胴体泣き別れ一直線だね。けどね、今のあたしはウィスタリアじゃ無くて、呼ばれて参上した流れの職人。侍女長さん達はあたしに興味を持った王妃さんの命令で動いているから、いきなり斬ったりはしない、筈だ。
思った通り侍女さんが一人部屋を出て行った。王妃さんにお伺いをたてるんだろうね。
先に御面相を見せてくれってんで、面を渋々のていで外せば、やっぱりこれも悲鳴が上がる。だろうね。恐々といった感じで女騎士さんの一人が偽火傷の痕をハンカチで擦れば、ずるりと剥がれる仮止め状態の飴細工。
「ひっ」
「「「「「「きゃあああ」」」」」」
「今時の季節は、炎症を起こす事が多いのです」
流石あたしの素晴らしい腕で、侍女長からも小さな悲鳴をいただいたよ。これはもうアレだね、次回の自治会主催納涼お化け屋敷のメイクは決まりだね。
「この状態で頭皮まで傷痕が繋がっています」
ちょっとだけ頭巾の端を上げて、その下に隠しておいた赤黒く着色した飴細工を見せた辺りで、侍女さんが帰って来た。侍女さん曰く、侍女長さんが納得いく検査が出来れば、頭巾は取らないで良いそうで。
ユーさんは何度も、あたしも数回王妃さんとお話ししているけれど、無体な事はやらない立派な方だし、お陰で頭巾の上からぽんぽんと確認されるだけで済んだ。やたらと優しい手つきで、強めにやったら頭巾と頭皮がずるっといくと思われているっぽいね。そうなったら完全に納涼エルトリアスプラッタ事件の発生だよ。あたしも「ももんがあ」って言わないといけないさね。
最後は魔法感知の杖でくるくるーっと確認してお終い。あたし、というかユーさんの体自体が多量の魔力を持っている事が分かったけれど、この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を持っているから、それを使ってなければ問題無いんだと。トップクラスの多さだとは言われたけれど、使わなけりゃあ体脂肪と一緒?いや、違う。
侍女長さん達にとって恐怖の身体検査が無事終了し、父様とレルさんと合流。サンルームで王妃さんにご挨拶。父様とレルさんが跪いて挨拶をする横で深い立礼をすると、何だか護衛の連中が煩い。いやだってほら、ただの通りすがりの職人だよ?深い立礼なんだから、神社仏閣でも通用するんだよ?
「静まりなさい。個人的に招待した異国の職人なのだから、エルトリアのマナーに通じていなくとも構わない。東とやら、このテーブルの上に其方の持ち物が揃えてある。危険が無いか確認させたが、随分と変わった物が多いのだね」
「王妃殿下より、直答を許可するとの寛大な仰せである」
王妃さんの言葉に侍女長さんが続けるのは、基本のワンクッションってやつだ。得体の知れない下賤の者から、正しい手続きで王妃さんに声を掛ける許可をいただけたってぇ事で。
周りの護衛やら侍女さんやらからは、然りげ無く小汚いもんを見る目をチラチラと向けられているけれど、これは後で侍女長さんの説教が飛ぶよ。相手に心ん中がわかる様な感情は表に出しちゃあいけないって、婚約者候補のお勉強でも言われまくっていたからね。それは使用人もおんなじだ。
「王妃殿下にはご挨拶と拝謁の栄誉を申し上げます。金属工具類はこちらでも見かける物、こちらには無い物、自分で改良した物等色々ございます。珍しい物については、東方から持ち込んだ物だけで無く、代金の代わりに受け取った物もありますので、全部を説明する事は出来かねます事をお許しください」
「成る程。行商人などは変わった物や新しく作った物を持っている事が多いものね。このカバンに使われている素材だが、大変珍しいと思うのですが、どの様な経緯で手に入れたのかしら?」
あー、やっぱり樹脂ファスナーとプラスチックにひっかかったね。
「私もよく分からないのですが、カバンそのものは問屋街という商店から買いました。現在百貨店がどうなっているかは知りませんので、同じ物を手に入れるのは難しいと思います」
「トンヤガイ、ね。もしエルトリアに入国する事があったら私も手に入れてみましょう」
美しく微笑まれても、問屋街は移動式じゃあ無いんで無理だよ。しかも複数店舗の集まりだし。
ここまで話してやっと椅子を勧められたんで、視線で父様に確認してから座ると、父様もレルさんもあたしの後に立った。レルさんに背後を取られるのはちと怖いけれど、招待されたのはあたしなんで、言われない限りこれが正しいんだろうね。ユーさんの記憶によると。
下手にあたしが手ぇ出すと疑われるんで、父様に頼んでテーブルの上に広げられた完成品のうち、銀細工の帯留めを取ってもらって侍女長さんに渡して貰う。三輪の百合に朝露をイメージした真珠をあしらったもんで、王妃さんの招待を受けてから頑張って作ったもんだ。
「王妃殿下のお印である百合をデザインした帯留めという物でございます。どうぞお納め下さい」
「帯留めは知っているわ。陽や秦華の着物に使うベルト飾りね。とても綺麗で気に入ったわ。後で褒美を取らせましょう。それから、お願いがあるのだけれど、宜しいかしら?」
「私に出来ることでしたら何なりと」
「同じデザインで三つのブローチを作って欲しいの。地金は金で、鷹の紋とアメジスト、エメラルド、サファイアの物よ。材料はこちらで用意します。今ここで、デザイン画を描けるかしら?」
「デッサン程度で宜しければ直ぐにでも」
「ではそのように」
今度はスケッチ用のバラ画用紙と鉛筆を取って貰って、優雅にお茶を飲みつつあたしの手元に注視している王妃さんの前で、指定された鷹の紋とそれを飾る花と草木を入れたデザイン画を三枚作成した。別段、そんなに絵は得意じゃあないが、仕事柄手早くしっかりイメージを伝える為に必須の作業だし、エンゲージやマリッジリングは目の前で描くのが当たり前なんで、誰に見られていようが全く気にならない。
「どれもとても素敵ね。こちらの枠で、ここにこの飾りを入れて、大きさはそうね、このデザイン画の三分の二位でお願いするわ。ユースティティア卿、間に入って調整をして頂戴。どれ位で作れるかしら?」
「金属加工に一番時間が掛かるので、半月いただけますでしょうか?」
「わかったわ。必要な物は侍女長宛に連絡しなさい。楽しみにしています」
ニコリと笑う王妃さんだけれど、その覗き込むみたいな目ぇが怖いんだよぉ。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
こんぐらかる;糸などが絡まる、縺れる。物事が入り組んで混乱する。こんがらかる。
端っから;端から。始めから。最初から。
南無八幡大菩薩〜那須の温泉大明神;平家物語・巻11より抜粋。
助けて;助けて。手助けして。
ももんがあ;毛むくじゃらの化け物。子供を脅かしたり怖がらせる時に発する言葉。




