渋優しい父様の大活躍と青春トンチキの驚愕
「シオン様、本当に大丈夫ですか?」
「うーん、あたしゃあ絶対ってぇ言葉が嫌いだから断言はしないけれど、力は尽くすよ。みんなの大切なユーさんをキ印って事にするのは最後の手段だけれど、そうならない様に計画を立てたし父様もルーストさんもついてるからね。それと、恋愛でちょいとばかり惚けちまっているレル兄さんがあたしとユーさんを別人だと思っているからそれもかなりの追い風になるよ。だからさ、まあ、それなりに安心して待っといておくれな」
「それなりと言われて頷けると思いますか?」
「思わないね。思わないけれど、仕方無いよ」
「ウルザーム、心配だろうけれど俺もついて行くし、誠実なシオンが無責任な事を口にしないのは分かっているだろう。余り心配ばかり伝えて、それでシオンが必要以上に緊張して失敗する方が大事だぞ」
ルーストさんがあたしの味方をしてキルさんの心配を減らそうとしてくれたのは嬉しいけれど、「誠実な」ってとこでキルさんが仁王像みたいな顔になったのはどうしてかねぇ。親切丁寧誠実迅速な彫金師シオンさんだよ?しかも見た目は可愛らしいユーさんで、努力家のユーさんの苦労がちゃあんと身についているんだからね。
まあ、王妃さんの御前に出るのは、ガサツで伝法な東方の職人、東飛鳥だという架空の人物だから余りお行儀は宜しく無い。ユーさんの所作を全力で再現したら疑われる事必至だからね、面倒にならない程度の礼儀で乗り越えるつもりだ。
丁寧に似非火傷痕をはっつけてから、きっちり纏めた髪を額からぐるりと耳の後ろから頸まできっちり忍者頭巾の様に藍色の布で覆って、仕上げは仮面の紐を後頭部で括しつける。此間の試験と違って、多めの糊で周囲の隙間もきっちり埋め込んだ飴細工は、乾けば多少擦られても剥がれない筈だよ。
鏡に写して眉を顰めたり、口を動かしてみれば、抑えられた左っ側に引っ張られて、中々気持ち悪い表情の出来上がりだ。酷い御面相という意味での気持ち悪さはあるものの、変装的な違和感は無い。自分の腕を褒めてやっても良い出来だ。
顔と頭の変装が終わった所で、キルさんとルーストさんにちゃんと本当の顔に見えるか確認すれば、二人から大丈夫と言われたので一安心だ。謁見前の検査の人は触ったりもするんだろうけれど、そうでなければ顔に傷のある他所さんをマジマジと見るのは礼儀知らずの非常識になるんだとか。警備の連中以外が王宮でそんな事をすりゃあ、周りからの評価が一気に下落するんだそうで、その建前は追い風になるから安心だよね。
少しっぱかり安心して「良かった」と言ったらば、心配性のキルさんの眉間の皺が更に深くなった。そりゃあそうだよ、大切なお嬢様の美貌を仕方が無いとはいえおどろおどろしくしちまったんだから。ちゃんと落ちるからごめんよって説明したい所だけれど、そろそろ出発の時間だから名残惜しいけれどまた後でってやつだ。問題なく帰って来たら来たで、やり過ぎだって説教される気がしてならないよぉ。
キルさんとルーストさんを追い出して、父様が用意してくれた藍色の作務衣に着替えてみると、上衣の着丈が長めになっていて、膝上になっているのは女性がズボンを履くってえ習慣が無いからだよね。乗馬でも腰におっきなスカートを巻いて太ももあたりまでしっかり隠せって言われたし。
でもこれは良いね。ちょっと上品に見える。
履物は手製の布ぞうり。下駄屋の奧さんに拉致紛いの誘いで地域センターに連れ込まれ、平均年齢八十路のご婦人会のお歴々に『若い子もどんどん入って貰わないとねえ』『若い子は準備とかも早いしねえ』『若い子は率先して地域交流して貰わないとねえ』と言われつつ、オカンアート教室に取り込まれた時は、どうやって逃げようかと思案しながらも向こう三軒両隣、近所付き合いが密な下町で下手ぁ打つと色々不味いってんで、ずるずるべったり付き合っていたのが役に立ったよ。
人間、経験ってぇのは財産だね。五円玉で亀を作る技術と、牛乳パック工作と、紙粘土の薄っぺらいぶら下げ人形の技術なんぞも、この先役に立つかも知れないよ。……。いや……、役立つ展開が全く想像出来ないね。
足袋は父様が買ってくれたのでそれを履く。これも藍色。下駄も塗りの良いやつを『シオンちゃん、お店の人に可愛い女の子に似合う物を用意して貰ったよ』と嬉しそうに見せてくれたんだが、確実に高価もんをやり手の商売人に買わされたんだろうね。実際に履いてみせて、『音ぉたてて城の廊下ぁ歩くのは、ちょいと拙いんじゃあ無いですか?』と聞いたら衝撃を受けた様な顔をした後、目に見えてしょんぼりしていた。
武闘派一家の中で、腕もたって度胸も人一倍あるってぇのに普段はやたらと子煩悩な父様は、実の我が子の見て呉れだけでなく、異世界から来たあたしも大切な娘として可愛がってくれているから、ありがたい様なこそばゆい様な。折角買って来てくれたんで、普段履きにしますと言えば、『今気がついたんだが、足の先が出ているのは危なく無いか?』と新たな問題点を発見していた。
こんだけあたしに気ぃ使ってくれるんだから、頭ぁあったかくなっちまってるレル兄さんを分かりやすく導いてやって欲しい所だけれど、そこはそれ、エルトリア貴族の嫡子であり十七にもなるレルさんが自分で気付かないとダメなんだそうで。一応、注意もしているらしいだけれど、それまで真面目に純粋に育っていたらしいレル兄さんは頭ん中が春真っ盛りで青春真っ只中、何でも出来そうに思えるお年頃で高速親離れという悪いサイクルにはまり込んで聞きゃあしないらしい。
まあ、そんな時期だよね。こっち来る前にあったトラブルだけれど、商工会仲間んとこの坊ちゃんが『俺は金物屋なんざぁ継がねぇ!』と親子喧嘩した挙句、何故かあたしんとこ来て『藤姉ちゃん、金継ぎってどうやるんだ』とか言いながら、傍から延々作業を覗き込んできゃあがって、『スタイリッシュな鍋ってどう思う?』てな具合のトンチキな質問を延々ふっかけて来て、いい加減邪魔だって金物屋の奥さんに連絡したら、頼まれたってぇいう植木屋の若い連中がズルズル引きずって帰って行ったんだ。もし、レル兄さんを連れて帰るんだったら、騎士団の若い連中が引き摺るのかね?今、帰って来られても困るからそれはないだろうけどさ。
なんて事を考えつつ玄関ホールに行けば、不甲斐ない妹に正義は我にありってぇ思いでご機嫌さんで説教を青春真っ只中のレルさんが、目ん玉ぁ転げ落ちそうな顔をあたしに向けて来た。そりゃあそうだよ、此間アザレさんに誘われて行った先でいざこざがあった何もなけりゃあ二度と会わないであろう醜い御面相のしがない的屋の事を、『レルヒエ、彼女が東国からやって来たアクセサリー職人、東飛鳥嬢だ。父上も私も飛鳥の実力と性格を認めて、我が家の義理の娘待遇としたからな。背は低いがレルヒエより上の十九歳だから、失礼の内容にな』と紹介されたんだから。
結局、あの後、しっかり人数分のしんこ細工を作ったものの、最後まで衛生がとか下々の菓子がとかあの様な者が作ったものだしとか、あれこれぶつぶつ言って、何とか捨てさせようとしていたんだから気ぶっせいなのも頷ける。あれは手先を動かす訓練と、市井の流行り廃りの調査を兼ねているんですよってな事を言ってやれば、そこはきちんと納得出来た様で、差別主義恋愛青春坊ちゃんも興味深そうに幾つか質問をして来たから答えて差し上げた。
会話中、ずっと視線を逸らしゃあがって、礼儀はなっていなかったけれど、逆に考えりゃあジロジロ見るのは気分が悪いし、失礼にもなるってぇ見本みたいなもんだ。当然この方が都合が良いよ。
移動中、この仏頂面坊ちゃんと馬車っていう狭い空間に一緒になるのはご遠慮被りたいと思っていたら、あっちから断られた。レルさんは護衛騎士と一緒に馬に乗って、馬車の中はあたしと父様の二人だけ。『私は仕事が忙しくて余りウィスに構えなかったのだけれど、辛い思いをしていた時に相談して貰えない程頼りにされていなかったのは、父親失格だ』と気が滅入る話は始まっちまって、『いやいや、ユーさんは家族が大好きで大切だったからこそ、心配をかけてしまう自分が不甲斐ないと抱え込んでしまったんですよぉ。兎に角、お互い言葉が足んなかったんですから、全部終わったら思いの丈をぶつけ合ったら解決しますよ』てな感じで慰める異様な空間になったせいで、王妃さんとの対面への心配する気分が吹っ飛んだ。
実際に誰かに心の内を話したかったんだろうけれど、おまけの効果も狙ってたんなら実に策士な父様だよぉ。
◇◆少々アレな言葉説明◆◇
八十路;数の八十。八十歳。
お歴々;地位の高い人の集まり。主人公にとって地元の逆らえない高齢老婦人会のマダム達を茶化して表現している。
おかんアート;主に中高年の主婦が余暇を利用して創作する自宅装飾用芸術作品の総称。何故か大量に作られる事が多い。我が家では過去にドアノブカバー、粘土の人形、軍手人形、皮ポーチ、ラタン編み、角砂糖アイシング、折り紙薬玉、アクリルタワシ、ミサンガ、長期間保存可能手作りキャラメル、布ぞうり等、大量のアート作品が次々生み出され、アートおかん先生達との物々交換も行われました。