友達は作るもんじゃあなくて出来るもんだよ
「分かった、分かったよ。キルハイト、これでご納得いただけたかい?」
「名前だけ呼んでみていただけませんか?前後に言葉を繋げて誤魔化している可能性があります」
バレた。ただ呼ぶのと流れに入れ込むのなら、当然入れ込んだ方が楽だ。
「はいはい」
「はいはいも無しでお願い致します」
ご面倒様なお坊ちゃんだねぇ。
「キールーハーイートー」
「伸ばさないで、と言いたい所ですが、我慢致します」
「そいつぁお心遣いいただいて、痛み銀山鼠取りでございます」
「何と?」
「お心遣い痛み入ります」
「まあ良いでしょう」
あー、はいはい。思春期の坊ちゃんには文句は言いませんよ。手ぇ離した後に直ぐ彫金道具を出してくれたしね。ちょいとばかり理屈っぽくて面倒だけれど、良いお兄ぃさんだ。
「先程の御令嬢方への対応についてお聞きしたいのですが、何故突き放されたのですか?お嬢様が戻られた時の交友関係をどうなさるおつもりですか?」
「交友なんざぁ、状況と立場で生まれて《つ》くるから心配要らないよ。仲の良い朋輩、友達ってんなら、ユーさんが戻ってから作ればいい。あたしとユーさんは別人だからね、あたしと気があったって、ユーさんと合うとは限らないし、ユーさん自身と同じ時間を過ごしていないのに、ユーさんのふりをしたあたしと仲良くなった相手を友達って呼べるかねぇ?」
エピ嬢ちゃんとキルさんは難しい顔をしているけれど、黙ってあたしの考えを聞いてくれるみたいだから説明しとこうかね。
「これはあたしの基準だから、間違っていたら最後に教えておくれ。さっきのお嬢さん連の中に、18歳になったユーさんが友達として信じてた相手は一人も居ないんだよ。証拠はってぇ言われても、あたしに残っているユーさんの記憶しか無いからはいどうぞってな訳にはいかないけれど、知っているあたしとしちゃあ仲良くなる気にならないね。あたしゃあユーさんと違って性格が悪いし、権威と実力とやる気のある人間が前に立つんなら、その後ろで己の立場を守りつつ上手い事動くのがお貴族様のスマートなやり口だってぇのも知ってはいるけれど、好きじゃあない。寧ろ卑怯に思えちまって嫌いだね。嫌いなタイプと友達になれるかね?なれないね。大体友達ってぇのは作るもんじゃあ無いよ、出来るもんさね。気の合う同士気が付けば、憎らしくて鬱陶しいのに何だかお互い憎めない、お互いおんなじ趣味がある、お互い足りない部分を補える、気が付いたら友達」
頼まれたブローチを作りながらだもんで、手元ばっかりに目ぇをやっているあたしにゃあお二人さんの表情は分からないけれど、黙って聞いてくれているのは有難い。
見解が違うのは生まれ育ちが違うんだから当然だけれど、根本的にどう思っているのかを言っておかないと心配かけちまうからね。
「女神さんに頼まれたのは、ユーさんが帰って来た時安心して暮らせる場所作りってぇ事だから、お貴族様社交ってえやつをしっかりやっておくのもありなんだろうけれど、あたしゃあ腹芸が苦手でね」
「腹芸って何ですか?」
「謀を表情に出さず、お腹ん中で企むってぇ事だよ。お貴族様には必須だろう?うわっつらと、お腹ん中が違うってぇやつで、あー、つまりだよ、考えをおくびにも出さないで、ええと、おくびってぇのは胃ん中の空気が、って、話がとっ散らかってるねぇ」
「シオン様がとっ散らかってとやらをなさっておられるのでは?」
「嫌味だねえ、あ、いや、違うね。キルさんは、あ、キールーハーイートーはこういう合いの手を入れるお人だよ」
「大丈夫です、分かりました。顔に出さないで色々こっそり考えたり裏であれこれ動いたりする事ですね」
「そうそう、エピ嬢ちゃんは飲み込みが早いねえ。正解したエピ嬢ちゃんにはこのブローチをあげようかね。遠慮は要らないよ。空き時間にちょちょっと作ったやつだし、材料も余りもんだ。と言っても、いい加減に作ったってぇ訳でも無いよ。手前だって職人だよ、プライドがあるからね。渡すからにゃあ恥ずかしく無いもんになってるよ」
作業箱の中から指の鍛錬の為に作った、小さなシルバーのブローチをエピ嬢ちゃんに渡す。下り藤のデザインの小さな小さなブローチ。制服でも仕事着でも、襟にチョンと付けられる自信作。
「そんな、勿体無い」
「作ったもんを死蔵する方が勿体無いんだよ」
「シオン様、私にも下さい」
「え?何で?お花だよ?まだ五個ほどあるから良いけどさ。はい、持ってきな」
「ずるいです、私はシオン様の言葉に正解を出していただいたのに。シオン様も、ただ渡すんじゃなくてウルザーム様に『渡す代わりにキルさんって呼んでも良いか?』って仰れば良かったのに」
「ああっ!そうだねぇ!エピ嬢ちゃんは賢いねぇ!そうだよ、そうだ!よし、渡す代わりに「もういただいたので無理です」くっ!確かに、一旦渡したもんに、後からやいのやいの言うのは野暮だよ」
エピ嬢ちゃんもキルさんも嬉しそうだし、良かったよ。作ったもんが喜ばれるのはいつ見ても良いもんだねぇ。
「所で、ご友人の事はもう良いのですか?」
そうだったよ。
「あー、だからね、要は、ユーさんが最後まで信じていたのは爺様と父様、キルハイトとエピ嬢ちゃん、後はそうだね、中立の学園関係者とかで、立場や柵もあるだろうけどさ、権力のある方に阿るお嬢さん連中の中で最後の最後まで信じられたお友達ってぇのは居なかったんだよ。幾らあっちで六年大切に育てられてショックが薄れて友達って良いもんだと思える様になっていたとしてもだ、過去に仲良くしていて大切な友達だからこそ困り事を解決する為に動いたってぇのに、王子さん達に言われてほいほいと離れていく様な連中と、もう一度親交を結びたいもんかね?幾らあたしってぇ別人が上手いことやったとしてもだ、人間一回裏切られたショックは大きいよ。しかも複数人だ。だからね、無理はしない。今んとこ、特定の人と仲良くなってはいないけれど、商売をやってるお嬢さんお坊ちゃんとはちょいとした世間話をする様になっているから、安心しとくれ」
あたしは手元から顔を上げて、キルさんとしっかり目を合わせた。
「分かるよ、分かってるよ。心配してもしたりないんだよね。あたしだって確信して大丈夫と言ってる訳じゃあ無い。けどね、信頼されていたお前さんがユーさんを信じてあげないでどうするんだって事だよ。大切なお嬢さんの良い所をいっぱい知ってるんだろ?戻ったらちゃーんとお友達が出来るよ」
「そうですよ、今年度からは私もシオン様と同じクラスに通いますから、安心して下さい」
「ほら、エピ嬢ちゃんもこう言ってるし、あんな風見鶏みたいな連中とは距離を空けて置いた方が良いんだよぉ。風見鶏ってのは風の吹くたび、あっちこっち向くってぇ事だよ。その場その場でくるくるくるくる、意見やら立場を変える連中だ。まあ、ここまで言ったけれど、もしかするとユーさんの時はダメだったけれど、あたしとは上手く付き合える子が居るかも知れないよ。人間ってぇのは、実際に付き合ってみないと分からないからね。気になるんなら、休み時間にちょくちょくおいでな」
ね?と言いながらニヤリと笑えば、泣き笑いの様な顔で「分かりました、見に行きます」と。本当にユーさんが心配で大切なんだねぇ。あたしにはあれこれ小煩いけれど、基本的には優しいキルさんも大人として守ってあげないとね。
◇◆少しアレな言葉説明◆◇
痛み銀山鼠取り;江戸から明治時代に売られていた殺鼠剤『石見銀山鼠取り』との掛け言葉。




