語尾に『さん』をつけると座りが良くなるよぉ
「皆様お帰りになりましたよ」
「キル坊ちゃん、手ぇ掛けさせちまって悪かったねぇ」
「いえ、仕事ですので。それよりその呼び方を変えていただけませんか?」
「キルハイト坊ちゃん」
「何故その様に」
「ウルザーム坊ちゃん?」
「其方ではなく、坊ちゃんの方を止めていただけませんか?」
「キル坊」
「シオン様は私に何かご不満でも?」
「不満なんてとんでもない。いっつもお世話になってありがたいと思ってるよ?」
「そうは見えませんが?」
「あー、それはきっとユーさんがちょいときつめのうっつくさんだからさねえ」
「違います」
「え?ユーさんはこの国の基準でうっつくだよね?ええと、美人さん」
「そういう意味で違うと言った訳ではありません。わざと仰っておられますよね?」
部屋に戻って角砂糖を齧っていたら、お見送りから戻って来たキル坊ちゃんに睨まれた。
「坊ちゃんが嫌なんだよね?うーん、まあ確かに16歳のお年頃なお兄ぃさんに坊ちゃんはいけないかも知れないね」
「かも、ではありません。それから、事情を知らない者に聞かれたら困る話し方はお止め下さい」
「部屋にはあたしとエピ嬢ちゃんとキルさんしか居ないし、鍵がガッチリ掛かっているし、余りにもお上品な言葉を続けていると尻がもぞもぞするじゃあないか」
「お嬢様はシリなどと仰いません。キルハイトとお呼び下さい」
「お嬢様じゃあござんせんし。エピ嬢ちゃんどう思う?」
「少なくとも角砂糖を召し上がるお嬢様の姿は見たくありませんけれど、シオン様なら仕方が無いと思います」
「そうだよねぇ」
「エピナート嬢、この状況を受け入れてお嬢様がお戻りになった時に瑕疵となる可能性を考えていただけませんか?」
「ちょいと待っつくれ。エピ嬢ちゃんとキルハイトさんが仲っ違いするのはご勘弁だ」
「シオン様は事情をご説明される前までは、私達の前でこの様な醜態はなさいませんでした」
はぁ?
「その言葉はいただけないよ。訂正していただけませんかねぇ?」
「訂正とは?」
「醜態ってぇやつだよ」
「人が見ていない時のシオン様の言動は、決して褒められたものではございません」
「エルトリアではそうだろうし、あたしの国でも褒められないだろうねぇ。けれどね、褒められないのと醜態は違うよね?醜態ってのは見苦しいとか恥ずかしいってこった。あたしの普段の言動が醜態ってぇのなら、あたしの知っている伝法でちょいと気楽にやってる連中全員、人間として品性下劣ってぇ事になるさね。あたしがユーさんの代わりを務めている限り、普段からきちんとすべきだって言われるのは仕方ないと思うけれど、この世界の人間以外の価値観を醜態って切って捨てるのは止めとくれ」
「それは……」
「あたしはあたしの世界が大好きだ。あたしの世界にも色々な国があって人がいて、それこそ王様もいれば生活に苦労している人もいる。机に向かって仕事をしている人もいれば体を張った仕事をしている人もいる。あたしはここにいてもあっちの人間だ。あたし自身の生きてきた生活や周りの人達を否定されるみたいで気分が悪いよ」
「シオン様、私が」
「って言ってもねえ、この体自体はユーさんのものだし、あたしの魂をこの世界の女神さんに救われたのも事実だ。キルハイトさんの目から見れば、大切なお嬢様が好き勝手操られている状態だよねぇ。ユーさんを大切にしているからこそ、あたしの言動でユーさんの立場が拙くなるなんて許せなくて当然だ。だからそこは謝る」
あたしはキルさんに頭を下げた。うん、キルさんがユーさんを本当に大事にしている気持ちを無碍にするのはダメだ。
「シオン様、私は」
「でもね、あたしの気持ちもちょいとだけ汲んでくれると嬉しいんだ。説明したけれど、気を抜くとユーさんの話し方と所作が優先されるんだよ。あたしがあたしであると意識するから、あっちでのあたしってぇもんが出つくる。確かにあたしゃあ26、ああ、一年経ったから27歳の大人だけどさ、自分が自分で居られるって安心したいと思う気持ちを認めて貰いたいんだよねぇ」
「シオン様、私はシオン様の話し方好きですよ」
「ありがとうね。それと、もしかしてキルハイトさんはユーさんがあたしの国に転生とやらをしたから、あたしみたいに話す様になるってぇ心配をしているって事かね?それなら大丈夫だよぉ。確約はしないけれど、あたしの話し方はあたしの国では狭い地域の言葉だし、その地域も殆ど使われていないからね。年寄りとそれに育てられた子供、後は関連した仕事についている連中しか覚えないよ」
確約はしないって言ったけれど、地方の訛りとかを説明したら拙いだろうねぇ。でもユーさんも18歳までの記憶を持って転生とやらをしているから、大丈夫だよね?あたしに対してはいけぞんきな女神さんと妖精とやらだけど、信仰心の厚いユーさんの事は大切にしているから、おかしな事にゃあならない筈。そこはあたしの範疇じゃあ無いし。
「あたしが戻った時、元のあたしの体じゃあ無いけれど、あたしとして生きた経験や記憶は大切にしたいんだよ。だからね、ちょっとだけ譲歩しつくれないかねぇ?」
あたしからすりゃあ16歳ったら高校生のお坊ちゃんだし、真面目で忠実なキルさんが色々と不安になりながらも、この事態を支えてくれ様としてくれているんだから、大人のあたしが譲歩すべきではあるんだけれど、やっぱりねえ、ちょっとはこうね。うん。
無理って言われたら諦めて、一人んなった時にこっそり好き勝手やるかねぇ。
なんぞと考えていたら、難しい顔で考え込んでいたキルさんがあたしの前で騎士の礼をとった。
「ちょ、ちょいとお待ちよ。今ここにはあたしとキルハイトさんとエピ嬢ちゃんしか居ないんだよ?キルハイトさんが忠義を尽くしているのはユーさんだ。あたしの前でそんな事をしなくても良いよ」
手を取って引っ張っても片膝をついたまま。そりゃそうだ。13歳のお嬢ちゃんの力で16歳の坊ちゃんを引き上げられる訳がない。
「フジシオン様、女神様の啓示を受けて、たった一人でこの世界に転移された貴女の不安と世界の事を深く考えず、失礼な事を申し上げた事をお詫び致します。どうか私をお許しいただけますでしょうか?」
「あ、はいはい、大丈夫だよぉ。そんな事しないでおくれな。キルハイトさんが不安なら大人のあたしが譲歩すべきで、あたしのわがままをちょいとばかり許してくれると嬉しいなってぇだけだから、ね?立っておくれな」
「シオン様のお気持ちはよく分かりました。私もシオン様の思いを守るお手伝いを致します。つきましてはキルハイト、とお呼び下さいますか?」
「あー、それはちょいと難しいかも」
「では立ちません」
「はあ?エピ嬢ちゃん、何とかしつくれな」
「無理です。ウルザーム様は私よりも上の立場でいらっしゃいますので」
「あああああ」
「キルハイト、です。27歳のシオン様なら呼べますよね?」
「いやだって、あたしゃあ人を呼び捨てんのは嫌いなんだよ。学校でだってキルハイト様ってぇ呼んでるじゃぁないか」
「それはお嬢様が未成年だからです。15歳で社交界にデビューなさいましたら侍従である私を呼び捨てになさいます。成人なさっているシオン様なら呼び捨てになさって構いません」
「あたしゃあお貴族様じゃあ無いよぉ!通りすがりの下町の彫金師だよ!この世界で言ったら、アクセサリーの細工をする職人さんだよぉ!」
気がつけば、引っ張ろうとした手をガッチリと握り込んで、緑青色の瞳であたしの目を見つめるキルさん。
「キルハイトです」
「エピ嬢ちゃん、助けておくれなああああ!」
「無理です。お嬢様の為に苦労なさっておられるシオン様に対して、敬意を表している状況を止められる筈がありません」
「平民だよ?庶民だよ?ただの居職の職人さんだよお!」
「シオン様の国では象徴とされる一族の方々以外、みなさん平等とお聞きしましたので全く問題ありません。これは私のけじめです」
「キ、キルハイト……さん」
睨まないでおくれな……。
「キルさん」
「まだ夕食まで時間はかなりありますし、シオン様は金属細工をなさりたいのでは?」
「したいよぉ。爺様経由でブローチの注文が入っているんだよぉ。だから手を離して「キルハイトです」ううううう。あ、じゃあさ、こっちで成人しているキルさんがあたしをシオンって呼んだら、あたしも何とか頑張って「シオン」ぎゃあああああ!」
何で、見た目ユーさんのあたしをあっさり呼び捨てすんだよぉ!
「シオン様、シオン様が今の状態でいらっしゃいますと、ウルザーム様としてはお嬢様と区別してお話しする事が容易なのでは?」
「エピナート嬢の言う通りです。私はきちんと呼びましたよ?」
「うう、確かにあたしが言い出したんだけど、まさかあっさり呼ばれちまうとは、うううう。せめて名字の藤にしとけば、仲良し学生の名字呼び感覚でいけたかも知れないのに、何てぇ事だろうね。ああ、もう、男は愛嬌、女は度胸、読経と言えばお寺さん。鐘がぽんぽんカンカン叩いて佛になるならば、統計屋の廻りは粗方仏にぃ、なーるーぅだぁろぉおお「誤魔化されませんよ?」ダメだった!」
助けられないと言うエピ嬢ちゃんに目をやれば、とっても楽しそうに笑っていた。酷い。
◇◆少しアレな言葉説明◆◇
うっつく;美しい。綺麗な人。美人。
いけぞんき;無愛想。思いやりが無い。ぞんき=思いやりが無いに強調の接頭語『いけ』をつけた言い方。
鐘がぽんぽんカンカン〜;落語『野ざらし』より。友人が怪談っぽく話し始めたのを混ぜっ返して明るく返すシーン。
◎『さん』を付けたがるの事
江戸っ子は名前だけではなく、色々な物にさんを付けます。お天気さん、ご陽気さん、ご機嫌さん、観音さん、お不動さん、お稲荷さん等。
「こんにちは、本日は良いお天気さんでございます」「最近はご陽気さんも良くなって、花見ついでに観音さんでもお参りに行こうかと思ってねぇ」




