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女三人集まれば姦しいと申しまして

「お話は良く分かりましたわ。皆様、大変お心を痛めておいでなのですね。わたくしも一年間色々と思う所は御座いましたが、静観致したいと考えております」

(ご高説は重々分かったけれど、あたしに持ち込んだ所で何も変わらないよ)


「大変失礼な事を申し上げますが、学園でウィスタリア様がどの様に噂されているのかご存知ですか?」

「さあ。わたくしの預かり知らぬ所で何をおっしゃられていても、別段気に致しませんわ」

(存じ上げませんし、知らないところで何を言われても蛙の面に何とやら、知らぬが仏の放っとけってぇやつさね)


 この集団の代表らしいエルトリーべ嬢ちゃんと来たら、はなっから喧嘩腰なんというか『今日こそ間違いを正して差し上げる』と意気軒昂でいらっしゃるご様子。

 この中で一番年上でオルクスの婚約者候補ってぇ事で、あたしが受付をサボった苦情が随分と持ち込まれたって言うからね、そりゃもう被害者ってぇ考えてもしまう気持ちがあるのは分からないでも無いけれど、それってぇのは間違っている。苦情を持ち込まれるのは、あたしがサボったからじゃなくてオル坊達がぞろっぺぇから。連中が規律とやらを守っていれば、この苦労は無かった筈。

 真面目なユーさんは対応したけれど、あたしは回避する事を選択しただけ。


 まあね、エルトリーべ嬢ちゃんも可哀想だよね。この女性の結婚適齢期が早い世界で、ふたっつ年下のオル坊ちゃんの婚約者候補にされるわ、入学を遅らせて同じ学年に通わされるわ、同じ侯爵の娘であるあたしは責務とやらを担わないわ。親御さんを通してユーさん家にまわりくどい根回しをしようとしたのに、細かい事は気にしない爺様と父様に『学園に問題があるのなら理事長に言っては?』と返されたってぇ話だし。前は矢面に立ったユーさんが止めきれなかったあれこれのせいで、三年目だかに婚約破棄をして留学をしているんだけれど、今回はあたしが逃げ回っているから二年目にして既に限界も近そうさね。

 その隣で同じ様に不機嫌なのがプリュネ嬢ちゃん。こちらもユーさんの一歳上で、不義理が許せなくて自領に引きこもってしまったお嬢ちゃん。ユーさんの記憶だと安全圏であろうユーさんの後ろから、貴族のマナーがとかルールがってな感じでアザレさんとぞろっぺぇ連に文句を言っていたんだけれど、エルトリーべ嬢ちゃんが学園を辞めちまってから勢いも無くなって、家族に責められているとユーさんを捕まえては相談をした挙句に連絡も無しに領地に引きこもっちまった。


 結局の所、このお嬢様方は安全圏から自分達の意思だと気付かれずに、ぞろっぺぇ連の言動を注意、改善させたい訳だ。で、お嬢様方の常識からすればいの一番に婚約を打診されたユーさんが主導して当然で、ユーさん自身の身の振り方は己で何とかするのも当然で、前面に立ってくれる人がいるのなら、後方の安全圏にいるのが正しいし賢いってこったね。


「オルクス殿下の筆頭婚約者候補であるにも関わらず、交流サロンも持たず、殿下とお近い方々との関わりを減らし、兄であるレルヒエ様にすらご忠告なさらない、地位だけ令嬢です。どう思われますか?」

「そうなのですか。ご忠告いただきありがとうございます」

(どうって言われても、どうとも思っていないさね)


「エルトリーべ様はそういう意味で申し上げたのではございません。私が申し上げるのは大変僭越ではありますが、お義姉(ねえ)様が大切な交流を行わないせいで、皆様困っておられるのです」


 ぷるぷると震えながら言うのは、新入生のプリーメラ・ギプフェル伯爵令嬢。ぱっちりとした玉子色の目をぱちぱちと瞬いて、上目遣いに訴えてくるこのお嬢さんは、レル兄さんの婚約者だ。

 ユーさんよりひとっつ下だけれど、婚約は本人が物心つく前に決まっていた上に、入学前までに会った数が両手で足りる程度。親である伯爵はお天道さんやお月さん、お星さんの動きを記録したりそこから考えられる情報を王家に伝えたりする天文館の研究所の総責任者さん。軍を纏める爺様と占いみたいなお仕事のギプフェル伯爵との縁を結ぶ事による、毒にも薬にもならない平穏な政略結婚というやつらしい。

 あたしからすりゃあ相手の事をこれっぱかりも理解出来ない状況だってのに『私はレルヒエ様を心よりお慕いしております』何てぇおっそろしい事をおっしゃられてしまうこのお嬢さんが怖い。正直なとこ、このお嬢さん方全員が多かれ少なかれ『お慕いしております』と断言出来るってぇのが異質すぎてどうも腰が引けっちまう。

 ユーさんなら『政略結婚だからこそお互いを理解して、愛を育んで行きたい』とか『愛が無くとも情は芽生えます。エルトリアの為にも良い関係を築いていけます』てな事を思えるんだろうけれどね、こればっかりは感覚が違う。


「わたくしもプリーメラ様とご一緒に入学して本当に驚きました。入学式のエスコートもしていただけなかったのですよ?わたくしもプリーメラ様も父が同行していたから良いものの、もし居なかったら嘲笑されてもおかしくありませんでした」

「その節は大変失礼を致しました。兄に代わってお詫び申し上げます」

「ウィスタリア様に謝っていただきたいのではございません。現状を何とかして頂きたいのです」


 と、目ん玉を三角にしてあたしを睨むヴァルヌス・ホルツバオム伯爵令嬢。うちのレル兄さんの頭にぺんぺん草が生えて、プリーメラ嬢ちゃんをお迎えに行かなかったのは、まあ、身内だから幾らでも頭を下げるとして、ヴァルヌス嬢ちゃんの婚約者さんはアトラーク坊ちゃんなので、文句はそちらにお願いしたい。

 それと、目ん玉を三角にすると可愛いお顔が台無しだ。


 ふとお嬢ちゃん連の一人であるペオニエ・ザーリエ・ファールン公爵令嬢に目を向けると、思いっきり嫌な顔をされた上に『私は関係ありません』てな感じに視線を逸らされた。

 こちらのお嬢さんはひとっつ上でゲナーデ坊ちゃんの婚約者さん。お嬢ちゃん連の中では一番地位の高い公爵家のお嬢さんだけれど、お母さんが公爵家の奥方さん預かりの行儀見習いをしていた所を当主さんに気に入られて、あれやこれやで出産後に公爵の部下の奥さんになって、お嬢ちゃんだけが公爵家に残ったという(いわ)くがあるので、立ち位置がなかなか複雑らしい。

 公爵令嬢なら柵なんざぁ気にしないで、地位でゴリ押しな、と思うのはあたしだけで、ユーさんの記憶が『それダメ』と。まあね、正妻以外の子供ってのは、色々複雑なとこがあるけれどさ、だったら最後まで関係無いを貫けば良いのに、誰かっしらの後にいっつも居るんだよねぇ。はあ。


「何とかとおっしゃられても、年少で経験不足のわたくしから、殿下やお兄様に進言などとてもとても」

(言いたい事は自己責任でどうぞってんだよ)


「ユースティティア嬢、貴女は年少と仰るが、10歳より王妃殿下直々の薫陶を受け、王家の剣と盾である侯爵家の御令嬢としての矜持をお持ちの筈。確かに、年齢だけなら私やエルトリーべ様の方が上だろう。しかし、エルトリーべ様のグロースターべ侯爵家は元々魔道具研究家から地位を上げていった家であり、国内外に対する力はユースティティア侯爵家に及ばない。ましてや我がイングエ家は王都を守る騎士団の隊長を代々拝命する名誉ある家ではあるが、軍部の下部組織である事はご存知の筈。立場上、静観されているユースティティア嬢を差し置いて殿下や側近候補の方々に進言は出来ません事、お分かりですよね」


 お分かりたくないし、お分かる気も無い。無い無い尽くしの無い尽くし。


「皆様が婚約者の方とどの様なお付き合いをされているか存じ上げませんので何と言って良いのか分かりませんが、婚約者の方の事をよりご理解されているのはわたくしでは無く、皆様ご自身なのではありませんか?わたくしが何か申し上げるなど、とてもとても」

(だから面倒は見ないって言ってるよね?やだよ、しち面倒くさい)


「いい加減にして下さい!お義姉様が注意しないから、レルヒエ様の婚約者である私が迷惑してるんです!」


 あ、遂に声を荒げちまったねぇ。興奮して涙も溢れそうだよぉ。


「プリーメラ様、お話はお伺い致しました。お疲れの様ですから我が家で休まれては如何ですか?兄は寄宿舎で生活しておりますから不在ですが、ギプフェル家には我が家の執事が連絡をしますし、宜しかったら祖父のお相手をしていただけますと喜びますわ」

(全員これで帰っつくれないかねえ。今日は爺様が居たから帰らないやつぁおっつけてやるよ)


「なっ⁈ お義姉様に会いに来たんです!」

「ギプフェル嬢、今日はこれで失礼しましょう。ユースティティア嬢、私達はきちんとお話ししましたよ。宜しいですか?私は女性の騎士見習いとして、未来の王妃殿下をお守りする使命がございます。しかし、騎士たる者、己の剣を心より捧げる主人とは信頼を結べなければ意味がありません。よくお考え下さい」


 アフウェル嬢ちゃんの鈍色の目が鋭く睨んで来るものの、だからどうしたとしか思えないのは年の功というやつなのか、それともあたしが鈍いのか。お嬢さん方みんな揃って頷いて立ち上がった。


 キルハイト坊ちゃんがお嬢さん方をお見送りしてくれると言うので、あたしはのんびり残っていたお菓子を食べる事にした。冷めた紅茶もまあまあいけるねえ。中庭のガーデンテラスで話したから、最後の騒ぎも家ん中までは聞こえなかった筈。あたしっ(かわ)からは、心配してるのかチラチラ窓から爺様が覗くのが見えてたけれど、残念、みんな爺様とは話したく無いのか帰っちまったよぉ。


「シオン様、大丈夫ですか?」

「何が?」

「学園での立場が更に悪くなってしまうのでは?」


 給仕と見守りをしてくれていたエピ嬢ちゃんが心配そうに言うので、ぽんぽんと隣の椅子を叩いて座ってと促せばおずおずと座ってくれたのでお菓子の皿を間に置いた。


「立場など無くなっても宜しゅうございます。オルクス殿下とわたくしが並ぶ未来は無いのですから」

「でも……。お嬢様はそれで宜しいのでしょうか?」

「それだけどね、あたしが知っているのは、絶望と恐怖だよ。信じていた相手に裏切られる絶望、信じていた相手に嵌められようとしている恐怖。ユーさんの最後の気持ちがその二つだからこそ、並び立つ未来ってぇのはあっちゃあならないんだ。」

「そうは聞いておりますが、お嬢様なら立派な王妃殿下に」

「立派な王妃殿下なんざぁ、なれるやつにやっちまえば良いんだよ。それにね、あたしが王子さんとの関係を何とかしたとしても、それはあたしと王子さんの関係で、ユーさんと王子さんじゃあない。一度完全に諦めた気持ちを戻す術は無いよ。大体ね、アザレさんとの関係を上手く纏めたとして、ユーさんをぞんざいに扱った王子さんを信じられるかい?いつまたお気に入りが出来て、ユーさんを排除しようとするか分からないのに?」

「確かにそうですね」


 あたしの言葉にエピ嬢ちゃんが寂しそうに頷く。このお嬢ちゃんも、本人は覚えてはいないけれど六年間の間王子さんに冷たくあしらわれるユーさんを一生懸命支えていたんだよね。

 「まあ、あたしの手並を見せてあげるよ」と、しょんぼりしているエピ嬢ちゃんの頭を撫でてしまった。ちょっと驚いた顔をされたけど、その後ニッコリと笑ったからまあ良いよね。

◇◆少しアレな言葉説明◆◇

玉子色;卵黄の様な明るい黄色。

連;連中。つれ。仲間。

鈍色;鈍い鼠色。

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