地固めさえ出来ればやれる事が一気に増えますんで
爺様に事情を説明するのは成功したものの、その後、父様やら爺様が信用出来る騎士の人達で一週間、ああでも無いこうでも無いと話し合った結果、あたしの考えていた商売について難色を示された。貴族のお嬢さんが彫金、要は職人をするのが宜しくないらしい。刺繍も職人仕事だと思うんだけれど、それは違うとか。何故だ。針とタガネ、どちらも金属じゃぁないか。いや、分かってるよぉ。違うって。
それでも、将来ユーさん名義になる爺様商会を作るのは良いそうで、そこにあたしが顔を出さずにこっそり作って商品として卸すのと、口が硬い職人さんを顔を隠して育てるのならギリギリ許可ってぇとこに落ち着いた。また、ユーさん家から寄付をしている孤児院や救護院で手仕事や読み書きを教えるのはすんなり許可が降りた。
キルハイトお兄ぃさんとエピナート嬢ちゃんは、ユーさんに対して普段から真面目に誠実に使えていた事と、最後まで寄り添ってくれていた事から、事情を明かす事になった。人間ってぇのは味わい深い表情が出来るもんだと、つくづく思ったよ。安心した様な驚愕した様な憤った様な、色々な気持ちが綯い交ぜになった顔。
二人は「ユーさんがちょいとばかりキ印になった」疑惑を持っていたらしく、爺様が人生経験からあたしを認めてくれたってぇ聞いた所で安堵に落ち着いたんだけれど、こちらとしては慣れない場所で人助けをしつつバレないように気ぃ使った挙句にキ印扱いというのはちょいとばかり腑に落ちない。別に根に持ったりはしないけどね。今後は宜しくってなもんだ。
お嬢様って呼ぶのに抵抗があるかなとも思ったけれど、ユーさんの体だし、間接的だけれどユーさんを支える事になるんで、問題は無いんだそうで。気が向いたらシオンさんでもシオン姉さんとでも呼んどくれって言ったら、間違ぇておにぎり包んだアルミ箔噛んだみたいな顔をさせちまった。確かに、見た目は年下のお仕えしているお嬢さんだからね、あたしが無神経だったよ。
二人とも本当にユーさんを大切に思っていて、何度も無事を確認された後「シオン様、何でもお申し付け下さい」「気になる事は何でも聞いて下さい」と真剣な目で言われた。危険人物だと思われてそうだけれど、こればっかりは仕方が無いさね。
一番の問題はレルお兄さんだが、こちらは父様が直々に「将来オルクス王孫を支えられる様に、今から自立するように」と新年度を契機に学園の寮に叩っこんでくれた。と言っても、お兄さんの身の回りの世話をする使用人も三人着くとかなんとか。その連中はあたしとユーさんの関係を知らないし知らせないけれど、うち一人は爺様に信頼されている連絡係なんだとか。
後は、あたしが夜中の作業でこっそり使っていた自作作務衣が没収された。短めの筒袖と七分丈のズボンがダメだって。露出がどうとか言われたけど、別に誰に見せるもんでもなし、減るもんでもなしって言ったら、爺様と父様の殺人視線を喰らったので直ぐに白旗をあげた。そうだった、あたしが良くてもユーさんはダメだよ。
爺様や父様が味方になって気が緩んだんだね。気を付けないと。
とはいえ、床に座ったり刃物を扱うのにワンピースってぇ訳にもいかない。可愛いユーさん風に「お爺様、お願いします」と押したら「卑怯な手を。しかし、これもウィスの為だ」と言って仕立て屋さんを呼んでくれて、袖口と裾が調節出来て腰の前後に布が垂れたデザインの物が完成した。若草色と萌黄色で二着ずつ四着。あたしとしちゃあ紺色が落ち着くんだけどね、ユーさんが着るには地味だからダメなんだと。誰が見る訳でもあるまいし、とは思うものの、守っていただく居候であり協力関係なんだから、着物の色ごときでいちいち波風を立てる必要は無いさね。
仕立て屋さんによると、秦華国の長袍を参考にしたとか。そういえば地元の中国茶屋の爺様がこんな黒いやつを着て、毎朝店の前でぐねぐね動いてるから、何してんのかってぇ聞いたら太極拳だって言ってたっけね。健康に良いって言うんで一緒にやってみたら、内臓が捻くれそうになって運動不足だって笑われたよぉ。
爺様や父様は軍のお偉いさんという仕事柄、短くて半月、長い時には期間を定めず国内のあちこちに出掛けて行く。基本的にどちらかが行けば良いらしいのだけれど、その期間にユーさんに何かあってはいけないという事で、信用出来る部下の方にはあたしの作った剣帯飾りを持たせて、それを目印にすると決まった。
次いでじゃあ無いんだけれど、軍の訓練場に入って爺様曰く簡単な、あたしからすりゃあ簡単じゃない基礎体力トレーニングを受ける事になった。一人で頑張っていたユーさんは将来王子妃になった時の為に、キルハイトお兄ぃさん経由で父様に護身術の女性教師を手配して貰って貴族令嬢の嗜み程度には身につけているけれど、記憶によれば五年生になると一人きりの所を結構際どく狙われていて、当時は心配を掛けまいと黙っていたそれを、あたしが爺様にぺれぺれと話したもんだから「じゃあ頑張れ」ってんでメニューを組まれちまった。
体を鍛えるのは良い事なんだけれど、居職だったあたしとしてはお天道さんの下で棒っきれを振りまわしていると、その内溶けるんじゃぁないかと思っちまうんだよね。とはいえ、あの鬱陶しいアザレさんが「放課後ウィスのお兄様も一緒にカフェに行きませんかぁ」なんてぇお誘いを飽きずにして来ても、忙しいんでと断れるのは助かる。訓練があろうが無かろうが訓練場の爺様の部屋の控え室は自由に使わせて貰える様になったから、そこでちまちまと金属の細工も出来る。
訓練場に出入りをすれば出入りの受付もされし人目も多い。ユーさんが奥ゆかしくも気を利かせて研鑽していたせいで、あのぞろっぺい連どもがアザレさんに嫌がらせをしていたってな冤罪を着せ放題にして来てたけれど今回はそうはさせないよ。
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「シャルお姉ちゃん、これで合ってる?」
「合っておりますが、もう少し丁寧に作って下さいね」
「こんなちっちゃいの無理だよお」
「無理が通れば通り引っ込むと古の賢人の言葉が残っておりますから、後は努力と慣れです。ですが、無理に作業をする必要はありません」
「私頑張る、上手くなったらお金貰えるんだよね?」
「勿論です。一人で全部作れる様になってお店で売れた分から作業費が払われます。お金ではなくて欲しい物と交換しても良いですよ」
修道院の大きな作業テーブルの端っこで、希望者達とちまちまとつまみ細工を作る。練習用の端切れとはいえ、ユーさん家の古いナプキンやカーテンといったお高い布を使っているので、きちんと作れば街の雑貨屋で普段使いのちょっとしたアクセサリーとして売る事が出来る。
延々パーツだけを作る作業は、面白くもなんとも無いのだろうけれど、これが出来なきゃあお話にならない。
「お嬢様ご覧下さい、これなら商品になりますか?」
あたしの横に座って作業しているエピさんが、不要になったドレスを材料にした菊を完成させた。
「結構ですわ。宜しいですか?ここまで一人で出来る様になれば、買い取ってくれるお店も紹介致しますわ。そうなれば、手が動く限り一生稼ぐ事が出来ますし、こちらに残るにせよ出るにせよ、自分の財産を持つ事が出来ます」
事情を知ったエピさんはあたしよりも熱心につまみ細工を作る様になって、気が付けば練習用を卒業して高い材料を使い始め、米粉糊の作り方まで習得しちまった。このまんまなら、あたしより上手くなるんじゃないかねぇ。実家は男爵さんだから行儀見習いを兼ねてユーさんの侍女をして、ある程度の年季が経ったら爺様か父様に結婚相手を紹介して貰うってぇ事になっていたらしいけれど、最近は「お嬢様が帰って来るまで待ちます」と気合が入っている。
お陰さんで、こうやって慈善事業所で作業する時に指導員としても活躍してくれるからありがたいよ。給金とは別にお手当を払おうとしたら「仕事の合間ですので」と言われたけれど、ゴリゴリと押っつけた。全員が受け取る事に意義があるんだよ。ブラック職場、ダメ、絶対。
時間を決めて作ったら、作業量と出来を確認してお金や小物と交換する小銭の管理とそれで買える小物や、前回来た時にリクエストされた品の手配はキルさんが引き受けてくれたから、あたしは横でバラバラのパーツをくっつけながら皆んなの困り事やら、最近身近に合ったニュースやらを聞く。
情報ってのは、色々な角度から集めた方が良いからね。その精査はあたしにゃあ無理だけれど、護衛で着いてきてくれるお兄さん達が後で聞いていてくれて適切に処理してくれる。
勿論、世間話や愚痴も聞く。それはそれで面白い。偶にぞろっぺぇ連中がぞろぞろ連れ立って、あっちだのこっちだの彷徨いている目撃談も結構聞くから、幾ら警備の厳しい王都とはいえちょいと危機管理がなってないんじゃぁないかと思って爺様に聞いたら「何かあっても自分達で責任を取るべき立場だからな」という、スパルタ式の返事か返ってきた。
一応、13歳から15歳の目立つお子様集団だしと思って、あたしにしては珍しく王妃さんとのお茶会でユーさん機能婉曲表現を使って注意喚起したら、学園で連中に囲まれて「誘ってやってもこないくせにおかしな嫉妬をするな」からの「今更だがどうしても一緒に出かけたいと言うのなら荷物持ちとして使ってやっても良いぞ」ときた。
一瞬、唇を抓りあげてやろうかとも思ったけれど、折角距離をとって来たのに無駄になるのは嫌だから「お心遣い痛み入ります。非力ですし、お爺様の許可が降りませんので謹んで辞退致します」何てぇ事をゴニョゴニョ言って逃げた。やだよぉ。