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【別視点】キルハイトの困惑【従者side】

「異世界の方、でいらっしゃいますか?」


 苦笑いの侯爵閣下から信じられない様な話を聞かされた俺は、改めてお嬢様に視線を向けた。


「正確には中身が異世界で、ガワはお嬢さんだよ?」


 侯爵閣下様と若侯爵様に挟まれてソファに座っておられるお嬢様が、足を組んでぷらぷらと振りながらニコニコと笑って言う。


「シオン、足は揃えて座れるのだろう?」

「元通りの方が違いが分かるかと思ったんで。落ち着いて行動すれば、ユーさんの身につけたマナーを再現出来るんで」

「ガワ、とは?」

「ガワってたら、ガワだよ。外っ側(そとっかわ)。饅頭で言ったら、皮がユーさんで、あんこがあたし。紅茶で言ったら、器がユーさんで、中に入ってる紅茶そのものがあたし。丸鶏チキンで言ったら、丸鶏がユーさんで、ジャガイモとかの詰めもんがあたし」

「侯爵閣下、先程の話は本当なのでしょうか?お嬢様がこんな無頼な……」

「誰がブライアンだよお。一年ほどの間、目の前ではちゃんとしていたでしょう?けれど、そうさねえ」


 お嬢様、いや、侯爵閣下の話では異世界からの客人シオンさんは、ふわりと優雅に立ち上がり手を両脇に伸ばして頭を下げた。


「キルハイト・ウルザーム殿、エピナート・ヴァルム嬢、騙していた事、ほんっとうに申し訳無いと思っています。ごめんなさい」

「お嬢様、頭をお上げ下さい!」

「ヴァルム、お嬢様でなくてシオンだ。ウィスを守ってくれている大切な客人ではあるが、ウィスではない」

「侯爵閣下、しかし」


 すっと顔を上げたシオン様は先程までの笑顔が消えて真剣な表情をしている。お嬢様が何かに真剣に取り組んでいる時と同じ見た目なのに、雰囲気が違う。俺とエピナート嬢が感じていた違和感は正しかった

 横に立つエピナート嬢を窺えば戸惑いがちに俺を見返して来るので、俺自身考えが纏っていないものの、歳上の余裕を見せるべく頷いた。俺だって、正直どういう顔をして良いか分からない。先に侯爵様が認めたという説明が無かったら、お嬢様の無事と事情を延々問い詰めていただろう。シオン様は巻き込まれた被害者と言えるのに……。

 そうか、お嬢様は俺を心から信頼して下さっていたのか。俺は俺の知らない今後六年間も、お嬢様に誠実に仕えて認められていたのか。


「お二人さんがユーさんをとても大切に思っているのは、ユーさんの記憶にも残っているし、あたしもよーく感じてるよ。だからね、黙っていた事について本当に心苦しかったんだけれど、余りにも荒唐無稽な話だし、いきなりあっちで死にかけたらこっちの女神さんに声掛けられて、12歳の女の子の代わりにされました、なんてぇ事を話すのもねえ。ユーさんはお二人さんを信じている、お二人さんもユーさんを信じている、だからっていきなり『女神さんに言われて異世界から来ました。どうぞ宜しく』なんて言われても困るんじゃないかって思って、あたしなりに色々考えてこうなったんだんだけれど」


 シオン様はソファに座って居住まいを正し、「うーん、こちらさんの流儀で話の相手を立たせたままってぇのはねえ、頭では分かってるんだけれど、落ち着かないねえ」と言いながらこめかみに手を当てて苦笑いをされる。

 こちらとしてはお嬢様を立たせたままも、お嬢様の向かい側のソファに座るなどあってはならないのだけれど。シオン様の世界は立憲君主制度ではなく、民主制という国民すべてが平等で仕事も男女の区別なく平等だという。根本的に考え方が違う世界の自立した26歳の高い技術を持つシオン様という女性が、お嬢様の為に明確な身分と男女差のある世界で堂々と好きな事も出来ず、自分より14歳も歳下の成人前の未成年に混ざって一年近く準備していたのは驚嘆すべき事だろう。

 少々、いや、気を抜いた時の言葉遣いにかなり問題があるが、これが異世界の普通なのだから今迄人前ではずっと気を張っていた精神力も尊敬に値する。


「色々面倒かけると思うけれど、ユーさんが戻って来るまであたしで我慢しておくれね」

「我慢なんて、そんな事思いもしません。どうか宜しくお願い致します」

「お嬢様をお守りいただきありがとうございます。今後は何でもお申し付け下さい」

「良かったな、シオン。ウルザームは既に学園での警護を任せておったが今後は更に周囲の状況に目配りをして、少しでもおかしな所があれば、儂かここにいる者に報告するのだ。ここにいる者は儂と息子が信じておる者達しか居らん。ヴァルムも新年度からルクラティ学園に編入するよう手配した。ウィスよりも二つ年上だったな?」

「はい、侯爵様。こちらにお仕えする前は生家の男爵家の家庭教師と、プレスクールに通っておりました。学園に通うには少々学力が不足しておりますが、精一杯お勤めさせていただきます」

「うむ、息子とも話したが通学していない期間があるという事を理由にして、ウィスタリアと同じ学年で同じクラスに編入となる。年齢が下だが高位貴族も多いので気を使うと思うが、シオンと二人で協力しあってくれ」


 その他、今後の指針と必要事項を確認したのち、俺はシオン様とエピナート嬢と一緒に退室した。学園の中の問題はこの三人で解決していかないといけないのだけれど。


「いやあ、気楽になったよぉ。兎に角お二人さんには悪くって、普段から気が休まらなかったからねえ」

「お嬢、いえシオン様、あの、学園でもその様にお話を?」

「いやいや流石にそれはしてないよぉ。もしそうだったらキルハイトのお兄ぃさんから、あっという間に爺様に連絡がいってただろうし。そうなったらあたしゃあ、今頃こんなとこをぷらぷら歩いていらんないよ」

「シオン様、今、私の事を何と呼ばれましたか?」

「キルハイトのお兄ぃさん?」

「そのお兄ぃさんというのは?」

「歳若いウルザームさんの敬称のつもりだけれど、いやね、確かにユーさんは12歳、あ、誕生日迎えたから13歳だけど、あたしゃあ26だったからね、15歳の他所様のお坊ちゃんに様ってえつけるのもむず痒いよ。だからキルハイトのお兄ぃさん。子供で男の子だったら君、女の子だったらちゃんってぇ言い方もあるんだけれどねぇ、こっちだと15歳は成人と認められるから、君は失礼かなと思ったんだよね」

「シオン様、シオン様、私は?」

「エピナートお嬢ちゃんとかエピ嬢ちゃんとか。お嬢ちゃんは可愛らしい女の子に付ける敬称になるねぇ。あたしの世界では3歳から5歳は大概ちっちゃな子が集団生活をする幼稚園だとか保育園っていう名前の学校みたいなのに入ってね、6歳から12歳は小学校、13歳から15歳は中学校てな学校に子供は全員必ず行かないといけないんだよ。その先は行っても行かなくても良い事になっている16歳から18歳の高校だけど、ちょいと難しい勉強も出来るし仕事をするのに必要な準備期間にもなるってんで大概みんな行くね。その上に大学と大学院、ここまでくれば最高学府だ。専門分野に分かれて……」


 さっき迄真っ青な顔をしていたエピナート嬢は、お嬢様が乱暴な話し方をするというおかしな状況を俺より早く受け入れた様で、あれこれと話して下さるシオン様に対して、警戒心の全くない笑顔を向けている。

 分かっているつもりだ。

 シオン様は悪い人ではなく、寧ろ気安く明るい正直な方だと思われる。


 けれど、女神ルクラティと侯爵閣下に認められたとはいえ、お嬢様の安全を我が目で確認していない状況で、おいそれと異世界人を信じて良いとは思えない。先程の話によれば、六年掛けてお嬢様を追い詰めたアザレ・メガイラ伯爵令嬢もシオン様と同じ世界からの転生者だというのだから、どんな落とし穴があるか分からない。

 せめて俺がきっちり見張っているべきだ。


 部屋に戻ったシオン様は「これで目の前で作業しても良くなったねえ」と言いながら、ナガシバチを出して来てシンコ細工というお菓子作りを披露して下さった。

 火を起こしたナガシバチの上に鍋とザルを置いた上に布を置いて、謎の白い塊を載せて蓋をする。暫く蒸してから、いきなり熱くなった塊を取り出して手で練り始めたので、火傷を注意したら「これっくらい大丈夫だよお!早くやらないと固まっちまうだろう?」と言われ、洗面器と水を用意して見ていると、手を器用に動かしながら握り込めるほどの大きさの変わった形の鋏で切れ込みを入れて、最後には馬の形になった。


「凄いですね、立髪も尻尾も出来るんですね?これは騎士のお守りに出来ますね」

「いやこれ、米と砂糖で出来たお菓子だから。ちょいと甘いだけでそれ程美味しくないけれどね」

「お菓子なんですか?うわー、材料を準備してあったんですか?」

「夜のうちにちょちょっとね。みんなに見せびらかそうと思って。それとほら、孤児院とかの寄付を集める祭りん時に売りもんにしようと思ってね。ちょいと待っとくれ、エピ嬢ちゃんには綺麗な花を作って差し上げるよぉ。はい、これはキルハイトのお兄ぃさんに」

「あ、ありがとうございます」


 ひょいと渡されたそれは、滑らかな表面と細かい切れ目が美しい手の平サイズの美しい馬。何故か飾る為なのか棒が一本刺さっている。

 シオン様の手元に目を向けると、見た事も無い花弁の多い花が手の動きと鋏で形作られている。そしてやはり棒が刺さっている。


「硬いな」


 お菓子にしてはガチガチに硬くてどうやって食べるのだろうと思っていると、エピナート嬢が「お部屋に飾ります!」と言う声が耳に入って来た。


「いや、一応食べもんなんでね。飾るんなら適当に時間が経ったら、そうさねえ、半月ほど経ったら捨てとくれ。間違って食べたらお腹こわすからね。食べる時は舐めるんだよ、齧ったら歯ぁ折れるよ。後は爺様と父様にも作るかねえ。飾りもんは気に入ってくれたし」


 異世界には恐ろしいお菓子があるのだなと思いつつ、シオン様を見ていたらこっちを見て「事情を知っている人以外には誰が作ったかは内緒だよ」と言われた。

 言えませんよ、お嬢様が変な言葉を話す異世界人に取り憑かれているなんて。


 お嬢様の信頼を裏切るつもりはないけれど、シオン様との六年は確実に前途多難だろうな。

・主人公の趣味のしんこ細工ですが、先日(2021年5月10日)NHK Eテレで放映された『グレーテルのかまど』で作られていました。番組サイトに作り方が載っていますので(2021.05.19現在)興味のある方は是非。

・番組では蒸し器を使っていますが、子供と簡単に作れるとして電子レンジで作れるレシピを紹介しているサイトも複数あります。『しんこ細工作り方』で検索出来ます。

・使用する鋏ですが、細工鋏、握り鋏等の表記がありますが手芸の糸切鋏です。家で作った時は百均の鋏を消毒して使いました。料理専用(飾り切りに使ったり等)にしています。

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― 新着の感想 ―
[一言] よかった、やっぱり近くで見てくれる人には変に隠し事したくないですよねぇ。 そして、おキレーな令嬢の姿でべらんめぇな台詞が飛び出す様がやっと見られましたね!
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