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壁面走行体

暗闇の天蓋を、機影が再び走り抜ける。

今度は近かった。

黒い外装。細長い機体。車輪ではない。

蒼白い魔力輪を壁面へ押し付けるみたいにして、半円状の内壁を疾走している。

その通過に合わせ、死んでいた魔導灯が順番に復旧していった。

白い光が、闇を削る。

観客席では、まだ悲鳴と怒号が混ざり合っていた。

逃げ出そうとする者。呆然と立ち尽くす者。魔導士たちが結界維持を叫んでいる。

けれど、その全部を切り裂くみたいに、機影は減速した。

重力を無視したまま、壁面を滑る。そして対局場の真上で、ぴたりと停止した。

あり得ない挙動だった。

白い残光だけが、ゆっくり空気へ溶けていく。

『――反応を確認』

声が響く。館内拡声器ではなかった。頭の奥へ、直接流れ込んでくる。

感情のない声だった。

『深度、想定以上』『接続痕あり』

エリルが小さく息を呑む。カイも動けなかった。まだ頭の奥に、あの冷たい視線の感触が残っている。

機体側面が、静かに展開した。中に、人影が立っている。

細い黒装束。首元を走る銀線。顔の上半分は、透き通るような硝子質の面具で覆われていた。

年齢も、性別も分からない。ただ、その動きだけが妙に静かだった。

慣れている。こういう光景へ。

『……遅かったか』

その瞬間。頭の奥で、また“あれ”が笑った気がした。

ぞわり、と背筋が粟立つ。

エリルが小さく肩を震わせる。どうやら彼女も感じたらしい。

面具の人物が、ゆっくりこちらを見る。

正確には。ふたりの“間”を見ていた。

『共振反応を確認』『封鎖前に接続されたか』

意味が分からない。

だが、その言葉を聞いた瞬間。胸の奥で、何かがざわついた。

接続。まるで。

僕たちが、何かへ触れてしまったみたいな言い方だった。


その時だった。観客席上部で、誰かが絶叫した。

「うわ、ぁ……っ!!」

全員の視線が跳ね上がる。一人の男が、通路の途中で立ち尽くしていた。

いや。立っているというより。“止まっていた”。

目を見開いたまま顔から感情だけが抜け落ちている。

次の瞬間。男が、ぼそりと呟いた。

「静かに……しないと……」その声には、妙な反響が混じっていた。

まるで複数人の声が重なっているみたいだった。

「迷惑を、かけるな……」「感情を、乱すな……」

「黙っていれば……」「正しく、いられる……」


ぞわり、と空気が冷える。違う。これは、普通じゃない。

男の輪郭が、ゆらりと滲んだ。

皮膚の下で、黒い線みたいなものが脈打っている。

観客席が悲鳴に包まれる。誰かが逃げ出す。椅子が倒れる。

だが男は、壊れた人形みたいに呟き続けていた。

「誠実で……いないと……」

その言葉へ。壁面上の機影が、一瞬だけ止まった気がした。


沈黙。ほんの刹那。だが、確かに。

『……まだ』

面具の人物が、小さく呟く。

初めて、その声へ、微かな感情が混じった。

『まだ、そんな声で壊れるのか』

次の瞬間。爆音。白い閃光。


黒装束の人物が、観客席へ降り立っていた。

速すぎて、目で追えなかった。片手が男の額へ触れる。

首元の銀線が、一瞬だけ発光する。男の身体が、びくりと痙攣した。

「――眠れ」

静かな声だった。直後。

男の全身から、黒い霧みたいなものが噴き出す。

霧は空中で、一瞬だけ“女の横顔”みたいな形を作った。

長い髪。空洞みたいな目。だが、それもすぐ散開する。


館内の空気が、ほんの少し軽くなった。観客席が静まり返る。

誰も、何が起きたのか理解できていなかった。

黒装束の人物は、床へ崩れ落ちた男を一瞥する。それから、ゆっくり僕たちへ視線を向けた。

面具越しなのに。なぜか分かった。

こちらを観察している。

値踏みしている。

『……初期侵食から自力離脱』

『あり得ない』

その声だけ、ほんの少し揺れた。エリルが、不安そうに僕を見る。

カイもまだ、呼吸の整え方を思い出せずにいた。

頭の奥では、まだ微かにノイズが残っている。あの草原。セピア色の空。

そして、“ようやく”と囁いた女。


黒装束の人物が、静かに口を開く。

『お前たち』数秒、間が空く。

『――何を見た』

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