84話 結界式を解く
「なんと言われようとも、私はもうあなたの……お父様の傀儡にはなりたくありません!」
私はキッときつくソルベントお父様を睨みつける。
「そうか。ではそこで今しばらく悪魔卿の苦しむ姿を拝んでいるがいい。彼のもがき苦しむ姿を見ればお前も考えを改めるだろう」
確かに今もなお、ディア様は蹲ったままだ。
しかし――。
「お父様。私は何があってもディア様に……ディアブルス様にしか従いません。私はもうリインカーネルに縛られたくはないのです。だから、どんな理由があろうとも今後あなたの言うことは絶対に聞きません。私の全てはディア様のものなのですから」
「ふん。では悪魔卿には本当にこのまま死んでもらうほかないな」
「……お父様は相変わらずこの書斎を愛用されているのですね」
私はお父様からの挑発など無視して周囲を見渡した。
「それがどうした?」
「ここで昔、私が一緒に書類仕事や書架の整理を手伝っていたのをお覚えですか?」
「……ああ。アルメリア、お前は事務仕事だけは思いのほかできるようだったからな。当時はそれしかお前の使い道はないと思っていたがな」
「そうですね。私もそれしかできないと思っておりました。あの一番右奥にある本棚の、上から三段目の列には魔導書の類いが相変わらず収められているようですね」
「だから、それがどうかしたのか?」
「確か、あの背表紙が青色で小さなルビーが埋め込まれている魔導書の百二十五頁の、六行目でしたよね、お父様?」
「アルメリア、お前はさっきから何が言いたい? 昔からお前は要領が悪い。話が見えてこない。時間を掛ければ掛けるほど悪魔卿は死に近づくのだとわかっているのか?」
「……やっぱり覚えてはいらっしゃらないのですね」
「その魔導書がなんだと言うのだ?」
「当時の私には理解まで出来なかったんです。私には与えられる情報量が制限されていましたし、魔力が乏しい私には魔法や魔導技術に関することを誰も細かく丁寧には教えてくださいませんでしたから」
「当然だろう。魔力のほとんどないお前にそんなことを教えたところでなんの役にも立ちはしないのだからな」
「ええ。ですが王宮やディア様のもとで様々な本を読み、魔導のことを深く知り、そうしてたくさんの知識を紡いできたことで、あの魔導書の書いてあることの意味までをようやく今、理解することができました」
「あの魔導書の書いてある意味、だと……」
ソルベントお父様はまだ理解に至っていない。
だからこそ、虚を突くにはこれが絶好のチャンスなのだ。
「ゼイラム、クゥトルス、フェム、ゾーラスエルデ、フィラム、ファリム……」
「古代語!? まさかアルメリア、お前は」
ようやくお父様が私のしようとしていることに気づいたのだろうけれど、もう遅い。
私はそのまま、あの魔導書の百二十五頁、六行目に書かれていた結界式解呪の古代語詠唱を終える。
「馬鹿な……!」
ソルベントお父様が初めて、私の前で狼狽えてみせた。
それもそのはず。屋敷中に展開されていた結界が完全に消滅したからである。
「何故お前が解呪の古代語などを覚えている? いや、そもそも魔力のないお前が何故解呪を行える? 古代語の詠唱と同時に特有の反転魔力を注がなければ結界式が解けるわけが……」
「反転魔力がどのような魔力成分なのかを解析するのに少し時間が掛かったのでな。その間、アルメリアに時間を稼いで貰っていた」
スッと立ち上がりながらディア様がそう答える。
「……っち」
ディア様の復活を見てソルベントお父様が舌打ちしている。
ディア様は結界の呪縛での苦痛の中でも、蹲りながら私に、
『この手の結界の解呪方法の多くは、古代語での詠唱と相反する魔力を流し込む必要がある。私は反転魔力を解析して生成する為に、このまましばらくわざと蹲っている』
と、声に出さずに口パクの動きだけで伝えてきた。
私はそんな彼に身体は大丈夫なのかと尋ねると、どうやらディア様は身体へのダメージを軽減する術式を体内に施してあるので、実際はさほど苦痛を受けてはいないと話してくれていた。
続けて彼は、
『私にはこの術式に関する解呪古代語がわからない。だがキミならわかるはずだ』
と、伝えてきた。
以前私はディア様にリインカーネルで読んだ本は全て覚えていると話してある。だからこそ、ディア様は私ならきっと解呪の詠唱がわかると信頼してくれたのだろう。
事実その通りで、私はここで読んだ書物の記憶を遡り、その昔にここで読んだ古代語の解呪詠唱を思い出したのだ。
ディア様自体はこの程度の結界式など取るに足らないようだが、おそらく彼はこの結界式を解呪しなければソルベントお父様にダリアお母様を利用されるかもしれないと懸念し、結界の解呪に望んでくれたのだろう。
「さあ、ソルベント卿。結界式は解呪されたが、どうする?」
「さすがは悪魔卿だ、と言っておこう。だが、どうもこうもない。私がたったひとつの罠だけで貴様を待ち構えていると思ったか?」
ソルベントお父様はそう言うと、ディア様に向けて携えていた杖の先端を向ける。
あの杖は魔力増幅機能を備えている。お父様はきっとまたアレを……!
「ディア様! あの杖は……」
「もう遅い」
私が声をあげると同時にお父様は例の魔法を撃ち放っていた。
私が幼い頃から散々痛められつけてきたあの魔法。身体を麻痺させる電撃系魔法。
対象者の神経を痺れさせ、痛みと共にその場で動けなくさせてしまうアレは私が何か仕事や普段の生活でミスを起こすたびに折檻として施されてきた。
凄く苦い思い出だ。
「ディア様ッ!」
お父様の魔法の射出速度は非常に速い。
リインカーネルの歴代当主の中でもソルベントお父様の魔法技術は特に優れていると言われ、魔導師としても一流だ。
そんなお父様の魔法を向けられたディア様のことを案じた、けれど。
「くだらんな」
直撃しているディア様はそれをものともせず、ゆっくりとソルベントお父様のもとへと歩み寄る。
「なんだと……? 何故効かぬ?」
「私を舐めているのか? それとも貴公が馬鹿なのか? この程度の児戯で満足しているとは」
そうだ。そうなのだ。
私の旦那様はあの魔導卿なのだから!




