77話 魔獣からの伝言
ロンベルト兄様がフィンガロン邸で見習い使用人となってから、更に数日が過ぎた。
私とディアブルス様はエルフリード国王陛下との謁見を無事に済まし、ありがたいお言葉とたくさんの金貨などで褒賞を授与された。
エルフリード陛下は国王というには、とても気さくで物腰の柔らかな初老のお方で、私はたった一度の謁見でこの国の陛下を好きになった。
一方、ロンベルト兄様は相変わらず使用人見習いとして日々奮闘しているが、まだ毎日ケイトリンさんやニーナさんに説教されてばかりいる。
しかしそんな兄様にも最近少しだけ変化が現れた。
「おはようございます、アルメリア様」
と、私と目が合うとそう挨拶をしてくれるのである。
以前までは目が合えば逸らしてしまうか逃げ隠れていたのに、最近ではきちんと挨拶をして会釈をしてくれるのである。
ケイトリンさんやニーナさんに色々指導された影響であるのは間違いないが、彼女たちがいない二人きりの時でも兄様は私に挨拶してくださるようになったのだ。
私はその時、
「兄様、私には普通に接してくださって大丈夫ですよ」
と、言ったのだが、
「俺はこうしろと教えられているので」
と、他人行儀にあしらわれた。
まあそれも仕方ないか、と思ったのだがある日。
「……アルメリア、すまなかったな」
と、ボソリと小さな声で言われたのである。
私の聞き間違いかと思い、兄様に今なんて仰ったのですかと尋ねると、「何も言っておりません」と、目を背けて逃げ去ってしまった。
あの兄様が他者に、それもこの私に謝罪の言葉を述べるなんて、と思ったがきっとおそらく兄様の中でも変化が現れ始めたのだろうと思うことにした。
「あ、アルメリア様ー!」
そんなことを考えていながら一階の庭が見える長廊下を歩いていると背後から呼ばれる声がした。
「あら、ナディアさん。そんなに慌ててどうしたの?」
小走りで私のもとに駆け寄ってきたのは、まだ十代前半でやや幼いけれど、フィンガロン邸での使用人歴は三年も経つナディアさんだ。
私と同じ黒髪だけれど、ショートカットがよく似合う瞳の大きな可愛らしい女性だが、その見た目とは裏腹に彼女は高い特質魔力を持つ。
その魔力は一風変わっており――。
「この子が庭に迷い込んでしまっていたんです」
「この子って……その手のひらに乗っているのは、子ネズミ? かわいらしいけれど……」
「はい。ただ、この子からは魔力を感じますからおそらく魔獣の類いです」
魔獣と動物の違いは魔力の欠片を体内に保持しているかどうかだ。
どういう仕組みで魔獣として生まれるのか、普通の動物として生まれるのかはいまだに謎が多い。普通の動物から魔獣は生まれるし、魔獣から普通の動物も生まれる。
魔獣として生まれた動物は体内に魔力の欠片を持ち、魔力を保有する。
これが成長と共に異形に変形し、魔法を使い始める。
知識レベルが変化しない場合は魔獣も普通の動物と変わらないが、魔力の作用によって魔獣は多くの場合、賢くなる。
賢くなった魔獣は基本、人を襲う。
それも明確な理由は不明だが、魔獣は実に攻撃的になり、人を襲い、喰らう様になるのである。
「魔獣なら残念だけれど……」
魔獣が人間社会に紛れ込んだ場合、可能な限り即殺処分するのが全世界共通認識である。
「でもでも! 助けてほしい、僕は人は襲わないってこの子は言ってるんです!」
ナディアさんの特質魔力の能力がこれだ。
「僕は家族から奇異的な目で見られて捨てられたと、言っています! おそらくこの子だけが魔獣として生まれてしまったみたいで、家族から見放されたらしいんです!」
ナディアさんには動物の心の声が聞こえる能力を持っている。
それは鳴き声から判断するのではなく、手で触れた対象の動物の感情を直接読み取る力だ。
この魔力を持つ者はたまに存在し、そういう者は調教師や馬の世話などにあたることが多い。
それがナディアさんの特質魔力である。
「うーん。成長した魔獣は人を騙すと言うけれど……」
「はい、よくわかってます。でもこの子は小さな個体ですし、異形化してもそれほど驚異な存在にはならないと思うんです。だから私たち使用人の宿舎で飼ってもいいですか……?」
これには安易に良しとは言えない。万が一という可能性もある。
この件はさすがにディア様と相談するしかない。
「ディア様と相談してみますね。ただもし駄目だった場合は……」
「そう、ですよね。……わかりました。ディアブルス様の決定に従います」
ナディアさんにはそれで納得してもらうしかない。
とはいえ魔獣については厳しいだろうなと私も思う。
何か良い手があれば……と、考えているとひとつ妙案が浮かぶ。
私はそれをディア様に聞いてみることにした。
「魔獣、か」
ディア様に尋ねるとやはりあまり良い反応はしない。
「ディア様。あの首輪のサイズを変更して魔獣に取り付けることは可能でしょうか?」
「アレをか。できなくはないがそれで魔獣が言うことを聞くだろうか? アレは確かに魔力で痛みを与えて服従させることもできるが、基本は人間の理性に呼びかけ強制的に反抗できなくさせる為のものだからな」
「はい。普通なら難しいかもしれませんけれど、ナディアさんが扱えば魔獣にも効果があると思います。以前王宮にあった地方の旅芸人一座の情報誌に、魔獣使いに関するデータがありました。それにディア様の作った物と同じような効力を持った魔導具をあてがっていたようなのです」
「なるほど。では試してみるか。作ること自体はすぐできるからそこで待っててくれ。ただし、それでも万が一、人を傷つけることがあったら処分もやむを得ないと理解しておいてくれ」
そうしてディア様の許可を得て、私はそれを作ってもらい、ナディアさんへと手渡して使い方の説明をした。
ナディアさんは何度も私にお礼を述べていたけれど、本当に大丈夫かしら。
と、いう不安は杞憂であり、それから数日経っても子ネズミ型の魔獣は特に問題も起こさずナディアさんのいる宿舎で共に生活を続けていた。
そんなとある日。
「アルメリア様! 大変です!」
ナディアさんが私のいる執務室に飛んできた。
「あの子が……!」




