63話 貴族令嬢抹殺指令【アグナス視点】
「ふん! だったら本気を出させてやろう!」
ロンベルトはそう言い放つと、木剣に魔力を通わせ始めた。
(確か彼は魔剣士だったか。あの魔力の込め方、木剣が保たないし、あれで撃たれたら普通の人間じゃ耐えられそうもない。ふむ、これは完全に僕を殺しにきてるな)
「落ち着き払ったその澄まし顔を、恐怖と悶絶の泣き顔に変えてやろう!」
醜悪な笑みを浮かべてロンベルトが僕に斬りかかってきた。
(速いな。身体能力向上系魔法も同時に使ってるのか。さすがはリインカーネルの血を引く者か)
魔力の通った木剣を自分の木剣で受けるのは危険と判断し、僕は彼の斬撃を回避するように動く。
「速度は中々のものだ。が!」
ロンベルトが見事なタイミングで入れたフェイントのせいで僕の回避は間に合いそうもなくなってしまう。
「そのまま死に絶えるがいいッ!」
体勢を崩した僕の頭上から、ロンベルトの木剣が振り下ろされる。
「キミが見せてくれたから僕もほんの少しだけ、見せてあげるよ。豪炎、ってやつをね」
「そんなものでこの俺の剣が止まるわけがない!」
自信満々に振り下ろしてきた彼の剣を、僕は右手の腕で構えて受けることにする。
「その腕ごと死ね!」
ビュンッ、と木剣が振り下ろされた。
が、それは僕の腕に当たった瞬間、一瞬だけバッと炎が浮かび、直後黒炭になり脆く崩れて粉々になった。
「な……」
「これが僕の豪炎だ。木剣程度じゃ触れただけで炭化さ」
「……っち。やはり真剣でないと駄目か。真剣であったなら貴様は今、ここで死んでいただろう」
「いや、無理だね。僕の腕に纏わせた完全防御型の炎の魔力は摂氏3000度を優に超えるうえ、分解の性質も魔力に馴染ませている。どんな鋼鉄だろうと瞬時に炭化さ」
「関係がないな。俺の本気の魔力が鋼の剣に行き渡ればその程度の温度の前に、斬撃波だけで貴様を切り刻んでいるからな」
「あれ? 知らない? 空気も熱で歪むんだよ? 斬撃波だろうと僕の魔力の前じゃそよ風だよ」
「ふん、口だけならなんとでも言える」
「それはキミもだね」
「……アグナス、貴様はどうやら本気で俺を怒らせたいようだな。模擬戦など生温い。今から本気で殺し合うか?」
「望むところさ、といいたいところだけど生憎僕にも仕事がある。今日はここまでだ」
「逃げるのか?」
「いや、この勝負は僕の勝ちだよ」
「は? 何故だ」
「キミの武器はすでに粉々。対して僕の木剣はほぼ無傷。これが戦場ならキミの負けは必須さ」
「馬鹿なことを。ここが戦場なら木剣など使うはずもない。それに武器などなくとも貴様など俺の拳で殺せる」
「キミの拳が大火傷すると思うけど?」
「俺の魔力をみくびるなよ。貴様程度の炎魔力など、消しとばしてくれるわ」
「とにかく今日の勝負は僕の勝ち。だいたい模擬戦のルールにも武器破壊は敗北というのが常識だろう。だからキミは今日は大人しく言うことを聞くんだ」
「……っち」
「今度、アドミラル王に許可を取ったらキミとは本格的に勝負をしてあげるよ」
「ふん。ひとまずはそれでいいだろう。だが、これで貴様の方が上などと勘違いするなよ? 今日のところは一応貴様の顔を立ててやる。だが、本格的な試合なら、容赦せん。必ず殺してやる」
「ああ、それでいいよ。じゃあパトロールよろしく」
「ふんッ!」
そう言ってようやくロンベルトは渋々僕の言うことを聞いてくれた。
しかし参ったな。
とんだ問題児が騎士団に来てしまったものだ。
明日以降もどうやってこの問題児に騎士団の仕事をさせようか、悩んでいたのだが――。
それから数日後のこと。
「おい、アグナス」
相変わらずのふてぶてしい態度でロンベルトが僕のいる団長室へやってきて、
「貴様の友であるあの悪魔卿について話せ」
と、ぶっきらぼうに尋ねてきた。
「へえ? 何故だい?」
「貴様は知っているだろう。この俺があの愚妹であるアルメリアの兄であることを。今までその件については触れてこなかったが、もう回りくどい真似はやめた」
「ふむ。で、僕に何を望む?」
「悪魔卿とアルメリアの現状についてだ。場合によっては悪魔卿は我がリインカーネルに跪かせる必要性がある」
「どうしてそうなる? ディアブルス卿は侯爵だ。キミのお父上であるソルベント卿よりも格上の高位貴族だよ?」
「確かに権威は悪魔卿の方が上だろう。だが、アルメリアは我がリインカーネルの血筋の者だ。おいそれと他人に手渡すわけにはいかないからな。悪魔卿が俺や父にこうべを垂れないのなら、アルメリアは返してもらうことになる」
「追い出すようなことをしておいて、随分な物言いだね。さすがはリインカーネル家だ。血も涙もないんだねえ」
「貴様には関係がない。貴様は黙ってこの俺に奴の情報を話せばいいだけだ」
「話すと言っても何を?」
「悪魔卿がどんな人物なのか、魔導師としての腕前はどうなのか、それとどうすれば奴に会えるのか、だ」
ディアは基本的にフィンガロンの山奥にあるあの邸宅にいることが多いが、不特定多数の者に安易に会うことはまずない。
面識のない者は普通、フィンガロン邸の入り口で門前払いされる。
「もしかして、最初からそれが狙いだった? だったらあの模擬戦で僕を殺そうとしちゃ駄目でしょ」
「隠しても仕方がないからな。まあそういうことだ。貴様が運良く死ねば、どちらにせよ友である悪魔卿は俺に接近してくるだろうと踏んでいた」
確かにそれはありえるな。
「キミは案外裏表がないな。でもまぁ、キミが僕を殺すのは不可能だとこの前の模擬戦でわかっただろう?」
「あんな茶番みたいな戦闘では話にならん。とにかく貴様は悪魔卿について話せ」
「それはノーだね。友を勝手に売るわけがない」
「そう言うだろうと思った。だがその澄まし顔、これを見てもいつまでも変えられずにいられるか?」
そう言ってロンベルトは一枚の紙切れを投げつけてきた。
そこに書かれていた内容は。
「……リードハルトの地方出身の貴族令嬢、抹殺の命令? リードハルト王宮より大切な機密書類を持ち逃げした令嬢に対し死罪が命じられており、見つけ次第それを捕縛か殺処分すること。なんだいこれは?」
「文面の通り、王宮にあった重要書類が盗まれた。それを悪用している不届き者がいる。そいつを見つけ、殺すことも俺の任務にある」
「それは誰のことなんだ?」
僕が怪訝そうに尋ねるとロンベルトは醜悪な笑みを浮かべる。
「貴様がケツを追いかけている女、ケイトリン・フレグマンだ」
「……ッ!?」
「くっくっく。初めて顔を歪ませたな、アグナス」




