64話 過去の清算【ケイトリン視点】
「おや、ケイトリン。そんなところで険しい顔をしてどうしました? その書簡はなんです?」
家令のシルベスタ様にそう尋ねられた。
私は早馬で送られてきた、とある書簡を読んでその場で立ち尽くしていたからだ。
「……いえ、これはよくあるディアブルス様宛の迷惑書類です」
「ああ。昔からディアブルス様宛には変な書簡がよく届きますからな」
「ええ。私が処分しておきます」
などと嘯いたが、実際は違う。
ディアブルス様とアルメリア様がリードハルト王国へと出立されてから数日が経ったとある日。
このタイミングでこの書類が届いたのには、きっと何かがある。
「何故今頃になって……」
ディアブルス様宛に届いていたこの書簡は、差出人が不明だったが内容からだいたい想像はつく。
差出人はおそらくリードハルト王宮の関係者だろう。
何故ならその内容が、私が持ってきたあの書類に関係するものだからだ。
私がリードハルトから追放された際、嫌がらせの為にわざと持ち出した一部の書類。それはリードハルトの歴史に関することが記載された禁書だ。
実はそれにはリードハルト王家がこれまで行なってきた非人道的行為も記録されており、これがリードハルトの民に公になれば大変な騒ぎになる。
私は当時、これを公表してリードハルトに報復してやろうと企んだが、そのことをすぐにディアブルス様に知られてしまい、危険だからと止められた。
結局その書類はディアブルス様へと手渡し、ディアブルス様がなんとか密かにリードハルト王宮に戻すという話になった。
そしてディアブルス様は人を使って上手くその書類をリードハルト王宮に戻したらしく、それからその件については何事も起こることはなかった。
しかし。
『ケイトリン・フレグマンが過去に禁書を持ち出した行為を知っている。これは重罪である。すぐに彼女を王宮へ差し出せ。じきにリードハルトからの使者がお前を迎えに行く』
差出人不明の書簡にはそれだけが書かれていた。
禁書を持ち出してしまったことを知っているのはディアブルス様と私だけだ。
今思えば愚かなことをしたと我ながら反省している。しかし何故バレてしまったのか。
これではディアブルス様に迷惑を掛けてしまう。
「……馬鹿ね私は」
しばらく考えたが、私が取るべき行動は過去の清算しかない。
つまり私はこの差出人の言う通り、リードハルトへ出頭すればいいのだ。
それで仮に死罪を申し渡されようとも、これは自分の浅はかさの結果だ。
ディアブルス様の狙い通りならもうすでにシオン陛下失脚の作戦は進められ、リードハルトの王政はがらりと変わっているはず。
それに期待して死罪を免れるかどうかを祈るほかない。
私はそう決めた。
――そしてその書簡が届いてから更に数日後。
「ケイトリン。ディアブルス様たちがじき戻られるようです。お迎えの準備をしておきましょう」
シルベスタさんからそう連絡を受けた。
リードハルトからの使者よりも先にディアブルス様が戻られたことに安堵したが、私はすぐにこのことをディアブルス様に報告しようと考えた。
「……アルメリア様の専属侍女のお仕事もこれまで、ですね」
私はひとり呟く。
お出迎えの準備を整えながら、私はこれまでディアブルス様にお世話になったことを思い返す。
こんな問題児である私のことを笑って許してくださり、私のやったことを上手く隠してくださったディアブルス様。
そんなのは序の口。ディアブルス様は私を信頼してくださり、そして私に様々なことを教えてくださった。
彼には大変な恩義がある。
だから私はディアブルス様の為にこの生涯を捧げることを誓った。
そのディアブルス様が認めた女性、アルメリア様の侍女になることも今では快く受け入れている。
これからもっともっと、アルメリア様のお力になって差し上げたかったのに。
そしていつかディアブルス様とアルメリア様が更に偉大になられることをお二人の傍らで見守りたいと願っていたというのに。
そんな後悔の念がつきまといながら、私は出迎えの為に外へと赴く。
だがしかし、私がフィンガロン邸から出て、出迎えることになったのはディアブルス様とアルメリア様、だけではなく――。




