39話 あのお姉様が……? 【サフィリア視点】
「アルメリア様、まだそんなことをちんたらとしていたのですか? 相変わらず愚図ですね。さっさと次の仕事をしてください」
「アルメリア、役立たずのお前にはそれしかできないのだからさっさと書類を片付けくれ」
「ご、ごめんなさい……」
――きっとおそらくこんな風にアルメリアお姉様はこき使われているはず、と私は想像していた。
の、だけれど。
「なに……あれ……」
私は自身の目を疑っていた。
何故なら、見たこともないような書類の山の中、もの凄い速度でそれらを読み、目にも止まらない速さでペン先を走らせるアルメリアお姉様がいたからだ。
しかもそれだけではなく――。
「ケイトリンさん、これとこれとこの書類は全て完了しました。封筒に入れてありますからこちらをディアブルス様に持って行ってください。あと、あちらの書簡は後回しで大丈夫だとお伝えください」
「かしこまりました」
「それと以前ディアブルス様が打ち出した事業計画書にまたいくつか不備が見受けられます。訂正と改善を書き出した書類がこちらになりますのでこれも持って行ってください」
「かしこまりました」
「更に悪いのだけれど、フィンガロン邸内で働く者たちから出ているいくつかの不満点に関する件について、対策と改善案も打ち出してみました。差し出がましいかもしれませんが、これもディアブルス様に伝えてもらえると助かります」
「なんと、すでにその件まで……。差し出がましいなどととんでもない。さすがはアルメリア様です」
あの超生意気な馬鹿下女が素直にアルメリアお姉様に使われているのもそうだけれど、アルメリアお姉様があそこまで大量の事務仕事をこなしていることが信じられなかった。
確かに以前リインカーネル家にいた頃からお姉様は事務仕事ばかりさせられていたけれど、それでもあんなに手際良く仕事をしている様子には見えなかったのに。
「いえ、きっとアレは簡単な雑用を任されているに違いないわ。そうでなければアルメリアお姉様なんかにあんな仕事ができるわけが……」
「いやいや、アルメリア様が今処理されている書類はそのほとんどが本来ディアブルス様が行なう複雑な内容のものばかり。ディアブルス様はアルメリア様を信頼し、彼女に一任されているのでございますよ」
「ひえ!?」
突然背後からした男の声に私は思わず声をあげてしまった。
「だ、誰よあなた!?」
「ふーむ。執務室の隣の部屋は確かに空き部屋になっていましたが、まさか壁のこんなところに穴が空いているとは思いませんでしたな」
私の背後にいたのは白い口髭を生やした初老の男。身なりからして執事あたりだろうか。
彼の言う通り、私は執務室の隣の部屋に忍び込んでいた。
執務室と書かれたプレートのある部屋からアルメリアお姉様の声が聞こえたので、その隣の部屋に魔法で小さな穴を空けて覗き込んでいたのである。
「それにしてもサフィリア様、勝手な行動は困りますな。フィンガロン邸には機密情報がたくさんありますゆえ。そもそも何故こんな部屋に?」
「こ、これはその……み、道に迷って……」
「ここはフィンガロン邸内。法も秩序も全てはディアブルス様の手の中にあります。あなた様がここで不慮の事故に見舞われたとしても、誰も何も気づかれることなく穏便に片付けられてしまうということをお忘れなきよう」
一見穏やかそうな初老の男が明らかに私に対して警告しているのがわかった。
「……申し遅れましたな。私は家令のシルベスタと申します。サフィリア様、道に迷ったのでしたら私が客間までご案内致しましょう」
「わ、わかったわ……」
これ以上の詮索は得策ではないと判断して私はこの家令のシルベスタという男について行くことにした。
「さて、サフィリア様。どうでございましたか?」
「な、何の話よ?」
「アルメリア様のご様子が気になったのでしょう。いかがでしたか?」
「べ、別にそういうわけじゃ!」
「アルメリア様は実に素晴らしい女性です。才色兼備とはまさに彼女の為にある言葉でしょう。あなた様も妹として鼻が高いのでは?」
「馬鹿言わないで! あんな姉なんか……」
「ええ、そうでしょうな。あなた様はお認めにはなられますまい。何故ならあなた様は能無しと蔑んでアルメリア様をリインカーネルから追放したようなものですからな」
「なッ!?」
何故この男がそのことを知っているの!?
「あなた様やリインカーネルの者たち、そしてリードハルト王国の者たちも誰も気づかなかったようですが、アルメリア様はおそらく魔力のほとんどを執務という能力に注ぎ込まれているのですよ」
「な、なんですって?」
「アルメリア様の魔力は内に潜むタイプだったのでしょうな。ディアブルス様の魔導研究の結果から鑑みると、アルメリア様のアレは実に稀有な魔力の現れ、らしいです。私は詳しいことはわかりませんがね」
魔力なしのお姉様に限って、そんな馬鹿なことが……。
「アルメリア様は文字を媒体とするその全てに対し、異常なほどに脳が回転するようでございます。おそらく脳の働きに魔力でブーストをかけているのでしょう。だからこそ、魔力を表面には出せずにいるのです」
「だ、だから何よ? そんなの結局事務仕事をするだけの下女と変わらないじゃない!」
「ペンは魔法よりも強し。ディアブルス様のお言葉です。あなた様はリインカーネルの辺境地にいるからご存知ないでしょうが、アルメリア様を失ったリードハルトが今、どのような状況かご存知ですかな?」
「何よそれ? 知るわけないでしょう?」
「リードハルト王国の内政は非常に混乱しております。それと言うのも内政の要を担っていた宮廷貴族が続々と辞めて王国から離れているからです」
「な、なんでそんなことに……?」
「ギレン国王陛下が遠征に出たあと、内政の主軸を守っていたのは他でもない、あのアルメリア様だったのですよ」
「なっ……!?」
「アルメリア様を追放したリードハルトは内政が酷く悪化し、耐えきれなくなった宮廷貴族が逃げるように辞めてしまっているのです。シオン殿下はどう考えているのかわかりかねますが、この分では長くは持ちますまい」
「う、そ……」
「まあ仮にもリードハルトは大国。すぐに国が崩壊することはないでしょう」
「そ、そうよ。それにシオン殿下だって馬鹿じゃないわ。きっとすぐに何か解決案を出して……」
「そのシオン殿下に皆、愛想を尽かしているのですよ。まあ、どちらにせよリードハルト王国は終わりです」
「終わりって……どういうことよ!?」
「ディアブルス様を怒らせたからです。アルメリア様に無実の罪を着せ、過去の恩に仇で返したシオン殿下を許すことはないでしょう」
「た、たかがいち侯爵風情がリードハルト王国に何ができるというのよ!?」
「……まあ、時期がくれば否が応でもわかりましょうな。ディアブルス様は器は大きい分、一度怒らせたら絶対に手を引くことはありませんから」
「何よそれ……悪魔卿は何をしようと言うの?」
「ディアブルス様は心底アルメリア様を溺愛されております。彼女に仇なす者には容赦なく悪魔にでもなりましょうな」
「アルメリアお姉様を……? あの悪魔卿は本当にアルメリアお姉様を愛しているというの?」
「ええ、さようです。さ、客間に着きましたぞ。今日はここでしっかりと身体を休めてくださいませ。次に勝手な行動をされた場合、手荒な真似をすることもありえるとご理解ください。では」
シルベスタと名乗る家令の男はそう言い残し、その場から去って行った。
あのアルメリアお姉様がまさか、それほどの人だったなんて……。




