3話 理想すぎる妻【ディアブルス視点】
非常に困ったことになった。
「旦那様。前回リードハルト王国より送られて来たご令嬢はいかがでございましたか?」
我がフィンガロン邸で、私ことディアブルスが産まれた頃からここで仕事に従事している初老の家令、シルベスタが私へと問いかけた。
「ルチスカだな。料理がとても上手で特に、オリジナリティ溢れる創作料理には目を見張るものがある素晴らしい令嬢だった」
「なるほど。それで最近屋敷の料理の質が変わったのですね」
「そうだろう。全くありがたいことだ」
「それはまあ良いとして、旦那様。ルチスカ様はそれでも旦那様のパートナーには相応しくなかった、と?」
「違う。私にはもったいない。彼女を私の妻にしてしまうのは、彼女の可能性を潰してしまうからだ」
「では前々回に送られて来たご令嬢はええっと……」
「フィリアだな。絶対音感を持っていた素晴らしい歌唱力の女性だった。望んでいた音楽大国である海外へと送ってあげたが元気にしているだろうか」
「その前は……」
「エーリカだな。運動神経がずば抜けていて、剣術も騎士団顔負けの腕前だった。彼女は国境の警備の任につきながら剣術道場も開き、子供達に剣を教えているぞ」
「……旦那様。あなた様のその他者を見抜く審美眼はまことに素晴らしいのですが、これでもう20回目でございますよ」
「う、うむ」
「いい加減、お決めになられてはくれませんかね? ディアブルス・フィンガロン様の伴侶となられるお方を」
困ったことになった。
最近、日に日に家令であり私のお目付け役でもあるシルベスタがとてもうるさくなってしまった。
私ももう27歳になる。
若くして他界した両親から爵位を受け継ぎ、フィンガロンの当主となった私は、魔導の研究や他の執務などに明け暮れていた。
そんな私にいい加減妻を娶れとしつこいのが、親代わりでもあったこの家令のシルベスタだ。
「だがなシルベスタ。私を見ろ。こんな顔の男を好きになる女性などいるか?」
私の最大のコンプレックス。
それは自身の顔だ。
「細くきつく釣り上がった目尻に、相手を威圧してしまうような四白眼。少し尖った鼻先に長く鋭い犬歯。そして漆黒の髪。私の顔みたいな者のことをなんていうか知っているか? 悪魔、だ」
「旦那様、それは言い過ぎでございます。決して旦那様は悪魔などではございません」
「お前は昔から私を見ているからだ。初めて私を見る者は多くがそう呼び、畏怖する。外では私は悪魔卿などと呼ばれていることも知っている」
「それは……いえ、そんな下賤な者の言葉など気にする必要はありません。旦那様ほどの人格者はいないと、ここにきたご令嬢たちは皆口を揃えて仰っていたではありませんか」
「馬鹿者。そんなものは私を気遣うお世辞に決まっているだろう」
「何故、旦那様は他者が自身を卑下することを嫌う癖に、ご自身はそんなにも卑下なさるのですか……」
「卑下しているのではない。事実なのだ。私の顔は恐ろしいものなのだ。こんな顔の男の隣を歩かせてはその女性が可哀想であろうが」
だから、私は妻を選ばずにいた。
こんな私の妻になってしまえば、その女性が悲しい想いをしてしまうかもしれないからだ。
「無論それだけではない。私の妻になるには条件があると以前にも言ったであろう?」
「ええ、それは存じておりますが、あのような条件を満たす者など到底存在するとは思えませんが」
「いや、いるはずだ。だから私はそんな女性が現れるのを待つ。人事を尽くして天命を待つのが私の考えだ」
「……旦那様がこれまでひとりで行なってきていた執務、予算会計管理、魔導研究内容の整理、領地の状況整理、人事の配分、隣国との関係性書類、魔物への対処対応、その他、これらの半分を任せられる者、なんて存在するとは思えません。あなた様は異常なほどに管理監督が行き届きすぎております。だからこそ、このフィンガロン領はとてつもなく平和で貧困者が非常に少ないですが……」
「だが書類整理に追われ、魔導研究も進めなければならない。最近ではフィンガロン領内でも賊が増えてきているというし、領内の治安改善もしなくてはならないというのに、おかげで領地を満足に見て回ることすらできん。それでは困るのだ。だからこそ我が妻となる者にはそれ相応のスキルを持った者でないと困るのだ」
「それはそうですが……」
「なに、いつか私にも会う女性が現れる。その日を気長に待つさ」
シルベスタは呆れるような顔をしていたが、私も実際はそんな都合の良い女性が現れるとは思っていなかった。
生涯独身でもいいと、そう思い始めていた。
●○●○●
「……アルメリア・リインカーネル、か」
シルベスタとそんな話をした数ヶ月後。
私の前についに現れてしまった理想の女性。それがアルメリアだ。
彼女は、ほぼ無茶難題でもある我が契約書類を僅かな時間で完璧に読み上げ、それだけに留まらず回答書類すらも全て書き上げていた。
恐るべき執務能力だ。
なんとしても我が屋敷に残って欲しい存在。
だが、私の仕事の半分を任すとなると使用人や侍女の立場というわけにもいかない。機密事項も大量に含まれているので、どうあってもフィンガロン家の一族になってもらわなければ困る。
このことを家令のシルベスタに話せばどのみち「必ずご結婚なさってください」と言うに決まっている。
だから私は致し方なく彼女に求婚しないわけにはいかなかった、のだが。
「……私の顔を見て彼女が幻滅し、こんな残念な顔の男に無理やり結婚を迫られた、ということで彼女が傷付かなければ良いのだが」




