32話 山賊
「ふぁ……あ……」
「アルメリア様、宿のベッドは寝心地がそぐわなかったご様子ですね。無理せずフィンガロン邸までそのままお休みになられてください」
山道を走る帰りの馬車の中。
大きな欠伸をしてしまった私を見て、ケイトリンさんが心配そうに気をかけてきてくれた。
実際はアグナス様を始めとして、様々なことがありすぎたせいで頭の中がぐるぐるしてしまって寝付けなかったのである。
「あ、大丈夫よケイトリンさん。昨晩遅くまで報告書を作っていたから少し寝不足なだけ」
「そうですか? まさかとは思いますが、この男に妙な真似をされたりしませんでしたか?」
ケイトリンさんは、あい向かいの席で窓の外を見ていたアグナス様を睨みつける。
「ケイトリン、僕は何もしちゃいない。ね? アルメリアさん?」
「え、ええ、そう、ですわね」
妙な反感を買いたくないと思った私は、アグナス様のその返しにとりあえず合わせておくことにした。
宿を朝早めに出て、アドミラルの町中でディアブルス様へのプレゼントも無事購入し、後はフィンガロン邸へ帰るだけとなった馬車の中。
昨日までとは打って変わってアグナス様は妙に静かだった。
軽い世間話はするものの、私に対して妙な突っ掛かりもしなくなった。
ケイトリンさんがいるから自重しているのだろうか。
「……」
黙って窓の外を見据えるアグナス様の横顔を、私はジッと見つめてしまっていた。
彼の言葉は一体何から何までが本気なのだろう。
そんな風に考え込んでいると、御者の声と共に馬がいななき、突然馬車が動きを止めた。
「何事ですか!?」
ケイトリンさんがすぐに御者に確認を取る。
「そ、それが山道の通り道に何かが倒れていて道を塞いでいるようでして……」
その方を見ると、どうやらやや大きめな馬車が横転し、中の荷をぶちまけてしまっているのが窺えた。
この道はフィンガロン邸にしか続いていない山道だ。フィンガロン邸に向かう行商か何かの馬車が事故を起こしたのだろうか。
「嫌な予感がすると思ったけどまさか本当になるとは……。すまないね、アルメリアさんたちは少し待っていてくれ。僕が先に様子を見てくるから」
私とケイトリンさんが訝しげにしていると、アグナス様はすぐに動き出し、馬車から降りて横転した馬車の方へと駆け寄った。
「一体なんだと言うのでしょうか?」
ケイトリンさんがそう呟く。
しかしよくよく見ると、私もあの馬車の形状に見覚えがあった。
アグナス様と同様に私も嫌な予感がした。
「もしかしてあの馬車は……」
そしてその予感は当たってしまう。
「なんだお前たちは!?」
アグナス様の声が響く。
私とケイトリンさんがそっと窓から顔を覗かせると、いかにもがらの悪そうな男たちが数人で横転している馬車の周りから現れた。
そのうちの一人の男が、縄状のもので手首を拘束している二人の人間を引き連れている。
「あれはやっぱりサフィリア!」
「あ、アルメリア様!?」
気づくと同時に私も馬車を飛び出していた。
手首を拘束され、口元を布で塞がれているのはサフィリアとフレックと呼ばれていた従者の二人だ。
何故彼女たちがこんな場所であんなことに?
「お前たち、ここで何をしている? そこのご令嬢たちを捕えてどうするつもりだ?」
「んーーーッ! んんーーーーッッ!!」
サフィリアとフレックの二人は口を塞がれたまま、唸り声をあげている。
よくよく見ると封魔の術式が施された布とロープで彼女らは拘束されているのが窺えた。
「クソッタレが、そりゃあこっちのセリフだぜ。なんだってこんな所にテメェみてぇなのがいやがるんだ」
アグナス様の問いかけに、先頭に立つ頬に大きな傷がある長髪の男がそう答える。
「お前の顔、見たことがある。最近この辺りを根城にしている山賊の頭だな?」
「そういうテメェはアドミラルの騎士団長様だろう? クソが、ついてねぇ」
「僕を知っているのなら話が早い。その人たちを離せ。さもなくば今ここで斬る」
「おーこえぇ。だけどちょっとだけ俺らの方がついてるぜ? 先にこいつらっていう人質がいるからな。さあ騎士団長さん、そこを通すんだな。でなきゃこいつらを殺すぜ」
山賊の頭の男がそう言うと、子分らしきひとりがサフィリアの喉元に短剣を突き付けた。
「んッ……」
サフィリアの顔から血の気が引いているのがわかる。
さすがのあの子も怯えているみたい。
魔力の高いサフィリアなら得意の魔法で山賊程度など一網打尽にできるはずだが、どうやらこの山賊たちは貴族相手に対し、きちんと封魔系魔導具で対策しているあたり、かなり手練れた者たちなのだろう。
さすがのサフィリアでもあの状態では手も足も出ないし、危険だわ。
「アグナス様! サフィリアとフレックさんを助けてあげてください!」
「ああ、大丈夫だ。僕に任せておいて」
私が懇願するとアグナス様は笑って答えてくれた。
「おい、お前たち! その御仁たちに危害を加えてみろ。ここにいる者全員、一人残らず斬り捨てるぞ!」
「だったらテメェが動くんじゃねぇ! テメェが妙な真似さえしなけりゃ、俺たちもこいつらを傷つけたりしねぇさ。何より、大事な商品だしなあ」
「……下衆め」
山賊らもアグナス様の実力をよく知っているのだろう。山賊らの方が数では有利とはいえ、それでも彼と戦っても勝ち目がないと判断してサフィリアたちを人質にしているのだ。
私たちと山賊たち、互いに膠着状態が続いた。
そんな時である。
「アルメリア様、昨晩私が渡した護身用のナイフは持たれていますか?」
いつの間にか背後に来ていたケイトリンさんがボソボソっと私にそう耳打ちしてきた。
「え、ええ。あるけれど……」
「そのナイフで私を斬ってください」
「ええ!?」
ケイトリンさんが妙なことを言い出した。
「おい! そこの女ども! 何をコソコソしてやがる!? 妙な真似はするんじゃねぇ! コイツらぶっ殺すぞ!?」
山賊の頭が私たちをめざとく見張っている。
「アルメリア様、説明は後です。腕のこの辺りをサッと軽く斬ってくださればいいのでお願いします」
「わ、わかったわ」
きっとケイトリンさんには何か考えがあるのだろう。
私は言われた通り、山賊たちの目を盗んで彼女を腕を少しだけ斬りつけた。
「ッ!」
ケイトリンさんが少し痛そうに顔を歪ませる。同時にナイフにケイトリンさんの血が付着した。
すぐさまケイトリンさんはその傷を自分の手で隠し、私の背後へ下がった。
「ケ、ケイトリンさん、大丈夫?」
「はい、私のことは気にせず。それより奴らに気取られないように、少し時間を稼いでください」
「時間を……?」
「はい。アグナス、あなたならできるでしょう。とにかく何もさせず時間を稼いでください」
「わかった、やってみよう」
ケイトリンさんの考えはわからなかったが、私とアグナス様はこくん、と頷いた。




