29話 マイルトン・クレディという男
「お待たせしてしまってまことに申し訳ないアルメリア様、ケイトリン殿」
頭を下げながら小走りで、私たちが腰掛けていた応接室のソファーテーブル前へと寄ってきた恰幅の良い初老の男。
事前にディアブルス様から渡されていた資料の情報から察するに、彼が今回の折衝相手であるマイルトン・クレディ伯爵だろう。
「いえ、とんでもありませんわ。むしろとても美味しい紅茶とお菓子でおもてなしを賜りまして、ありがとうございますわ。それとお初にお目にかかります。私がアルメリア・フィンガロンです」
と、私は笑顔で返し、私も頭を下げた。
それにならってケイトリンさんも黙って頭を下げていた。
結婚して、初めて他者にフルネームで名乗りをあげた私は自分が「フィンガロン」家になったということを改めて再認識した。
「これは大変申し遅れました。私がクレディ家当主、マイルトンでございます」
マイルトン卿も合わせて会釈してくださった。
「お話しには伺っておりましたが、よもやあの魔導卿が妻を娶られたことも驚かされましたが、このようなお美しい方だとは」
「そんな、私なんて滅相もありませんわ。ああ、それとこちらをどうぞ」
私はケイトリンさんをチラリと見た。
彼女は頷いて、手に持っていた荷包みをマイルトン卿へと差し出す。
「マイルトン卿が贔屓にされているアレでございます」
「おお、アップルパイとシナモンティーですか! これはありがたい!」
彼はわかりやすいくらい嬉しそうにそれを受け取った。これがあるかないかだけでも彼への印象は大きく違うのだとディアブルス様が仰っていたが、本当にその通りのようだ。
「そのアップルパイ、とても美味しいですよね。お仕事がお忙しい時なんかは、それがあるだけで嬉しくなりますもの」
「さすがはアルメリア様です。私はこれには目がなくて……。お美しいだけでなく、そういったお気遣いまで完璧ですな。さすがはディアブルス魔導卿の奥方です」
「いえいえ、私なんてまだまだディアブルス様には不釣り合いな未熟者でございますわ」
「いやいやご謙遜なさらず。さて、それでは早速本題に入らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ええ」
そうして手早く挨拶を済ませるとすぐに仕事の話が始まった。
「――という感じで、現状、例の魔導具は実に好評稼働中でして」
「では今後の見通しですけれど――」
「――では肝心の権利関係については」
マイルトン卿との折衝は粛々と進められていった。
「ふむ、なるほど。ですがそうなると今度はこのような問題が生じますが、アルメリア様はそれをどうなさるのですか?」
「それについてもいくつか対応策、代替案も用意させてもらっております。こちらの資料をご覧ください」
正直な話、マイルトン卿との折衝は実に心地が良かった。
何故なら彼は私が想定していた通りの人間であったからだ。
けれど、本番はここからだろう。
「ふむふむ。確かにこの資料は実に興味深い。しかしこの点について些か疑問が残りますな。ここは――」
「はい。そう仰られると思い、このような品も準備してあります」
「なんと……。ですがこれについても新たな疑問が生まれますな。失礼ですが、これの実績がまとめられたデータがなければ信頼性という点でも問題が起きましょうな」
「ご安心を。それについてもすでにご用意させていただいてあります。今度はこちらの資料をどうぞ」
「なんと! どれどれ……。ふむ、ふむ……」
「マイルトン卿、そちらを読まれている途中で申し訳ありませんが、そちらの資料に記載されている結果の現物サンプルもこちらにございます」
「な、なんと……なるほど、これは……」
マイルトン卿は次から次へと私に疑問や問題点をぶつけてくるが、それだけではなくところどころで少し答え難そうな質問も度々投げかけてきていた。
それから幾度かマイルトン卿からの少し意地が悪い質問があったりもしたが、それらについても私は自分で考えうる可能性とデータで回答を繰り返していった。
――そして。
「いやはや、感服しました。ではアルメリア様、利権についてはそのように取り決め、実益の配分もそれで承認致しましょう」
「ありがとうございますマイルトン卿」
そうしてマイルトン卿との折衝は大きな問題もなく、二時間もしないうちにあっさりと終わった。
「それにしてもアルメリア様。先に謝罪しておきます。失礼ながら私はあなた様を侮っておりました」
そう言ってマイルトン卿は突然頭を下げた。
「突然どうされたのですか?」
「魔導卿のことは元より信用しておりましたが、その代役が女性の方と聞いて少々侮っておりました。だから、この折衝では色々とあなた様を試させてもらっておりました」
そうだと思っていた。
だからこそ、私はディアブルス様の顔に泥を塗ることのないように、全ての準備を整えておいた。
このマイルトン卿はディアブルス様が信頼しているだけあって、仕事に関してはまこと実直な男だ。ただし初めて会う人間には値踏みするような質問をすると、ディアブルス様から渡されていた資料に記載されていた。
もしそこで私が彼の信頼を勝ち取らなければこの折衝は失敗に終わっていただろう。
「しかしあなた様は魔導卿と同じくらいに素晴らしく仕事に実直でありました。むしろ、魔導卿よりも繊細なデータを携えておりました。今後、私は魔導卿と等しくあなた様も信頼させていただきます」
マイルトン卿が頭を下げてそう言った。
仕事に関しては実直な男であるからこそ、こちらも誠心誠意に答えれば必ず信頼してもらえると思っていたのだ。
「ありがとうございますわ、マイルトン卿。そのようにお褒めいただき、嬉しく思いますわ」
「いやはや、魔導卿はさすがですな。彼の妻になる者は間違いなく素晴らしい才を持ったお方であろうとは思いましたが、よもやここまでとは」
マイルトン卿との折衝はこうして無事に終わり、彼からの信頼も勝ち取り得たのであった。




