22話 アグナス・パリステラの助力
「そこまでそこまで。さ、その物騒な物に手をかけるのはやめようねー」
ケイトリンさんの腕をそっと抑えて間に割って入ってきたのは、見たこともない銀髪の男性。
ディアブルス様と同じくらい高身長で、細身で、凄く綺麗な顔をしている……えっと、誰かしら?
「何よあなた! この下女の仲間!?」
「まあまあサフィリア嬢、あなたも落ち着いて。僕は落ち着いてるよ、うん」
なんだか変わってる人ね……。
「あなたが落ち着いていようと私は落ち着かないわ! その下女に思い知らせなくちゃなのよ! たかが変人悪魔卿の下女の癖にリインカーネル家の令嬢をこき下ろしてただで済むと思っているの!?」
「たかが? ディアブルス様をたかが? 本当に殺されたいようですね……ぐっ、ちょっと、アグナスったら、離しなさい!」
ケイトリンさんはその右手を押さえ付けている銀髪の男の人に向かってアグナス、と呼んだ。
まさかアグナスさんって……。
「下女の分際でこの私を殺すだなんて不敬にもほどがあるわね! あなたこそ不敬罪にかけてやるわ! フレック! フレック! 何をしているの!? 聞いていたでしょう!? この下女をこの国の衛兵に通報しなさい!」
サフィリアの後ろの方で困り切っていた従者の名はフレックさん、というらしい。その方については私も全く知らない人なので、おそらく私がリインカーネル家を出てから雇われた使用人なのね。
「お、お嬢様。まずいですよ」
フレックさんがおそるおそるサフィリアにそう呟いている。
「あん? 何がまずいのよ!」
「わ、私の覚え間違いでなければアグナス様と言えば、このアドミラル大国でも最強と名高い騎士団長の……」
そう。
この辺りでアグナス様と言えば思い当たる名前は私もその人しかいない。
アドミラル城下町の南部に位置するパリステラ領を治める領主、イグニス・パリステラ伯爵のご令息であるアグナス・パリステラ様だ。
豪炎のアグナス、という通り名でリードハルト王国内でも知れ渡る、火属性の魔剣使いでもある。
「こ、この人があの騎士団長だと言うの……?」
「偽りでなければ、はい……」
サフィリアと従者のフレックさんがおそるおそる、アグナス様を見る。
「今日は非番でね。生憎騎士の格好をしていないけれど、騎士団の紋章ならあるよ。見るかい?」
アグナス様は和やかな笑顔でそう言いつつ、アドミラル騎士団長の証である銀細工の紋章を見せつけた。
「だ、だったら逆にちょうどいいですわ! アグナス様! そこの下女を窘めてくださいます!? 私に対する不敬罪について咎めてくださいまし!」
「いやぁ、それは駄目だね。っとと、ケイトリン、隙を見てナイフを抜こうとするんじゃないよ全く」
アグナス様はケイトリンさんを抑えつつ、間に割って入った。
「駄目って、どういうことですの!?」
「いやぁ、ね。残念だけれど先程のやりとり、どう見てもあなたの方に非がありそうなんだよね、サフィリア嬢」
「は、はああ!? 何故私の方が……」
「あのねえ、サフィリア嬢。こちらのアルメリア様はかのディアブルス卿の奥方なんだよ。あなたの発言の数々の方が圧倒的に侮辱罪、不敬罪に問われるのは明白なんだよ。わかる? アルメリア様はそのくらい、立場が上なんだよ。たかだか辺境地の伯爵令嬢なんかが満足に口をきいても良い存在じゃあないんだ」
「な……な……」
「それにねえ、さっきからディアブルス卿のことを変人だの悪魔だの言ってるけど、それも大変な不敬罪なんだ。僕が今この場でキミを斬り捨てても問題ないくらいにね」
「う……そ、そんな……」
「サフィリア嬢。今日のところだけは大目に見て見逃してあげてもいいけどひとつだけ条件があるよ。それは今この場でアルメリア様に誠心誠意謝罪することだ。それをすれば、温厚な僕はこのことを黙っててあげるよ」
「な、なぁんで私がアルメリアお姉様なんかに謝罪しなければならないんですのよ!?」
「あれ、キミは本当にお馬鹿なのかな? キミの発言の数々が全て不敬だと僕が言っているからだよ。言っておくけど、このアドミラル国内にいる限り僕の発言はほぼ絶対だよ?」
「だ、だからって私がお姉様に謝る必要なんて……」
「わからないかな? 僕が謝れと言っているんだ。キミに選択権なんてないんだよ」
「い、嫌ですわ! 私は誇り高きリインカーネル家の娘! こんな出来損ないのお姉様に頭を下げるなんて死んでもできませんわ!」
「そう。じゃあ残念だけどこのまま王宮まで連行するしかないね。そしてそのまま処罰を受けてもらうよ。それこそフィンガロン家へ対する不敬の大罪人として、ね」
アグナス様は淡々と冷酷にそう告げる。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいアグナス様! いくらなんでもそこまでは……私ならもう大丈夫ですから、どうかサフィリアを許してあげてください!」
アグナス様は笑顔だけれど、その目は本気だった。このままでは本当にサフィリアが王宮の牢獄にでも入れられてしまう。
「ふう。アルメリア様がそこまで言うんじゃ仕方ないね。わかった、今回だけは矛を納めるとしよう」
私の説得にアグナス様が頷いてくれた。
「も、もも、申し訳ございませんアグナス様。サフィリアお嬢様、もうやめましょう! これ以上問題を起こしてはソルベント旦那様にご迷惑がかかります!」
「な、何よフレックまで! 私はねえ!」
「わかりましたわかりました! 皆様お騒がせしてまことに申し訳ございません! 私どもはこれで帰りますゆえ……アグナス様、どうか、どうかこのことは不問でお願い致します」
「フレックくんだっけ。キミも大変なご令嬢の従者になってしまったねえ。わかった、キミに免じて今日のことは不問にしておくよ」
「ありがとうございますありがとうございます! ささ、お嬢様、行きましょう!」
「なっ、冗談じゃないわよフレック! 私はまだ……」
「駄目です駄目ですお嬢様!」
いつまでもギャーギャーと騒ぐサフィリアだったが、フレックさんが半ば強引に彼女を引きずるように、その場から連れ去っていった。
それにしても、まさかアグナス様がこの場にいらっしゃるなんて……。
「改めて、直接お目にかかるのは初めまして、アルメリアさん。お話しはかねてよりディアブルス卿より伺っているよ。自己紹介が遅れたけれど、僕の名はアグナス・パリステラ。よろしくね」
そうしてサフィリアたちがいなくなると、アグナス様は私に向き直り、深くこうべを垂れてそう挨拶を交わしてくださったのだった。




