20話 望まぬ邂逅
「ふわああ……」
ふんわりと豊潤な甘い香りが鼻に届くと、私は思わず溜め息を洩らす。
「良い香りだわ。ここがあの有名なアップルパイのお店なのね」
アドミラル城下町の商業区。
たくさんのお洒落なお店が立ち並ぶその一画に、マイルトン伯爵の好物であるアップルパイが売られているデザート店はあった。
「今日もここは混んでおりますね。私が並んで買っておきますからアルメリア様は近くのベンチで休まれていてください」
「いえ、ケイトリンさん。私も一緒に並ぶわ」
「アルメリア様にそのような真似はさせられません」
「平気よ。それにケイトリンさんにこの書面について相談したいこともあったから、並びながらお話しを聞かせてもらえると助かるわ」
「……全くアルメリア様は。わかりました」
私はそう言って笑顔でケイトリンさんと共に行列に並んだ。
それにしても本当に凄い人の数だわ。
さすがはアドミラル城下町一番人気のデザート店ね、と感心していると。
「うっわ、なんなのコレ?!」
私の背後の方からそんな声が響く。
それと同時に私の身体は思わず硬直した。
「ここは有名店でございますから……」
「そんなの知っているわ。私、こんなところ並ぶの嫌だからあなた並んで買ってきなさいよね」
「そ、それは勿論です。お嬢様はあちらで座ってお待ちください」
やや声の高い令嬢とその従者らしき男の会話が聞こえてくる。
――ドクン。
と、私の心臓の鼓動が跳ねた。
「アルメリア様? どうかなさいましたか?」
ケイトリンさんが私の様子を察してそう声を掛けてくると。
「ん、あらぁ? もしかして……」
その言葉に反応して気付かれた。
――ドクン、ドクン。
嫌な声が、記憶が思い返される。
直後、私の肩がぐいっと強引に引っ張られた。
「あら、あらあらあらぁ! やぁーっぱり! アルメリアお姉様ではなくてえ?」
シオン殿下と聖女ロゼッタ様。
あの二人と同じ、煌めくようなプラチナブロンドの髪色をした、真紅で派手なドレスと金銀様々なアクセサリーをふんだんにあしらった装飾品で着飾ったこの令嬢のことを忘れるはずもない。
「あ……サ、サフィリア……」
「お久しぶりですわねえ、アルメリアお姉様」
相変わらずの強気な口調。そして自信に満ち溢れた表情。
彼女こそリインカーネル家の次女、つまり私の妹であるサフィリアであった。
「一年ぶりくらいですわよね? リインカーネルのお屋敷を出て、シオン殿下のもとへ嫁がれてから。でも、リードハルトの王宮でお仕事をなさっているはずのお姉様がどぉしてこんな所にいらっしゃるのかしらあ?」
「え……そ、その、私は、実は……」
「うっふふふ! なーんて、ね? 私、ぜぇーんぶ知ってますわよ? お姉様が大失態をして王宮を追い出されたことも、あの悪名高い変人変態悪魔卿のもとへ送られてしまったことも、ね?」
サフィリアは本当に楽しそうに笑みを浮かべて私の顔を覗き込んだ。
昔からこの子は変わらない。
彼女、サフィリアは私の一つ下の実の妹でありながら、私とは何もかもが正反対だった。
見た目も性格も、そして高い魔力も。
「てっきり悪魔卿のもとで人体実験にされてしまったのかと心配しておりましたのよ? でもお元気そうで何よりですわ」
「……サフィリアも元気そうで、良かったわ」
「ええ、おかげさまで。お姉様がいなくなってから全てが順風満帆でしてよ? お兄様も更に出世なさいましたし、お父様も新規開拓した事業が当たってリインカーネル家はどんどん盛り上がってますわ!」
「そ、そう……」
「うふふ、きっと疫病神がいなくなったからですわね? 我がリインカーネル家には野暮ったいくすんだ髪色の者は要らない、ということなのかもしれませんわね?」
彼女の言う通りリインカーネル家の中で、黒髪なのは私とお母様だけだった。
お父様、お兄様、そして妹のサフィリアは皆、当主たるお父様の輝くブロンドの髪色と共に高い魔力も受け継いでいる。
反面、私はお母様の血を色濃く受け継いだらしく、真っ黒な髪と共に、貴族とは思えない乏しい魔力しか受け継がなかった。
「ねえアルメリアお姉様。あれからお母様がどうされたかご存知かしら?」
「え……?」
「お母様ったらね、お姉様の失態の尻拭いの為に修道院へ入られたんですのよ?」
「なっ、そ、それは一体どういうこと!?」
「お姉様が重大なミスを犯して王宮から追放されたあと、すぐにリインカーネルのお屋敷に王宮から殿下直属のつかいの方がいらして、お姉様の処遇について説明してくださったの。本来なら、リインカーネル家一族も没落させられてもおかしくなかったけれど、器の大きなシオン殿下がとある条件のもとにそれを取り消してくださったのよ」
サフィリアの説明によると、私の罪は国外追放とディアブルス様の所へ出向することの他、連帯責任としてリインカーネル家当主である我が父ソルベントの爵位と領土の剥奪も通達されていたらしい。
しかしそれを見かねたダリアお母様が、シオン殿下のつかいの者に、自分がなんでも言うことを聞くからどうかリインカーネル家を救って欲しいと懇願し、それから数回のやりとりの後、ダリアお母様がリードハルト王国近辺にあるリードハルト修道院に入ることで、リインカーネル家へのお咎めは無しにしてくれたのだという。
「そん、な……ダリアお母様が……どうして……」
「お母様ったら、ずっとアルメリアお姉様のことを気にかけていらしたものねえ? でもお母様が悪いのよ。だって、アルメリアお姉様みたいな能無しを産んだのはダリアお母様なんですもの」
「……ッ! サ、サフィリア、いくらなんでもそれは酷いわ。サフィリアのお母様でもあるのよ?」
「ええ、そうですわ。けれど私もお兄様もお母様の駄目なところは受け継がなかった。魔力も髪色も、素晴らしい能力を持つソルベントお父様の血を色濃く受け継ぎましたわ。はっきり言ってリインカーネル家に、あんな不出来な血は要らないんですわよ」
「あ、あなた……お母様に対してなんてことを……ッ」
「あんなの母親なんかじゃありませんわ。私やお兄様は随分昔からお母様のことなんて、親と思っておりませんでしたわよ?」
兄妹たちにそんなきらいがあることは知っていたけれど、それでも同じ血の通った親のはずなのにどうしてこんな酷い差別をするの!?
「そんなわけで、お姉様とお母様がいなくなってからリインカーネル家は過去最高に幸せを謳歌しておりますのよ? いなくなって初めてお役に立てるなんて、皮肉なものですわねえ」
呆然とする私を見下す様に、サフィリアが笑った。
信じられない。
一体どうして、なんの罪もないお母様までそんなことに……。




