18話 商談の依頼
「それにしても毎日毎日、本当に呆れ返る量ね」
朝食を取り終え執務室に来ると、昨日には片付けたはずの書類がまた新しく束になってデスクに置かれている。
この領地内の税収、事業計画等々に関する書類の他、優れた魔導師としても有名なディアブルス様には、アドミラル国内の多くの貴族たちから魔導に関する書類や依頼が毎日山のように届けられる。
その内容に関して私が携わっても良いとディアブルス様が判断された書類だけが、こうして私の執務室に届けられるのである。
ディアブルス様とはここ最近、朝食の時に顔を合わせて少し会話をするくらいで、それ以外の時間で一緒にゆっくり過ごす様はなかった。
それもこれも、あのリードハルト王国について憤慨されたあの日からだ。
あの日からディアブルス様は実にお忙しそうに執務だけでなく、あちこちへと出向いている様子だった。
ただ、私に冷たくなってしまったというわけではなく、顔を合わせている時は優しい笑みで私のことを気遣ってくれていたので、私は私でやれることを頑張ろうと思ったのだ。
「さあ、今日はお仕事をパパっと片付けて、ディアブルス様への贈り物について考えないとね」
私は密かにディアブルス様へプレゼントを用意しようと思っていた。
このフィンガロン領に来て、契約結婚とはいえディアブルス様という素晴らしい旦那様の妻となれ、そして大変ではあるけれどやりがいのある執務を任され、今は日々を充実して幸せに過ごせてる。
この感謝の気持ちのお礼として彼にささやかなプレゼントを渡したいと考えていた。
「ディアブルス様は一体何がお好きなのかしらね……」
私がひとりぼやきながら悩んでいると、ちょうど部屋の扉がノックされケイトリンさんがやってきた。
「アルメリア様、本日の午後のご予定ですが」
ケイトリンさんは私専属の侍女になってからも、相変わらず仕事に生真面目だ。
私がディアブルス様の妻として日々行わなければならない業務、実務について漏らすことなく決まった時間にこうして連絡をくれるのだ。
「……というわけですので予定通り、本日の夕刻までには街に降りて私と共にマイルトン伯爵邸へと向かいます」
――そう。
今日は、アドミラル城下町に大きな邸宅を構えアドミラル城下町の領主でもあるマイルトン・クレディ伯爵にお会いする日。
何故ディアブルス様ではなく妻の私が伯爵にお会いするのかと言うと、ディアブルス様本人からそう頼まれているからである。
これは先日、私の我儘でディアブルス様に休みを取らせてしまったせいだ。本来ならあの日、ディアブルス様は街に降りてマイルトン伯爵ととある件について折衝するはずだったのである。
しかしマイルトン伯爵とディアブルス様の予定がなかなか合わず、本日もディアブルス様は領地内調査に出掛けてしまっている為、私が代理として出向くこととなった。
「それにしても本当に私がディアブルス様の代わりに出向いてしまってよろしいのかしら……」
「何を仰るんですアルメリア様。あなた様がディアブルス様のお仕事を負担すると仰ったのでしょう?」
「それはそうなのだけれど、こんな重要な折衝に私なんかで代わりが務まるのかと思うと、やっぱり気が引けてきちゃって……」
「そんな意気地なしでどうするんですか。あなたはあのディアブルス様がお認めになられたお方なのですよ。そんなことでは困ります」
「そんな……私なんか……」
「とにかく午後には馬車で山を降りますから、ご準備はしっかりとなさいましょう。私も着付けとメイクはお手伝い致します。ディアブルス様に恥を欠かさぬようにしなければなりませんからね」
ケイトリンさんは相変わらず少し厳しめな口調で私にそう窘め、続けて仕事の話を私に告げ終わると執務室から出て行った。
今日はその予定の為、街へと降りるついでにディアブルス様へのプレゼントを買おうと考えたのである。
「……はあ、不安だわ」
マイルトン伯爵との折衝内容。
それはディアブルス様が以前に発明された魔導具の利権問題についてだった。
ディアブルス様が優秀な魔導研究家であることは、このアドミラル王国だけでなく、私が元いたリードハルト王国含む近隣国では有名な話だ。
ディアブルス様が考案し、お造りになられた魔導具はいわゆる商売道具のひとつでもある。
ディアブルス様は定期的にそれらを商談に活用する。
今回の件は、人気沸騰中の『魔導暖炉ヴァージョン2.1』についての折衝で、試験的に運用中だったこの魔導具の本格的な利権について取り決めるのである。
「ディアブルス様は私に一任すると仰っていたけれど、本当に私なんかが全て決めてしまっていいのかしら」
私は商談などしたことがない。だからディアブルス様にも今回のお仕事についてはさすがに無理ですとお伝えしたけれど、「アルメリアなら大丈夫だ。どんな結果になろうとも私はキミを咎めない」の一点張りだった。
「信頼してくださっているのは嬉しいけれど……」
不安しかない。
そもそも私はまだアドミラル城下町に数回ほどしか出向いたことがなく、街の人たちのことはおろかマイルトン伯爵のお顔でさえも知らない。
一応全ての情報については先日、ディアブルス様から資料を渡されたので熟読はしているけれど。
「でもやるしかないわ。商談をきちんと済ませてディアブルス様にプレゼントを買うんだから」




